第三十三話 装備解除
俺は体育館で一人、お弁当を食している。
午前の部、終了。現在、プログラム第三百九十四番、昼食タイム。一時間ほどの小休憩。
ついに斎藤にも、係の仕事が入った。保健係、搬送者は、例の放送委員女子だ。
あの子はとても頑張った。彼女がいなければ、体育祭午前の部は円滑に進行していなかっただろう。
ありがとう、放送委員女子よ。
その、担ぎ込まれる最後まで自らの実況中継を止めなかった(只今、わたくし担ぎ込まれております。全校生徒の皆様は、お構いなく、どうぞ楽しい楽しいお昼食タイムをお楽しみください)勇姿は、おそらく俺の脳みそへと、未来永劫刻み込まれることだろう。
そして今、楽しい楽しいお昼食タイム。
俺は、ボッチ飯だ。体育館。全く人間がいない。閑散としている。
え、体育祭なのに体育館全然人いないの?
昼食スポットとしては、割と人気ある方だと思ったのだが。
たぶん、彼ら彼女らはいつも通り、教室等にてお食事を摂られているのだろう。
それにしても、全く人がいない。
俺一人、このだだっ広いアリーナコートのど真ん中で、レジャーシート(一応持ってきた)を拡げ、黙々と箸を口へと運んでいる。
「場所選び、ミスったかな……誘おうと思った吉井も、朝から全っ然見かけないし。ボッチ飯か、寂しいな……体育祭なのに」
俺は弁当箱の中の、冷凍食品ミートボールを突っつく。箸で挟み、口へと運びだす。
と、しくじった。ミートボールを円滑に取り落とした。俺の持つ、箸の先が滑る。
ああ、やっちまった。まあ、誰も見てないし、三秒ルールってことで。……
「はむ」
……そのルールが発動されることはなかった。
犬の手が、俺の落下するミートボールを空中でキャッチし、そのまま自身の口へと入れた。わんわんハンド。柔らかいレザーの肉球。
冷凍食品消失。俺のおかず消滅。それが最後のおかずだった。あとは寂しい白飯だけだ。まるで俺だな! HAHAHA☆
……うん? 犬の手?
「もぐもぐ」
振り返る。と、背後で巨大犬が、華麗にアンダーキャッチした俺のおかずをもぐもぐと咀嚼していた。
いや、着ぐるみだから、内部の顔及び口パーツは全く覗けないのだが。
が、確実にもぐもぐしていた。その動作及び雰囲気だけは、間違いない。
もぐもぐ巨大犬着ぐるみは、俺を見下ろすようにし、その背後に突っ立っている。
「えっと……どなた?」
「もぐもぐごっくん。藤見くん」
「うおッ」
犬(着ぐるみ)は嚥下しつつ、俺の名前を呼んだ。
し、知り合いか? 俺の?
見たところ、体長というか身長は、それほど大きくないらしい。
巨大犬と表現したが、せいぜい人間の、それも女の子くらいの大きさ及び体格である。
こう、着ぐるみ布をすっぽりと着て、その生地がダボダボに余っている感じだ。
地域のゆるキャラみたい。布地もゆるゆる。そんな着ぐるみ、ウチの学校にあったっけ?
つーか、俺を呼んだ、その声。……
「…………伊巫先輩?」
「はい御名答」
犬(着ぐるみ)はスポンッと、その頭部をもいで脱いだ。犬の頭がバキッと外れる。すげえ嫌な脱着音。ビジュアルも割とインパクト。
そしてそこから、伊巫さんの頭がにょきっと出現した。わあすごい。まあ着ぐるみだから、当たり前だけど。なんか新鮮。
犬(着ぐるみ)の胴体でずんぐりむっくり立ち尽くす伊巫さん、その脇に抱えし犬の首(着ぐるみ)。割とインパクトなビジュアルだ。
「お久しぶり藤見くん。午前ぶりね」
「せ、先輩……何やってんすか先輩」
首だけにょっきり、人面犬伊巫さん。
口の周りに付着した俺のミートボールのタレ(粘度あり)(意味深)を、ぺろりんちょと舌で舐めとる伊巫さん。
俺の背後に陣取って、他には誰もいない広々地下アリーナコート降臨伊巫さん。
……なんともシュールな光景である。
「何やってるもなにも、普通に仮装競走の衣装よ。ここは健全地帯だわ」
「ええ……? そのまんまの格好でここ来ちゃったってことですか、先輩……?」
たしかに仮装競走とは言ったが、しかし『競走』である。『ずっと衣装着てろ』ということではない。それを着て走れ、という意味だ。
まあこの人は馬鹿だから、誤って昼食タイム入っても衣装を脱がずに、あらゆる場所への移動を敢行してしまうというのも、わりあいと頷けるような話であったが。
ば、馬鹿の子だ……伊巫先輩(泣)。
それと、いつの間に競走終わっていたのか。
あれ? 俺の助力は? 要らなかったの?
なんか、伊巫先輩の伴走者(not of 人生)として色々と並走するみたいな役割を俺は持っていた気がする。
それはついぞ、発効されなかった感じだろうか。まあ、それはそれで楽なことだが。
じゃあ、俺は伊巫さんの横で走らなくてもいいのか。ラッキー。
「いいえ。これが種目なのよ」
「は?」
「仮装競走。ルール説明をします。
各競技参加者はくじ引きにより指定された特定の意思に従いつつその衣装チェンジを遂行させてください。
着替えが終了した生徒から順にフィールドを解散です。
体育祭当日中、より長く各自衣装を着衣していられた人物がこの物語の勝者です。
勝者には永遠の命が与えられます」
「はあ……要は、競走というよりかは我慢大会みたいなモンですか。
ただひたすらずっと衣装を一日中または体育祭当日期間中脱衣しなければいいってだけのことですね? つまり、走らないんですね?」
「そうよ」
「はあ……」
なんとも狂った競走だった。走らないのに仮装『競走』。この体育祭らしいもとい、この学校らしい。
というか、やっぱり『ずっと衣装着てろ』って意味だったか。……
本当に俺は、どこのどんなナニ高校に入学したっていうんだ。
そして俺の隣に着席しだした、犬もとい伊巫さん。ちゃっかり俺の水筒とか飲んでやがる。
ん? なんか距離感おかしくない?
バグってない? 俺の水筒を?
……ま、この狂った体育祭じゃ、今さらか。
他生徒のおっパイとか触っても許されるかもしれない。
「で、伊巫さんの衣装はそれですか? くじ引きの意思により導かれたっていう」
「いいえ。違うわ」
「うん? じゃあ、なんでそんな厚ぼったいの着てるんですか? 見てるこっちが暑苦しいですよ」
伊巫さんは犬の着ぐるみを着ている。今は頭部を分解して、その胴体と下半身だけになっているが。
とても暑そうな格好だった。現在は五月中旬とはいえ、今日はスポーツ日和のカンカン照りだ。そんな厚くて暑い着ぐるみ被って運動なんかしたら、俺だったら発狂するね。
しかもその上、衣装は足まですっぽりだった。靴など履いていない。フル○ルZシリーズの剣士(♀)みたいなイメージだ。あれが全身ひと繋ぎになっている&頭部犬。
どっちかというと可愛い系。ちなみに色はブラウン。犬種とかあまり良く知らんが、ビーグルってやつかな。
なんか、クールビューティ(最近崩壊しつつあるが)な伊巫さんには、結構意外なコスチューム。
「まあ、そうね。それもそうだわ、暑いし。ちょっと脱がせてくれない藤見くん?」
「は、はあ……」
俺に自身の脱衣手伝いを要求した伊巫さん。台詞だけ聞くとめっちゃえろい。毎度のごとく、割と淡々とした口調だが。
彼女は俺に背中を見せる。隙だらけの背中ガラ空きげっへっへ。その着ぐるみの後ろ側に、チャックが付いていた。降ろす。
「!?」
「……どうしたの藤見くん? さっさと脱がせろ」
「いえ……これ……な、何です……?」
「は? だから衣装よ」
「……」
俺は沈黙。
伊巫さんの衣装。犬の着ぐるみコスチューム。
その下から現れ出た。
背中を占める。
黒い物体。
「え、エナメル……?」
犬(着ぐるみ)の下から出現したのは。
謎のボンテージ衣装だった。
「……(絶句)」




