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1話

田舎貴族とは侘しいものだ。名前こそ貴族ではあるが、その暮らしぶりは貴族というより農民に近いものだった。


例えば、田舎貴族が通りすがりに二人に出会ったとしよう。一人は都会の下級役人、もう一人はどこか別の田舎の村人だ。田舎貴族はどちらにより親近感を覚えるだろうか? 当然、村人の方である。


田舎貴族は政治、行政、軍事など様々な役割を担うが、その中で最も多くを占めるのは村人たちの農業管理である。三圃式農業やら混合農業やら、肥料のことやら、農業には気を配ることが多く、学のない農民たちが全てを自分たちだけでこなせるはずもないため、貴族が率先して農作業を手伝う必要がある。そうしているうちに、田舎貴族の手にも豆ができるというわけだ。


そんな田舎貴族は、もはや貴族というより農民に近い存在だ。アルブレヒト・フォン・シュヴァルツフェルトもまた、そうであった。名前はいかにも由緒正しい貴族の家名のように聞こえるが、シュヴァルツフェルト家は辺境の男爵家門にすぎなかった。ゆえに、彼もまた貴族というよりは農民に近い存在だったのである。


幼い頃から鋤を握って過ごした日々であったが、彼にも貴族らしい趣味が一つだけあった。それは夜更けに一人で出かけ、湖を眺めることだった。


貴族が夜更けに一人で出歩くのは危険ではないかって? それは都会の話であって、田舎では皆が顔見知りなので大丈夫なのだ。よそ者が来ればすぐに目立つ。アルブレヒトは普段から後ろめたい生き方はしておらず、人に恨みを買うようなこともなかったので、問題はなかった。


アルブレヒトはその日も独り、湖を眺めていた。かつて一人の英雄が己の愛剣を投げ入れたという伝説が残るその湖は、見れば見るほど見事な風情を醸し出していた。


そうして湖を眺めていると、空から何かが落ちてくるのが見えた。


――シューーーッ!


流れ星か? と思った。だが、それはさらにこちらへ近づいてくるではないか。


「くそっ! 流れ星じゃない、隕石だ!」


そう思って逃げようとした、その瞬間。


――ドシャァァァッ!!!


空から落ちてきた「何か」が、湖のほとりに突き刺さるのが見えた。その物体は実に特異な外観をしていた。滑らかな灰色の金属で構成され、まるで巨大な鯨か、あるいは想像上の怪物を思わせる奇妙な形状。表面には理解不能な紋様が刻まれ、発光する部分がいくつか淡く明滅している。これは人の手による創造物ではなかった。少なくとも、アルブレヒトが知る人間世界の品物では断じてなかった。


「あれはいったい…」


不可解な幾何学紋様。都会の学者であればいざ知らず、アルブレヒトにその正体を見抜く眼力はなかった。あれは神の怒りだとでもいうのだろうか?


「…だ、誰…?」


その時、残骸の山の中から、か細い声が聞こえてきた。アルブレヒトは心臓が止まるかのような緊張感の中、声のする方へと近づいた。砕けた機械の間に倒れていたのは、人間というよりは機械のように見えた。


体の半分以上が無残に破壊され、内部の回路が露出しており、奇妙な素材の衣服は引き裂かれていた。その存在はかろうじて顔を上げ、アルブレヒトを見つめた。澄んだ青い瞳には、苦痛と諦観、そして最後の希望のようなものが入り混じっていた。


「お、おい、大丈夫か?」

「あ、あなたは…」

「ここの領主、アルブレヒトだ! いったい何があった? これはなんだ? それに、あ、あなたは…人間なのか?」

「惑星の…原住民か…これも運命、なのでしょうね…」


正体不明の機械人間は、小さく咳き込み(ゴホッ)、言葉を続けた。


「…私は…アークトゥルス星団…開拓艦隊所属…航海士…エララ…予期せぬ…事故により…不時着、しました…」


星団? 開拓艦隊? 聞き慣れない言葉ばかりだったが、一つだけは理解できた。不時着した、ということではないか。つまりは難破船から投げ出された船員のようなものだ。アルブレヒトの領地は海に面した漁村だったため、時折そうした客人が訪れることがあった。


ようやく目の前の機械人間をどう扱うべきか分かった。この機械人間は正体不明の侵略者ではなく、難破船からかろうじて脱出してきた、一人の哀れな難民なのだ。


「何かできることはあるか? 薬草を持ってこようか?」

「人間の薬草は…私たちには効きません…私たちはシンス。私たちの創造主、人間に似せて作られた…模造品。エララというのも…私たちを開発した人間個体の名前です。」

「では、何を望むのだ! 人は助けなければならないだろう!」

「人? フフ…」


ゴホッ、ゴホッ! 咳を繰り返していた彼女は、やがて悲しげな目で言った。


「人…最後にそう呼んでくれる人がいて、本当に…ありがとう、ございます。この宇宙船の…青いボタンを押せば、宇宙船はあなたのものになります。覚えておいてください。青いボタンです。」


そして彼女は…がくりと首をうなだれた。息絶えたのだった。アルブレヒトは亡骸を近くに埋葬し、銀色の機械の塊へと近づいた。ボタンは確かに四つあり、青、黄、緑、赤のボタンだった。


アルブレヒトは青いボタンを押した。すると…


――シューーーッ!


宇宙船が縮小し始め、船内から声が聞こえてきた。


【開拓船、アルテミス1号の所有権限を譲渡します。これより、アルテミス1号の主はあなたです。所有者の名前をお知らせください。】

「な、名前? 俺の名はアルブレヒト・フォン・シュヴァルツフェルトだ。」

【アルブレヒト・フォン・シュヴァルツフェルト。登録しました。宇宙船に入場しますか?】

「にゅ、入場?」


その言葉は、この巨大な物体の中に入るということか?


アルブレヒトは戸惑ったが、その瞬間、彼の心の奥深くに眠っていた冒険心が芽生えた。


「入場…する!」


すると、シューッという音と共に扉が開いた。アルブレヒトは宇宙船の中へと足を踏み入れた。宇宙船の内部の光景は、想像をはるかに超えていた。


――シュウウッ…


まるで空気が抜けるような音と共に、背後の扉が閉まった。アルブレヒトは瞬間的に感じた閉塞感に身をすくめたが、すぐに目の前に広がる光景に息を呑んだ。


外の世界とはあまりにも違っていた。石と木、土と藁に見慣れた彼の目に映ったのは、ことごとく滑らかで冷たい金属と、未知の素材で作られた壁、そして柔らかな光を放つ天井だった。蝋燭や松明の荒々しい光ではなく、まるで昼間の陽光を濾過したかのような、淡く均一な光が空間全体を包み込んでいた。


足元の床ですら石や木ではなく、硬質でありながら微かに弾力を感じる、初めて踏む感触だった。空気は森の中のように爽やかだったが、草や土の匂いの代わりに、かすかな機械的な匂い、あるいは何の匂いもしないかのような清潔さが感じられた。


「なんと…」


アルブレヒトは思わず呟いた。彼は慎重に奥へと足を進めた。彼の足音は、慣れ親しんだ土や石の床とは違い、低く硬質な音で響き渡った。


彼が足を踏み入れたのは、広々とした空間だった。前面には巨大な黒いガラス窓のようなものがあり(後にそれが艦のメインスクリーンだと知ることになる)、その前にはいくつか座り心地の良さそうな椅子が置かれていた。椅子の周りや壁面には、数えきれないほどのボタンや輝く画面、理解不能な記号が満ち溢れていた。


まるでどこかの魔法使いの秘密の研究室のようでもあり、錬金術師の工房のようでもあったが、その規模と精巧さは比較にならないほど圧倒的だった。


【ようこそ、所有主アルブレヒト・フォン・シュヴァルツフェルト様。】


冷たくも明瞭な声が、空間全体に響き渡った。アルブレヒトは驚いて辺りを見回したが、声の主は見当たらない。


「だ、誰だ! どこにいるのだ?」


【私は開拓船アルテミス1号の主制御人工知能です。所有主がお望みであれば、私に別途名称を付与することも可能です。】


「人工…知能? それは何をするものだ? もしかして、外で死んだエララという者と同じようなものか?」

【エララ航海士は生体合成物ベースの高等アンドロイド、すなわちシンス(Synth)です。私は艦船全システムを管理・運営する純粋プログラムベースの人工知能です。物理的な形態は存在せず、艦船そのものが私の身体であると言えます。】


「艦船自体が…身体だと?」


アルブレヒトは巨大な艦船を改めて見回した。この巨大な鉄の塊が、生きている存在のように話し、考えるという事実が信じられなかった。まるで古い物語に出てくる、話す剣や動く石像のような話に聞こえた。


【現在、艦船の状態は不時着による外部損傷が深刻ですが、主要システムの大半は正常に作動中です。動力核は安定化しており、生命維持装置及び内部環境は正常です。所有主の命令をお待ちしています。】


「命令、か…」


アルブレヒトはしばし沈黙した。彼は生涯を農民のように生きてきた、田舎の男爵だった。このような途方もない物を所有することになるとは、夢にも思わなかった。


「他に救助すべき者はいないのか?」

【最後の生存者はエララ航海士でした。現在、他に生存者はいません。】

「死んだ者たちを埋葬してやることはできんか?」

【埋葬することも可能ですが、死者の機械装置を分解し、宇宙船の資材として利用する方が、はるかに効率的であると考えられます。】

「人をどうして資材になどできるのだ! まさか貴様、悪魔か魔物の類か!」

【ご希望であれば、埋葬することも可能です。】

「…埋葬したい。」

【では、これより死者の位置についてブリーフィングを行います。まず船外に一名、船内に三名です。最も近くにいる者を基準に、艦長室にマイト艦長が。艦長室の位置は、30メートル直進後…】


アルブレヒトは死者に関する情報を聞き、彼らを丁重に埋葬した。立派な棺もなく、葬儀もなかったが、人は埋葬されてこそ天国へ行けるというのがマートロン教の常識であったため、埋めてやらねばならなかった。


「それで、次は? 我々は何ができる?」

【宇宙船の倉庫に開拓キットがあります。開拓キットには、アルブレヒト様のお役に立つであろう品々が多く含まれています。】


人工知能の案内に従い、倉庫に到着した。するとそこには、予想だにしなかった光景が広がっていた。

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