7話〜婚約〜
思わず見惚れてしまっていたが、アリシアはハッとして、慌てて馬車から降りようとした。
馬車の中で礼をしようにも、天井が低いため少しやりづらい
「あぁ、待って」
それに気が付いたジョシュアは、アリシアの方へと少し小走りに向かい
アリシアに手を差し出した
「さぁどうぞ」
「…え?」
流石のアリシアでも、いきなりエスコートされるとは思っておらず、口からポロッと零れ出てしまった
だがジョシュアの方は本気で、エスコートする気満々な笑顔でアリシアの方を見つめており、断りづらかった。
アリシアはジョシュアの手を取り、馬車から降りた
それに満足したらしく、ジョシュアは先ほどよりも嬉しそうな笑みを浮かべている
「初めまして、シストア大公子様
アリシア・ハーシェルと申します、この度はお招きいただきありがとうございます」
「礼なんていいよ、楽にしてくれ。こちらこそ急に迎えを送って悪かった」
“急な自覚はあるんだ…”
美しいカーテシーで礼をしたアリシアに、ジョシュアは目を細めながら、親しげに話した
そして、やはり急だったことについてはジョシュア自身も自覚があったらしく、少し眉を下げた笑みを向けてきた
それには内心苦笑いを浮かべてしまった
「さぁ、立ちっぱなしもなんだし中に入ろう」
「ありがとうございます」
ジョシュアが先に歩いていったため、アリシアは案内してくれるのかと、そのまま着いていこうとした。
だが、なぜかジョシュアに手を取られ、手をつなぐような形で歩き始めた
これに困惑したアリシアは、ジョシュアの方を驚愕の表情で見つめた
「あの…大公子様?」
「何?」
「これは…?」
ジョシュアはアリシアの方を振り向き、嬉しそうな笑みを向けた
まるで、アリシアと手をつなげたことが心底嬉しいとでも言わんばかりの笑みだった。
その笑みにアリシアの声は少し止まってしまった
それを好機というように、ジョシュアはつなぐ手の力を少し強めた
「うちは広いから、迷子になると困るだろう?」
「…そう、ですね?」
確かに広いのはよくわかるが、あちこち落ち着きなく歩いていく小さな子供でもないのだから、そこまでしなくとも…と思う気持ちはあったが、嬉しそうなジョシュアの笑みに、アリシアは言うタイミングを逃してしまった
“まぁ…いいか”
手をつながれていて困ることもないと、アリシアはそのままジョシュアに導かれるように、大公家の中へと足を踏み入れた
大公家の中は公爵家ほど豪華ではないが、良いものだけを集め、バランスよく飾られたシンプルながら気品漂う内装だった
ジョシュアに導かれながら、辺りを見回すが有名な画家の絵や彫刻、高価な花瓶などシンプルだが世間で評価されている有名なものばかりだ
“この絵一つでブティック一つ買えそう…”
「あぁその絵?気に入ったの?欲しいならあげるよ」
「え!?」
サラッととんでもないことを言ったジョシュアの方を勢いよく、そして信じられないという風にアリシアは驚愕の視線を送るが、ジョシュアはニコニコと人当たりの良い美しい笑みを浮かべるだけだった
「…高価なものなのですから、冗談でもそんな簡単におっしゃられない方がいいですよ」
「冗談?君が欲しいなら本当にあげるよ?」
キョトンと、何を言ってるんだとでも言いたげな表情を向けられ、アリシアの方が戸惑ってしまう。
これが本気か、冗談なのか分からないのだから少し怖いとまで思ってしまう
呆然としているアリシアを横目に「父上に頼んでみなくちゃ」「でもお古を渡すのもな…」
なんてことを呟いている
しばらくブツブツとつぶやいた後、アリシアの方を見たジョシュアは口を止めた
「…じゃあ行こうか」
アリシアが欲しがっているわけではないと分かったのか、ジョシュアはアリシアの手を引いて、また大公家の中を歩き始めた
2人の足音が大公家の白い床に響く、しばらく歩いていると、ジョシュアは一つの金の装飾が施された扉の前で、立ち止まった
ジョシュアは、服のポケットの中から一つの金の鍵を取り出し扉のカギ穴に差し込み回した
するとカチャという音と共に、扉が開錠された
「さ、どうぞ」
「失礼します…」
「君たちは下がっていてくれ」
アリシアが部屋の中に入ると、ジョシュアは後ろからついてきていた騎士とアンに対してそう言った。
騎士は当然…というより、もう慣れたというように一礼して下がっていった。
アンは少し不安そうな目をしながらも、命令には逆らえないため、礼をして下がっていった
「話がしたいと手紙に書いてあったからね、人がいると面倒だろう?」
「ありがとうございます」
「座るといい、足疲れただろう?」
ジョシュアはそう言って、自身が腰かけたソファの向かい側を指さした
アリシアは少し遠慮気味に、浅く腰かけた
チラリと周りを見回し、置いてある家具などを見てここがジョシュアの部屋なのだと理解した
“どういうつもりなんだろう…普通は応接間に通すはずなのに…”
目の前で用意させたのであろうティーセットで、お茶を注ぎアリシアの方へと渡してくれている
そんな様子を見ながら、アリシアはこちらから話がしたいと手紙を送っておいてなんだが、少し疑問に思ってしまった
初対面の相手をいきなり自室に通すなど、普通はあり得ない
それも、ジョシュアならば尚更
“ジョシュアは、人を信じたりするタイプじゃないはずなんだけど…”
ゲーム内のキャラクター紹介で、ジョシュアのことについて書かれていたのだ。
ジョシュアは基本初対面の相手は勿論、長年共に過ごしてきた使用人のことも心から信じてはいない
信じているのは家族であるシストア大公だけだった
だから、初対面の人間を家に招く際は応接間に騎士と共に通すという人間だった
“なのに…どうして?”
そんな疑問を心の中にとどめながら、アリシアは意を決して口を開いた
「大公子様」
「何?」
「私と、婚約していただけませんか?」
目の前に座る12歳の少年とは思えないほど、美しい顔をした少年の顔を見つめながら、本題を切り出した
アリシアも、これだけで二つ返事で了承がもらえるとは思っていない
だからといって、何か具体的な策があるわけではないのだ
こんなにも早く、家に招かれるとは思っていなかったのだから
“私が提示できるのは、あくまで公爵家と大公家のメリット
私とジョシュアのメリットじゃない。それでも…”
2人が婚約すれば、家同士が得られる利益は大きい
公爵家は大公子の婚約者の家という肩書、それに伴う権力を手に入れられる
そして、大公家は公爵家の莫大な財産を持参金としてもらえる可能性があるのだ
だが、2人自身の利益は少ない
それにもかかわらず、婚約してほしいというのも無理な話であることは、アリシアも百も承知だった
それでも縋るしかなかった
“ていうか、まず迎えが早すぎるんじゃない!もう少し時間があれば考えられたのに…!”
目の前の少年はじっと、アリシアの方を見つめるだけで何か考えているようなそぶりはない
これはダメだったかと、アリシアは諦めかけた
「婚約…ねぇ、なんで僕なの?皇子殿下とかもっといるじゃないか」
「…皇子殿下に皇位に着いてほしくないのです。大公子様なら、皇位継承権をお持ちですから皇位に着けますよね?」
「そうだね、なんで殿下に着いてほしくないの?」
ジョシュアはアリシアに鋭い視線を向けてきた、その目から除く緑色がアリシアの体に鳥肌を立たせた
アリシアは、恐怖にグッと口を噤んだが言わなければ何も始まらないと口を開いた
震えそうになる体を、手を強く握ることで抑えた
「皇子殿下に…復讐したいんです
そのためには皇位に着かせないのが一番だと思って」
「ふぅん…」
“やっぱり、無理よね…”
興味なさげなジョシュアの相槌にアリシアは悔しそうに目を瞑った
これで残る選択肢は一つ
エイベルと婚約し、中から叩くしかなくなった。
フリとはいえ、嫌な奴と婚約するのは不本意ではあるが、仕方がないのだ
「いいよ、婚約しようか」
「…え?」
そんなアリシアの気持ちを汲んだかのようなタイミングで、ジョシュアは答えた
アリシアはバッと顔を上げ、ジョシュアの顔を見つめた
ジョシュアは、目を細めて笑みを浮かべていた
まさか了承してもらえると思っていなかったアリシアは、呆然としていた。
そんなアリシアを見て、ジョシュアはクスクスと笑い始めた
「君が言い始めたのに、その表情は何?」
「す、すみません。まさか了承してもらえるとは思わなくて…」
「まぁそうかもしれないね、でも僕も君の気持ちはよくわかるから」
ジョシュアは、少し悲しそうな笑みを浮かべた
アリシアはその表情に目を奪われた
それがあまりにも愛情に満ちた目だったから
誰に向けられたものなのかは分からなかった
だが、ジョシュアにとって大切な人に向けられたものだ、ということはよく分かった
“だって…こんなにも愛おしそうに”
ゲーム内ではそんなストーリーはなかった
しかし、あの世界ではゲームだったが、今ここは現実として彼女は生きているのだ
ゲームにない話があっても、不思議ではない
「君の復讐を手伝おう、だから僕を必ず皇位に着かせてくれ」
「もちろんです」
ジョシュアはアリシアに手を差し出した
何処か、ジョシュアの真意がそこにはないように感じられたが、アリシアは気にしなかった
いつもの可愛らしい笑顔ではなく、復讐に燃える決意をこめた笑みを浮かべた
________
ジョシュアの重い愛…
ちょっと思いくらいの愛情を持った人が
個人的に好きだったりします




