45.(前編):鋼鉄の門と、シリウスの乙女
図書館ダンジョン第3階層。
一歩足を踏み入れた瞬間、肌にまとわりつく湿り気が変わった。
これまでの「放課後の延長線」のような浮ついた空気はどこにもない。
「……ねぇ、なんか空気、重くない?」
マリが不安げに周囲を見渡す。
壁一面にへばりついた光ゴケは、何かに怯えるように弱々しく明滅を繰り返し、
闇の奥からは、こちらの体温を値踏みするような粘りつく視線が突き刺さる。
そして、アタシたちの前に立ちふさがったのは、絶望そのもののような「鉄の壁」だった。
「無理。これ、扉じゃないでしょ。ただの壁でしょ」
目の前には、鈍い銀光を放つ10トンはあろうかという巨大な鉄扉が鎮座している。
鼻をつくのは、古びた鉄と乾燥した魔力の、焦げたような匂い。
「何を情けないことを! どきなさい、イワサキ君」
セシリアが苛立たしげにトウマを退け、一歩前に出た。
「これしきの障害、アタクシたち帝国エリートなら
越えられないはずがありませんわ。
扉を開けて差し上げますから、見ていなさい!」
セシリアが優雅な制服の袖をたくし上げ、扉に両手をかける。
「――ぬんっ!!」
<< ギギ、ギ…… >>
耳障りな金属音が響き、微かに扉が動き始めた、その時だった。
扉に刻まれた幾何学模様が浮かび、突如として眩い白光を放つ。
「な、なんですの……これ!? 急に重く……
<< ギギギギ……っ! >>
「あーあ。これは重力操作系の防衛術式ね。
無理よ、セシリア。今のそれ、100トンくらいあるわよ」
アタシは冷めた声を投げた。
案の定、セシリアは顔を真っ赤にして踏ん張るが、扉は1ミリも動かなくなった。
アタシは内心で溜息をつき、背後のアカネに小声で耳打ちする。
「……ねぇ、アカネ。これ、アタシが指一本で弾き飛ばしてもいいんだけどさ」
「おやめください、サーヤ様。翌日の学園新聞に
『怪力幼女、現る』とデカデカと載りたいのであれば別ですが」
「だよねぇ。……じゃあ、誰かにバフかけて、そいつの手柄にするのが一番か」
アタシはこっそり眼鏡スカウターを起動し、(筋力測定モード)にした。
レンズ越しに緑色の数値が走る。
「……ちょっと、これ見てよ。スカウター、壊れてるんじゃない?」
「どれでしょう……。ああ」
画面を覗き込んだアカネの眉が、一瞬だけピクリと動いた。
・セシリア:1000(魔法職のエリート標準)
・トウマ:800(期待を裏切らないヘタレ)
・マリ:2500
「……マリの数値、おかしくない? 委員長の2.5倍って何よ。岩でも食べて育ったわけ?」
「サーヤ様、彼女の身体をスキャンし、DNAを調べてみました。
極めて微量ですが**『シリウス人』**の因子が混ざっているようです」
「シリウス? ……あの、一噛みで恒星を噛み砕くっていう
銀河最凶の戦闘種族のこと?」
「左様です。ここでの突破口は、伊集院マリ様をターゲットにするのが最適解かと」
アタシは引き攣った顔を隠せなかった。
(……マブダチが銀河の暴君の末裔。笑えないけど、使うしかないわね)
アタシは人知れず指を動かし、
マリの背中に向かって不可視の四次元バフ術式――
『重力質量・完全相殺』を叩き込んだ。
「ねぇ、マリ。せっかくここまで来たから、帰る前に記念写真を撮りたいの。
そこで扉を開けるフリをしてみて」
「えー? サーヤ、変なことばかり思いつくんだから。
……じゃあ、可愛く撮ってね?」
「なぬ、可愛く!?」
その言葉にだけ俊敏にセシリアが反応し、
アタシの真横でカメラを構える。
マリは無邪気に微笑みながら、
綿菓子にでも触れるような軽やかさで、巨大な鉄扉に指を添えた。
ドォォォォォォォォォン!!
鼓膜を揺らす爆鳴。
100トンの巨門が、文字通り壁ごと引き剥がされ、奥の闇へと消え去った。
「え……?」
さすがに、アタシの喉も鳴った。
今の破壊音は「バフのせい」だけでは説明がつかない。
「あ、あれ? 今、手応えあったかな?」
小首をかしげるマリ。
アタシは嫌な予感に冷や汗を拭いながら、慌ててスカウターを再起動した。
「……うそ、でしょ?」
【伊集院マリ:筋力値(STR)】
2500 ――> 9999+(OVERFLOW)
(……オーバーフロー!? アタシのバフ、ちょっと盛りすぎた!?)
レンズの中で赤く明滅する警告表示。
今のマリは、指先ひとつで小惑星を粉砕できる「歩く戦略兵器」と化していた。
「……サーヤ様。やはり彼女の血と、四次元魔法の相性は最悪(最高)のようです」
「……ま、まさかね。見間違いよ、きっと」
足元でカメラを落とし、魂の抜けた顔で固まるセシリア。
顎が外れそうなほど口を開けて震えているトウマ。
そして、無理やり抉じ開けられた扉の向こう――
暗闇の奥から、山のような巨大な影がゆっくりと、地響きを立てて立ち上がるのが見えた。




