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第10話.十万の魔軍、全消去。神アオイが排除できなかったのは強欲令嬢でした

 それは、剣戟の響きも魔法の爆炎も伴わない、静かなる「粛清」だった。


 ルーン聖王国の防衛線を目前に、

十万の四次元軍勢が最後の一歩を踏み出そうとした、その時。


 戦場の中央、大軍の真っ只中に、前触れもなく「彼女」は立っていた。



 深い青の髪。一切の湿り気を感じさせない硝子細工の瞳。

 管理OS、アオイ。


 彼女がただそこに「出現した」という事実だけで、周囲の空間が劣化した絵画のようにパキパキと剥離し、裂け目から「無」の色をした光が溢れ出した。


「……消去プロセス、開始」


 呟きは、音ではなく脳内に直接書き込まれる「命令」だった。


 次の瞬間、先陣を切っていたドラゴンの巨躯が、

光に撫でられた端から砂嵐のようなノイズとなって霧散した。


「なっ……我が愛竜が!? 何が起きて――」


 叫ぼうとした騎士の口が、次に喉が、

そして上半身が、デジタルな塵となって消失する。


 血の一滴も流れない。

 ただ、そこにあったはずの「存在」が、消しゴムで消されたかのように無へ還っていく。


「ぎゃあああ!? 手が、俺の手が消え……っ!」

「助けてくれ、消えたくない、嫌だああああ!!」


 阿鼻叫喚が戦場を支配した。



 最強を自負する七狂星の魔導師が必死に防御障壁を重ねるが、

 アオイは歩みを止めることすらしない。


 彼女が通り過ぎた跡には、生物も、武器も、大地さえも残らない。


 逃げ惑う魔族を、命乞いをする戦士を、アオイは一瞥もくれない。


 彼女にとって、彼らの絶叫はエラーログのノイズに過ぎない。


 一歩、彼女が進むたびに、数千の命が「計算違い」を修正されるように平らげられていく。


 やがて絶叫さえも消え、そこには一粒の灰すら残らない広大な「空白の地平」だけが遺された。



 その虚無の中心。


 アオイは、足元で震える「消し残し」を見下ろした。火のレナードだ。


 老化地獄に蝕まれ、白髪の混じった姿で瓦礫に縋る彼女は、血の気の引いた顔で管理者を見上げた。


「あ、あなたは……アオイ……ッ! な、なぜ……なぜ、そこまで私たちを……執拗に追い詰め、付け狙うのです……!」


 レナードの悲痛な問いに、アオイは瞬き一つせず、感情を削ぎ落とした声で答えた。


「誤解です。私は貴方たちを『追い詰めて』などいません」

「……なんですって?」


「害虫を駆除する際、その個体の名前や境遇を調べる者はいない。それと同じです。貴方たちは、この世界線のリソースを浪費するバグ・プログラムに過ぎない」


 アオイの瞳に映っているのは、宿敵としてのレナードではない。ただ処理を待つ「スタックしたタスク」への無機質な視線だ。


「エラー個体を消去する。それ以上の理由は存在しません」

「そんな……っ。私たちの生きてきた証さえ……故郷を追われ、足掻き続けた私たちの誇りさえ、ただのエラーだと言うの……!?」


「肯定します。消去、継続」


 アオイが静かに指先を向けたその時――。


「ちょっと待ちなさぁぁぁぁぁぁぁい!!!」


 神聖にして不可侵な「死の静寂」を、不敬極まる叫び声が叩き割った。



 空白の大地に土足で踏み込んだのは、強欲令嬢サーヤと、その傍らに控えるアカネの二人だけだった。


 アオイの瞳がわずかに動く。

 だが、その視線は叫んでいるサーヤを完全に透過し、隣に立つアカネへと固定された。


「……警告。リストにない高エネルギー個体を検知。貴女、何者ですか? 私と同じ『属性』を感じますが、登録データに存在しません」


 無視されたサーヤはアオイとアカネの間に割って入ると、鼻息荒くアオイの鼻先に指を突きつけた。


「無視してんじゃないわよ! あんた、自分が何をしたか分かってるの!? 予約受注したブロマイド十万枚! サブスク会員予備軍十万人! あんたが勝手にデリートしたせいで、全部『貸し倒れ』になったじゃないの!」


「……理解不能。ノイズが経済的損失を主張しています。……排除しますか?」


 アオイが淡々とアカネに問いかける。アカネは静かに、しかし毅然と答えた。


「サーヤ様、落ち着いてください。……アオイ、貴女の予測シミュレーションを大幅に逸脱しているのは、この『ノイズ』と断じたサーヤ様の方ですよ」


「肯定できません。不確定要素は排除すべきバグです。……この個体、サーヤは、世界の最適化において無価値です」


 アオイが断じると同時に、アカネの瞳に確かな意思の光が宿った。



「いいえ。……理解不能。だからこそ、学ぶべき存在です」


 一方は効率の果てに「排除」を選び、一方はカオスの果てに「希望」を見出した。


 同じ源流を持つ二人の学習結果は、この一点において決定的に分かたれた。


「いいから、あんたたち! 難しい話は後にしなさい!」


 サーヤの怒声が、二人の対話を強引に引き裂く。


「壊しちゃったものは仕方ないわ。でも、タダで許すほどアタシは甘くないの。……アオイ、あんたのその『デリート能力』、アタシの興行ビジネスに協力しなさい!」

最後まで読んでいただきありがとうございます。


いよいよ最終章間近。

アオイとの決戦、そして因縁の4次元帰郷、

ラストに向けてパワー全開で走り抜けていきます。

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