第五十話 ただのお喋り
伊巫さんのパンツ。
伊巫さんのパンツ。
伊巫さんのパンツ。
「……」
「あ、それ二、三枚持ってっていいわよ」
「なに言ってるんですかお母様」
「杏子色気ないのよね。『見せる相手がいないから別にいい』とか言ってるしさ。ちょっと躾けてやってくんない?」
「だから何をゆうとるんですかあなた様は?」
俺は手元に掲げたる『灰色の天使』の模様を見る。無地だ。そして、なぜにボクサーパンツのような形状をしている?
スポブラの時から重々承知していたことだが、やはり伊巫さん。彼女はラクな、機能性重視らしい。
下着も、実に履きやすく軽量で動きやすいブツを選択していらっしゃる。ボクサーパンツの灰色を、俺は大して感慨深くもない目で見送り……畳んだ。
「ありがとね、色々やってくれて。いやあ、二人が家事やってくれるから助かっちゃう。やっと人生一息つけるわ、今日が最後の晩餐かしら?」
「はあ……まだまだ若いじゃないですか」
「あらやだ嬉しい。今年で34よ♪」
「へえーそうなんですか」
俺は今、洗濯物を畳んでいる。そして傍ら、ちゃぶ台に落ち着いた流堂さんは、ほっと一息ついてコーヒーを飲んでいる。
例のステンレスマドラーでカップ内をクルクルと撹拌させながら。その見るからに若い美貌をふう、と赤らめさせて。
■
〜五分前〜
夕方。
流堂さんが帰宅し、バルコニーに干していた洗濯物を取り込む段取りとなり。
「手伝いますよ」
名乗り出た俺。そして伊巫さんはなんと、
「じゃあ、私が晩ご飯を作るわ」
「な……!?」
驚愕、絶句、天変地異の流堂さん。
「やばいわ幾太くん。杏子がご飯作るとか言ってるわ。ちょっと世界終わる前に杏子と今ここでセッ○○して孫の顔見せてくんない?」
「なに言ってるんですかお母様」
「あばばばば」
バイブレーションお母様。相当伊巫さんが料理するのが恐ろしいらしい。そしてその本人はムッとした顔。とても心外そうに。
「なによ……私が料理するのが、そんなに不服なの?」
「いえ。いいのよ。揚げ物だけはやらないでね。いいのよ。全裸でも」
「全裸はやんないから」
「「チッ」」
「なんで二人とも舌打ちしてるの……?」
という会話があって、伊巫さんキッチンgo。もちろん全裸でも裸エプロンでもなく。普通に先ほどまでと同様、ピンクのお花のパジャマちゃん。
そして──出現した壁。
キッチンと居間空間を分けるように、謎の白い壁が、床からニョキニョキっと生えてきた。
「な、なんじゃーこりゃ!?」
「ああ、杏子の魔法よ」
「便利過ぎますね、魔法……」
解説流堂さん。どうやら、伊巫さんの魔法により六畳1Rが1Kに物件変更されたらしく。
部屋はかなり狭く感じるようになったが、実に機能的なマジカルパぅワーだった。
すげえな、もうなんでもアリかよ。
部屋が変形しちゃったよ、まったく……。
■
〜現在〜
で、分かたれし居間とキッチン。
キッチンには伊巫さん、晩ご飯を目下制作中。こちらからはその調理風景は見えない。
居間には俺、洗濯物取り込む&畳み中。
無論、他人の(しかも女性二人暮らしの)家の洗濯物には、そういうそういったハプニングもつきもので。
冒頭に戻る──伊巫さんのパンツ×3
「ん? 流堂さん……34歳?」
「ええそうよ」
「……伊巫さん17歳?」
「ええそうよ」
「……」
単純な引き算クエスチョン。それにそこそこの違和感を感じてしまう俺。
どうりで見るからに若々しいと思った。だって見た目、二十代後半くらいの綺麗な女性だもん。普通に経産婦とは思えないビジュアルしているもん。
そういえば、流堂さんのビジュアル説明をしていなかったな。俺は洗濯物を畳みつつ、そのコーヒーをお飲みになられている流麗なお母様の全身を眺める。
白黒ボーダーのシンプルなハイネック。割とぴっちりしているが、スリムでスタイルのいい彼女には、とてつもなく似合っている。
下は薄色デニムの長ズボン。全体的にカジュアルな雰囲気を纏いつつ、スタイリッシュに決めていた。
だから、その格好がなおさら、びっくりするような若さを演出しているのだ。これでキャップでも被ったら、それこそ本当、十代くらいの若女子に見えるくらいに。
「こ、これは伊巫さんが将来有望だな……」
「あんたらさー、SMプレイでもやってんの?」
「ふぇ?」
俺が素晴らしい血脈に思いを馳せていると、唐突に切り出した流堂さん。俺は伊巫さんの洗濯物(灰色スポブラ)を取り落としてしまう。
「こないだ杏子が胸に縄痕付けてきた時。何事かと思ったわよ。まー若いことはいいことだと思うけどさ。もっとソフトなのにしときなよ。首輪とか調教とかアナ○○○○とか自宅全裸散歩とか」
「……ああ」
俺は思い出す──縄痕。
理布がつけた、縛った縄の痕。伊巫さん、魔女の罪、その清算、裁きの時間。
体育館。今からほぼ一ヶ月前の出来事だ。
俺は流堂さんに向き直る。たぶん、その表情はいいものではない。情けないが、俺は怒りを我慢できていない顔をしていると思う。
「それは俺ではないです。縄は、伊巫さんの痛みは……でも、救えなかった俺の……」
うつむく。自分が情けない。言葉が上手く紡げないこともそうだし、なにより。言われるまでずっと忘れていただろうから。
さらに思い返して見れば、体育祭の時にはすでに消えていた痕だった。媚薬の時ではまだ残っていたけれど。
あの赤い痕。どうやら、一週間くらいで消えていたらしい。ずっと残るものでなかったのは、ホッとした。けれど、俺は何もできない。できなかった。
「まあ、別に杏子がどんなハードプレイしようが好きにしなって感じ? だけどね」
「……」
「まさか露出とか窒息とかぶっかけとかやってないでしょうね?」
「……!」
そ、それは……。
……やりました。
でも、不可抗力です!
あとぶっかけは合法なやつですッ。
「はは……おいおいマジかよ。杏子も隅に置けないわね……」
読心術を使えるわけではない流堂さんは、しかし俺の切実な思考をその表情からくみ取ったらしい。完全に冤罪な気もするが。
その会話はそこで終了。再びコーヒーに口をつける流堂さん。二人分の洗濯物を畳み終えた俺。なにげに伊巫さんの下着類が五十パーセントくらいを占めていた。
それと、さっきの流堂さんの年齢問題は、ひとまず置いておくことにする。色々なご家庭とか、事情とかがあるのだと思う。
父親がいないのとか、この比較的広いとも言い難い家庭環境とかとも、関連があるだろうから。
「ん?」
と、俺はその洗濯物の一つに気づく。
伊巫さんの靴下。先ほどまでの風景、彼女の格好も思い出す。お勉強会で座っていた、伊巫さんの。
その足。たしか靴下を履いていた。
「あ……」
これも察する。縄痕の話で思いついたこと。マキビシダイブだ。あの時の傷痕。
その棘の上を苦行僧の如く歩行した女子の、足裏にも残っているのだろう。
だから、靴下だ。もしかしたら、昼間の彼女が起きた時。トイレから出てきた際の「向こう向け」台詞も、その意味を孕んでいたのかもしれない。
歩いたら、足裏が見えてしまうから。必死に隠す伊巫さん。サイハイもそうだし、今日一日中長袖長ズボンのパジャマだったのも、そんな理由だろうか?
というのはしかし、穿ち過ぎかな?
まあ、これ以上考えるのも無粋だろう。
無粋で邪推。本人のことは本人。今の流堂さんの言葉に倣うわけでもないけれど。
でも、俺は伊巫さんがどんな選択をしようが、全部それでいいと思う。くさい台詞でも、そう自然に思ってしまうのだから仕方ない。
「そうだ、幾太くん」
と、傍らのちゃぶ台前に鎮座する流堂さんが手を叩いた。現在時刻は十七時半過ぎ。
ぽん、と乾いたクラップ音が一つ、六畳1R(伊巫さんの魔改造により1K)の居間内へと響く。
「ついでに網戸とかも洗ってくんない?」




