4話〜決意〜
「あ、やっと来たわね…ってどうしたの?」
アリシアの顔が恥ずかしさで真っ赤なのを見て、ベイリーが目を見開いて驚いた。
アリシアは空笑いを漏らしながら、自分の席に着いた。
このダイニング、いつも座る席
“懐かしい…”
「どうした?アリシア、やけに何かを噛み締めるような顔をしてるが」
「あ、いえ!何でもないです、お父様」
アリシアのことを愛情深い笑みで見つめる、ダイニングテーブルの上座に座る茶髪の男
この国唯一の公爵でありアリシアの父親、レオ・ハーシェル
“本当に顔がいい…!”
彼女の中身は、17歳のアリシアとしての中身と前世のオタクとしての中身もあるので、心の中は良い顔が見れてはしゃぎまくりである
前世ではゲーム三昧のオタク、しかも面食いだったため前世のことを思い出し、先ほど起きてからずっと、顔の良い母と父の顔を見れて彼女はとてつもなく嬉しかった
“神様、ぺアウル様、ありがとうございます”
「熱はもう大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「この人ったら、あなたが熱を出したって聞いて皇宮で仕事ほっぽり出して帰るって暴れまわったのよ」
ベイリーが少し呆れたように、頬に手を当てながらため息交じりに発した
アリシアもそれを聞いて苦笑いを浮かべるしかなかった
ゲームのストーリーでレオが親バカなのは知っていたが、そこまでだとは思わなかったのだ
因みに、レオが親バカなのは一人娘が可愛いからというのもあるが、基本愛妻家でベイリーのこともかなり溺愛しているので、妻によく似た娘が可愛くて仕方ないらしい
だからと言って例え、ベイリーに似ていないからと言って差別するような人でもない
ただの人柄だ
「ん˝んっ、今日はアリシアの完治祝いだ、朝もお前の好きなものを作るよう命じた」
「ありがとうございます、お父様」
咳ばらいをして誤魔化したレオはアリシアの方に笑顔を向けた
そんな自分に甘い父がアリシアは大好きだ
昔から、仕事で忙しい父が返ってくるたびにピッタリくっついて、どこにでもついていっていた
「お待たせしました公爵様」
「あ!」
「お嬢様の好物を、と仰せつかりましたので…」
目の前に置かれた皿の上に乗った料理に感激の声を出す
「フレンチトーストです」
“フレンチトーストだ!”
アリシアの目は分かりやすいくらいに輝いていた
前世でも今世でも、彼女はフレンチトーストが大好物だった
自分でも、より美味しくなるように研究して調理していたほどだ
そして___
「いつ見てもイリスの作る料理は美味しそうねぇ、アリシアも昔から、あなたの作るフレンチトーストが大好きだもの」
「そう言っていただけて光栄です」
胸に手を当てて恭しくお辞儀をするコック服に身を包んだ男はイリス・ユーメル
公爵家の若き料理長で、当たり前のように顔がいい
金髪のストレートの短髪を後ろで括っているのが、彼の端正な顔を目立たせている
「お嬢様も、ご回復されて何よりです」
「ありがとうイリス、今日はいつも以上にフルーツが多いけど…どうして?」
「まだ病み上がりですから、体に良いものを…と思いまして」
流石の気配りだ
これが、イリスが若くして公爵家の料理長に抜擢された理由だ
相手のことをよく見て、どんなものを何を合わせて出せばいいか分かっている
他の使用人たちや、客人にも同じような対応なのでイリスに惚れ込む女性も多い
貴族の令嬢でさえ、彼を夫に迎えたいという声も多いのだ
もし貴族として産まれ、社交界に出ていれば間違いなく女性の黄色い視線を集めていた事だろう
「さぁ、折角イリスが作ってくれたんだ。冷めないうちにいただこう」
「はい」
久しぶりの子供用のカトラリー
17歳のころでは考えられないが、今のアリシアにはそれですらも少し重く感じる
小さいカトラリーを使って、フレンチトーストを一口サイズに切り分け口に運ぶ
フルーツと共に食べると口の中に酸味と、フレンチトーストの甘みが広がり、アリシアは頬をほころばせた
“美味しい…”
「その顔を見るのも久しぶりねぇ」
「あぁ、ついこの間まで熱でそれどころではなかったからな
なぁ?イリス」
「そうですね」
淡々と答えるイリスの声色は全く変わっていないが、表情は少し変化があったように見える
少しホッとしたような表情だ
ゲームでも、前の人生でもイリスのことはよく見ていた
美味しい食事を作るイリスに、公爵家の中ではアンの次…いや同じくらいアリシアは懐いていたのだ
しかし、イリスはあまり人との関わりを持とうとしない
例え仕えている主の娘だとしても、最低限の礼儀のみを守り、そこまで対応は変わらなかった
だが、それが幼いアリシアには少し鬼ごっこをしているようで楽しかったのか、イリスの行くところ全てに現れ、追いかけまわしたのだ
最初はイヤそうな顔をしていたイリスだったが、段々絆されたのか、イリスを追いかけまわすアリシアに菓子の贈り物をしてくれるようになった
“そういうところが大好き”
甘いフレンチトーストを口に頬張りながら、そんな過去を思い出した
今ではイリスも、アリシアにかなり甘い
表情は変わらないが、かなり過保護だったりする。
本人は無自覚らしいが
「あぁそうだアリシア、皇子との婚約のことだが…」
“きた!”
アリシアは食事の手を止め、父である公爵の方をまっすぐ見つめた
公爵も真面目な顔をしてアリシアの方を見つめている
母であるベイリーもアリシアのことを見つめている…が少し心配そうだった
「どうする?正直、私としてはあんな馬鹿な皇子と婚約させたくないんだが…」
「あなた、直球すぎます」
「馬鹿な男に馬鹿といって何が悪い!それに、アリシアはまだ10歳だ!
婚約などまだ早い!」
親バカが発動した父のことをアリシアは苦笑いで見つめる
その間も、2人は言い合っている。喧嘩というよりもベイリーがレオを嗜めているといった感じだ
それに、婚約は早いというがレオとベイリーが婚約したのも同じくらいのころだ
貴族の婚約は子供のころにするのが一般的なのだから、早いということはない
「婚約がまだ早いというのはわかりますが、相手は皇族。無礼な発言をすれば貴方だけでなく、アリシアにも罰が下るのですよ」
「それは悪かったが、婚約は早いだろう!?
それにするとしても、皇子じゃなくていいだろう!」
「お父様はどんな方なら良いとお考えですか?」
アリシアは素直な疑問を父にぶつけた
確かに愚かではあるが、一応この国唯一の皇子
いつかは必ず皇帝になる男、すでに彼に婚約の打診をしている貴族も多い事だろう
性格はあれだが、スペックは悪くない
それ以上、となるともう国外にでるしかなくなるだろう
レオは少し考え込み、口を開いた
「…少なくとも皇子のような性格じゃない者だな」
“あれ、意外に少ない?”
「それと、権力・財力…美貌もいるな…」
一瞬少ないと思ったが、全く少なくなかった
まだ何かブツブツとつぶやいているところを見ると、かなり条件は多そうだ
結婚させる気があるのかすら分からない
「多いですよ、でもそうねぇ…私はあなたを一番幸せにしてくれる人なら私は嬉しいわ」
「それは当たり前だろう。まぁだが、お前がその男のことが好きなら私たちは反対しない」
その言葉にアリシアは何かを思い出したかのように目を見開いた
ゲームのストーリーでも皇子との婚約話は持ち上がっていた
レオはあまり気乗りしていないようだったが、アリシアが一度パーティーで出会った皇子に一目惚れしてしまっていたので、レオはアリシアが望むならと婚約を了承したのだった
“それがあんなことになるとは思わなかったけど…”
「だから無理に皇子との婚約を進めることはない。
嫌なら私から陛下に伝えよう、陛下もお前が望まないのなら、無理に皇子妃にするつもりはないと仰ってくれたからな」
「皇后陛下は受けてほしそうにしていたけどね、皇后陛下はあなたを可愛がっているから」
「親友の娘だからな、それもこんなに可愛いんだから当たり前だ」
そう、前の人生でも皇后はアリシアのことを本当の娘のようにかわいがっていた
皇太子となったエイベルに虐げられても婚約を破棄しなかったのは勿論、あの女の洗脳から覚めて、もう一度自分を見てくれるのではないか。という希望が捨てられなかったというのもあるが、もう一つは皇后がいたからだ
自身を可愛がってくれていた皇后を悲しませたくない。という思いで留まっていたのだ
それに、ベイリーと皇后はアカデミー時代の友人だった
そのため、エイベル抜きでお茶をすることも多かったのだ
“それがあんなことになるなんてね…”
だが、その思いの果てに待っていたのは破滅だけだった
エイベルは結局最後まで盲目的な男だった、馬鹿な恋に溺れ正しいことが何なのか、見極められなくなっていた
その点ではエブリンは上手かった
エイベルを手玉に取り、盲目的に自分のことを信じさせ、アリシアを陥れることに成功したのだから
それも偏に彼女の神力によるものだ
“確か…ゲームで見たエブリンの神力は‘魅了〈チャームゲイズ〉’一分間目を見つめたものを自分に心酔させるってものだったはず”
それだけならば良かったのだが、彼女の驚くべきところは、それをハーシェル公爵領以外のアスーフィア帝国の民全員にやってのけたのだ
つまり、底なしの神和力
それか___
“アーティファクト…”
神和力を増強させるアーティファクトを持っている可能性もある
アーティファクトは、使い続ければ使用者の精神を壊しかねない危険な代物だ。
それ故に世界的に使用・所持のすべてが禁じられている
それを手に入れる方法はたった一つ
密輸だ
秘密裏にアーティファクトを作る組織は世界中にある
各帝国の皇室もそれを撲滅しようとして入るが、中々尻尾を掴めないらしく苦戦している
しかも、作って自分たちだけで使うならまだしも他に売りつけるのだ
お陰で年々各帝国に流れるアーティファクトの量は増え、アーティファクトの影響により精神を壊す者が増え続けている
流れているものだけでも何とか減らそうと様々な政策がなされているが、あまり意味をなしていない
つまり、エブリンがそれを秘密裏に購入している可能性があるのだ
“この描写はゲームにはなかった…。もしエブリンがアーティファクトを持っていたら…”
自分に勝てるのか分からない。
アリシアは攻撃に特化したような神力ではない、使いどころによっては、聖女と崇められるだろうが人を心酔させる相手に勝てるものではない
どうしたものかと頭を抱えていた
「アリシア」
「はい…?」
「そんなに難しく考えなくてもいい」
一瞬驚いて身をビクッと震わせた
自身の考えていることがばれたのかと身構えてしまった
だが、父の口から発せられたのはそれ以上に驚くことだった
「お前が嫌なら嫌でいい、それを咎める者は例え皇族でも私が何とかしてやる」
「そうよアリシア、例えどんな選択をしてもあなたの意思を尊重するわ
そして、ずっと私たちはあなたの味方よ。何があってもね」
そう優しい目でアリシアに告げる両親の顔を驚きと嬉しさ、そして少しの悲しさが混じった表情で見つめた
テーブルの下で拳をぎゅっと握りしめた
何か決意を固めるように___
“もう二度と、この人たちを悲しませたりしない”




