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いふ☆いふ 〜先輩は魔法使い〜  作者: 岩流佐令
5月 体育祭&家庭訪問
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第五十三話 徘徊二一四〇

(流堂さん……?)


 俺は前方の風景に目を凝らす。

 誰かが手を振っている──女性だ。


 白黒ボーダーのハイネックに、淡いジーパンを履いた女性。クールな格好でスタイリッシュ決まっている、その女性は。


 石のブロックに腰掛けて、優しい笑みで俺へと向いている。その右手に串を焼き。左手を大きく上方でひらめかせて。


 ──バーベキュー。小学一年生の記憶。


 周りは湖。少し離れている俺。


 すでに準備をしている彼女。食材の香ばしい匂いも、緩やかにくゆる煙となって、もうもうとこちらへ漂ってくる。


 と、俺は自分が肩車されていることに気づく。


(親父?)


 俺を肩車しているのは、親父だった。俺の父親。血の繋がっている、普通に、家庭の大黒柱。両親のうちの一人。母親ともう片方の、男親。


 俺には父親がいる。伊巫さんにはいない。

 母親は? 俺の母親……。


 手を振っているその女性。俺を肩車している父親。肩車されている俺。


 俺は小学一年生。子どもだ。だから肩車だってされている。半ば強制的に、連れ戻すように。


 父親の歩行によって、その女性のもとへと。

 その隣には、茶髪の女の子もいて。


(母さん……?)


 女性はお袋だった。

 流堂さんでは、なかった。

 俺の母親。お袋。母さん。


 若い頃の彼女。は、バーベキューの準備に取り掛かっている。その網の上に、肉と野菜を焼いていた。牛肉、豚肉。玉ねぎとピーマンを焼く匂い。


 その隣。さっきまで、茶髪の女の子がいた気がする。不思議な女の子が。懐かしいような、温かいような女の子。


 俺の友達だった、茶髪の女の子。

 小学二年生の、俺の一個上の。

 お姉ちゃんみたいな、近所の子。


(そんな子、いたっけ?)


 バーベキューの音が鳴る。肉と野菜が炎に弾ける音。周りの湖のせせらぎの音。そよ風が柔らかく吹く音。


 俺──わたし。


 私は女の子だった気がする。……何故?

 俺は男なのに。女の子じゃないのに。


 でも、肩車されている俺の身体は、たしかに女の子で。小学一年生の、幼女の身体で。


 体感覚も一致している。指を動かせば、肩車している父親の顔の髭にあたる。横を見れば、その高い、大の男一人分と、幼女の胴体一つ分が合わさった視点が動く。


 その視界。手を振る女性。


(あれ……あんずちゃんは?)


 茶髪の女の子は消えている。女性の隣にいたはずの。


 私は何故、彼女の名前を知っている?


 『あんずちゃん』──


 誰だかわからないのに。顔さえ知らないのに。


(流堂さん……いや、母さん?)


 手を振っているのは。

 手を振っていたのは。


 そして、茶髪の女の子さえもわからずに。

 あんなに大好きだったはずなのに。

 友達だった、はずなのに。


(あんずちゃんは、どこ……?)



 ■



「ん……」


 知らない天井だ。

 と、言うほどでもなく。

 ……普通に伊巫さんハウスだった。


「やべ、俺寝てた?」


 ザッツライ。俺はどうやら寝落ちしていたらしい。伊巫さんのこと言えないね。読書中に寝落ちした彼女ならまだいい。


 俺はさっきまで、当の伊巫さんの髪を撫で撫でして寝落ちしたのだから。そこら辺の記憶もだんだんと思い出されてくる。そしてその光景を脳内に浮かべる。


 割と危ない構図だった。女子の髪を撫で撫でして寝落ち。脳裏にその犯罪風景を完璧にドローイングできた俺は、やがて急激に真っ青になる。


 なぜならば。


「伊巫さんがいない……」


 やってしまった感がすごい。彼女はすでに起きていたようで。


 俺の左側、伊巫さんが寝ていたせんべい布団。そこにはもう彼女の姿がなかった。


 伊巫さん起床済み。取り残された俺。


 当然の帰結にて、俺が茶髪を撫で撫でしていたこともバレたわけで。


 たぶん起きた時、本人もびびっただろう。なにせ、自分の頭部を引っ掴むように男の手が乗っけられているのだから。俺みたいなクズ虫男の汚らわしい右腕が。


 目が覚めると頭に男の手が添えられていました。そして犯人はまさにその隣で添い寝しています。


 ……俺だったら発狂するね。


 よく伊巫さんは発狂しなかったものだ。していたなら、この六畳1Rに反響して就寝中のノンレム睡眠俺にも聞こえていたはずだろうから。


 というか、むしろそれで起こしてほしかった。「ふッざけんなキモいわ馬鹿野郎」くらい言って、俺の腕を折ってでも退けてほしかった。


 なのに、この仕打ち。

 仕打ちというか、ちょっと信じがたい光景というか。


「……ブランケット?」


 俺の上体には、伊巫さんに掛けたはずの水色のブランケットがふわりと乗せられていた。


 フローリングに直接寝ている格好である。横には伊巫さんのせんべい布団、もぬけの殻。つまり、敷布団はなく掛け布団だけ状態の俺なのであった。


 時刻を確認。現在二十一時四十分。


 寝落ちしてから、それほど時間は経っていないらしい。アナログ時計だし、もしかしたら翌日の朝九時なのかもと一瞬思ったけれど。


 カーテンの隙間から覗く明るさとか、周りの音や気配とかで、そうではないことを認識。


 昼にしては静か過ぎる住宅街。そして、未だ肌寒い微風漂う薄暗さ。部屋の電気は点いたままだが。


「俺は四十分くらい寝落ちしていたのか」


 つまり──今はまだ、土曜日の夜。伊巫さんとお勉強会をした日付けの延長だった。


 ちなみに、この居間には時計などない。というか、この家全体を通して時刻を確認できるものなど一切なし。


 だから俺は時間を確認する時、カバンに付けといた腕時計を頼りにしている。ゴロンチョした傍らに置いていた。今までそれを見て判断していたのだ。


「伊巫さん? どこですか?」


 やっと起き上がる俺。辺りをキョロキョロと見渡しても、彼女の姿は見当たらない。


 この広くはない六畳1Rに、かくれんぼに最適な場所などあるはずもなく。必然的にトイレか風呂に、その選択肢は絞られる。


「伊巫さん……トイレ?」


 立ち上がる。ブランケットは退けた。一旦、布団も畳んでおく。まさか外には行っていないだろうけれど、またすぐに戻ってくるだろうけど。なんか癖というか、念の為。


 空っぽになった伊巫さん布団。つい先ほどまで、俺が覚醒した時まで。この忌まわしき右腕は、その布団の上部分にポトリと落ちていたわけだ。


 まるでジェンガのように。俺の腕の下から、まさに伊巫さんが抜けただけの形を保って。


 もう決定的に徹底的に、俺の伊巫さん撫で撫ではバレていると考えていいだろう。100%そうだ。


 茶髪ナデナデ寝落ち事件。

 穴があったら入りたい。


「最悪だ……」


 そう俺は独り言ちながら、背を丸め下を向き這いずるように歩みながら、トイレルームへと向かう。


 そういえば先ほどまで、なんか変な夢を見ていた気もするが。特に放置して問題ないだろう。なんかもうぼやけて忘れてしまったし。夢なんて皆そんなもんだ。


 がちゃり、ドアを開ける。

 ……が、不在。


「トイレじゃないのか。じゃあ、風呂か?」


 次なる推理を研ぎ澄ませる。スニークで移動する足。物音一つ立てないように気遣うのは、俺の身体が夜中という世間的事実を、無意識に意識しているからであり。


 また、伊巫さんにお目見えすることを考えると。先ほどまでのナデナデ事件を確実に掘り返されるので、その後ろめたさというか、用心深さもあり。


 マジで失態だ。油断していたとしか、言いようがない。


 言い訳の余地もないだろう。魔が差したというかなんというか。彼女が寝ている間だけにしようと思ったのに。気づかれずに遂行できてハッピー! ってなる予定だったのに。


 好きでもない男に撫でられるって、どんな気持ちなのでしょう?

 誰か女性の方、教えてくださる?


「風呂……電気点いてないな。やっぱ外行っちゃったのか?」


 風呂は電気が点いていないように見える。まだドアは開けてないけれど。でも、前のトイレと同じく、人の気配がしない。


 もしシャワーでも浴びていたら、確実に音が鳴るはずだ。それも一切聞こえない。


 ということは、ここにも伊巫さんは居ないわけで。

 ……となると、全ての選択肢が外れたことになるな。


「まさか、バルコニーにいるわけでもないでしょうし」


 ほどんど0%に近い可能性を羅列してみたところで、特に状況に音沙汰もなく。あとで一応万が一のために確認してみようと思ったくらいで。


 まあ、絶対にないとも言い切れないしな。あの人不思議ちゃんだし。バルコニーでお一人様シエスタしていたとしても、俺はツッコまない覚悟を今決めた。


 それに、外という可能性も、なんだかないような気もする。


 これは俺の野生的勘なのか。それとも、まさか伊巫さんはそこまで危険なことをしてくれないだろう、という俺の願望なのか。


 いずれにせよ、今の俺には監督責任がある。伊巫さんを一晩お守りするという責任が。流堂さんにも任され、託されている。


 そのために泊まったのだ。そのために、今俺はここにいるのだ。


 決して、あわよくば伊巫さんとチョメチョメできたらいいなとか、一晩中あの人の理性を散らしてみたいなとか、そういう邪な目的ではなく。


「風呂……風呂ねえ?」


 とりあえずドアを開けよう。虱潰しは捜査の基本。俺みたいなトウシロウなら、なおさらだ。


 俺は訝しげに組んでいた腕を解き、取っ手へとかけた。このままドアの真ん前に立ちはだかっていても、埒が明かないし。


 少し怪しい気配がプンプンと漂っていたが、俺はもう迷わずその浴槽室内へとgo。


 がちゃり──そして。


 それが、伊巫さんに全裸で抱きつかれる五秒前だとも知らずに。

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