第四十四話 カレーパンの真実
『プログラム第八百十二番。最終種目パン食い競走です。選手の方々は入場をお願いします』
晴れた日差しも傾きかけた午後。日光はオレンジ色というほどでもない。が、地面へと生徒たちから伸びる影は、昼間よりかは長くなっている。
ようやく最終種目。時刻は十七時ほぼピッタ。八百十二個というマジで狂ったような数量の競技種目を、たった一日で完遂及び実況せしめた例の放送委員女子に、敬礼。
そしてアナウンスは響く。言わずもがな、スタンバイしている俺。伊巫さんの代替選手だ。でも、彼女ほど本気で、クラウチングスタートとかやるつもりはないが。普通にスタンディングスタイルだが。
『on your marks……』
アナウンスちゃんが号令をかける。スタンディングスタート俺。
と、何やら外野が騒がしい。「おいあれどういうことだよ!?」とか、「ふっざけんな金返せ!」みたいな野次が飛んでいる。
それを牽制する、なんか蓑路らしき声。「お、俺だってわかんねえよ!?」的な。声は、ものすごい慌てている。
その観客(男)たちの目線、その先には……カレーパン。
俺がついさっき買ってきたやつだ。体育着のままスーパーに行ってしまったから、レジのおばさまの目が少し痛かったけど。
だから俺は、容易に想像がついたね。男たちの怒る理由に。
例の一件、ホイップクリーム事件。だいたい皆様も、推理が付いてたでしょうけれど。
要は、こういうこと。
『学校ガイドブック(裏)』連盟上層部、男四人(六雲、蓑路、斎藤、吉井)。
先ほどおよそ二時間前、タイムリープ後・二周目の体育倉庫で聞こえた話。
彼らは最終種目のパン食い競走で、そのパンを、自作の特殊ホイップ入りシュークリームに編集したそうな。黙々と着実に、体育祭開催前から準備していたそうな。
特殊ホイップというのは、つまり男のアレの様相を呈する白濁液。ホイップの粘度と色味等を研究し尽くし開発した、素晴らしい男たちの情熱と叡智の結晶。完成度高し。匂い以外は。
それらを大量製作し、体育倉庫へと搬入。種目のパンとして使用するつもりだったらしい。
──もう、ここまで言えばおわかりでしょう?
その第一被害者であり、唯一の被爆者であったのが、伊巫さん。一周目で見事な走りを見せ、レースの映えある一位に輝いた彼女だった。
まあ、走りというよりは飛行だったわけだけども。確実に魔力制御に失敗していた彼女だけれども。
『Set……』
男たちの怒号が聞こえる。蓑路と斎藤と六雲が、不当な提供結果に憤る顧客に胸ぐらを掴まれている気がするが、俺は無視無視。
問題のシュークリームは、俺が責任を持って丁重に、例のマット裏に隠しておきました。
はい、まだ誰にも見つかっておりません。
代わりにカゴに詰めたカレーパンを、係員はそのまま運んでいったようですね。職務に忠実、忠実。俺は心の中で、うんうんと頷く。
まあカレーパンは自腹になっちゃうけど、言っても三十個くらいだし、そのために業務用のスーパーまで走りに行ったのだし。一個70円くらいで、計2000円強で済んだかな。
一学生である俺にはそこそこの痛手だったが、帰りで大量のパンをビニールで運ぶことになったが、それもこれも。
伊巫さんの復讐及び、学内の危機回避には、順当な投資であろう。陰ながら活躍する俺カッコいい! とか思ってみたり。
それに──
ッタアアアアアアアンンンンンンン!
銃砲がグラウンドの空気を切り裂いた。脚が自動的に走り出す。スタートは、一斉だ。
──それに、皆が認めてくれなくたって構わなかった。ホイップの真実を知るのは、この世で二人。時空を超越した二人。
俺と、伊巫さんだけなのだから。
彼女が知ってくれれば、なんかもうそれでいいやと思ってしまうのだ。もちろん、褒めてくれなくたってもいい。
伊巫さんが俺の行動を、カレーパンの真実を把握しているだけで、俺はなんだか、誇らしい気持ちになれるのだから。
「……」
チラリ、観客席を見遣る。彼女はいた。いつの間にか戻っていたらしい。俺の勇姿をとくとご覧になっていた。
わけでも、なさそうだったが。下を向く、いつもの淡白な表情。
なんか、拍子抜けして笑いそうになった。日陰でひっそりと体育座りしている伊巫さんは、本当にぶれない人柄のようだった。
「……」
と、その双眸が俺を見上げた。彼女も終始無言。
視線を受け、脚のギアが一段階上がる気配。俺も結構単純な男だったらしい。ふっ、と今度は完全に笑みが溢れる。
やはり、彼女は本物の魔法使いなのだろう。俺の脚を、その瞳で一瞥しただけで、爆発するようにスピードアップさせる力があるのだから。
パン食い競走は男女混合だ。まあ、タイムリープ前の一周目でも見ていたことだな。
だから、伊巫さんとの二人三脚プレイで鍛え上げたこの脚。何度も何度も転ばれて、そのたびに合わせなくてはいけなかった俺の歩調、それを支えてきた、この脚。
今、解放される。
『ゴーーーール!』
アナウンスちゃんの声が鳴り響く。
俺は一位になった。
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「一位! 一位だよ! やっぱあたしの目に狂いはなかったッ。王子きゅんはすごいねっ」
「やるなあ一年。俺、湯部。二年A組、よろしくぅ」
「私佐昼って言うんだけど。見事な走りだったわ、一年くん……いえ、王子くん、だっけ?」
「上川ですが。あなたの競走結果を分析しました。この学内でも上位十五パーセントに入る速さです」
「碁村だ。すげえ入れ食いだったな、まるで昔アマゾンで見たカワウソのコークスクリューのようだったぜ」
「いやー、すごかったよ君の走り。もはやパン食い競走の申し子だね。ちなみに、僕の名前は北北ね」
「毘那と申します。惚れましたサインください」
緑市さんを皮切りに、続々と称賛(ついでに自己紹介)してくる二年生先輩たち。彼ら彼女らは、伊巫さんと同じ二年A組だ。
NPCっぷりがすごい。たぶん彼らは、これからもう二度と出てこない。俺称賛用使い捨て人員。お疲れ様でした。
「てめえら、どういうサービス形態だコラッ。詐欺だろ詐欺ッ」
「なんでパンが普通のカレーパンなんだよ!? 俺たちの理想はどうした!?」
「金返せ! それと俺の昨日のワクワクおひとり前戯タイムも返せ!」
「please release! come back my cum!」
「ひいいいいい」
てんてこ舞いの六雲、蓑路、斎藤。彼らはパン食い競走終了現在、男子生徒数十人の手によって、制裁を加えられていた。
おそらく、ホイップ研究費用カンパ元の人民だろう。払った金に対する正当なサービスが受けられなかった顧客の末路。白濁液ホイップぶっかけシーンを拝めなかったことについての、クレームのオンパレード。
そういえば、蓑路のやつが『票』がなんとか言っていた気がする。課金したら自分のお気にの女子生徒にホイップぶっかけを配当できるシステムでもあったんかな?
ま、どうでもいいけど。伊巫さん単勝クラッシュ、それも俺のみぞ知る事実。やつらがどうなろうと、俺には関係ない関係ない。
二千円くらいくれてやる。伊巫さんのぶっかけ姿を堪能できたんだから、安いもんさ。俺だけが。俺だけが。俺だけが。俺だけが。俺だけが。
……大事なので五回言った。
もう一回言っておこう。
伊巫さんのぶっかけ姿を目撃したのは、俺だけ。
ここテストに出ます。
「おい蓑路! お前が最終チェックしたんじゃないのか!?」
「したんやで、六雲! ワイと吉井が──ってあれ!? 吉井どこ行ったん!」
吉井はトンズラしたみたい。やるやつだね、あいつ。まあ彼はどことなくショタ枠っぽいから、こういうシーンには不似合いであろう。ゴタゴタ責められるのは、お前ら三人でやっているがいいさ。
『えー、一部男子生徒の間で深刻な糾弾と抗争と弾劾が巻き起こっているらしいです。まあどうでもいいので放置ですね。
プログラム第八百十三番、閉会式です。ここからが本当の体育祭です』
アナウンスちゃんの柔らかい声。と、途端にピタリと静かになる学校全体。
……ん?
『本当の体育祭』?




