訓練と通達は突然に
「次コイツ」
「次あっち」
「はいアレ」
早朝から俺は何をしているかというと…何をしているんだろう。
なんと朝からずっと、グレイヴさんの言う通りに、ひたすら指示された的に魔法を当て続けさせられているのだ。ちなみに的を撃ち続けて2時間は経った。
さて、それでは起床のタイミング、つまり2時間前まで戻って考えてみよう。
---
「…レンネ・ヴォン…」
耳元で優しくそう聞こえたかと思えば顔に急激に冷水が大量にぶつけられた。圧倒的な質量と冷たさの暴力に俺は打ち勝てず、起床した。
いつもより1時間は早い時刻に、気持ちが良いような悪いような、変な起床をしてしまった。
「はい、起きたね。それじゃグレイヴ式魔法訓練行ってみよー。」
「何…?なんですかこれ…?」
「昨日言ったでしょ、朝から魔法の訓練あるからって。さっき君を起こしたのは冷水を出す"レンネ・ヴォン"という魔法。」
「???」
そうして俺は秒速で起こされて部屋の外まで連れ出されてしまった。目を擦りながらグレイヴさんに連れて行かれて、古城の庭までやってきた。
だだっぴろくて枯れ草ばかりがある庭だった。
グレイヴさんは一面を見渡して、ふっと息を吐く。あの時と同じように杖を大きくして、手癖なのか、杖をクルクルと回して呼吸を続けていた。
そうして一言、「スタイナーバイド」と呟きやはりあの時と同じ、杖で地面を叩いたのだ。
叩いた瞬間黄色いモヤが見えた。アレが瘴気とやらなのか、そのモヤが掛かったところから地面に明らかに変化があった。
その庭にある土や岩が、せり上がった。一斉にボコボコと動き出して、やがて人くらいの大きさの柱をいくつか作り出してモヤが霧散した。
「魔法訓練基礎編その1、狙いは正確に。」
「…?」
「魔法を使うなら1番大事なのは基礎さ。で、戦闘時に覚えておきたい魔法の基礎を構成するいくつかの要素のひとつが"狙い"。」
「はい…なるほど…?」
「ということで基礎的な魔法を、私の指示するように柱に向けて打ちまくろーう!」
グレイヴさんは足の先で地面をコツコツと叩くと、椅子のような形に地面が盛り出て、彼女はそこにゆっくりと腰掛けた。
「杖、これね。」
と言って彼女はその茶色のコートの内側から木の棒を出した。そしてまた、あの時と同じようにそれを大きくした。
杖は深い茶色でたまに隆起が目立つ。杖の色とは対象的なくらい、緑色の装飾が輝いていた。
「私はここで本読んでるから、指示通りに打って言ってね。外した数はカウントしとくから。」
…ということである。
こうして俺は朝もはよから魔法訓練をさせられているのだ。
ちなみに俺がさっきから打たされている魔法は、曰く「基本中の基本」の攻撃の魔法。「ファリスク・リック」といって、魔法で斥力を作り出してそれでぶん殴る様な魔法。
これが基礎…とは思ったが、同時にこれがグレイヴ式…とも思う。
なんでも、水や炎を何も無いところから作り出したり空気を操って攻撃するより、純粋な質量攻撃の方がやりやすいらしい。
確かに、俺は魔法初心者だし、理論も知らないがいきなり発動できた。
杖の先を軽く振って、呪文を唱えてやると勢いよく空気の圧のような物が地面から隆起した柱に当たり、破片がまばらにパラパラと落ちる。
軽く柱が砕けるのを一瞥したグレイヴさんは即座に杖を若干持ち上げた。すると柱が、何も無かったようにきれいさっぱり元通りになった。
「今日の目標はこの柱を一発で壊すのを5回連続でやる事。強く魔法を出せるように頑張ってね。」
果たして良い師なのだろうか。あまりに放ったらかしでは無いかとは感じたが、やはりこれも"グレイヴ式"…だろう。そうして彼女は足を組んで、どこからか本を取り出したのだった。
そうして俺はひたすら基礎の魔法をやり続けた。
やり続け過ぎなくらいにやり続けた。
何時間経ったのかはよく知らないが、グレイヴさんの手元に本は4冊ほど積まれていた。
「姉御ォォォォォ〜〜〜〜!!!!!」
ようやっとこの俺が5個連続で柱を破壊出来たかと思った、その瞬間、いきなり庭の外から聞き慣れた声が聞こえた。
それは例のお騒がせ2人組のSnaKid、その片割れのスラングだった。忙しないその手には手紙が握られているようだ。
「おや、兄貴はいないの。それより仕事はいいのかい?」
「その仕事相手からの手紙っスよォ〜!」
勢いよく走るスラングから、手紙というのを受け取ったグレイヴさんは文面を少し眺めて、顔を顰めた。
「サラ…?」と小声で呟いて、顎に手を当てた。
「それって、昨日のお話に出てきた…」
「そう。そいつだ。スラング、その仕事相手さんとはどこで知り合ったんだい?」
「えェっとォ〜…確か先週、兄貴が酒場で出会ったらしくてェ、それで今日お仕事する事になったっスねェ。」
グレイヴさんは話を聞いているのだか聞いていないんだかわからないような顔をしている。
「手紙にはなんて?」
俺が聞いてみても、放浪者…とポツリと呟くだけで、ずっと何か困惑しているようだ。
ふと、グレイヴさんの目線が手紙の少し奥のスラングへ移っている事に気づいた。正確には、その右腕へ。
「どうされました?」と疑問を投げかけようと思った瞬間、彼女は庭の地面を杖で二回叩いて、お辞儀をした。昨日の午前にしていた、”決闘”と同じ作法で。
俺は瞬間的に恐怖を思い出した。空間ごと切り裂くような赤い閃光に、それと同じ色のスラングの血液。口を塞がれて満足に発せられない絶叫。あるいはその時のグレイヴさんの無表情。それらがフラッシュバックして、半ば反射的に、後退りをしてしまう。
しかしスラングは何故か、いつものアホヅラをしている。まるで昨日自分に起きた惨劇をすっかり忘れ去ったみたいに。
どうして彼が何も思わないのか考えたが、それよりもこの決闘から距離を取りたいと思う気持ちの方が大きかった。
「治癒直後の体は動かしづらい。肩から先の腕全体ともなればその違和感はより如実に現れる…」
腰を低め、足を大きく開いて杖を構える彼女は独り言のように呟く。
俺もスラングも同じ、何が何だかという顔をしている。
しかし流石に敵意を感じたであろうスラングは一応の構えを取る。その彼の構えは先日の物とは大きく違っている。
メリケンサックを装備せず、鎌のような大きな杖を取り出して片手で持ち、首の裏で支えている。
不思議なことに、その鎌の刃先は半透明だった。
緊張の時間がずぅっと流れる。今にも張り詰めた糸が切れそうな、そんな時間が。
痺れを切らしたであろうスラングが声をかけようと息を吸って前に一歩踏み出した瞬間、グレイヴさんが呪文をぶつぶつ唱えて杖を軽く振った。
グレイヴさんの杖から赤黒い光が見えた。
それはあの恐怖、昨日と同じ。
だが今度は昨日のような切り裂く光ではない。
例えるなら、釘。大きな釘が数本。鋭く尖ったその光は、回転しながら、やはり空間ごと切り裂くようにスラングへ向かう。
スラングへ目を移した時、すでに彼の左の太ももにはぽっかり穴が開いていた。
彼が目を見開いて声を上げるが、その間にも釘は高速で左足に打ち込まれ続け、ものの数秒で、彼の左足は体から離れた。
だが昨日のような綺麗な切断ではない。昨日のように一瞬でもない。昨日のより痛々しい。
スラングの足からは釘でボロボロになった肉片が血と一緒にぼたぼたとこぼれ落ちている。
俺は立てなくなっていた。座って、痛くもないのに左足に手を添えていた。グレイヴさんの顔か、それともスラングの左足か、何を見ていたらいいのかわからなかった。怖くて、何より痛々しさが見ていられなくって、いつの間にか先ほど渡された杖を手放していた。
そして、たった今片足になったスラングは鎌を支えに立ちあがろうとしている。
いまだ困惑しているスラングに向かってグレイヴさんは冷たく言い放った。
「秘密主義者も落ちたものだね。」
何が…?と思ってたった今なんとか立ち上がったスラングの顔を見てみた。
なんともなかったように、どころか苛立ちも見えるような顔をしている。
「なんで分かったのさ…アタイも一応プロなんだけど?」
スラングは変な喋り方で、いつもと違う高い声を発している。
「さて、話をしようか。」
グレイヴさんは落ち着いた様子でスラングに話しかける。
「サラ・ペリアーテ。」
そう言われたスラングは痛みなど無いくらいな、余裕な顔をしている。