4.クロキ-2
4.クロキ-2
この国では、結婚は最高のステータスシンボルだ。
クロキは第32分割区画のカプセルバーで、壁に埋め込まれたディスプレイを眺めていた。 無数の出会い系アプリが、派手な色彩でユーザーの目を引く。
「マッチ・ユー」 「ジェネティック・パートナー」 「ユマ・カップル」 「バース・ディール」
どれも同じアルゴリズムで動いている。 顔の対称性、ベーシックユマ以外の収入、出産権の保有状況。 これらの要素で、人間を数値化し、格付けする。
クロキはコーヒーをすすった。 合成カフェインに、わずかな調整香料が加えられただけの液体。
「出産権を持つ女性の平均マッチ率は97.2%」 「男性の平均マッチ率は42.5%」 「出産権保有+追加収入800ユマ以上の男性の平均マッチ率は89.7%」
アプリの統計データが冷たく流れる。
子どもを産める女性には、それだけで価値がある。 出産権は一人につき一つ。制度が保障する「命の許可証」。 それを持つ彼女たちは、生まれながらにして「選ぶ側」だ。
男は違う。 持って生まれたものに価値はない。 顔か金か、最低でもどちらかがないと、誰にも選ばれない。 そして「選ばれる側」の競争に勝ち抜けなければ、出産権を持っていても意味がない。
隣のカプセル席で、二人の男が声を潜めて話している。
「出産権を売れば、すぐに20,000ユマだぜ」 「でも、それで終わりだろ?」 「いや、稼ぎ方はある。『存在しない子供』のブローカーに転職した奴がいるんだ」
クロキは耳を澄ました。
『存在しない子供』。 それは制度の隙間に落ちた命だ。 双子の片割れ、出産権のない親から生まれた子、登録から逃れた子供たち。 法的には存在しないが、確かに息をしている命。
「あいつら、特殊な技術者を探してるらしい。データベースを書き換えられる奴をさ」
クロキは人口庁のデータ課で働いている。 彼のアクセス権限は低いが、それでも一般人より深くシステムを理解している。
端末が震える。 新着メッセージだ。 差出人不明。 内容は暗号化されている。
「データ修正スキルを持つあなたへ」 これは偶然ではない。 誰かが彼を監視していたのだ。
バーのセキュリティカメラが、彼の顔を認識して、追跡して、このメッセージを送らせた。
「インディックス街区、シンギュラリティ・アーケード、22時。出産権を持参のこと」
クロキは端末を閉じた。 それは明らかにリスクが高い話だ。 なぜ危険を冒すのか?
答えは簡単だった。 ベーシックユマだけの無味乾燥な生活に、何かを変えるきっかけが欲しかった。 もしかしたら、自分の出産権に最高の使い道があるのかもしれない。
クロキは決断した。行くことに。 疑念は多いが、もう後戻りはできない。 22時。インディックス街区。
彼は出産権カードを内ポケットに滑り込ませた。 それは彼の未来を開く鍵なのか、それとも罠なのか。 どちらにしても、クロキは人生で初めて、自分から一歩を踏み出そうとしていた。