第五十六話 復習は復讐のあとで
「あれ、衛府さん。お久しぶりです、珍しいですねぇこんな所で。ハッハ、奇遇奇遇」
「あーパンピーくん、おはこんばんにちわソーセージ。あなたは生還者ね? でめたしでめたし」
「ところで衛府さん。この抗いがたい惨劇状況は、これまたどんな事件に巻き込まれたでヤンスね?」
「ん? これ? ちょっち私がぶっころがしといた感じなの」
「はー。ぶっころがしちゃいましたか……」
「わたし生還ッ。あなた滅亡ッ。きゃふっ」
「あっはっは。今日も可愛さにチート掛かってますねえ」
「わあいありがと♡ パンピーくんはころさないであげるね? というか最初からそのつもりだったし」
「はあ。で、なんでこの人たちはころされちゃった感じですか?」
「えーだって私が体育祭でフルマラソン敢行してる時、先生たちにわんわんおして中間テストの点数稼いだんでしょ? それずるくなーい?」
「あーそっか。衛府さんあの時いなかったですもんね。プログラム第八百十四番──先生方によるお菓子配布兼、次回の中間考査の事前点数配布」
「そーそー。パンピーくんはそれに参加してなかったらしいから、さつがい対象外☆ あと私と同じくフルマラソンに参加していた生徒と、今日来た転校生もさつがい対象外☆」
「あっはっは。それはとても良い儀にて」
「わたし生還ッ。あなた滅亡ッ。きゃふっ」
「ハッハッハ」
──以上、俺と衛府さんのやり取り。
現在、放課後。学校、本校舎二階。
伊巫さんの鬼畜家庭訪問から、明日で二週間が経過しようとしていた。今日は金曜日。
あれからというもの、中間考査とそのテスト返却週間などで色々と忙しくて、彼女にはめっきり会っていなかった。何気にね。
まあ、テストで忙しかったというのは、ただの口実だろう。割と自覚している。
要は俺は、伊巫さんと顔を合わせづらいのだった。
全裸で抱きつかれた。
一つ屋根の下をともに過ごした。
が、懸命なる夜のお誘いを拒絶された。
……最後のは、当たり前か。
それで、なんだかんだ二週間ほど音沙汰なしの俺と伊巫さん。
結局あの翌日日曜日も、普通に帰宅していた流堂さんの朝飯をいただいて、普通にコインランドリーで服(元々俺が着ていたTシャツ)を洗濯&乾燥して、普通にお宅からお暇した。
朝ご飯の気まずかったこと。ちゃぶ台を囲む俺と伊巫さんと流堂さん。娘が不機嫌そうに一言も喋らない異様を察知したお母様に、睨まれるやら蔑まれるやらの俺。
帰り際、玄関で見送ってくださった流堂さんに「チャンスを生かせない男は駄目だ」と一蹴されてしまった。
全くその通りだ。
まあ、そもそもが滅相もない話だったのだが……。
「でもでもパンピーくん。私が狙ってる大物が来ないの。いくら探索してもサーマルビジョン掛けても、見当たんないの〜〜」
「ん? 誰ですかそれ?」
俺は思考していた頭を上げ、衛府さんの言葉を傾聴の体勢。廊下に突っ立っている。
その廊下──血の池地獄。
俺はなんかもうゲシュタルト崩壊済みで平然としているが、眼前に広がる光景はかなり強烈な世界観であり。
全校生徒が皆一様にして、くたばっている。立っている者など、俺を除いて一人もいない。
床や壁には、跳ね返り散乱した赤い噴出液がべっとり付着している。壁の白が一面、赤に染まるほどに。
状況証拠から見て、全部衛府さんがやったに違いない。テスト返却された、その自分の点数が悪かったことに逆上して。
いや、逆上でもないのだろう。だって衛府さんだけがわんわんおに参加できなくて、事前点数をもらえなかったのだから。
で、この復讐風景。
テストの『復習』が終わったら、『復讐』か。
こわいねえ。
地と血に臥して動かなくなった、惨憺たる肉体の数々。とんでもない悪夢だった。その悪夢の発祥本人は微笑して。
「あのねー。今回の期末テストで、各教科三十点上乗せしてもらったとかいう卑怯者男子生徒なんだけど。事前配布点で」
「んんー?」
例のごとく匍匐前進のポーズで、上体と床に美しくサンドイッチされている、ミリタリー衛府さんのFカップおっぱい。
視線が自然にそこへと誘導される罪無き者である俺は、彼女の会話のキーワードに首を傾げた。
体育祭の事前点数配布。三十点をもらった男子生徒。
フルマラソンで参加できなかった衛府さんは、前述の通り、必然、テストの相対点数も悪かったらしく。
この世は非情。
どんなに自力で頑張っても、周りがズルっこして稼いだ特典の得点には遠く及ばない。
特に、この狂ったシステム配合の学校なんて、その最たる例だ。社会的理不尽が満員電車よろしくぎゅうぎゅうに詰まった玉手箱みたいなもんだ。
その一部の人に都合がいい世界構造で、最もその恩恵を賜った人物。事前点数配布で上手くわんわんおして教師陣の好意を根こそぎ掻っ攫い、点数を稼いだわんこ。
持ち前のショタを十二分に発揮した、伝説の男子生徒。
……思い当たる節が、無くはない。
「あー、藤見くん。今帰り?」
「フッ、」
と、俺がその声に振り向く間に。すでに出動していた衛府さん。
彼女の行動は速かった。疾風迅雷の如きスピードで匍匐前進を解くと、そのまま前転して隣の三年B組教室へと侵入。教室を伝って目標の視界から逃れながら瞬時に接近。
ターゲットは中央階段を降りたところで、俺の背後から声を掛けた形だ。直線上に、彼、俺、衛府さんと並んでいた。
そのポジションも一瞬。すぐさまル○ラを唱えたんじゃないかと思うほど驚異の移動方法を見せた、否、目にも止まらなかった彼女の速度は、B組の教室。
そのドア窓をぶち抜きつつ銃口を当て、トリガーを引いた。
ダダダダダダダダ……と、連射する音が、放課後の廊下に響く。
というか、普通にやべえだろあれ?
実弾でも入ってんのか?
なんか、壁が点々とその弾丸に穿たれているのだが。
で、ここでようやく視点移動が追いついた俺の目。背後だった弾丸の海を、しかし平然として泳ぐ彼の姿を認める。
「僕掃除当番だったんだ。このあと予定ないんだったら、テスト終了祝いにうちでゲームやってかない? バイトの給料入って、久々に新しいソフト買ったんだー」
「よ、吉井……」
人物の名前を呼ぶ。呆気にとられつつも、しっかりと。
彼──ショタ属性吉井は、横から降り注ぐ弾丸のシャワーを難なく躱している。それも最低限の動作で、ノールックでにこやかに俺との歓談に花を咲かせて。
「どう? 斎藤も誘おうと思ったんだけど、なんかあいつさっき廊下で寝てたし。というか、今日皆寝てるよね、不思議。何があったんだろうね、アハハ」
「……」
この状況を「不思議」と称した吉井は猛者だと思う。というか、すでに弾丸をブラインド回避できる時点で人間じゃなかったか。
天然なのか吉井?
というか、そのパワー設定なんなんだ?
お前そんなキャラポジションだったのか?
そして衛府さんは無視されている。吉井の視界にすら入っていない。アウトオブ眼中。彼女が潜伏しているからってのもあろうけれど。取り乱した女の声。
「クソ、なぜ当たらないッ」
パラタタタタ、ダダダダ、ッタァンン!
タァン! タァン! タァンンン!
ジャコ、ガチャ。ゴトッ、パキッ。
ダンッ。ガッ、パラタタタタ……。
「ん? 藤見くん何ボーッとしてんの?」
「いや……吉井お前大丈夫か?」
「えー何が? というか、返事プリーズ。今日一緒に遊べる?」
「いや……今日は無理だな。これから部室行こうと思ってたし、久々に」
「あーそっか。伊巫先輩とイチャイチャするんだね?」
普通に応えてしまった俺。この状況に、早くも適応してしまっている。
まだ気付かない素振りの吉井は、まるで日常会話のように続ける。俺に伊巫さんとの件を問いただしながら。
「イチャイチャって……別に俺と伊巫さんは」
「とか言っちゃってー。体育倉庫の件、フォローしてあげたのは誰かなー?」
「え」
体育倉庫。
と、にわかに俺の脳裏に閃く光景。
「吉井……お前」
──見てたのか、と言いかけて止まる。
そういえば、あのときも彼の言葉で蓑路の足が止まったような展開だったな。
体育祭の午後。タイムリープ後、二周目の、体育倉庫。俺と伊巫さんが咄嗟にマット裏に隠れた事件。
そうか……吉井は俺と伊巫さんの潜伏に気づいて、見つからないように手を回してくれていたのか。
と、その恩人当人は手を腰に当てて胸を張り、高笑いする。魔法よりも理解不能な回避力で、衛府さんのぶっ放す連続射撃を躱しつつ。
「ハッハッハ。僕は鼻が良いからねー。びっちしバッチシ気づいていたともさ」
「お前犬かよ。すげえな」
「で、これから伊巫先輩とイチャイチャするんでしょ? 僕応援しているよ。なんか必要なことあったら言ってね。君たちの告白のエピソードと引き換えに」
「は? 告白?」
「ん? 君たちまだ付き合ってないの?」
「何言ってんだ吉井。俺と伊巫さんが?」
「……え?」
吉井が首を傾げる。俺も傾げる。そこへ衛府さんの攻撃。
「クソッ。弾切れかッ。うおおおおおッ」
弾切れを起こし、カチカチとトリガーを空振りさせた衛府さん。俺と吉井の会話中、ずっと銃撃を放ち続けていた。
捨て鉢となった彼女は半ば特攻の様相で教室を飛び出し、突撃する。男子生徒吉井へと、素手の拳攻撃。
「ん? 衛府さん?」
と、やっとその存在に気付いた吉井。くるっと横を向き、視界に入ってきたミリタリー女子生徒をズドッと瞬殺。
「ぐ……ぼはッ」
──具体的には、彼女のみぞおちを容赦なく突き上げる形で。
「あ、やべ。なんか急に襲いっかかって来たから手加減できなかったよ。まあ大丈夫かな? しんではいないみたいだし」
「……吉井」
「そっかそっか。藤見くん、伊巫先輩と付き合ってないんだ。なんで?」
「え?」
こちらへとくるっと振り向いた吉井。その唐突に投げかけられた質問に、困窮する俺。
視界に映る、壮絶に泡吹いて気絶した衛府さんの白目も、しかしはっきりと脳内記録されないほどに。
軍服女子はみぞおちを突かれた体勢のまま、吉井の拳の上を覆いかぶさっている。その動かなくなった女体が崩れ、哀れに地面へとどさりと落ちた。
──なんで伊巫さんと付き合ってないのか、だって?
そんなの……。
「だって、吉井、お前、ほら……あれだろ? 俺が伊巫さんと? なんて、何言ってんだお前、俺は別にあの人のこと……」
「え? 藤見くん伊巫先輩好きじゃないの?」
「……ッ」
なぜ答えに困窮しているのか、自分でもわからない。
ただ、吉井は特に思惑とか、問い質そうとする意思とかもなく、純粋に疑問といった感じで訊いてくるから。
だから、なおのことわからなくなって……。
「ま、いっか。よいしょっと」
吉井は何でもない風に、衛府さんの体躯を担いだ。ちなみに彼は彼女よりも小柄だ。衛府さんが背が高めな女子ということもあり、吉井が低めな男子というのもあり。
自分より大きい体格の意識不明の女性を、息をするようにファイヤーマンズキャリーする吉井。俺へと放課後の別れの挨拶をする。
「じゃ、僕この人を保健室まで運んで行くから。また月曜日ね」
そのまま、廊下を去って行った。
取り残された俺。大量の肉体と赤い飛沫蔓延る、廊下のエセスプラッターを背景に。
俺は自問自答する。出ない答えにも、また答えが出ないという事実にも、自分のことなのにわからない。
「伊巫先輩……?」
なんで俺は、彼女を好きじゃないんだ?
なんで俺は、好きになりたくないんだ?




