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大学生になっても東阪弥刀は突然現れる

「次の春も……その次の春も、一緒にいたい」


 あのとき、俺はそう言った。

 震える声で、でも、精一杯の覚悟を込めて。


 放課後の教室、夕日が差し込む窓辺。

 黒板の前に立つ彼女は、驚いたように目を見開いて、

 そして 、ゆっくりと微笑んだ。


 きっとあの瞬間が、俺の人生で一番“勇気”を出した瞬間だった。

 少し肌寒い春の風が、窓の隙間からそっと吹き込んで、二人の髪を揺らした。

 彼女の頬がほんの少し赤らんで、俺の心臓はバクバクとうるさく鳴っていた。


「……うん。あたしも、そう思ってた」


 その一言で、すべてが報われた気がした。

 あの春は、たしかに、俺と彼女のはじまりで

 

 俺たちの終わりだった。

 春は、いつも少しだけ苦手だ。

 別れの季節だから―なんてセンチメンタルな理由じゃない。ただ、意味のわからない期待と不安がいっしょくたになって、息苦しくなるからだ。

 あと花粉。お前だけは許さん。

 

 大学2年になった俺は、友達と呼べるやつも何人かできた。授業にも、バイトにも、慣れてきた。特に大きな不満があるわけじゃない。

 中二病ぼっちを拗らせ、ひねくれ全開だった俺がよくもこう更生できたもんだ。

 ちなみに今は空きコマなので、あくまで一時的に一人で過ごしているだけだ。

 決してぼっちだからではない。決して。


「ほんと遥のおかげだな」

 誰にも聞こえない声でそうつぶやき、毎日のルーティンである宇宙一可愛いガールフレンドのSNSチェックを始める。


 久宝寺 遥。同じ大学に通う彼女は、聡明華憐で品もある、まさに高嶺の花みたいな女性だ。それでいて、人当たりも良く、常に周りに人がいるような学内でも人気の存在だ。

 学業にボランティア、さらにまだ2年生になったばかりというのにインターンに参加するなど完璧な大学生活を送っている。

『ボランティア団体の報告会に参加しました!素敵な仲間たちと一緒に!』

 写真の中で、遥は満面の笑みを浮かべていた。

 周囲の大人びた雰囲気に、彼女の居場所がぴたりと馴染んでいる。


 こんな完璧な人が俺の彼女だなんてますます信じられなくなる。

 はたして俺は本当に遥に吊り合えてるのだろうか。

「……って、なに考えてんだ俺」

 自嘲するようにため息をつき、スマホを閉じようとすると、


「せ・ん・ぱ~い?」

 背後から聞き慣れた、けれどどこか大人びた声が飛んできた。

「……え?」

 振り返った俺の目に飛び込んできたのは──

 セミロングの金髪に、琥珀がかった大きな瞳が映えている。薄手のニットが可愛らしい顔立ちにとても似合う、懐かしい後輩の姿だった。


「……と、東阪?」

 春の光のなかに、彼女は立っていた。

 少し背が伸びて、髪が伸びて、それでもあの頃と変わらない笑みを浮かべて。


「やっぱり、先輩だぁ。もしかしてと思って声かけてみたけど、ビンゴです」

 無邪気なようで、どこか計算高さも感じさせるその表情に、思わず言葉が詰まった。


「東阪……? お前、こっちの大学だったのか?」

「ふふっ、言ってなかったでしたっけ? こっそり先輩のこと追いかけて来ました~、なんて」

「その感じ、高校の頃と変わんねえな」

 思わず苦笑い。

「そうですか? 先輩も相変わらず、ですね。

──“遥さん”とは、順調ですか?」

 その名前が出て、一瞬たじろいでしまった。

「……まぁ、普通に」

「ふーん、普通に。へぇー」

 ニヤニヤとした顔。ああ、これは探ってきてるなとすぐにわかる。


「なんだよ」

「なんでも。ただ、“あの頃のこと”、ちゃんと整理ついてるのかなって」

「……なんの話だ」

「先輩って、ああ見えて結構引きずるタイプですよね。私、ちょっと気になってることがあって」

 東阪はわざとらしく髪をいじりながら、言葉を続ける。

「飛鳥先輩、彼氏できたらしいですよ?」

 突然すぎて、思わず足を止める。

「……どこ情報だよ」

「講義で一緒になってる女の子が話してました。週末に男の人とカフェに入ってるのを見たって」

「……そりゃ、そんな年齢だし」

 俺は努めて無関心を装いながら淡々と返した。

「そうですよね。でも、なんか……先輩、少し顔色変わりました?」

 東阪は、ちらりと横から俺の顔を覗き込んでくる。

「別に。なんとも思ってねぇよ」


 そう言ったつもりなのに、声が妙に硬い。

 何も感じないはずだった。少なくとも、そう思ってた。

 でも、『彼氏』という言葉が、思いがけず胸に刺さる。

 心の奥で、小さな波が立つのを自分でも感じていた。


「……ふうん」

 東阪は少しの沈黙のあと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「じゃあ、調べに行ってみます? ほんとに付き合ってるのか、見に行くとか」

 その口ぶりはあくまで軽く、ふざけているようでいて、どこか鋭い。

「……なんでお前がそんなこと」

「うーん、なんか。先輩の顔が“知りたい”って言ってたから?」


 俺が返せずにいると、東阪は歩き出す。

「一人で行くのも退屈だし。どうせなら一緒に行きません?」

 夕暮れの風が、彼女の髪を揺らす。

 その一言が、まるでスイッチのように、心のどこかを押した気がして、言葉にはしなかったけれど、気づけば、足は自然と彼女を追っていた。

 

 そういえば高校の時もそうだった。

 東阪 弥刀。お前はいつも一歩離れたところにいて、何かがあればすぐに俺たちをかき乱そうとしてくる。


「じゃあ、調査開始です!」


 そう言って笑う彼女の瞳はあざとくて、どこか挑戦的だった。


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