第七話 消失
教室。
男に戻って、昨日家に帰ったら、やっぱり家の人は普通だった。あーおかえり、みたいな、至って通常の反応。
やはり、伊巫さんの魔法は世界的な情報まで書き換えて『俺(藤見幾太)は女の子』とセッティングしてしまうらしい。
魔法、恐るべし。
で、今はその翌日、朝の教室である。
「よう藤見。お前廊下でオッパイオッパイ叫んだんだって? それも、女子もいる前で。すげえなお前。見直したよ」
彼は俺の高校に入ってからなんとなく出来た友人(男)の斎藤である。
「いや、それはまあ成り行きというか、勢いというか……」
「いいや、すごいよ藤見くん。さすがは覗き見の藤見、天才的だね。天才的な変態だね」
そしてこっちのちっこい友人(男)は吉井。
これは中学の時からのマブである。よく家にオジャマしてマ○カーとかを一緒にプレイしている。
「おうおう、なんだその呼び名!? 覗き見の藤見? 藤見、お前何やったんだよ」
「いや、俺は何も……」
「あ、こいつね、中学の時ね。ホラ、教材室が女子更衣室の代わりだったんだけど、そしたらこいつ、教材届けるフリして着替え中のその部屋に入ってったんだよ」
「すげー! 見直したぜ!」
「ちがう! あれは先生に教材運ぶのを頼まれただけだ! 不可抗力だ!」
「いいや、あれはわざとだね」
「ちがう! 俺は無罪だー!」
「あ、おはようございまーす」
「……」
「……」
「……」
!?
「……あ、おはようございます……」
いきなり女子が話しかけてきた。
といっても、挨拶して通り過ぎただけだが。……
その女子は軽やかに会釈すると、自分の席に着席した。
「……どういうことだよおおおおお!!(小声)」
斎藤が小声で叫んだ。
吉井も加わり、二人して俺に詰め寄る。
「え!? お、俺!?(小声)」
「ええええええ! なんでなんで!? なんで今の女子藤見くんに話しかけたの!?(小声)」
「いやいや! 知らんて知らんて!(小声) ……って、うん?」
着席した席を見る。
廊下側の一番後ろの席。
そして、何より俺の脳裏にアハ体験をもたらしたのは。……
「おい藤見! あの子、すっげー巨乳だったぞ! 軽くFカップはあると見た! お、お前、あんなすげーのと交友を交わしてたのか!?(小声)」
「逸材だよね。たしかあの子の名前は……衛府さんだったっけ。ほら、テニス部エースの」
え!? あの子、エースだったの!?
あの、文系虚弱美少女みたいなナリして!?
テニス部ってだけでもおっかなびっくりなのに!?
「むわじかよ! ックー、藤見お前どうやって話しかけた、てかなんであっちから挨拶する、てかどこまでいった!?(小声)」
「どこまでもどこへでも行ってないよ!(小声)ただ、友だちに……ッハ」
俺は気がつく。
そういえば、オッパイ廊下連呼といい、衛府さん友だち続投といい、俺が女の子だった時のデータって蓄積されるの!?
でも、俺が女の子になったという事象は過去として誰にも認識されていないみたいだ。
じゃあ、何処からどこまでがあの世界──俺が女の子だったデータとリンクするの?
「ととと友だち!? 男女の友情が、成立するってのか!? そいつはシュレディンガーの猫よりも自明なことにより、全世界の哲学者たちが議題を論証することを放棄した、あの都市伝説のことか!?(小声)」
「藤見くんやるねー。今度、僕にもナンパの方法を教えてよ。バッチリレクチャーしたってよ」
「うるさいうるさい! 特に斎藤! 俺はただ伊巫先輩に頼まれて、部員勧誘の一環で……」
「「伊巫先輩?」」
……あ。そうかこいつら知らねーのか。
まあ、歴史研究部(同好会)(仮)なんて、この学校でもマイナーすぎる部活だろうし(部員二人だし)。
えーと、なんて説明しようかな、まずは、俺が女の子になって。……
「伊巫先輩って、あの伊巫先輩?」
「あ、僕も聞いたことある。二年A組の伊巫杏子さんだよね」
「……ん? お前ら知ってんの?」
「知ってるも何も、有名だよ。なんでも、学校一の美人で成績優秀文武両道、伊巫財閥の才媛だって話じゃない?」
「そうそう。なんでも、逆らうものには正義の鉄拳制裁がくだり、生徒の全ドMたちが彼女に半殺しされるために、わざわざ毛を逆撫でに行ってるって話だぜ。突撃した勇敢な戦士たちは全て強烈な精神的後遺症が残り、黒いモノと棒状のモノを見ただけで発狂するようになるらしい」
「えーそんな噂あったかなー」
「いや、吉井のほうこそ、伊巫財閥なんて初耳だぜ。彼女はいたって普通の一般家庭出身だろ? なんなら、家が貧乏で苦労して生活してるって話も聞くが……」
吉井と斎藤が伊巫先輩の噂について談義に花を咲かせている。
えーそうなの?
伊巫さんって、そんなに有名な人なの?
つか、どれが真実なのかわからないっていうか、噂がだいぶブレすぎである。
なんだ伊巫財閥って。聞いたこともない。
まあ、そもそも魔法使いな時点でどれが本当でも嘘でもたいして新鮮な驚きはないが。……
「そういえば、ついこの前も廊下で男子生徒に鉄槌を下したって聞いたな。よっぽどアホのマゾだったんだろうな」
「へーそうなんだ。でもそんな噂僕は聞いたことないけどな。藤見くんはどう? 知ってる?」
「……へー俺は知らないけど?」
とりあえずとぼけとく。
アホのマゾということに関しては、俺は当てはまっていない。真実だ。
「あ! そうだ、話題そらしちまったな。つーか、歴史研究部? うちの学校に、そんなのないだろ。衛府さんとの友好を誤魔化したいからって、わざわざ伊巫先輩の名前使ってまで嘘つかなくていいだろ」
「え? でも、ほら向かい校舎の二階に、空き部屋がある…ハズだろ? そこに部活、と言っても今はまだ同好会だが……が、あるんだよ」
「……吉井、どう思う?」
斎藤は、吉井に振った。
「えー僕も知らないな。向い校舎の二階って、ほとんど封鎖してるだろ。もう段ボールがいっぱい置かれてて、物置みたいな存在意義になってるしさ……ほら」
といって、吉井は窓を指す。
向かい校舎の二階が、この教室からだとギリ見える。
「あ……あれ、なんで?」
俺は軽く疑問の悲鳴を上げた。
そこには、あの部室などなかった。
──ただ、一日じゃ運びきれないような、おびただしい段ボールの群れが設置しているだけであった。
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「あ、あれ? 伊巫先輩、どこいったんですか? このコーナー、俺一人でやるんですか? って、ちょっと!」