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6wa

射撃訓練場で感じたあの爽快感は、なかなか消えなかった。アルブレヒトは昼間、領民たちと共に畑仕事に精を出し、領主城での細々とした執務をこなしながらも、ふと指先に残る引き金の感触と、標的が派手に吹き飛んだあの瞬間を思い出していた。


「上位0.1パーセント……千人に一人、か」


生涯剣術の訓練に打ち込んでも「努力すれば上達するだろう」という漠然とした励まししか受けてこなかった彼にとって、それは衝撃的な才能の発見だった。剣を握る手はまだどこかぎこちないものの、あの『電磁小銃デンジ・ショウジュウ』という代物は、まるで最初から彼のために誂えられたかのように、しっくりと手に馴染んだのだ。


この力は、単に己の身を守るという範疇を超えたものだった。理論上は、たった一人で完全武装の騎士数十人、いや、あるいは小規模な軍隊とさえ渡り合えるかもしれない――そう思うと、背筋に冷たいものが走った。これは天からの祝福か、それとも手に負えぬ呪いか。アルブレヒトには、まだその答えを知る由もなかった。


だが今は、その力に酔いしれている場合ではない。まずは足元の現実――青々と育ちつつある稲に集中すべきだった。領民たちと共に開墾した水田は、今やなかなかの景観を見せている。水が満たされた田んぼに、瑞々しい緑の稲が整然と並んで育つ光景は、希望そのものだった。


領民たちは毎日田んぼに出ては、雑草を抜き、水路の具合を確かめていた。最初は半信半疑だった彼らも、稲がすくすくと育っていくのを目の当たりにするうちに、その顔には確かな期待の色が浮かび始めていた。特に子供たちは物珍しそうに畦道を駆け回り、はしゃいでいた。


「領主様! 稲の育ちが本当に早いです! 麦なんかよりずっと!」

「このままいけば、今年の秋は本当にお腹いっぱい食べられますよね?」

「もちろんだとも。皆で力を合わせた結果だからな」


領民たちの弾んだ声を聞きながら、アルブレヒトもまた誇らしい気持ちに満たされていた。だがその一方で、心の片隅では物事が順調に進みすぎているという一抹の不安も感じていた。いつだってそうだ。上手くいきすぎていると感じる時ほど、何か問題が起こるものなのだ。


そして、彼の不安は間もなく現実のものとなった。


ある朝、水田を見回っていた一人の農夫が、慌てた様子でアルブレヒトの元へ駆け込んできた。


「領主様! 大変です! 稲に変な虫がびっしりたかっているんです!」


アルブレヒトは直ちに農夫に続いて水田へと急いだ。近づいてよく見ると、青々としているはずの稲の葉のあちこちに黒ずんだ斑点ができ、その裏側には小さな赤い虫がびっしりと張り付いて、樹液を吸っていた。


「これは……!」


アルブレヒトの表情がこわばる。アルテミスが警告していた『病害虫』の発生だ。知らせを聞きつけた他の領民たちも集まり、心配そうな面持ちで稲の様子を窺っていた。


「あんな虫は初めて見るぞ……」

「このままでは、稲が全部ダメになってしまうんじゃ……?」

「せっかくここまで育てたのに……! どうすればいいんですか、領主様!」


領民たちの不安げな声が広がる。このまま放置すれば、数ヶ月にわたる彼らの努力がすべて水の泡になりかねない。アルブレヒトは努めて冷静さを装い、彼らに呼びかけた。


「皆、落ち着くんだ! 私が必ず対策を見つけ出す。そう心配するな」


彼はひとまず領民たちを宥めて帰らせると、陽が沈むのをひたすら待った。心は焦りでいっぱいだったが、白昼堂々、あの艦船へ乗り込むわけにはいかないのだ。


夜が更け、アルブレヒトはいつものように湖畔へと足を運んだ。彼の呼びかけに応じ、音もなく姿を現したアルテミス1号に乗り込むやいなや、切羽詰まった声で問いかけた。


「アルテミス! 稲に虫が発生した! 赤くて小さい虫で、葉を食い荒らしているんだ!」


『センサーデータ及び画像解析の結果、該当する生命体はこの惑星の土着種である『クリリアン吸汁虫』と特定されます。主にイネ科植物の樹液を吸って生き、繁殖力が非常に強く、放置した場合、深刻な被害を引き起こす可能性があります』


「やはり病害虫だったか……! どうすればいい? 何か効く薬はないのか?」


『最も効果的な方法は、超精密レーザー消毒システムを使用するか、特定の周波数の音波を放射して……』


「いやいや! そんなものは使えない! 領民たちにどう説明するんだ! もっとこう……普通の、この世界でも通用しそうな方法はないのか?」


アルブレヒトが求めているのは、アルテミスの超技術ではなく、この世界の常識の範囲内で実行可能な解決策だった。


『……了解しました。次善策を検索します……検索完了。艦船データベースに記録されている古代農業技術、及びこの惑星の植物生態系の分析結果に基づき、代替案を算出しました。領地周辺で容易に入手可能な『ルナリア草』と『灰かぶり茸の胞子』、さらに少量の硫黄を特定の比率で混合し、水で希釈。日没時に稲全体に散布することで、吸汁虫の神経系を麻痺させ、効果的な駆除が可能です。この方法は人体及び稲への害はなく、外部から観察した場合、在来の薬草療法と酷似して見えるでしょう』


「ルナリア草? 灰かぶり茸? 硫黄だと?」


どれも領地の周辺で手に入る、ありふれた材料ばかりだった。だが、それらを混ぜ合わせて害虫駆除に使うなどという発想は、アルブレヒト自身、聞いたこともなかった。


「本当にそれで効果があるというのか?」


『データ分析によれば、成功確率は92.8パーセントです。混合比率と散布時刻が重要となります』


アルブレヒトは、アルテミスから教わった正確な配合比率、製造法、散布時の注意点を羊皮紙に念入りに書き留めた。翌日の早朝、彼は信頼できる領民数名と共にルナリア草と灰かぶり茸を採取しに出かけ、さらに倉庫に保管されていたわずかな硫黄を運び出した。


領民たちは、領主自らが薬草(?)を使って虫退治に乗り出したことに少々戸惑いつつも、アルブレヒトの指示に従って黙々と材料をすり潰し、混ぜ合わせ、大きな桶で水と共に希釈していった。やがて、少し鼻につく匂いを放つ、濃い褐色の液体が完成した。


陽が西に傾き始めた頃、アルブレヒトは領民たちと共に、この『特製の薬液』を手に水田へと向かった。


「よし、この液体を稲全体に、ムラなく撒いてくれ。特に葉の裏側まで念入りにな!」


領民たちはまだ半信半疑といった様子だったが、アルブレヒトの指示通り、噴霧器など便利なものはないため、如雨露や手桶を使って液体を撒き始めた。日没間近の水田に、奇妙な匂いを伴う白濁した液体が降りかかっていく。


結果は、翌朝になって明らかになった。


「領主様! 虫です! 虫が……みんな下に落ちて死んでます!」


早朝、真っ先に水田の様子を確認しに行った農夫が、興奮した様子で報告した。実際、稲の葉を覆っていた赤い虫は、そのほとんどが力なく剥がれ落ちて水面に浮かんでいるか、葉にぶら下がったままピクリとも動かなくなっていたのだ。一晩のうちに、あれほど猛威を振るっていた害虫の勢いは完全に削がれていた。


「本当に……本当に効いたんだ!」

「さすが領主様が作られた薬だ、効果てきめんじゃないか!」

「やっぱり俺たちの領主様は違うぜ!」


領民たちは、驚きと安堵、そして領主に対する尊敬の念が入り混じった熱い視線をアルブレヒトに送っていた。アルブレヒト自身は努めて平静を装っていたものの、内心では改めてアルテミスの能力に舌を巻いていた。


その様子を少し離れたところから見守っていた老騎士ヴァレンタイン卿は、静かに笑みを浮かべていた。彼がどこからそのような知識を得たのか、老騎士は野暮な詮索はしない。ただ、若き主君が民のために知恵を働かせ、見事に危機を乗り越えたその姿が、誇らしかった。彼はいつものように、ただ黙って主君の傍らに控え、その身を守るだけである。


病害虫の危機を脱した稲は、再び旺盛な生命力を見せ始めた。水田は今や、どこまでも続く健やかな緑の絨毯のようだ。アルブレヒトは畦道に立ち、やがて訪れるであろう、黄金色に輝く収穫の秋に思いを馳せていた。


だが同時に、彼の心には新たな懸念の影も忍び寄っていた。これほど見事に育つ稲は、間違いなく周囲の注目を集めるだろう。このささやかな奇跡を、いつまで秘密にしておけるのか? そして、この奇跡がもたらす未来は、果たして祝福だけなのだろうか? 彼にはまだ、その答えはわからなかった。ただ、来るべき未来に備えなければならないという、漠然とした、しかし重い責任感だけが、彼の肩にのしかかっていた。


やがて稲は青さを失い、黄金の色を帯び始めた。秋が訪れたのだ。


アルブレヒトの領地は、かつてない壮観な景色を見せていた。湖のほとりの、かつては打ち捨てられていた土地が、今では頭を垂れる黄金色の稲穂で埋め尽くされ、秋の日差しを浴びて眩しく輝いている。


風が吹くたびに稲穂が波のようにうねる様は、これまでの痩せた土地の秋景色とは比較にならない。その時期、村には活気が満ち溢れていた。誰もが見たことのない黄金色の田園風景を前に、高鳴る胸を抑えきれずにいたのだ。


「うわぁ……これが全部、俺たちが育てた稲か?」

「すげえや……どう見ても麦よりずっと収穫量が多いぞ!」


収穫のために水田の前に集まった領民たちは、目の前に広がる光景にただただ感嘆の声を漏らしていた。アルテミスの説明によれば、米は麦よりも『単位面積あたりの収穫量』が格段に高いのだという。難しい言葉だが、要するに同じ広さの土地から、より多くの食料が手に入るということだ。


つまり、今まで麦を主食としてきたこの領地で米作りが始まったということは、これからは皆がもっとお腹いっぱい食べられるようになる、ということに他ならなかった。


その事実が領民たちの間に広まると、彼らはこれから訪れるであろう豊かな生活への期待に胸を膨らませ、口々に『新しい穀物』の生産性の高さについて語り合い、その噂を広めていった。


「さあ、皆の者! 収穫の時だ! 今日は我々が汗水流して育て上げた、この稲を刈り取る日ぞ!」


アルブレヒトが鎌を高く掲げて叫んだ。その声には、領主としての誇りと、民への愛情が満ち溢れていた。


「領主様となら、どこまでもついて行きますぜ!」

「おう! さっさと始めようぜ! あの美味い米の飯を食えると思えば、力が湧いてくらあ!」

「ハハハ!」

「よし、始めるぞ!」

「「「おおーーーっ!!」」」


領民たちは歓声を上げながら、一斉に水田へと足を踏み入れた。


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