第三十七話 (鎮座)
体育倉庫・内観。
グラウンド倉庫だから、アリーナ倉庫より物は少ない。が、あることにはある。
三角コーンとか、陸上用の道具とか、サッカーボール、野球ボール、バット、あとさっき俺が運んだバトン。ハードル競走のハードル、フラフープ、試合とかによく使う得点板、その他色々だった。あと謎にディジュリドゥが立て掛けてある。
物はたくさんあるが、倉庫自体の面積はそんなにない。全部ぎゅうぎゅう詰めで、なんとか入ってる感じ。なんなら、俺と伊巫わんもその道具の一つみたいに収まっている。
そのくらいの狭さ。そのくらいの距離。そのくらいの、密接。
「まだ解けないの? 藤見くん」
「ええ……ちょっとこれ固く結び過ぎましたね」
「何やってんのよ」
「いえ、走ってる途中で解けるのが一番最悪じゃないですか。だから、キツく締める分にはまだマシかな、と」
「……まあいいわ。そのおかげで、本番も転ばなかったし。あたしだったら上手く括れなかっただろうし。藤見くんはよくやってくれたわよ」
「あ、はい。ありがとうございます……」
珍しく伊巫わんが褒めてらっしゃる。やはり彼女も、勝利は嬉しかったのだろうか。なんだか雰囲気がそんなに厳しくない。着ぐるみ胴体も相まって、柔らかい印象だった。
体育倉庫と、伊巫わんと。
着ぐるみ衣装と、足の縄。
……なんだろう、ファンシーなのかシュールなのかロマンチックなのか、わからない構図だった。
ロマンチックは無いか。さすがに無いな。わんわんおだもん。やっぱ、さっきからこいつが全てを邪魔してくる気がする。わんわんお憎し。俺イヌ耳派辞めよっかな。ネコ耳派に鞍替えしようっと。
「ちょっとこれ……足の血流が悪くなってきたわね。少し痺れ始めてる……」
「うわ、すみません。ホントこれ固く結び過ぎました。やばいかも」
俺は本当に固く結び過ぎたらしい。伊巫わんが少し痛がっていた。面目ない。というか、どうしよう、結構マズイんじゃないのか?
汗がかいてくる。でもこれは、苦痛の汗ではない。なぜなら、俺の足の方はそんなにキツく縛ってないからだ。人間の足だから、加減が知れたのだ。
が、伊巫わん。彼女の足は着ぐるみだから、どのくらい締めていいのか加減がわからなかった。
元々の彼女の足首は細かったと思ったし、何より、着ぐるみの綿が分厚いから、ちゃんと括らないと解けて抜けてしまうと考えたからだ。考慮し、危惧したからだ。
俺はもっと別のところを危惧すべきだった。まさかこんなに縄を外すのが手間取るなんて。
まず、着ぐるみと縄との隙間が全然ない。だから指がそもそも入らず、縄を掴むことすら出来ない。爪でなんとかしてみてもいるが、剥がれそうになってすげえ痛いだけで、全く効果はない。
「ご、ごめんなさい伊巫先輩。すぐに……すぐに外しますから。
あ、ハサミ。ハサミとかで切りましょう。どこにある、ハサミ……」
「……う」
伊巫わんの健康がやばい。顔色が優れなくなってきた。足の血流が完全に滞っている。事態は急を要する。しかし、切る物もそれに準ずる物も、ここ体育倉庫には無さそうだった。
というか、伊巫わんが動けないのだから、繋がれてる俺も動けない。頑張って彼女を担いだら歩けるのだろうが、それで探すのでは、あまりにも時間が無さすぎた。
伊巫わんが苦しそうな呻き声をあげている。やばい。どうしよう。早く、解放しなければ。
それにしても、何かいい方法は。……
──あ! あった!
「伊巫さん、脱いでください!」
「……」
なんで思い付かなかったのだろう。
普通に、衣装を脱がせればよかったじゃないか。
イヌの着ぐるみ。脱衣。
「……」
やがて彼女の方も俺の意図を察したらしい。一瞬かなり驚いたような蔑むような表情をしたが、大人しく衣装を脱ぎ始め──ようとした。
ファスナーだ。背中のファスナーが下ろせない。俺の出番だ。すぐに彼女の行動、その表情を察知し、接近。その忌まわしき金具を引っ摘んで下ろす。彼女の真っ白な背中が露わになる。
が、今はそんなことどうでもいい。背中だろうが胸だろうがお尻だろうが、どうでも。人命救助の方が先だった。いや、そんなに大げさにしなくてもいいのだろうが、とは後になってから気付いたことだ。しかし。
今の俺には関係ない。伊巫さんを早く救いたい、その一心だった。
「伊巫さん、大丈夫ですか!?」
「……そんな大したことじゃないわよ」
「いいえ、大したことです。足は末梢部位なので血管が細く、血流が滞ると大変なことになります。最悪動脈が破裂して死にます」
「いやそこまでじゃ、」
「伊巫さん死んじゃったらイヤでしょ? わかったらさっさと脱ぐんだよ。はよ生尻晒せ」
「……」
最悪動脈が破裂して死ぬかはわからない。かなり適当に言った。まあ、説得出来るなら何でも言うさ。だって本当に危険が危ないんだから。
伊巫わんは黙って脱いだ。少し苦いような表情をしながらも、その脚を着ぐるみから引っこ抜く。縄は綿に食い込むほどキツかったが、内部は圧力分散が効いて、頑張れば抜けるレベルだったらしい。伊巫わんは頑張って抜いた。
サイズの小さいブーツを、勢いよく脱ぐあの感じ。スポーンと抜けて、その反動で少し後ろへ倒れた。もちろん、マットがあったから無事だ。彼女の身体は、背中側からポフッと着地。
「ああ、良かったです。抜けましたね。じゃあ、俺もこっちで縄解いちゃいます。いえ大丈夫、むしろこっちに専念出来る分、さっきよりは楽ですから」
「……そう」
伊巫わんは伊巫さんへと昇格した。彼女が完全に着ぐるみ脱衣する間に、俺の縄も解けた。さっきはかなりテンパっていたから、解けなかっただけで。今こうして一回落ち着いてチャレンジすると、その結び目の仕組みがわかった。
やっぱ人って、余裕がないと駄目だな。まずは俺の足の方から、縄を解く。スムーズにいった。そう、最初に伊巫さんの足を優先していたからだ。俺の足は解いていなかった。こっちの括りは、案外普通な感じだった。
次に、着ぐるみの足。伊巫さんが抜けた分内容量が減って、こちらもすんなりいけた。むしろこっちの方が簡単だ。解く暇もない。ただ、スルッと縄を下から、文字通り抜いただけ。
抜けた縄。着ぐるみから抜いた分が単独で結び目がある。固結びだ。縄の摩擦が大きいから少し手間取ったが、上手いこと爪を駆使してなんとか解いた。フラットになったロープ。俺は全ての作業を完了させた。
「うん? 伊巫さんどうしたんですか、そんなに縮こまっちゃって。ほらもっとリラックスしてくださいよ。リラックス、リラ〜〜ックス」
「……」
伊巫さんは何故か身体を隠していた。の○太くんにお風呂を覗かれたしず○ちゃんみたいな表情。それのちょっと控えめ版。
なんでそんな顔してるんだろう。なんで身体隠しちゃうんだろう。不思議な人だ、伊巫先輩。
「(まあそうやって隠してても、体育座りの隙間からバッチリ見えるんだけどね)伊巫先輩。本当に大丈夫ですか? 血流悪いんでしょう? ちょっと脚 (おっ)拡げて(なんならボクとも)休んでくださいよ」
「……」
「(おいおい、なんでもっと隠しちゃうんだよ。まあそれでも見えるんだけどね。すっげ、えろい格好だなおい)先輩、すごく頑張って走っちゃいましたもんね(そして蒸れた汗のスメールが)。今はゆっくり身体を(ほんのりと漂ってくる)労ってください(俺の息子も労って)」
「…………」
エナメルボンテージ伊巫さんはだんまりとしている。何かあったのだろうか。まあ、走って疲れたのと足がなかなか抜けなかったので、今はなんの気力も無くて当然か。
そういえばお昼ご飯も、たぶんまともに食べていないんじゃないかな。着ぐるみの格好のまま俺のとこ来たし。それに、なんかこの後のうんちゃらの為にお腹空かせとく、みたいなことも言ってた気がする。
青春の黒光り激えろ伊巫さんは、まだ身体を縮こめたポーズで俺を見ている。やはり体調が優れないのだろうか。心配だ。
肌色露出神コス美少女えろ伊巫さんの体調が優れないのだったら、やむを得ない。俺も彼女を(そのえろい尻を下から(揉み揉みしつつ)支えつつ)運搬しなければならない。
(青春のムフフゾーン&(えろ)シチュハプニングわっふるわっふる)保健室へ。
「伊巫先輩、やっぱ体調優れないんですね。俺運びますよ、保健室に」
「別にいいわ……」
「遠慮しないでくださいよ。なんの為の男手ですか? ボクは純粋に伊巫さんを心配してるんです」
「……不純でしょ」
「ん? 何か言いました?」
「なんでもない。いいわ、運ばなくて。一人で行く……あっ」
「うおっ(危ない!)」
ドサッ。
──と、俺は伊巫さんを支えた。
背中が痛い。一瞬、何が起こったのかわからなかった。
次第に景色がはっきりとしてくる。と、記憶も呼び起こす。伊巫さんはマットから立ち上がった。その際、まだ痺れていたらしき脚がもつれて、前方へと倒れてしまった。
下はコンクリートの地面だ。体育倉庫の床。マットはそこそこ高く、椅子くらいだった。から、落ちる伊巫さんはそのまま激突しそうになる。
咄嗟にキャッチした俺。彼女は下手したら、顔面からコンクリートへとぶつかりかねなかった。それもそこそこの高さから、その勢いで。
だから。
キャッチした俺。
の、上に乗っかったようにして。
──伊巫さんが、いた。
エナメルボンテージ青春の黒光り肌色露出神コス美少女激えろ伊巫先輩が、仰向けに倒れた俺の上方へと跨るようにしてその空間を占めるようなほのかな青春の汗の香りとともに、鎮座していた。




