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3話

4ヶ月が過ぎ、アルテミスの指示に従って定期的に水を与えて管理すると、稲が育ってきた。初めて稲が育った時、庭師はそれを雑草だと思い込み、除去しようとした。それを止めさせ、これが稲であると説明するのは一苦労だった。


「こ、これは私が外国から持ってきた作物なのだ! どれほど美味いか知れんぞ!」

「領主様、外国へ行かれたことはないではありませんか?」

「が、外国から来た商人に買ったのだ!」

「最近は商人どころか、客人すら来ていないではありませんか?」

「あ、とにかく買ったのだ! そういうことにしておけ!」


ともかく、庭師は稲を刈るのをやめてくれた。そうして育った稲を初めて収穫し、製粉所に持って行って脱穀を頼むと、製粉所の主は妙な顔つきで稲を眺めた。


「領主様、これは何ですかい?」

「稲というものだ。私が外国の商人から買ってきた」

「最近、外国の商人が来たことなど、ないではありませんか?」

「あ、とにかく買ってきたんだ!」


この領地はあまりにも小さすぎるのが問題だ。商人が来れば村全体が祭りになるほどなので、最近商人が来ていないという事実を知らない者はいない。


ゴクリ。アルブレヒトは緊張した面持ちで尋ねた。


「脱穀はできそうか?」

「脱穀して粉にすればいいんですかい?」

「小麦とは違う! 脱穀してから水で蒸して食べるものだと聞いた」

「ああ、それなら脱穀だけすればいいんですね。それくらいなら難しくありやせんよ。夕方にちょいと人を集めて終わらせておきやす。量も少ないですし」

「人を集めるには金がかかるのではないか? 私の金がここに…」

「おっと! しまっておいてください。この間、うちの甥が手を怪我した時、領主様が代わりに畑仕事をしてくださったじゃないですか。領主様が我々領民にそれほど気を配ってくださるのですから、これくらい当然やって差し上げますよ」

「マックス…」


アルブレヒトは製粉所の主を見つめ、目を潤ませた。自分が領民たちにこれほど慕われていると思うと、領主として誇らしい気持ちにもなった。


そうして翌日になり脱穀が完了すると、アルブレヒトは米を受け取りに行った。すると、白い米がアルブレヒトを出迎えた。


村人たちもまた、好奇心に満ちた目で米を見つめていた。アルブレヒトが住むこの異世界は地中海性気候だったため、米はおろか、米に似たものすらなかった。そんな状況で乾燥気候にも適応するように品種改良された米を植えて初めて収穫したのだから、農村には珍しく『新しいもの』が生まれたというわけだった。


「こ、これはなんだ?」

「俺も知らねえ。領主様が持ってこられた新しい作物だそうだ」

「領主様が? 俺にも見せろよ」

「何か知ってる奴はいるか?」

「初めて見るな…」


そんな中、現れた領主アルブレヒト。領主が現れると、人々はざわめいた。


「領主様! これはどうやって食べるんですか?」

「これは…稲の粒である米というものだ! 蒸して食べるのだ!」


アルブレヒトが宣言するように言うと、周りに集まっていた領民たちの目が一層輝いた。


「蒸すんですか? 野菜みたいに?」

「野菜と似ているが少し違う。水の量をうまく合わせる必要があるそうだ。火加減も重要らしいな。マックス、厨房を借りてもいいか?」

「もちろんですとも!」


アルブレヒトはすぐに米を持っていき、アルテミスに教わった内容を復習し始めた。水は米の上から指の第一関節くらいまで入れるんだったな。そう何度も心の中で繰り返し、米を炊き始めた。


(本当は専用の炊飯器が必要だと言っていたが…その炊飯器とやらがないからな。鉄鍋でも使ってみるか)


そう考え、まるでお粥を作るかのように水の量を慎重に調整し、ご飯を炊き始めた。鍋の蓋をし、かまどに火を入れると、厨房の中にはすぐに木の燃える匂いと共に、嗅ぎ慣れない香ばしい香りが漂い始めた。


厨房の外では、知らせを聞いて集まってきた領民たちがざわざわしていた。製粉所のマックス、好奇心旺盛な子供たち、仕事の合間にちょっと立ち寄った農夫たちまで。皆が生まれて初めて見る『米』から作られるという『ご飯』なるものへの期待で胸を膨らませていた。


鍋から湯気が立ち上り、ぐつぐつと煮える音が聞こえていたが、やがて火を弱めると静かになった。どれくらいの時間が経っただろうか。厨房を満たしたのは、それまでとは違う、甘やかでふっくらとした、今までにない新しい匂いだった。


「そろそろ…できたようだな」


アルブレヒトが緊張した声で言った。領民たちがごくりと唾を飲み込んだ。


「わぁ…!」


あちこちから感嘆の声が上がった。鍋の中には、つやつやと輝く白いご飯が満ちていた。水分を含んでふっくらと炊き上がった米粒が、互いに寄り添い、食欲をそそる姿を見せていた。


アルブレヒトが木製のしゃもじでご飯を慎重によそった。


「皆、味見してみるがいい。家へ戻って、器を一つずつ持ってくるのだ」

「あ、我々もいただいてよろしいのですか? 高価な贅沢品ではないのですか?」

「なに? はっはっは。では私が美味いものを作っておいて、一人で食べるとでも思ったか?」

「領主様…!」


まるで地獄の果てまでついて行くと言わんばかりの目で領主を見つめた領民たちは、すぐに家へ戻り、めいめいが器を持ってきた。村が小さかったおかげで、人々はすぐに集まってきた。アルブレヒトはすぐに炊き上がったご飯を人々に分け与えた。ご飯を口に入れた瞬間、一人の農夫が目を見開いた。


「こ、これは…」

「どうした? 何か問題でもあったか?」

「美味いです!」


温かく、柔らかな食感。噛むほどにほのかに広がる甘み。小麦で作ったパンやオートミールの粥とは次元の違う、純粋で繊細な味だった。喉越しもまた滑らかだった。不思議と後を引く味だった。


「うまい…」


その農夫の感嘆の声に、他の農夫たちも急いでご飯を口に運び始めた。待っていた領民たちの間から、期待に満ちたどよめきが広がっていった。


「本当に美味いな!」

「美味いぞ!」


子供たちは珍しそうにご飯粒を指でつまんで食べてはしゃぎ、大人たちは驚きと満足感が入り混じった表情でしきりに頷いていた。


その時、製粉所のマックスがご飯を一杯ぺろりと平らげ、ポンと膝を打った。


「ああ! こいつは! うちのウサギのシチューと一緒に食ったら、たまらんな!」


マックスの言葉に、他の者たちもそれぞれが好んで食べる料理を思い浮かべた。


「そうだ! 俺の玉ねぎスープとも合いそうだ!」

「燻製魚と一緒に食べたら、塩気とちょうど良さそうだ!」

「うちには昨日煮込んだ野菜シチューの残りがあるぞ!」


あっという間に場の雰囲気が盛り上がった。領民たちは我先にと自分の家へと駆け戻った。しばらくして、彼らはそれぞれの家から、一番自信のある、あるいは最も普段から食べているシチューやスープ、焼き野菜、塩漬け肉などを持って再び集まってきた。


庭では即席の小さな宴会が始まった。人々は木の皿や器にご飯をたっぷりと盛り、その上に自分が持ってきたシチューや料理をどっさりと乗せて食べ始めた。


「くぅっ! マックスの言う通りだ! シチューの汁がご飯に染み込んで、美味さが倍増するぜ!」

「ご飯があるから塩辛さも和らぐし、ずっと腹持ちがいい!」

「こいつは本当に掘り出し物だぜ! パンよりずっといい!」


温かいご飯は濃厚なシチューの味を優しく包み込み、塩辛い汁は米粒の間々に染み込んで幻想的な調和を生み出した。人々はしきりに感嘆の声を上げながら、器を空にしていった。


痩せた土地でいつも似たような食事をして生きてきた領民たちにとって、米のご飯は単なる新しい食べ物ではなかった。それは豊かさと満足感、そして共に分かち合う喜びそのものだった。


アルブレヒトは領民たちがご飯と共にそれぞれの料理を美味しそうに食べる姿を満足げに眺めていた。彼の顔には領主としての誇らしさと共に、この小さな奇跡をもたらしてくれた未知の存在への感謝の念が浮かんでいた。米は単に腹を満たすだけでなく、厳しい生活を送る彼の民たちに温かなぬくもりと希望を与えていた。


こうして民たちはこの『米』というものを初めて味わい、アルブレヒトは収穫した米を各家庭に分け与えた。


しかし、一つ問題があった。


(収穫した米が少なすぎる)


アルブレヒトが一人で家の前の家庭菜園に植えたため、米の量が十分でないことが問題だった。これに対し、アルブレヒトはすぐにアルテミスの元へ行き、解決策を尋ねた。


すると、アルテミスはこう告げたのだった。


『大規模な水田を作ってみてはいかがでしょうか?』

「水田? それは何だ?」

『米の栽培に適した畑です。乾燥気候に適応改良した品種とはいえ、米の栽培には水が必要ですので、人工の湿地を造成するのです。人工湿地の造成に成功すれば、3番、4番品種だけでなく、5、6、7番品種も植えることができると考えられます。個人的にお勧めするのは6番品種です。航海士たちの評価によれば、最も味が良いとのことです』

「ほう…」


アルブレヒトは翌日、水田というものを作ってみることにした。


領民たちを湖畔近くの広い空き地に呼び集めた。そこは地盤が低く土が湿っているため、小麦や大麦を植えるには不適格で、長い間放置されていた土地だった。しかし、湖に近く、水を引くにはうってつけだった。


「皆、よく聞け! 昨日味わった米というものを育て続けるためには、水田を作る必要がある。この辺りの土地を平らにならし、周囲にあぜを築いて水を溜めるのだ。その水の中で稲を育てるのだ」

「しかし領主様、そのような農法は聞いたことが…」

「ハンス! 何を言ってるんだ? お前、今領主様を疑うのか?」

「そうだ! 領主様はすごく賢くて、間違うことなんてないんだぞ!」


一瞬上がった不安げな声は、他の者たちの声にかき消された。皆、あの米というものをもっと味わいたくて、目の色を変えていた。


「では、今から…まずは土地をならすぞ! ここで収穫した米は皆で分けるから、意欲的に取り組むように!」

「はいっ!」


こうして領民たちは、皆で水田作りを開始した。異世界で最初の水田だった。

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