5話
「あっ、アルテミス!隠れろ!」
『問題ありません、マスター・アルブレヒト。アルテミス1号は光学迷彩を使用中であり、外部から視認されることは……』
「しーっ! 声を落とせ! 聞かれたらどうするんだ!」
『音声遮断率はほぼ100%です。外部にアルブレヒト様の声が漏れることはありません。』
「何を言ってる? 俺には全部聞こえてるぞ。」
『アルテミス1号が周辺の音声を収集しているだけです。アルテミス1号は視認もされず、音声も感知されませんので、ご心配には及びません。』
アルブレヒトは、人工知能の落ち着いた説明に、しばし呆然と立ち尽くしていた。光学迷彩? 音声遮断? 聞いたこともない単語だったが、その意味は明確だった。自分とこの巨大な艦が、今この瞬間、湖畔にいるあの釣り人たちには、まったく見えず、聞こえもしないということだ。
「そ……それじゃあ、彼らは俺たちのことを全く知らないってことか?」
『その通りです。現在、アルテミス1号は周辺環境と完全に同化しています。エネルギー反応や騒音も外部に漏洩しないよう制御されています。』
アルブレヒトはまるで幽霊にでもなったような気分だった。彼は慎重に、艦の透明な窓際に近づき、外を覗き込んだ。二人の村人がのんびりと釣り糸を垂れていた。
彼らの表情は穏やかで、すぐそばに自分たちの想像を遥かに超える存在が息づいていることなど、露ほども気づいていない様子だった。
(とんでもない技術だな……だが、同時に……ぞっとする)
こんな技術を持つ存在なら、なんだってできるだろう。エララや他の船員たちが、ただの哀れな難民のように感じられたのが、一瞬にして違って見え始めた。
彼らは単なる漂流者ではなく、圧倒的な力を持つ文明の一部だったのだ。
彼は釣り人たちが立ち去るまで艦内で待った。夜がさらに深まり、湖畔に再び静寂が訪れてから、彼は静かに艦の外へ出た。冷たい夜の空気を吸い込むと、複雑だった頭の中が少し整理される気がした。
「アルテミス、やはり湖は目立ちすぎる。どこかに隠れることはできないか?」
『アルテミス1号には潜水機能があります。湖の深部に潜行し、所有者が訪れた時のみ浮上することが可能です。』
「なに? お前、息もしないっていうのか?」
『アルテミス1号に呼吸機能は存在しません。酸素がなくとも十分に機能できます。』
「すごいな。じゃあ、そうしよう。俺がいない間は、湖の底深くに隠れていてくれ。」
『了解しました。』
アルテミスがごう、と音を立てて湖の深みへと沈んでいく。しかし、光学迷彩機能のおかげでアルテミスの姿は透明であり、外部から見ればただ水面が波立っているようにしか見えないだろう。
やがてアルテミスが湖の底へと姿を消すと、アルブレヒトは静かに領主の城へと戻った。領主の城といっても、実際には木柵で囲まれた粗末な石壁の砦に過ぎないのだが。
田植えが終わった水田は、自然の手に委ねられた。アルブレヒトの日常は、再び以前のリズムを取り戻したかのように見えた。昼は領地の些細な問題を解決し、民と共に汗を流す、片田舎の領主へと戻ったのだ。
しかし、アルブレヒトには大きな秘密があった。アルテミス1号――アルブレヒトの秘密の新しい友の存在は、アルブレヒトの、そしてシュヴァルツフェルト領の運命を大きく変えることになるだろう。
そんなある日の午後、領主の城の小さな訓練場から、木剣が打ち合う音が響いていた。アルブレヒトが久しぶりに剣を振るっているのだ。アルブレヒトの傍らには、白髪混じりだが、今なお矍鑠とした体躯の老人が立っていた。シュヴァルツフェルト家に代々忠誠を誓ってきた、ただ一人の騎士、ヴァレンタイン卿である。
「若、剣を握る手に力が入りすぎております。剣は水のように、力を込めすぎず、流れるように自然に振るってください。」
ヴァレンタイン卿の声は、彼が積み重ねてきた年月のように深く、落ち着いていた。彼はアルブレヒトの姿勢を正しながら言った。
「護身術の基本は、相手の力を逆用することです。無理に強く打ち合う必要はございません。」
アルブレヒトは汗を拭い、息を整えた。
「ヴァレンタイン卿、なかなか上手くいきませんね。俺には剣の才能がないのでしょうか?」
「私も若い頃は同じ悩みを抱えたものです。時には時間が解決してくれることもございます。諦めずに修練を積めば、いつか必ず強くなられますぞ。」
ヴァレンタイン卿は、貴族たるもの己を守る術は持つべきだと信じている男だった。こんな平和な田舎で剣を使う機会などそうそうないだろうが、世の中、何が起こるかわからない。
特に最近、若が領外から持ち込んだという不思議な作物で、領内の雰囲気がどこか落ち着かないこともあり、老騎士の心の片隅には一抹の不安がよぎっていた。
「もう一度、お願いします。」
アルブレヒトは再び木剣を握った。ヴァレンタイン卿の指導に従い、いくつかの型と打ち込みを練習する。土埃の舞う地面を踏みしめる音と、木剣がぶつかる鈍い音が繰り返された。何度か繰り返すうちに、いくらか様になってきた。
剣を振るい、汗を流している最中、ふとアルブレヒトの脳裏をある疑問がよぎった。
(そういえば、アルテミス1号にも武器があると言っていたな……あれは、どんな武器なんだろうか?)
以前、倉庫を見て回った時に通り過ぎた、奇妙な形の金属の棒のことを思い出す。アルテミスはそれらを「武器」と呼んでいた。自分はただの硬い鈍器くらいにしか思っていなかったが、AIはそれが「弾丸」とかいう、矢のようなものを発射する武器だと説明していた。石弓に似ているが、比較にならないほど強力だと。
その時は農具や種籾に気を取られて見過ごしてしまったが、今こうして実際に剣を握ってみると、その「武器」とやらの正体が改めて気になってきた。
(護身術、か……アルテミスの武器は、どの程度のものなのだろう?)
その夜、アルブレヒトはお決まりのように湖畔へと向かった。月明かりの下、静かな水面に向かって彼が低く呼びかけると、波一つ立てずに巨大な艦が音もなく浮上した。まるで最初からそこにあったかのように。
『ようこそおいでくださいました、マスター・アルブレヒト・フォン・シュヴァルツフェルト』
艦内に入ると、聞き慣れた人工知能の声が彼を迎えた。
「アルテミス。以前、倉庫で見た武器のことだが」
『戦闘装備のことでしょうか?』
「ああ、それだ。お前が弾丸かなにかを撃ち出すと言っていたやつだ。一度、試してみることはできるか?」
『もちろんです。艦内に設けられた訓練場で安全に試射が可能です。どのような種類の武器をご希望ですか? 近接武器、遠距離武器、防御兵装がございます。』
「全部、見てみたい。」
『承知いたしました。訓練場へご案内します。まずは電磁加速ライフル(レールガン)から始めましょう。』
アルテミスの案内に従い、アルブレヒトは再び倉庫エリアへと向かった。今度は農具や種籾ではなく、壁一面を埋め尽くす武器ラックに視線が釘付けになった。
その中でも、ひときわ滑らかで流線形のデザインを持つ黒いライフルが目に留まった。アルブレヒトは吸い寄せられるように、その武器に手を伸ばした。
思ったよりもずっと軽かった。しかし、冷たく硬質な金属の感触が手にしっくりと馴染む。ずっしりとした木剣とは全く違う。不思議な感覚だった。
『こちらが訓練場です。』
アルテミスが案内したのは、広々とした何もない空間だった。壁面は特殊な素材で覆われており、前方には様々な形状のターゲットが現れては消えるのを繰り返している。
『安全装置を解除し、前方のターゲットに向けてスタンスを取り、トリガーを引いてください。』
「安全装置? スタンス? それは何だ?」
『上部のモニターに表示します。そのモニターに映っている人物の動きを真似してください。』
すると、訓練場の上部に、本当に完全武装した筋骨隆々の男が現れ、銃を撃つデモンストレーションを始めた。アルブレヒトはこの奇妙な組み合わせに驚きつつも、一つも見逃すまいと、そのマッチョな男の動きを食い入るように見つめた。
アルブレヒトはモニターの人物に倣って安全装置を解除し、ライフルを構えた。そして、ターゲットが現れては消えるのを繰り返す前方に向けて、銃口を定めた。
(モニターの男は……こう撃っていたな)
そして、トリガーに指をかけ、引いた瞬間。
―――バシュンッ!
電磁ライフル特有の鋭い音と共に、ターゲットに穴が空いた。
「うおぉ! なんだこれ、すごいな!」
ただ指を動かしただけでターゲットに穴が開くのを見て、彼は驚きを隠せなかった。
「これ、人も傷つけられるのか?」
『はい。こちらの世界の文明レベルで作られた鎧程度なら容易に貫通しますし、石壁のような構造物さえ問題なく破壊可能です。』
「石壁も? ここの壁は弾が当たっても平気なようだが?」
『この訓練場の壁は特殊合金製ですので、並大抵の衝撃では傷つきません。』
「なんだかすごいな。」
『次のターゲットを準備します。』
再びターゲットが現れ、アルブレヒトは次々と現れるターゲットに向けて弾丸を撃ち込んだ。
「これ、面白いな!」
『難易度を上げます。ターゲットの出現・消滅速度を上げます。』
「よし! やってみよう!」
そうしてきっかり15分間、射撃に集中した後、アルテミスが告げた。
『訓練結果を表示します。総ターゲット数、835。撃破ターゲット数、815。命中精度、98パーセント。反応速度、平均210ミリ秒。上位0.1パーセントの適性です。』
「上位0.1パーセントだと? それって、どれくらいすごいんだ?」
『文字通り、千人に一人の才能です。』
「おおっ!」
アルブレヒトは、以前から剣術の稽古をしても一向に上達しないことに、少しばかり落ち込んでいたのだが、自分の才能は別のところにあったのだと、この時初めて悟ったのだった。
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