閑話(前編):千里眼の少女と、嵐を呼ぶ赤髪の潜入者
「キャサリン、キャサリン、またこんなところで寝てしまったのね……」
「おかあさま」
「あなたの読書好きにも困ったものですね。こんなところで寝ると風邪をひいてしまいますよ」
バラの花が咲き乱れる庭園のテーブル。うららかな春の日差しを浴びながら、真っ白なワンピースの女の子が本を片手に、うとうとしていた。
遠くで小鳥の歌声が聞こえる。暖かい風がキャサリンの髪を優しく通り過ぎていく。
懐かしい日々、戻らない日々。あの頃に戻れるなら、優しい母に会えるのなら。
◇ ◇ ◇
「キングさん、キャサリン・キングさん」
「あ、私です」
思考の膜を破ったのは、無機質なアンドロイドの呼び声だった。
ここは惑星間シャトルのファーストクラスラウンジ。
バラの香りの代わりに、高級スープや豪勢な軽食の香りが一面に漂っている。
「次のポールスター行きの定期便は、1時間後に到着します。
そろそろ乗船の準備をお願い致します」
少女は、この春から帝国軍士官学校へ入学するキャサリン・キング、15歳。
おかっぱの頭に、度を越した厚いレンズのグリグリ眼鏡。
その眼鏡の奥には、帝国が喉から手が出るほど欲しがった
「索敵能力SSSクラス」の千里眼が隠されている。
彼女がひとたびスキルを発動すると、1光年先の惑星で配られている新聞の文字から、
隣の部屋で密談する貴族の心拍数の乱れまで見ることができる。
逆に情報過多なこの世界では雑音が多すぎる。
彼女は本の中に逃げ込むことで、辛うじて正気を保っていた。
案内された定期便は、船というより「移動する宮殿」だった。
きらびやかなロビー、プール、レストラン。
行き交う人々は皆、宝石のような服を纏っている。
「キング様、お食事をお持ちしました。
乗船以来、ずっとお部屋にいらっしゃるようですが……
鑑賞デッキへお散歩にでも行かれては? ちょうど『虹の滝』が見える頃ですよ」
世話焼きなアンドロイドCAに背中を押され、キャサリンは仕方なく部屋を出た。
窓の外、時空の歪みが光を巻き込み、極彩色の虹となって宇宙を流れている。
「お母さま、あの虹の滝、とてもきれい」
5歳くらいの男の子が、瞳を輝かせていた。
平和で、温かくて、優しい光景。
その平穏が、鋭い「音」で切り裂かれた。
<< ドガガガーン! >>
巨大な爆音と共に、船体が大きく傾く。
「な、なに? 船が何かにぶつかった……。
だけど、私の千里眼には何も映らなかったわ」
一光年先を捉える彼女の目が、直近の敵を捉えられない。
それは、相手が「物理的な質量」を無視して接近したことを意味していた。
<< ウォーーーーーン >>
サイレンが鳴り響き、優雅なラウンジは一瞬で地獄と化した。
「乗客の皆様、当船は海賊の襲来を受けております。ご安心ください、帝国軍兵士が……」
落ち着き払ったアナウンスとは裏腹に、廊下の向こうから魔法弾の破砕音が聞こえる。
キャサリンは震える足で、敵の反応がない最短ルートを選び、自分の部屋へと逃げ帰った。
ドアをロックし、ベッドで丸くなる。 (あの男の子、大丈夫かしら……)
千里眼を飛ばす。家族と部屋に籠っている姿が見え、安堵のため息をつく。 その時だった。
<< ドンドンドンドンドンドッ! >>
自分の部屋のドアが、壊れんばかりに叩かれた。
「どなたですか……!?」
「ちょっと、着替えたいんだけど! 部屋を貸してちょうだい!」
あまりに場違いな声。
パニックに陥った乗客の悲鳴ではなく、それは苛立ちに満ちた、凛とした少女の声だった。
キャサリンは吸い寄せられるように、ロックを解除した。
なだれ込んできたのは、燃えるような赤い髪の少女だった。
キャサリンより一つ、二つ年上だろうか。
彼女は真っ赤なイブニングドレスを纏っていたが、その手からは魔力があふれ出している。
「ありがと。あいつら、この船はアタイが狙ってたのに、
横入りするなんて海賊の風上にもおけないわね。
着替えたら、たっぷり仕返ししてやるわ。……あ、部屋借りてごめんね」
少女はキャサリンの目の前で、一切の躊躇なくドレスを脱ぎ捨てた。
剥き出しの肌に、いくつもの傷跡と、激しい野生が宿っている。
彼女はドレスの下に忍ばせていた、動きやすいパンツルックへと一瞬で着替えた。
「ねぇ、あんた。ノースポイント(帝国軍学校)に入るんでしょ?」
「えっ、な、なんで……」
「それくらいわかるわよ。アンタの特技は?」
「……サーチスキル、です」
赤髪の少女は、不敵にニヤリと笑った。
「じゃあ、この通信機でアタイに侵入者たちの配置を教えなさい。
アタイが片っ端からボコってやるわ」
言うが早いか、彼女は通信機をキャサリンに押し付け、
窓から飛び出していった。
『ガガガー、聞こえる? さっそくだけど、アンタの名前教えてよ』
「きゃ、キャサリンです」
『あーーー、長いわ。面倒だからアンタは「キャリー」ね。
アタイはエリカ。よろしくね、キャリー。さっそく一番近い敵を教えて!』
「……はい。12時方向に3人。レーザーガンと、火属性のスキル使いがいます!」
『おーけー、キャリー。掃除開始よ!』
通信機の向こうで、肉が弾ける鈍い音と、少女の歓喜に満ちた笑い声が響いた。
キャサリンは、生死の狭間にいるはずなのに、なぜか高揚していた。
「キャリー」など砕けて呼ばれたのは、生まれて初めて。
それに、自分の「呪われた目」が、誰かの勝利ために、
これほどまでに鮮やかに使いこなされていることに、感動、いや感激していた。
瞬く間に3人が倒され、気が付くと1分間の間に20人がエリカの生贄となった。
(この人、すごい……バケモノだわ)
二人の出会いが、銀河の歴史を書き換える「伝説」を生み出していくことを、
この時のキャサリンはまだ知らない。
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