44.(前編):禁書庫の門――引き出しの先は、時空の狭間
学園の北端、鬱蒼とした森に抱かれるように建つ旧館。
かつての貴族の邸宅を改装したという中央図書館は、知の墓標のように静まり返っていた。
高い天井まで届く書棚には数百年分の知識が詰まった古書が並び、
独特の紙の匂いと、吸い込まれるような静寂が空間を支配している。
「トウマ、遅いわよ」
待ち合わせ場所に現れたトウマは、これから始まる「遺跡攻略」という名の
地獄を知る由もなく、ただただ緊張で顔を引き攣らせていた。
だが、サーヤにとっての誤算は、その後ろに続く「招かれざる護衛たち」だった。
「シェンカーさん、図書室での私的な交流は風紀を乱しますわ。
私が厳重に監視いたします(……あわよくば、あなたの隣の席は私が確保しますわ!)」
インテリ眼鏡を鋭く光らせるセシリアが、鼻息を荒くして仁王立ちしている。
その横では、マリが「サーヤ、私、差し入れにクッキー持ってきたよ!」と無邪気に笑っていた。
(……まぁいいわ。肉壁は多いに越したことはないしね)
さらに、背後には「サーヤ様の読書補助を」という名目で、
メイド姿のアカネが当然のように控えている。
彼女は既に、図書館内に先行潜入しているキャリーとの繋ぎ役だ。
「では、参りましょう。知の深淵へ」
アカネの先導で、一行は舞踏会場のような重厚な扉を開け、図書館の奥へと足を踏み入れた。
一歩入ると、そこは別世界だった。
ステンドグラスから差し込む光が、空気中を舞う細かな塵を黄金色に染め上げている。
アカネの瞳が、珍しく興味深げに細められた。
マザーシステムの彼女にとって、この三次元の歴史が積み重なった建築様式は、
解析しがいのある構造なのだろう。
書棚の間を歩いていると、一人の図書委員がこちらを見ていることに気づく。
ぐりぐりとした厚い眼鏡をかけ、真面目くさった顔で本の整理をしている少女。
――キャリーだ。彼女は見事なまでに生徒になりすまし、生き生きと働いていた。
(……あいつ、本気で楽しんでるわね)
キャリーは表面上は棚の整理をしているようだが、その手つきは、
自分の興味がある本をこっそり物色している者のそれだ。
「本をお探しですか?」
わざとらしく眼鏡を光らせ、キャリーがアタシたちに近づいてくる。
「えぇ、ちょっと気になる本があるのと、
今度の魔法史のレポートで必要な本をみんなで探しています」
アカネが一歩前に出て答えた。
「そうですか。毎年、レポートの内容は変わりますが、
この辺りから探してみたらいかがでしょうか?」
キャリーは小さなメモ用紙に何かをさらさらと書くと、
それをアカネに渡し、再びスタスタと書棚の奥へ消えていった。
「……あんな図書委員、いたかしら?」
セシリアが不審そうに首を傾げた。
彼女は学園きっての優等生であり、この図書館の常連だ。
名簿にない生徒の存在に気づかれるのはマズイ。
「それよりも、アタシ、あの本を取りたいんだけどー」
アタシはセシリアの探索を逸らすため、あえて高い位置にある本を指差した。
そして、わざとらしく背伸びをする。
更に、とどめの一撃。
小さな体を懸命に伸ばし、届かない本に向かって「ぴょん、ぴょん」と小刻みに跳ねてみせた。
<< ズキューーーーん!! >>
セシリアの脳内で、理性のヒューズが音を立てて吹き飛んだ。
インテリ眼鏡の奥の瞳が完全に虚脱し、口元からは「フガッ、フガフガッ」という、
気品のかけらもない鼻息が漏れ出す。
「……し、仕方ありませんわね、シェンカーさん!
アタクシが、アタクシが手伝って差し上げますわ!
これからも手が届かない時は、いつでも仰って頂戴!」
フラフラと吸い寄せられるようにサーヤに近づき、震える手で本を取るセシリア。
他の者から見えないように、アカネがサーヤに向かって「グッド」のサインを送った。
完全に注意を逸らすことに成功したのだ。
「では、こちらから探しましょう」
アカネが一行を誘導し、一つの古ぼけた木製のデスクの前で足を止めた。
「あら、この机の引き出し、少し変だわ」
アカネがわざとらしく(引き出し)を引いた。
すると、そこには「次元の歪み」が渦巻いていた。
普通の人間にはただの(引き出し)にしか見えない。
しかし、何度も次元の狭間を経験したサーヤとアカネには、
それが「歪み」であることがはっきりと解る。
「……トウマ、マリ。ちょっと中を覗いてみて」
「えっ、あ、うわあああっ!?」
サーヤは躊躇なく、トウマとマリの背中を全力で突き飛ばした。
二人の姿は引き出しの中へと吸い込まれ、一瞬で消失する。
「シェンカーさん! 伊集院さんは、 ど、どこへ行かれたのですか!?」
驚愕して駆け寄るセシリア。
アタシは冷ややかな微笑を浮かべ、彼女の腕を掴んだ。
「委員長も、こっちよ」
「えっ、あ、あああああ――っ!」
セシリアもまた、アタシと一緒に渦の中へと消えていった。
最後に残ったアカネが周囲を素早く見渡す。
彼女は軽く指先を鳴らし、魔法監視カメラに微弱な魔力を送り込んで
映像データを書き換えた。
そして、満足げに自分も引き出しの中へと吸い込まれていく。
「いってらっしゃい。素敵なダンジョン体験を」
遠くでキャリーが、パタンと本を閉じる音がした。
図書館には再び、何事もなかったかのような静寂が訪れた。
第44話(前編)をお読みいただきありがとうございます!
ついに始まりました図書館ダンジョン編。
一見、ただの調べ学習かと思いきや、机の引き出しから異次元へダイブ!という少年漫画の王道展開です。
それにしても、サーヤの『あざといぴょんぴょん』に一瞬で脳を焼かれたセシリア委員長……。
彼女の理性がどこまで耐えられるのか、編集者としても心配(楽しみ)でなりません。
次回、一行を待ち受けるのは、湿った土と鉄の匂いが漂う本格迷宮。
トウマの1500という異常な潜在能力が、ついに火を噴くのでしょうか!? お楽しみに!」
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