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第14話.神をワンパンした海賊、少年誌一冊に釣り上げられる

 極上の湯に癒やされ、少女たちがポカポカと上気した肌で脱衣所へ戻った時のことだ。


 サーヤの目が、マルカが気を利かせて置いておいた「ある物」を捉えた瞬間、その瞳に野生の光が宿った。


「……ッ!!」


 それは、彼女が三次元の監獄(学園)にいる間に発売された、最新型魔導ゲーム機と限定版ソフトの山だった。


 次の瞬間、サーヤの動きは文字通りハイエナと化した。


「これ、初動三日で完売したやつ! こっちは予約特典付き! ぎゃあああ、こっちには未開封のDLCコードがッ!」


 四つん這いに近い姿勢で、唸り声を上げながらソフトを漁る姿に、「威厳ある恐怖の海賊」の面影は微塵もない。


「あ、二代目? 一緒に夕飯を――」


 キャリーが声をかける暇もなかった。


「悪いけど、しばらくアタシを探さないで」


 両脇に十数本のソフトを抱え込み、獲物を狙う肉食獣のような目つきで言い残すと、サーヤはシュババババ! と残像を残しながら自室へと消えていった。


 直後、廊下まで響く凄まじい音と共に、重厚な扉に幾重もの防御結界が展開される。


 アジト最強の立てこもり要塞、「魔窟サーヤ」の完成である。



「あーあ、やっちまったな。最悪のパターンだ」


「これで二代目とは百年、会えないかもしれないわね」


 風呂上がりのコーヒー牛乳を飲みながら、エリカとキャリーが深い溜息をついた。

 事実、この日を境に、サーヤの姿を見かけた者はいなくなった。


◇ ◇ ◇


「……なあ、ロク爺さん。サーヤが出てこなくなって、もうどれくらい経つ?」


 アジトの食堂で、トウマが虚空を見つめながら尋ねた。


 四次元では主観的な意識が時間に干渉するため、どれだけの月日が流れたかは、船の時計を管理しているロク爺にしか分からない。


「……一年……いや、もっとか。そろそろ引きずり出さんと、あやつ五〇〇年は出てこんぞ」


「えっ、一年!? こないだ一緒に風呂上がりのジュースを飲んだばかりじゃないか!」


 トウマは絶叫するが、ロク爺は平然と茶をすする。


「トウマよ、ここは四次元じゃ。極限まで集中しておると、時の流れなど簡単に加速する。あやつにとっては、ソフトを漁った数時間後のつもりじゃろうよ」


「じゃあ、僕が外に誘い出してみるよ」


 立ち上がろうとするトウマを、エリカとキャリーが真っ青な顔で制した。


「ダメよトウマ! 二代目が『全集中モード』の時に無理やり扉を開けようとすれば、容赦ない迎撃魔法が飛んでくるわ! 前に私が『ごはんよ』ってノックしただけで、全治三ヶ月の重傷を負わされたんだから!」


「でも、学園時代には、アカネさんがいつもサーヤを引っ張ってきていた……」


 たしかにアカネなら可能かも、と二人は遠い目で頷いた。

 しかし、アカネはマリアやアルたちを送り届けるため、ルーンの街へ行ったままだ。


「……事情は分かりました。アカネができるなら、私にも可能でしょう」


 お風呂での「毒抜き」を経て、少しだけ人間味の増したアオイが、静かに進み出た。


「なるほど、アカネと同じマザーシステムのアオイなら、うまくいくかもな。頼んだぜアオイ。アタイたちの未来はアンタに託したぜ」


 エリカに背中を押され、アオイはずいずいとサーヤの部屋へ近づく。



 だが、扉の前に広がるのは、一年分のピザの空き箱が形成した地層。


 さらに、どこから仕入れたのか等身大アニメポスターが壁一面を埋め尽くす、まさに「魔窟」であった。


「サーヤ。聞こえているなら扉を開けなさい。皆さんが心配しています」


「嫌よ。今、いいところなの。やっとボスの第二形態を倒したばかりなのよ」


 中から、明らかに糖分と睡眠不足が混じった、気の抜けた声が返ってくる。


「聞き分けが悪いようですね。……物理的に介入します。【ファイアウォール】」


 アオイが扉を高熱で溶かそうと、神域の魔法を展開した。かつてこの一撃で、銀河の半分の軍隊を壊滅させてきた技だ。


 扉の表面がじわじわと解け始める――が、アオイの魔法は一瞬で霧散し、消え去ってしまった。


「熱はダメですか。それなら【アイスブリーズ】」


 今度は絶対零度で扉を凍てつかせ、粒子ごと叩き割る手段に出る。

 だが、今度も一瞬で魔法が「無効化」されてしまう。


「無駄よ、アオイ。この部屋の結界はアタシの魔力で直接保護されてるんだから。三次元の神様ごときには破らせないわよ」


 それからさらに一週間(アオイの体感では)。


 あらゆる演算と超魔法を駆使したが、ニート化したサーヤの「立てこもり能力」は、銀河艦隊の防御力を遥かに上回っていた。



「そ、そんな……」


 銀河の管理OSアオイから、自信が消えていく。

 ノルマ未達でクライアントに逃げられた営業マンのように、アオイの背中がみるみる縮んでいった。


「……アオイ、ご苦労様でした。ここからは、私に任せてください」


 背後から、赤い髪留めをしたアカネが現れた。


 ルーンの街への用事を済ませて戻った彼女が、冷静な足取りで「魔窟」の前へ歩み寄る。


「アカネ……。信じられません。彼女は全ての『論理』を消滅させています」


「わかっています、アオイ。サーヤ様に論理や魔法は通用しないのです」


 アカネは無表情のまま、懐から一冊の古びた雑誌を取り出した。


「サーヤ様。ついに手に入れてまいりました。伝説のレアアイテム……週刊少年ガンボの『創刊号』です。しかも保存用の完全未開封品」


 ――ピクッ。


 部屋の中から、今までとは明らかに質の違う「物欲の波動」が漏れ出した。


「……早く出てきていただかないと、ネットオークションに出さなければならなくなりますね。あら、既に一〇万ギラの入札が。どうしましょう、もったいない……」


 バタン!!


 爆発音のような音と共に、扉が跳ね飛んだ。


 一年ぶりに姿を現したサーヤが、髪を振り乱し、眼球に不健康な隈を浮かべながら、獣のような跳躍で飛び出してきた。


「待ちなさぁぁぁぁぁぁぁい! それはアタシのよ!!」


 アカネは慣れた手つきで雑誌を高く掲げ、サーヤの手が届かない位置でキープした。


「……はい、サーヤ様。釣れましたね。入れ食いでした」


「……これが、『教育』の成果ですか」


 アオイはバグった表情で立ち尽くしていた。


 無敵と呼ばれた最上級魔法でも一ミリも動かなかった扉が、たった一冊の紙束であっけなく開いてしまったのだ。


「マンガとは、それほどまでに素晴らしい芸術なのですね」


 銀河を震え上がらせた覇者、アオイ。


 この時の深刻な勘違いこそが、彼女をサーヤすら凌駕する「重度のオタク腐女子」への道へ歩ませる、最初のきっかけとなったのである。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


アカネが戻り、サーヤも魔窟から脱出してきました。

そろそろ重い腰を上げて、魔王城へ向かいましょうか。

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