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いふ☆いふ 〜先輩は魔法使い〜  作者: 岩流佐令
5月 体育祭&家庭訪問
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第四十五話 わんわんお大団円

 空気が止まる。全校生徒が水を打ったように静まり返り、グラウンドには張り詰めた雰囲気が漂う。


 なんなんだ?

 これから何が始まろうとしている?


 俺はこの学校の異様な気配に、しかしその全貌を察知することはできなかった。ただただ不気味な、生徒たちのギラギラした目が獣のように、舞台上へと向けられている。


 舞台上。校庭の一番前、中央に設置された朝礼台に搭乗した校長・鈴木。彼がマイクを握る。生徒たちは全ての動きを止め、「待て」を言われた犬状態でそれを観ている。


「えー、体育祭が終わりました。皆さん、あー、お疲れ様でした。ここからは、うー、サービス、おー、タイム、うー、です……ウッ」


 校長は倒れた。なぜかは知らない。そして誰も気にするやつはいない。


 ……サービスタイム?


 俺は首を傾げる。えーあーうーおー言っていた校長のその言葉の真意とは。今現在担架で運ばれすらされず放置な老人の最期の言葉、その意味とは。


 と、横のテントから先生陣が登場。数学の田中、公民の佐藤、家庭科の伊藤、保健体育の渡辺、美術の小林、音楽の佐々木、外国語の不知火、地理歴史の五百旗頭、書道の六月一日、理科の釐裹、情報のゴッドスピード。


 彼ら彼女らはもれなく片脇にカゴを携えている。それがテントからグラウンドにまんべんなく散り散りになった時、色めき立つ生徒男女たち。


 何かが始まる。グラウンドの鼓動は高まる。今や、教室で本を読んでいたメガネくんも、更衣室で○行為していたらしき服が乱れたカップルも、全員の生徒が、この晴れた大地に集結していた。この学校の生徒、全員。


 そして、教師たちはカゴの中に手を突っ込んだ。現れたのは……()()()


 彼らはひたすら無言で、『鬼は外福は内』みたいに、それら大量のスナックやらちびチョコレートやらを散布し始めた。謎の行動を取る先生たち。校庭にお菓子をばら撒いている。


 と思いきや、お菓子が地面に落ちる音。これが一向にしないのは、それをキャッチする者がいるからで。


 捨てる神あれば拾う神あり? ──そんな言葉では収まりきらない光景が、グラウンドにはあった。


「わんわんお! わんわんお!」


「ばうっ。ばうばうっ」


「へッヘヘッヘ」


「きゃおーん。きゃいーん」


「キューン。キュルルルーン」


 なんと全校生徒が一斉にお菓子へと飛びついたではありませんか。それも、男女問わず犬の鳴き真似をして。なんなら四つん這いでお菓子を採集せんと駆け回る姿は、まさに犬そのもの。


 先生がお菓子を撒く。それに群がる飢えた獣のたち。それはもはや、鳩ポッポ風景とかそんなものではなかった。救世主と愚民みたいな、蜘蛛の糸と罪人みたいな。


 しかし、俺は人民をみっともないとは思えなかった。皆がみんな、男子も女子も先輩も同級生も役員も生徒会長も、お菓子に犬のように群がっている。


 だから、むしろこれが普通状態であり、参加しない俺だけが時代についてこれない愚かな人種なのかもしれないと錯覚するほどに。目眩がしそうなくらい強烈な眼前風景。


 これぞ集団性同調圧力の威力。まあ正直めちゃくちゃドン引きしているけど。何が起こっているのかわからない。


 もしかして……何も知らされてないのは、俺だけなのか?


「体育祭プログラム」


 隣に声が聞こえた。伊巫さんだ。いつの間にか俺の傍らにいたらしい。


 呆然と眺める俺に、滔々と解いてくれる彼女。


「絶版になって、回収された理由がこれね。あれの最後のページに、ある重要事項が明記されてあったみたい。で、それは本来出してはいけなかった情報である、と」


「……情報、とは?」


 尋ねる。あんまし興味はない。でも、単なる知的好奇心の残りかすというか、語り手としての職務全うというか。なんとなくその単語を繰り返して、語尾にクエスチョンを付けてみた。


「見てりゃわかるわ……ほら」


 と、促され、視線を移動。示された指先には、全校生徒たちのそれはもう見事に醜悪なわんわんお阿鼻地獄が展開されていた。


「ブルルルル」


「バウ。バウバウ」


「ヘヒョッ。ヘヒョヘヒョッ」


「ピョロロロ〜ン。ピュルル〜ン」


「きゅい! くうん、くんくうん!」


「はい、五点、三点、二点、七点、十点」


 最後の人間の声は、理科の釐裹先生。俺在籍一年A組の学級担任であり、俺は入学一ヶ月経っても、未だにその苗字の読みを知らない。というか誰も読めない。


 三十代後半くらいのいい感じの淑女で、くわえタバコの代わりにあめちゃんをかじっている。体育祭ということもあり、律儀にジャージ姿の気だるそうな黒髪ボサボサ短髪女性。理科担当だからか白衣。靴はサンダル。眼鏡の目にはクマがある。いかにもな、いかにもだ。


 彼女は小脇に抱えたカゴからお菓子をふり撒くと、生徒たちに指差してなにかの数値を言い渡した。


「よーしよしお前ら。お、吉井お前おねだり可愛いな。お前プラス三十点」


「わおーん!」


 吉井が上手くわんわんおして、釐裹先生のご機嫌を買ったらしい。わんわんおしながら小躍りしている様は、そんじょそこらのチワワとかトイプーよりは常軌を逸したキュートさがあった。


 そうか。俺は体育祭のプログラムをなんやかんやでもらっていなかったけど。伊巫さんにチラッと見せてもらった、あの国語辞典並みの分厚さの雑誌であるという情報しかなかったのだけれど。


 どうやらその最終ページには、こんなことが書いてあったらしい。


『プログラム第八百十四番──先生方によるお菓子配布兼、次回の中間考査の事前点数配布』


 アナウンスちゃんが、最後の任務を全うする。と、自らも犬となり、その人民の渦へとダイビングした。


「ハッハッハ」


 俺はもう笑うしかない。もちろんこれは犬の鳴き真似ではないぞ。


 『全校生徒わんわんお』。それが、この体育祭の結末だった。


 この学校はおかしい。狂ってやがる。中間考査。再来週の水曜日にある、一学期の定期テストである。その点数分を、今ここで上手に媚びれたやつに、お菓子をわんわんおしておねだりできた生徒に、配布している。とんでもない公然汚職だ。


「藤見くんは行かなくていいの?」


「いえ……僕甘いもの苦手ですから」


 嘘は言っていないが、それよりもあんなのに混じってわんわんおするつもりはなかった。その気力も魂もなし。唯一安心したのは、伊巫さんもこっち側ということ。観客席の二人だった。


 と、その時。


「伊巫ちゃーーーーん!」


「げふ」


 伊巫さんに突進した一つの影。そのまま女子二匹はゴロゴロと砂埃を巻き込み、後ろの壁へと激突する。


 緑市さんだった。彼女はわんわんお組。今までお菓子(と点数)を採集していた。


「伊巫ちゃんよく頑張ったね! 二人三脚見たよぅ? あんな着ぐるみ被ってあそこまで走れるなんて、あたしびっくしバ○クシー!」


「……え」


「おう、伊巫さん! 俺湯部(ゆべ)。あんたの全力疾走、しかとこの胸に響いたぜッ」


「私佐昼(さひる)って言うんだけど。伊巫さん運動得意だったのね。だから、いっぱい種目立候補してくれたのね。途中から棄権しちゃったらしいけど、あれだけでも見事な走りだったわ。よく頑張ったわね」


上川(あげかわ)ですが。あなたの競走結果を分析しました。この学内でも上位百パーセントに入る速さです」


碁村(ごむら)だ。すげえ二人三脚だったな、まるで昔モンゴルで見たカバのマーキングのようだったぜ」


「いやー、すごかったよ君の走り。もはや二人三脚の創世記だね。ちなみに、僕の名前は北北(ほくごく)ね」


毘那(びだ)と申します。この保証人って書いてある欄にサインください」


 また登場したよ。もうほぼコピペだ、怠惰だよね。あと、伏線回収は佐昼って女子がしてくれた。例の、伊巫さん出場種目多すぎの件。


 狼狽する、わりと貢献心があった伊巫さん。に、その仲間たちはお菓子を献上する。愉快な二年A組面々だ。


 伊巫さんは友達がいない。から、その急激な友好の証に、少々戸惑っている。たぶん彼女は、単純に人からの好意に弱いのだろう。思い返してみれば、彼女が誰かに感謝されている姿を、俺は見たことがない。


 そもそもの友人関係が皆無な人だ。そう断言できるのは、彼女が俺以外で、この学校の生徒との会話文が全くなかったから。それに、本人が以前証言していたことでもある。


 友達ゼロの伊巫さん。今現在、二人三脚の活躍により、称賛されている。当時、競技を終えた時は、生徒はそのあまりのサプライズ人に驚いて反応に困ったのだろう。


 でも、その優勝者を、学年への貢献者を称える気持ちは、皆同じだったようだ。今、その小さな魔法使い女子は胴上げされている。腕に抱えきれないほどのお菓子を与えられながら。


 よかったね、伊巫さん。


 ……とも、素直に思えない自分が不思議だった。なんだろう、この気持ち。胸に手を当ててみる。が、わからない。ただ、彼女が周囲の人間に囲まれているのを見て、俺の中心がモヤモヤするようである。


 ま、気にしなくてもよい。どうせ狂った体育祭だ。気分も悪くなるさ。


 先生たちのお菓子兼、事前点数配布は終了した。あたりにはそれほど存在意義がなさそうなお菓子の残骸が散乱している。獣たちがそれに喰らいつく。もうないですよ。看板ですよ。


 お菓子はたぶんビジュアルで優越感及び支配感をより満たそうと思考した先生たちの秀逸な小道具であろう。特に意味はない。


 生徒たちが欲したのは、点数の方なのだから。今だって、残飯を押し付けるが如く伊巫さんへとその大量な激安甘味が受け渡されている。


 お菓子って言っても、高いやつじゃない。俺が先ほど業務用のスーパーで見た、駄菓子の詰め合わせみたいなやつだ。そこら辺は本当に手抜きらしい。


 俺だって二千円はかけたのに。お前ら全員でワリカンしたらとんでもなく安上がりだろ? 教師のくせに、大人げない。


「ふう……」


 ため息を吐く。なんかもうめちゃくちゃ疲れた。もう全てがどうでもいい。そろそろこの作品も終わらせたいな。


 ドッキドキ♡体育祭編──終了。


「……ん?」


 と、疲労を抑えるように前屈したら、ポケットから違和感。出てきた一枚の板──チェキである。


「あ」


 そこには伊巫さんボンテージ版が映っていた。


「これって……一周目のやつだよな? そっか、俺が転移した時に、ポケットの中から引っ付いて来たのか」


 ボンテージ伊巫さん。にわかに俺のエクストリームが膨れ上がる。


 素晴らしい体育祭だった。素晴らしい戦利品を手に入れた。これで向こう一ヶ月はオカズに困らないだろう。



 ■



 無論、その夜、俺の自宅部屋でボッキボッキ♡体育祭編が追加開催されたのは、言うまでもない。

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