第五十二話 微風と茶髪
「あ、レイド始まるみたい。ちょっくら私goしてくるわ。一晩中くらい帰ってこないから。あと幾太くん泊まってけこれ命令」
「えーいきなりですね」
「着替え用意したしお風呂とか適当に入っちゃっていいから。杏子のことよろしくね♪ オ○ペットくらいにならしていいから」
「なに言ってるんですかお母様」
「ばいならバイ」
がちゃ、ぎい、バタン。
「……」
がちゃ。
「あ、杏子結界あと何個残ってる?」
「……0個」
「はーマジかよ全部使っちゃったの? まあでも、もうそろなんでしょ? 次絶対採取忘れないでね」
「わかってるわよ……」
「ばいならバイ」
がちゃ、ぎい、バタン。
「…………」
■
流堂さんがログアウトしました。
残っているのは二人だけ。
部屋の中……俺と伊巫さん。
時刻は夜二十時半過ぎ。決定的に徹底的に辺りは暗く、ベイビーたちが寝静まっている頃。
ほんに、自由奔放なお母様だこと。一回外出てもう一回戻ってきて、また行った。伊巫さんに言い忘れたことがあったみたいに。結界が云々の下り。
「えーと……」
伊巫さんのお守りを任されてしまった俺。彼女は現在、部屋の隅っこで壁に凭れて本を読んでいる。
精神医学? の本らしい。『愛着障害と発達障害の違い、またその付き合い方、自己認識』みたいな感じのよくわからないタイトルを読んでいる。俺の専門外だ。
まあ、こんな言ってはボロアパートに若い女の子一人なんてのも、不安要素たっぷりな話か。
戸締まりはもちろんちゃんとしてはいるだろうが、インターホンすらない古い怪しい物件。たぶん鍵も壊そうと思えば簡単にぶっ壊せるのであろう。
故に、俺設置。それが流堂さんのファイナルアンサー。おのれはレイドへとgoしたけれど。
俺をセ○ムか何かと勘違いしているらしい。普通に俺危険だよ? むしろ娘さんにとっての危険材料だよ? 男子高校生だよ? 性欲モンスターだよ?
そんなのを野に放っていいのかなー?
JK小娘伊巫さんと夜中密室で、二人きりにしていいのかなー?
「いいんですねわかりましたありがとうございます」
俺は部屋の隅へとズカズカと直行。
目標は──言わずもがな、伊巫さん。
おっと、カバンに持ってきたコン○ームも忘れずにね?
そこら辺はしっかりしたい俺。流堂さんの信頼と、それにより与えられしチャンスを裏切るわけにはいかない。
お母様のgoサイン。これほど心強いものはない。おそらく先程のレイド云々も、俺に「行け」という暗黙のメタファーなのだろう。
オナペ○ト許可も無事発令されましたし。計二回ほど。
決して自分が子どものお守りに解放されたいとか、久々に携帯ゲームしたいとか、そういう目的ではなく。
あと「結界」がどうたらこうたらは全く理解できなかったのでスルー。魔法使い本人たちにしかわからない事項なのだろうから。俺は無関与。
「さあー伊巫さんモミモミちゅっちゅペロペロじゅぱじゅぱへろへろぱふぱふきょいきょいいんぐりもんぐりタイムですよー? お母様の粋な計らいにより閉ざされた空間に二人きりの若い男女ときたもんだ、これは若い和解を散らすしかなかですねーゲッヘッヘ。大丈夫優しくしますから安心して乱れちゃってください、ああでも一応声は静かにする方向で。近隣住宅に聞こえたらヤバいし」
「……」
「あれれー緊張しちゃってるんですか? 大丈夫です皆やってることです平気平気、人類皆兄弟です。ついでに俺と伊巫さんも血の繋がり作っちゃいましょう、そうし魔法!」
「……」
「アッハッハ冗談ですよ、ちゃんと避妊しますって。俺たちまだ早いですもんね高校生ですもんねゴッドスピードですもんね? ほおら見てくださいこのスタンバイ。コン○ームでうちわが作れますよ? 用意周到準備万端家内安全健康保険、俺と伊巫さんの愛の絆の前に立ち塞がる壁など俺のチムチムニー以外何一つありませんとも、ええそうですとも。しからば、万難を排して参りましょうLet us go!」
「……」
「……」
「……」
「……伊巫さん?」
伊巫さんは一切動かない。反応すらしない。俺の渾身のセクハラ兼、現役童貞臭たっぷりの誘い文句に。
手を目の前でヒラヒラやってみる。が。
……反応なし。
どうやらただのしかばねのようだ。
「え!? 伊巫さんまさか寝ちゃってる!? どひゃー」
どひゃーしてすっ転ぶ俺。背中からしたたかにフローリングへとダイブ。そのまま勢いよく後頭部をゴツン……悶絶。
「ま、マジかよー。まだ二十時四十一分なのに? tonightはこれから燃え上がるのに? 一ミリも触らずにつんつんすらせずに終了?」
……どうやら、その通りらしい。
壁に凭れ掛かったままグースカピー伊巫さん。本を読み耽ってそのまま寝落ちしてしまったらしく。
可愛らしい茶髪はややうなだれて、定期的な呼吸音を繰り出すばかり。完全にその睫毛が流麗に伏せて、瞳を閉じていらっしゃる。キスの前振りですらなく。
「そ、そんな……そんなことってドンドコドン……」
俺orz。
せっかく流堂さんが用意してくれた最高の舞台も、伊巫さん本人のいとも容易く行われたえげつない行為により、沈・没☆
眠っている相手には手を出せない。その真理を、しかし本人が狙ってやっているのか、そうでないのか。
おそらく後者だろう。伊巫さんはそういう人だ。そういう理不尽で、「ムード? なにそれおいしいの?」みたいな人。
もう、なんとなくわかってたけどね。甘い期待は、甘い期待のまま終わることに……。
それと、ムードと言えば──例のちゃぶ台。あれは今、部屋から忽然と消えている。
解説しよう。さっき俺が見た決定的な瞬間、その光景を。
「……」
俺はチラッと、壁のフックに掛かった制服を見遣る。
伊巫さんの制服。
JKのブレザー、スカート。
種も仕掛けもなさそうに見えるそれは、しかし四○元ポ○ットの機能を果たしていたらしく。
■
〜三十分前〜
俺はびびった。晩ご飯を完食した後、魔法使いJKがそのスカートからニュニュっとちゃぶ台を収納したことに。
「ふぇ?」
目が皿のように、とはこのことだろう。壁に掛けられたスカート。そこから自由自在に、モノが出たり入ったりできるのだから。
「ああそれ、杏子の魔法よ」
「……無限アイテムボックス的な?」
「そうね。収納魔法。異次元空間がなんちゃらかんちゃらで結界による作用がどうたらこうたら。私も杏子産む前までは使えていたわ」
「……」
解説流堂さん。ちゃぶ台を、壁のフックに掛けられたスカートにしまい、満足気に両手をパンパン伊巫さん。
だからこの部屋はがらんどうだったのかと。テレビもねえラジオもねえ状態だったのかと。物を設置させる必要すらなかったのかと。
「テレビが無いのはもとからよ」
「ははあ……」
伊巫さんの読心術フォローも、あえなく馬耳東風。開いた口が塞がらない俺。
もうなんでもアリらしいね、魔法使い。
四○元ポ○ット(スカート?)も。
壁出現による、1Rを1Kへ物件魔改造も。
全部結界だか魔法だかが何でも叶えてくれるらしい。夢を自由に叶えてくれる。
あと、餃子120個は伊巫さんが全部はけました。内、流堂さん10個、俺30個、頑張って喰いました。
単純な引き算クエスチョン。お勉強会のついでです、伊巫の食べたのはさあいくつ?
さらにデザートで、例のお菓子もはけました。伊巫さんが体育祭でクラスメイトに押し付けられた、部屋の端っこで山積みになっていたヤツ。
昼間のお勉強会でもちょくちょくつまんでたみたいだけど。まさか今日一日であの大漁を全て消滅させるとは思わなんだ。
世界ビックリ伊巫さんのご生態がこちら↓
・無限収納使えます(制服スカートより)
・空間構築可能です(物件魔改造等)
・ついでに胃袋も無限収納です(完食女帝)
……。
■
〜現在〜
伊巫さんを布団に寝かせてやった。
敷布団は、朝から部屋の隅に置きっぱだったから事足りた。伊巫さんが寝ていて、俺がスライディングして、流堂さんが畳んだ。今朝のせんべい布団。
が、掛け布団がなかった。
五月末と言えど、夜は肌寒い。ので、薄い毛布的なのが欲しいところだ。
「……いけるんじゃないか?」
と、俺は腕を組む。何がいけるかと言うと。
「あ、出てきた」
スルスルと取り出したるは、薄い水色のブランケット。伊巫さんのJKスカートから拝借。
高校生男児が、女子の下の制服をゴソゴソとまさぐって取り出した姿は、いよいよ異様そのものだったけれど。目的のためなら仕方なし。
スカートの中から謎にドロップできたそれを、おねんね伊巫さんのパジャマの上から、そっと掛けてあげる。
「これで身体を冷やさない……うんうん!」
会心の出来に頷く俺。敷布団とブランケットにサンドイッチされた伊巫さんはバッチリ就寝スタイルだ。
「よっこらセッ○○」
俺は伊巫さんの横に寝転がった。もちろん、一緒に布団には入らない。床に直に寝そべっている。ゴロンチョしている。
今回は独り言が多い俺氏。伊巫さんはもう寝てしまった。
だからそんなクソ下ネタを吐いても、突っ込む人も、また、俺が伊巫さんに突っ込めるなんてこともなく。
……虚しい。
伊巫さんが読心術してくれない。寝てるから。
「伊巫さんに突っ込める」ってとこ、自分的に傑作だったんだけど。ナニ的な意味で。
あとなにげに「また」と「股」を掛けてみたんだけど。
……さすがに気付かないか。
「……」
「……」
「……」
「…………」
静かなる部屋。灰色のカーテンは既にぴっしりと閉まっており、夜の気配は穏やかな空気と変貌し、寝静まった空間と時間を支配、徘徊している。
床の低い位置に滑り込む五月末のゆったりとした、まだ少し涼しい風。俺が夕方洗った網戸の底から吹いてくる。
カーテンの灰色がひらめく今夜は、そこそこ風があるようで。気を利かせて退出してくれた流堂さんの居所が、ふと気にかかる。
微風。
とぐろを巻いてまとわりつく伊巫さんの髪。
夜が低く唸る。まだ遅くない、住宅街の音。時刻は二十一時頃。でも、部屋の電気は明るく灯っていて。
「……あ」
俺は伊巫さんを眺める。横に並んだ彼女、せんべい布団に仰向けになった、学校の先輩の女の子。
その風に微かにさざめく茶髪は身動いで。
仰向けは、横向きになった。
「ん……」
「…………!」
とても嬉しく感じてしまうのは、何故だろう?
彼女は床の右に寝転ぶ俺の方を、向いてくれた。俺にとっての左側に伊巫さん。伊巫さんにとっての右側に俺。
二人三脚の時と──同じ。
しかし、もちろんその目は瞑られている。眠れる姫のように。閉じた瞼のその上、茶髪は緩やかに頬へと流れ、地に臥せる。
寝息。吐息。
「……」
俺の方を向いてくれた伊巫さん。
寝返りをうって、俺を見てくれた伊巫さん。
閉じられた瞼──に、そっと手を伸ばす。
緩やかな髪が触れた。伊巫さんの茶髪。初めて触った。
昔実家で撫でたポチみたい。なんて、そんな失礼なことを思ってしまった俺だけど。
……とても懐かしい感触。
この少ししっかりとした髪質も、落ち着いたブラウンが流れるような髪色も。
指に柔らかく沈み込む髪の一本一本が、そのふわりと風に乗って鼻腔をついた女の子の香りが、どこかの記憶を呼び起こすみたいに。
「……あんず、ちゃん……」
口から無意識に出た、言葉。
温かな名前。懐かしい語感。
目蓋が心地よい重さ。髪を撫でる指は、その最後の力がゆっくりと抜けて。
灰色のカーテンが揺らめく。彼女の茶髪が流れる。




