第四十九話 保健体育✕勉強会
伊巫さんが雉撃ちから帰還した。
いやまあ、正確に言ったら雉撃ちではないのだろうけれど。普通に歯磨きとか顔洗いみたいな、朝支度を終えたのだろうけれど。
エクストリームの『バッキバキ♡』を納めつつあった俺の目の前に、彼女は出現。トイレ兼洗面所のドアを開け、しかしその体勢のまま突っ立っている。
なんだろう。なぜ突っ立っているのだろう?
もしかして、俺のエクストリームに見惚れている?
『バッキバキ♡』に、『ドッキドキ♡』しちゃっている?
「ちょっと向こう向いてて藤見くん」
「はい?」
「向こう向け」
「はい?」
「サッ」
「ゥビクウ! ……あ、飛んでこない」
「……!」
構えた伊巫さん。が、先ほどと同じくなぜか鞭は飛んでこなかった。
おろおろ伊巫さん。自分でそのことを忘れていたらしい。
なんか今日の伊巫さんのドジ率がすごい。自宅だからか? 気が抜けているのか?
あと、やはり乗馬鞭は基本制服の時しか使えないらしい。仕組みはわからない。けれど、パジャマ姿の伊巫さんが安全というのなら、それほど素晴らしいことはなかった。俺にとって。
目の保養にもなるし。ノーブラだし。パラダイス!
と、キッと睨む伊巫さん。また読心術かよ。それずるくない? 俺の思考の自由奪われてない?
「幾太くんも察しが悪いわね。女が向こう向けって言ったら、一つしかないじゃない」
この声は流堂さんだ。伊巫さんと口調も声質もそっくりだから、紛らわしい。
見分ける、というか聞き分けるとしたら、俺の呼び方だろうか?
伊巫さんは「藤見くん」、流堂さんは「幾太くん」。なにげにお母様に下の名前呼びが定着してしまった俺である。
おっと下の名前と言っても、エクストリームの方じゃないぜ?
なんて俺が思っている横で、伊巫さんにグッジョブする流堂さん。
「脱ぐのね?」
「脱がない」
一蹴した伊巫さん。その可能性があったか。俺は流堂さんに尊敬の念を送る。が、あまり伝わっていないご様子。
なんかさっきから薄々感じていたが、流堂さんは読心術が使えないっぽい。そもそも、魔法すら使えるか怪しい。
なんだろう、伊巫さんの母親なのに、魔法使いではないのか?
もしくは、何らかの要因で魔法が使えなくなったとか?
「早く向こう向いてよ……」
「あ、はい」
俺は座っていた身体をくるっと反転させ、壁を向いた。伊巫さんの語調が、なにか切実さを孕んでいた。怒っているのだろうか、顔が赤くなり始めたので、俺は素直に従うことにする。
白いシンプルな壁紙が視界を占める。左側、居間空間には流堂さん。
と、伊巫さんが移動する音。トイレから俺の後ろを通って居間の、反対側の壁辺りに行った気配。
「やっぱ脱ぐんじゃない」
「うるさい」
流堂さんと伊巫さんのやり取り。とともに、衣擦れの音が聞こえる。
流堂さんには伊巫さんの動作が見えている。情報によると、伊巫さんは脱衣しているらしい。俺の背後で。二、三メートルほどしか離れていないすぐ背後で。
あと、伊巫さんの口調がさっきから激しい。なんか妙にイライラしていらっしゃる。
「……いいわ。こっち向いても」
バッと振り向く俺。……が、期待ハズレ。
普通に着衣だった。というか、さっきとまるで一緒のピンクのお花パジャマ。変貌した様子が一切ない。
なにこれどんな間違い探し?
というか、服脱いだんじゃないの? 全裸なんじゃないの?
ふざけんな金返せ。
「そもそも払ってないでしょ」
「え!? 払ったら見せてくれるんですか!?」
「見せないッ」
「おおう……」
一喝されてしまった。尻込み俺。ついでにエクストリームも完全鎮火。ち○こ鎮火。ありがとうございました。
「さっきからあんたたちなに話してるかわかんないけど……幾太くん、心の眼で見るのよ」
「心の眼?」
「そう。あなたなら使えるハズよ。さあ、目覚めなさい。杏子を見破る真の力に」
「……」
流堂さんが促す。そしてやはり、彼女は読心術使えない=確定。俺と伊巫さんの脳内やり取りが理解できていなかった。
促されるままに、俺は真の力に目覚める。心眼術的なものを発動させて。
『レベル65』
──と、伊巫さんの頭上に現れた。
「そっちじゃないわ」
「おっと。訂正訂正」
65レベの伊巫さんに訂正された。そっかそっか、こっちじゃないか。別のスキルを発動させちゃった、てへぺろ☆
俺はもう一度心眼を発動させる。伊巫さんの服を透視。
「あ、スポブラ着けました?」
「花マル」
流堂さんから花マルをもらった俺。が、本人はムッとした顔。俺に透視されたことが嫌だったみたいに、さっとそのボディを隠す。
「あー、ノーブラタイム終了ですか。残念だなあ。せっかく自宅なんだから、なんなら全部脱いじゃってもいいのに。全裸全裸」
「そうよそうよ全裸全裸」
「キッ」
「「おおう……」」
JKに睨まれた俺と流堂さん。それと、お母様は俺の全面的な味方らしい。伊巫さん脱衣賛成派。
自分の娘に対して何考えてんだという感想も湧くが、この場合俺にとってめちゃくちゃ都合がいいのでスルー。
クールに見えて、割とノリがいい人だ。これも、伊巫さんとの血脈を感じる。
「これ。例の過去問ね。さっさとお勉強会始めましょう」
「ん?」
と、差し出してきたのは複数枚の冊子。伊巫さんから受け取る。
ああ、そうか。なんだかんだ忘れていたけども、そういう約束でここまで来たんだな。
伊巫さんハウスに来た理由。来週水曜日の中間テスト、その過去問を見せてもらうため。
伊巫さんと俺が一学年違いという利点を活かした、素晴らしい戦略である。
というか、これ俺にしかメリット無くね?
なんで伊巫さんは招いてくれたのだろう。
とにかく、先輩女子のご厚意に甘えさせていただく俺。時刻はなにげに正午過ぎ。少し遅くなったが、お勉強会のスタートだ!
『ぐうー』
「「「……」」」
意気込んだのも束の間。誰かの腹の音が、6畳1Rへと鳴り響く。
「犯人はこの中にいる」
「いやもう大体察しが付きますよ」
「……」
探偵ごっこ流堂さん、真実に一瞬でたどり着いた俺、真っ赤なほっぺ伊巫さん。
わ、わかりやすいよ……。
ま、まあ、可愛いけどね?
■
飯を食った伊巫さんは元気元気!
いつの間にか目を離した隙に出現した、謎のちゃぶ台。に、ノートを散乱させペンを走らせていた。
まっさらな部屋に突如として現れたちゃぶ台。マジで、いつからだろう? 俺がトイレ貸してもらった三十秒もない時間で、いきなり居間の中央に湧いていた。
そこでお昼ご飯も食べた。流堂さんが作ったオムライス。と言っても、さっき俺が家に訪ねる前に作っといたやつらしい。もともとこれからご飯の予定だったからだ。
俺もありがたいことに、ご同伴に預からせてもらった。びっくりするほど美味しかった。先輩女子への家庭訪問。で、さっそくお母様の手料理イベント。
ちょっとなにこれプロレベル?
卵がふわふわトロットロ。
すげえな。たぶんお母様魔法使えないっぽいし、これを自力で作ったとしたらかなりのクオリティだろう。社会的ステータスになるかもしれない。
伊巫さんのお弁当も凝ったものが多かったが、やはりお母様お料理上手案件と捉えて良いだろう。こんなうまいメシにありつけるなんて、俺は果報者だ。
──的なことを本人に言ったら、
「うん……杏子がさ。あの子食べるからね。本当……」
と、遠い目をしていた。
おおう。お母様の長年のご苦労が、その背後からつらりつらりと……。
「……別にいいじゃない。うまくしてくれ、なんてあたし頼んでないし」
「……そうですよね伊巫先輩」
勉強している伊巫さんは、俺の回想を読み取ったか、そう回答した。俺も空気みたいな返答。
伊巫さん割と薄情?
まあ、子どもなんて大概そんなもんか。
流堂さんの手間ひまとか、ワンオペの様々な苦悩とかを共有できたのは、どうやら俺だけらしい。というか、ツンデレ? なのか、伊巫さん? やけにお母様に反抗的である。
伊巫さんは思春期。これアンサー。
俺も彼女と同様に、ちゃぶ台に突っ伏して、もらった過去問で勉強に励んでいる。
ちなみにそのお母様は買い物に行った。家には俺と伊巫さん、二人だけだ。
時刻は十四時過ぎた。穏やかな午後の6畳1R。先輩女子のお家、お勉強タイム。
伊巫さんはずっとパジャマ。可愛いピンク色のお花のパジャマ。その下にはスポブラ。
部屋、二人きり。お母様は当分帰ってこない。俺と伊巫さん。パジャマ。スポブラ。
そして俺の持ってきた鞄には、ひそかに大量のコン○ームが……。
お勉強会。伊巫さん。俺。
二人きり。部屋。コン○ーム。
「伊巫さん。俺と保健体育のお勉強会を開くつもりはありますか?」
「ねえよ」




