5話〜少年〜
「とは言ってもなぁ…」
アリシアは先ほどの両親の言葉を思い出しながら、椅子に座り足をぶらぶらと揺らしながら、考え込んでいた
“二人の言葉は嬉しい…。でも、私はどうしてもあの二人を許せない”
自分どころか、両親までも悲しみの渦に突き落とした元凶である二人を、許せるはずがなかった
どうしても怒りは、悔しさは消えないのだ
「というか、あの男を皇位に着かせてもいいのかすら不安なんだけど…」
アリシアは前の人生でエイベルがやらかしたことを一つ一つ脳内に思い浮かべていくが、碌なことがない。
しかも、エブリンに心酔するまえから愚かだったのだ。あの男は
“皇帝陛下も皇后陛下も、思慮深くて優しくて民から人気のある方々だって言うのに…”
アリシアの脳内にある一つの純粋な疑問が浮かんだ。
‘どうやったら、あんな欠点なんて一つもないような人たちからあんな人間が生まれるのか’
というものだった
かなり失礼ではあるが、そのくらい疑問なのだ
一体誰に似たというのか
現皇帝も、前皇帝も優秀な君主だ。
民に寄り添う政策をし、国をより豊かにした。
隔世遺伝というのなら、どこの血が彼をそうしているのか。
“ちょっと面白い、人間の神秘ね”
アリシアは、クスクスと笑みを浮かべた
だが、笑い事ではないのだ
皇帝皇后夫妻の子供はエイベルただ一人、しかも皇后がエイベルの出産の際に難産となり、子宮を取らなければならないほど危険な状況だったため、もう子供は望めないのだ
不安に思った家臣達は側室を取るべきだ。と進言したが、皇帝は頑として側室を取ろうとはしなかった
皇后を心から愛していたのだ
例え、もう子供を望めなくても
そのため、跡を継げるのは一人息子であるエイベルのみ
その事実は、例え何度やり直そうと変わることはない
「どうしよう…」
とはいえ、エイベルに国を任せれば明らかに国がエイベルの代で滅びることが目に見えている
そこを悩んで、皇帝はアリシアに婚約の話を持ち掛けたのだ
アリシアは勉強が好きなタイプだった
知らないことを知るのは面白いと、授業も真面目に聞き、父の仕事ですら興味を持ち近くでじっと見ているほどだった
その優秀さは皇帝も皇后づてによく知っており、アリシアなら息子を支えられるのでは、と婚約を持ち掛けたのだ
それに、アリシアが馬鹿な皇子と婚約すれば間違いなく、親バカな公爵が心配してあれこれ面倒を見るに決まっているので、そこも加味しているのだろう
“流石陛下”
そこについて異論はない、貴族の結婚など基本利害の一致だ
皇帝は、愚かな息子を支えられる優秀で遜色ない家柄の娘が欲しかった
その理想に一致したのが、公爵家の娘であるアリシアだったというだけだ
だから___
”私も、利害関係の一致する婚約者を見つけないと…!”
あぁは言っていたが、流石に公爵といえど皇帝の頼みを、そう簡単には断れないだろう
アリシアにもわかりきっていることだ。
それでも断っていいと言ってくれたのは、父としての優しさなのだろう
皇帝に、国に仕える公爵としてではなく一人の父として、娘の幸せを優先してくれたのだ
”そんなお父様に迷惑をかけるわけにはいかない、誰かよさそうな人を見つけて…”
アリシアは悩んだ、30分ほど悩んだ
そして、結果…
「いない…!いや、そうよね…分かってた…」
公爵家の令嬢、国の三分の一の鉱山を所有している財力。
それに釣り合う人間は中々いなかった
アリシアは、また頭を抱えることとなった
いや、妥協すればいるのだが復讐をしたいから婚約をしてくれ、など頼めるような人間普通いないのだ
しかも、復讐の相手が皇族ともなれば逆らえる人間なんて限られる
”どうしよう…”
かなり本気で悩んだ
だが、悠長に考え込む暇もないのだ
彼女の記憶が正しければ、ゲーム内でアリシアと皇子の婚約が決まったのは、今から一週間後
もう時間がないのだ
「誰かいない?権力も財力も美貌も申し分なくて、できれば皇位を継げるような血筋の人…!」
アリシアは必死に頭を回した
何か見落としているような気がしたのだ
自身の復讐の鍵にもなりそうな、重要な人物を
今出した条件にもピッタリ合いそうな人物を忘れているような気がしてならない
眉間にしわを寄せながら考え込んだ
「はぁ…ダメだ、思い出せない」
アリシアは、溜息を吐きながら机に突っ伏した
だが、時間もないのだ。いなければいないで別の方法を考えなければならない
復讐するのであれば、わざと婚約してエブリンと悪事を画策しているところを突き出す、という手もある
アリシアは、突っ伏していた顔を上げた
顔を上げた先に銀色の軸をした羽ペンが瞳に映った
名前が彫られているそれは、アリシアの9歳の誕生日に、父である公爵がくれたものだった
銀色の軸が綺麗で、アリシアもかなり気に入っていた
アリシアはそれに手を伸ばしクルクルとまわしながら眺めた
”これ、ゲーム内の“アリシア”もすごく気に入ってたんだよね”
部屋に差し込む太陽の光に反射してキラキラと光る銀色が美しくて、ゲームの中のアリシアも同じようにして眺めていたことを思い出す
そんな、銀色とよく似た髪を持つ少年がゲームの中にもいた
アリシアは目を見開いて、ガバッと勢いよく立ち上がった
「思い出した…!」
銀髪の美しい髪を持つ、美しい少年
ゲーム内でもかなりの重要人物
そして、アリシアが今まさに求めている相手だった
「ジョシュア・ド・シストア…!」
むしろ、今までなぜ忘れていたのか分からないほどの人物だった
ジョシュア・ド・シストアはゲーム内では唯一エブリンの神力が効かない人間で、アリシアの話に耳を傾けてくれる、所謂味方ポジションだった
そして、先ほどの条件に見事すべて当てはまる人間だった
ジョシュア・ド・シストアの家はシストア大公家
家柄はアリシアよりも上
前シストア大公の娘、シストア大公女とある男との間に生まれた子供だった
そして、その男というのが重要なのだ
現シストア大公、アール・エル・ド・シストア
彼は、皇帝の弟であり皇族の血筋だ
つまり、その息子であるジョシュアも皇族の血筋で、エイベルの従兄弟にあたるのだ
シストア大公は、大公家に婿入りする際に皇位継承権を放棄しているが、ジョシュアは皇帝自身がエイベルに何かあった時に彼に皇位を継いでもらうかもしれないからと、皇位継承権の放棄を認めなかったため、権利を持っているのだ
皇位を継ぐ権利を__
「ピッタリじゃない…!」
嬉しさで口角が上がるのが抑えられなかった
これから、自身の都合で彼を利用しようとしているというのに
「彼さえ了承してくれたら、進めやすくなる…!」
それに、ジョシュアが最も合致する人間なのには理由があった
ゲーム内のストーリーにジョシュアの過去を語るシーンがあったのだが、その中で彼の母大公妃の話が出てきた
アールと大公妃は完全な恋愛結婚だった。
お互いがお互いに一目惚れし、アールが皇族としての地位を捨てて、彼女と一緒になることを選んだ
だが、幸せな時間は長くは続かなかった
結婚して程なくして大公妃の妊娠が発覚した。
だが、妊娠している最中に病にかかってしまい子供を諦めて治療をするか、子供を産むかで二択を迫られた
アールには選べなかった
愛する人と、その愛する人との愛の結晶ともいえる子供
どちらかを諦めるというのはアールにとって地獄のようなものだった
だが、大公妃は違った。
これが母の強さなのだろうか、とゲームをしている最中に涙したほどだった
迷いなく、子供を選んだ
大公妃は、ジョシュアを出産して間もなく亡くなった
アールは大公妃の意思を尊重し、ジョシュアを宝のように大切に育てた
だが、そんな二人の幸せに水を差したのがエイベルだ
アールの用事で、共に皇宮についてきていたジョシュアに対して、エイベルがこう言い放ったのだ
「大公妃は愚かだな」と
ジョシュアは母の記憶こそないが、使用人やアールから母の強さについて聞かされていたため、心の底から母である大公妃のことを尊敬し、愛していた
そんな母のことを侮辱されたことが許せず、その場では言い返さなかったが、静かな怒りを内に秘めていた
しかも、それが5歳や6歳という物事の分別がまだはっきりとはつかないような年齢ではなく、15歳というもう物事の良し悪しも分かっているときだったのだから、尚更たちが悪い
「そうときまれば…!」
アリシアは、机の引き出しからレターセットを取り出し、ジョシュア宛に訪問の手紙を書いた
だが、ここであることを思い出した
「…ジョシュアってアリシアの2つ上だよね?」
巻き戻ってアリシアが10歳になっているということは、ジョシュアも同じなのだ
つまり、現在12歳
ジョシュアがエイベルを恨む、あの事件は起きていないのだ
「どうしよう…」
再び悩むアリシアだった
****
「大公子様」
銀髪の少年が、少し年老いた男の声で目を開いた
どうやらうたた寝していたらしい
「あぁ、なんだ。じぃか…」
「眠るのでしたらせめて布団で…」
「分かってる、で?何かあったのか?」
軽く流す少年に、男は納得していないような表情で溜息を吐いた
だが、すぐに表情を元に戻した
「頼まれていた、ハーシェル嬢のことです」
「あぁ、アリシアか。で、アイツとの婚約はどこまで進んでるんだ?」
少年とは思えないような、憎たらしいという感情の籠った笑みを浮かべた少年
その表情に驚きもしない男は、そのまま口を開いた
「ハーシェル嬢の熱が下がってから、これといった進展はないそうです
初めは嬉しそうだったそうですが、今は少し考え込んでいるらしく…」
「迷ってるのか?」
「そのようです、公爵家にいる私の息子からの報告です」
その報告に少年はハハッと声を出して、嬉しそうに笑った
その顔には愛おしさが滲み出ており、少女への愛が感じられる
少し重いほどに
「そのまま振ってくれないかな」
「滅多なことを仰いますな…」
「だってそうだろう?僕が先に惚れたのに、後から搔っ攫うなんて、陛下も酷いことをする」
少年の脳内には、淡い水色がかった白銀色の、ふわふわとした髪の美しい少女が浮かんでいた
その少女に向けられた笑みを、少年はずっと覚えていた。
片時も忘れたことなどなかった
「早く、会いに来てくれないかな」
「あなた様は、ハーシェル嬢の事となると少し怖いですね」
「仕方ないさ、それだけ愛してるってことだよ」
もう何度目かもわからない溜息を吐く男のことは、気にも留めない
まだ、12歳だというのにこの落ち着きようといい
達者な口調といい、何なのだろうか
神童といえば神童なのだろうが。あの少女のこととなるとどうも人が変わる
「報告ご苦労、もう下がっていいぞ」
「…はい、失礼いたします」
思うことはいろいろあるが、それを押し殺し一度礼をしてから、男は部屋から出ていく
少年は窓枠に腰かけた、窓から入る風が彼の美しい銀髪をサラサラとなびかせる
「次は、必ず…」
ジョシュアは何かを決意するような表情をして、窓の外を眺めていた
その方向には、アリシアの住むハーシェルの屋敷があった




