第八話 段ボール少女
二年A組。
うちの学校は若えもんが苦労しろという校風によって、一年が四階、二年が三階、三年が二階という配置になっている。
だから、俺──一年A組のクラスとは、ちょうど一階違い。
俺の教室の真下である。
「あのう……このクラスの、伊巫先輩っておりますか……?」
俺は先輩の教室に赴いてみた。
ちなみに今は昼休みである。
女の子になったときのデータがどれくらい引き継がれるのかとか、なんで部室が資材置き場の段ボール畑になっているのかとか、いろいろ訊きたいことがあるのだ。
「ああ、きみ一年の子? あ、もしかしてこの前きた子かな?」
長髪のきれいな、親切そうなお姉さんが話しかけてきた。先日俺がこの教室に来たことを覚えているらしい。
といっても、俺(女体)のときの情報なんだけど。
やっぱり俺の行動自体は記録されてんのか?
「あー今伊巫いないみたいだねー。なんか伝言あったら伝えとくけど」
「あ、そうですか……えっとーじゃあ、放課後部室でちょっと訊きたいことがあるんですってことだけ、伊巫先輩に伝えといてもらってよろしいですかね……?」
「あいよ! 伝えとくわ。じゃね」
気さくなお姉さん先輩は敬礼のポーズを取ると、軽く手を振ってスタスタと教室の中に戻っていった。
そうか、伊巫さんいなかったか。
……何気に今まで俺が訪ねたor探してたときはエンカウント率100%だったから、ちょっと拍子抜けだ。
「……ま、放課後だな」
俺は自分の教室に戻った。
あ、そういえば。あの段ボール畑になった部室で、どう落ち合うっつーんだ?
あー、俺も思慮がたりないな。まあ、ドアの前にでも待ってよう。
伊巫さんが先に来たら、申し訳ないけど。……
ごめんなさいねー。
■
放課後。
部室(会室?)の前。
俺はここで、三時間待っていた。
「……来ねえ」
あれ俺ちゃんと放課後部室って伝えたよな?
それともあの気さくなお姉さん先輩が伝えそびれた、とか?
でも、わりときっちりしてそうな人だったけどな。
あ、伊巫さんにも都合があったか。
じゃあ、ちょっとくらい連絡くれればよかったのに。ってか、そういえば連絡先とか知らんしな。
ちら、と部室のドアを開け、見る。
「中に誰もいませんよ〜っと。って、こういうやり取りも独りじゃ虚しいか、ハハ」
ま、もうそろそろ下校時間だ。
とりあえず今日は帰って、明日にしよう。
明日、伊巫さんを探して、そんで、いろいろ話とか聞こう。
なーんかまた神経逆撫でしちゃって、鞭で打たれちゃったりしてな、ハハハ。
て、それは嫌だけど。ブルブル。……
■
それから一週間。
その間、伊巫さんとは合わなかった。一切である。これまでとは打って変わって、奇跡のゼロ・エンカウント率である。
教室には何回も行った。
なんなら、休み時間のたびに行った日もある。あの気さくお姉さん先輩に、完璧に顔を覚えられたくらいに。
しかし、ことごとく伊巫さんはいなかった。
なんなら、お姉さん先輩が隠蔽しているんじゃないかと疑ったこともある。が、そんなことはなさそうだ。
彼女も伊巫さんがどこへ行ったか、わかるときもあれば(中庭にお弁当食べに行ったよー、と言われ、行ったけどいなかった)わからないらしいときもあった。
まじで、どこいったんだあの魔法使いは?
部室の前にも毎日一時間くらい陣取ってる(本読みながら)けど、中からも外からも、全く現れる様子がない。
それとなく保健室に行くと告げて授業をブッチして二年A組をこっそり覗き見したことも二回した。が、いずれにおいても彼女の存在は、ついに認められなかった。
え? 授業中でも?
俺、完全にお手上げ状態。……そもそもね?
相手は魔法使い(自称)だろ? それも、威力は本物ときた。
だったら、どんなわけわからんチートキャラに、かくれんぼで俺ごとき一般人が勝るわけがない。
無理無理。無理ゲー。
つまるところ、俺はこの一週間、全く伊巫先輩に会うことができなかったのであった。
■
悪あがきとして、今日も部室に来てみた。今日で最後にしようと思う。
まあ、空中浮遊マジック拝見とか、人生初の女体化(当たり前だ)とか、けっこう楽しかった。
が、彼女がその存在を現さない──それが、彼女自身の意思かどうかはわからないが──なら、俺が何かできることも、もうない。
はー、ちょっと寂しいな。でも、まあ、仕方ねーか。
なんなら、今までの全部俺の妄想とか? 白昼夢?
なんてな……ハッハッハ。
ふと、最後に部室に入ってみる気になった。
そういえば、最初の日(伊巫さん探し一日目)にちらっと入って見た以来、中を開けて見ることはなかったな。
まあ、開けても天井まで届くほど積まれた、大量の段ボールしかないんだけどね。
「中に誰もいませんよ〜っと。って!?」
いた!!
え? え、え? ……
──女の子が、いた。
■
「ねえこのコーナーやる意味あんの? つか、ホント先輩どこ行ったんだこれ……」