4話
異世界初の田んぼ作りは、思った以上に骨の折れる作業だった。領民たちは生涯続けてきた畑仕事とは全く違う種類の労働にすぐさま疲弊していったが、誰一人として不平を口にする者はいなかった。数日前に味わった、口の中でとろける白いご飯の感触と味が、彼らの手足を動かす原動力となっていたのだ。
「領主様! このくらいでよろしいでしょうか?」
「いや、もう少し掘らないと。あちらがまだ高いな」
アルブレヒトは土埃を被りながらも自らシャベルを手に取り、地面をならす作業に参加した。昼は領民たちと共に汗を流し、夜はアルテミス1号に戻って助言を求める生活が繰り返された。
「アルテミス、我々が作っている田んぼはどうだ? 問題なさそうか?」
『水平が少し合っていません。倉庫に携帯用の水平器がありますので、お使いになることをお勧めします』
「そんなものを持って歩いて、君の存在がバレたらどうする! しばらくはあまり目立つような真似はできないんだ」
アルテミスの存在が知られれば、何か大変なことが起こる気がした。具体的に何が起こるかは分からないが、とにかく大変なことになるはずだった。
『では、リアルタイムで収集したデータに基づいて助言を行います。まず、地面をより平らにすることが重要であり……』
地面を平らにならす作業が終わると、次は堤防を築いて水を溜める作業だった。
『堤防の安定性を高めるため、粘土含有量の高い土を使用するのが望ましいです。また、堤防の基礎部分に石を敷き詰め、水の浸食を防ぐことが長期的に有利です』
アルテミスのアドバイスに従い、アルブレヒトは領民たちに堤防を築く具体的な方法を指示した。湖の近くから掘り出した粘土を念入りに突き固めて積み上げ、堤防の内側と外側の斜面には芝や他の植物を植えて、土が流されるのを防ぐようにした。
最も重要なのは、水を引いてくる水路を作ることだった。湖から田んぼまで自然に水が流れ込むように、適切な傾斜を計算する必要があった。これもまた、アルテミスの正確な計算とシミュレーションが大いに役立った。
「領主様、このように水路を作って、本当にあの広い土地に水が満ちるのですか?」
初めて田んぼに水を引く日、水路のそばに立った粉屋のマックスが心配そうに尋ねた。まだ半信半疑といった様子だった。
「見ていろ、マックス。もうすぐ驚くべき光景を目にすることになるぞ」
アルブレヒトは自作の木の水門を慎重に開けた。すると、ちょろちょろと音を立てて湖の水が新しく作られた水路を流れ始めた。水は一瞬ためらうかのように見えたが、すぐに平らに固められた田んぼの底へとゆっくりと広がっていった。
日差しを受けてきらめく水が乾いた土を濡らしながら広く広がっていく様子は壮観だった。見守っていた領民たちの間から、低い感嘆の声が漏れた。
「わぁっ……!」
「水が……水が本当に地面の上に溜まっているぞ!」
「なんてこった、こんな農法があったなんて!」
子供たちは珍しさから畦道を走り回り、大人たちは驚嘆の眼差しで水が満ちていく田んぼを眺めていた。
ついに田んぼ全体が浅く水に浸かると、アルブレヒトは満足げな笑みを浮かべた。まだ田植えという重要な作業が残っているが、最大の難関は乗り越えたと言えた。
「皆、ご苦労だった! 今日はここまでにして、明日はこの田んぼに稲を植える準備をするぞ!」
アルブレヒトの言葉に、領民たちは歓声を上げた。骨の折れる労働ではあったが、目の前に広がる結果と、これから味わうことになるであろう白米への期待で、疲労はとうに忘れ去られていた。
その夜、アルブレヒトは再びアルテミス1号へと向かった。
「アルテミス。今日、最初の田んぼに水を入れた。領民たちも皆喜んでいたぞ」
『データ分析の結果、水田造成プロジェクトの第一段階目標が成功裏に達成されました。土壌および水質分析の結果、現在の状態は稲の生育に非常に適しています。特に6番品種の生育条件とほぼ一致します』
「6番品種か…… それが一番美味いと言っていたな?」
『はい。記録された開拓艦隊の船員たちの嗜好度調査で、最も高い評価を得ています。ただし、3番、4番品種に比べて病虫害にやや弱い特性があるため、初期管理には注意が必要です』
「病虫害か…… それも君が手伝ってくれるんだろう?」
『もちろんです。予防および防除に関するデータは十分に確保されています。所有者様がご希望される時点で情報を提供できます』
アルブレヒトは頷いた。彼は完成した田んぼと、そこに植えられるであろう新たな希望を思った。6番品種、最も美味しい米。領民たちがそのご飯を食べて喜ぶ姿を想像すると、自然と笑みがこぼれた。
「アルテミス。もう種を蒔けばいいのか? 前みたいに?」
『前回はやむを得ず直播を行いましたが、移植の方が効果的です』
「もうちょっと簡単に言ってくれないか?」
『田植えをすればよいのです。収穫量が増加し、雑草管理にも効率的です。事前に準備された苗床で一定期間育てた若い稲を、田んぼに移し替えて植える方式です』
アルテミスの説明は簡潔だったが、アルブレヒトにとってはまた一つ乗り越えるべき山だった。田植えなんて、聞いたこともない方法だった。
「た……田植えだと?」
アルブレヒトは羊皮紙を見下ろしながら呟いた。彼は再び領民たちを呼び集めた。今回は、前の米飯の宴に参加した者たちだけでなく、働けるほとんど全ての領民が好奇心と期待を胸に集まってきた。
「皆、よく聞いてくれ。我々が育てるこの稲という作物は、種を直接蒔くのではなく、あらかじめ育てた若い苗を移し植える必要があるそうだ。これを『田植え』と呼ぶ」
領民たちの間で再びざわめきが起こった。
「若い苗を移し植えるだって?」
「なぜそんな面倒なことを……」
「しっ! 領主様の話を聞こう」
アルブレヒトは、あらかじめ準備しておいた苗床を指差した。田んぼの近くの小さな畑に、アルテミスの指示に従って籾をびっしりと蒔き、数日間育てておいたものだ。青々とした若い稲が風にそよいでいた。
「これが『苗』というものだ。これを慎重に引き抜いて、あの広い田んぼに一定の間隔で植えていくのだ」
彼は自ら手本を示すため、ズボンの裾をまくり上げ、ぬかるんだ苗床へと入った。アルテミスに教えられた通り、苗の根が傷つかないように慎重に一掴み引き抜いた。土がたくさん付いたか弱い根が現れた。
「さあ、こうして抜いた苗を持って田んぼへ行って……」
アルブレヒトは田んぼへ歩み入り、腰をかがめた。アルテミスが強調していた『適切な間隔』と『深さ』を思い出しながら、親指と人差し指で苗を三、四本つまみ、泥の中にぐっと押し込んで植えた。
「このように、列を揃えて植えていけばいい。間隔は……大体、大人の手のひら一つ分くらいでよかろう」
もちろん、アルテミスはセンチメートル単位で正確な数値を教えてくれたが、領民たちには手のひら一つ分という説明の方がずっと理解しやすかった。
最初は誰もがぎこちなかった。生涯、乾いた畑ばかり耕してきた彼らにとって、ぬかるんだ田んぼに足を踏み入れ、腰をかがめて何かを植えるという作業は、この上なく目新しかったのだ。ふらついたり、泥に滑ったりする者もいれば、深く植えすぎたり浅く植えすぎたりしてアルブレヒトに小言を言われる者もいた。
「あぁ、腰が痛え! 畑仕事よりきついぞ、こりゃ!」
「この列を揃えるのが、並大抵のことじゃないな」
「だが…… あの白米を思えば、力が湧いてくるってもんだ!」
ぶつぶつ言いながらも、領民たちの手つきは次第に速くなっていった。慣れない労働ではあったが、彼らの目には、骨の折れる労働の先にある甘い実りへの希望が満ち溢れていた。その時、声が聞こえてきた。
「泥に足つけ 腰を曲げれば、えんやこら!」
「りょ、領主様? それはなんの歌ですか?」
「田植え歌だ。遠い異国では、田植えの時に歌を歌うらしい。そうすれば周りを見なくても周りと歩調を合わせられるし、仕事の辛さも忘れられる。楽に田植えができるってわけだ」
「おお!」
苗を植えながら歌うアルブレヒトの歌詞を、皆が真似し始めた。
「腹はへっても 願うは一つ~」
「黄金の 穂波!」
続く労働歌に、子供たちははしゃぎ、大人たちは辛い労働の苦痛も忘れるかのようだった。田植えは骨が折れて大変だったが、楽しかった。
日がゆっくりと西の山に傾く頃、ついに最後の苗が植えられた。広々とした泥の野原は、今や生命力あふれる緑の田んぼへと姿を変えていた。領民たちは腰を伸ばし、自分たちが成し遂げた壮観な眺めを見て、満足のため息をついた。
「皆、本当にご苦労だった!」
アルブレヒトが泥まみれの手で汗を拭いながら叫んだ。
「今日の我々の汗の雫が、この秋、豊かな収穫となって返ってくるだろう! 今日は皆、ゆっくり休んで、明日からはこの大切な稲をしっかり管理することに努めよう!」
「わあああっ!」
領民たちの歓声が響き渡った。疲れてはいたが、彼らの顔には達成感と期待感が満ち溢れていた。彼らは三々五々、連れ立って家路につきながら、これから始まる稲作と豊かな食卓についての話を交わしていた。
その夜、アルブレヒトはいつものようにアルテミス1号を訪れた。ふかふかの操縦席に身を預けると、一日の疲れがどっと押し寄せてきた。
「アルテミス、今日…… 田植えを終えた。領民たちも皆、一生懸命やってくれた」
『全てのプロセスが計画通りに進行しました。所有者アルブレヒト・フォン・シュヴァルツフェルト様の指導力と領民たちの労働力が組み合わさった、効率的な結果です。現在の田んぼの環境データは、6番品種の初期生育に最適化されています』
「もう大きな問題はないのか?」
『はい。不安要素があるとすれば病虫害ですが、私が継続的にモニタリングし、問題が発生した際には所有者様を呼び出すようにします』
「分かっ……」
その瞬間、アルブレヒトは言葉を止めた。
どこからか、話し声が聞こえ始めたからだ。
『久しぶりの湖での釣りだな! 隣に海があるから、湖にはなかなか来なくなるもんだ』
『それでも有名な伝説がある湖じゃないか。昔、空からこの湖に伝説の剣が落ちてきたって話だろ? だから定期的に訪れないとな』
村人たちの声だった。