第三十二話 狂った祭典
『プログラム第百二十一番。ディジュリドゥ部による演奏です。
本日体育祭では、時間の都合により割愛します。
後日、職員室前廊下の掲示板によりQRコードを掲載します。そこでいい感じに各自ご視聴してください。続きまして……』
放送委員の女子生徒の声が、無機質に響き渡る、グラウンドへと。
その優秀かつ画期的なナレーション手法により、本日体育祭は滞りなく進行された。
というより、ほぼ八割ほどの競技及び種目が、その容赦ないアナウンスにより、バッサリと割愛された。
まあ、じゃないとこの鬼のように存在する種目数が、本日中に終了しないからね。崖っぷちよ。駆け足進行よろしくね。
それと、放送委員がたった一人しかいないのか、開始からずっと、その女子生徒がアナウンサーを務めていた。
なんか、たまに血反吐吐くみたいな音が、マイクに混じって聞こえる。大丈夫か?
滞りなく進められる本日体育祭は、ほぼほぼ彼女のナレーションによって成り立っている。
というか、ナレーションの台詞量が多過ぎて(意味の無さすぎる競技種目が多過ぎて)、その語りの合間合間に種目が執り行われるみたいな構図と化していた。
アナウンス→アナウンス→アナウンス→アナウンス→アナウンス→競技種目→アナウンス→アナウンス→アナウンス→競技種目→アナウンス→競技種目→アナウンス→アナウンス→アナウンス→アナウンス→競技種目→……
──みたいな感じだ(狂ってやがる)。
たぶん、いや間違いなく、本日の功労者は彼女・放送委員女子だ。
彼女の存在無くして、この体育祭は成り立っていないだろう。
そもそも、意味のない種目がクソほど多いんだよ。何なんだよ、ディジュリドゥ部って。
(なにげに第五話参照)
本当にふざけた体育祭だ。さっきからその放送委員女子のアナウンス(&たまに喀血の音)しか聞いてねえよ俺。
あの子頑張ってるよ、すごく。むしろ、たまにしか開催されない競技種目なんかより、その一日中喋りっぱなしの女の子称賛会したい。
頑張れ、放送委員女子。名前知らんけど。
「おい、ちょっとページ捲んの早すぎだろ」
「えー、お前が遅っせーんだよ」
「まあまあ喧嘩せずに。今日は楽しい楽しい体育祭だ。仲良くやろうぜッ。って、あーちょっと! 早いってお前!」
……そして、俺の隣でエロ本読んでいる男衆三人。斎藤、山田、六雲。
観客席である。何故か上級生の六雲先輩も混じっている。
彼ら一般生徒は、本当にフリーダムだった。自由の翼をここ学校でも、思う存分に拡げちゃっている。
まあ、もともと土曜日で休日だからな。気が抜けているんだろう。競技種目も、あって無いようなものだし。
それにしても、学級委員である山田は、その公共の場(校庭)でのエロ本読書行為を、本来止めるべき立場の人間なのだが。むしろ自らがそのページを、率先して捲っている。
おい山田〜〜、仕事しろよ〜〜。
「やあやあ、王子きゅん。お久! どうだったかね、私の演説は? 開会の辞は? ふっふっふー」
「み、緑市さん。お久しぶりです。二週間と二日ぶりですね」
「うんにゃー? 私は王子きゅんのご勇姿、しかとお見受けしましたからね一方的に。姫様の抱っこ現場! いやー、びっくらこいた屁ェこいた。朝っぱらから元気元気! だね♪」
「ははあ……」
唐突に俺へと話しかけた、元気いっぱい先輩女子高生・緑市さん。二年A組、伊巫さんと同じクラスの女子生徒だ。
今朝も開会式で、鈴木校長のマイクを丁重に強奪して演説していた(二十秒)。
例のうんちゃらこんちゃら先輩である。
「あら、姫今どこ行ったん? しょんべん垂れ? 王子きゅん、人生伴走者でしょ? 高校生事実婚アベックでしょ? なんでcrossしょんべん行ってあげないのさ」
「いえ、伊巫先輩は今第二理科室でお着替え中です。ほら、プログラム三番の仮装競走。あれですよ」
「ほほ〜〜う、そうなんだ湘南だ。で、あたしの演説良かったっしょ? ね? ね?」
「(え、そこ戻るの……?)あ、はい良かったっすよ。すげー光ってましたよ緑市先輩」
「あっそ」
「……」
え、終わり?
なんか、颯爽と帰ってった緑市さん。まるで、俺との会話すら最初から無かったかのように。
な、謎の人だ。思考回路が全く読めない。
そして伊巫さんのあだ名は、やはりといったところか、『姫』になっているらしい。まあ、あの人の中でだけかもしれないけど。
というか、何故か『俺=伊巫さんの人生伴走者』という構図が全校生徒にまで膾炙している新常識。怖い怖い怖い。
伊巫さんに先週プログラムを見せてもらった段階では、『(注)藤見は伊巫に伴走する』とまでしか書かれていなかった気がする。
それがどうしていつの間にか『人生』などというパワーワードがくっ付いてしまったのだろう。そういえばサバゲー前哨戦の時も、衛府さんが同じようなことを言っていた。謎すぎる。
そもそも、その元凶のプログラム自体、生徒会に回収されて、一般生徒閲覧不可能になったのではないか?
結局、俺には最後まで配布されることはなかったのだけど。伊巫さんが見せてくれなかったら、その存在すら知らなかっただろう。
それとも『人生』ワードだけ、プログラムと別個で発展していった感じか? 分割払いがどこかで統合した感じ?
考えるほど、わけが分からなくなってくる。ちょっと休憩したい。させてくれ。
『続きましてプログラム第二百三十六番、全校生徒リレーです。
皆様、ご準備のほどをお願いします。
ちなみに当競技種目は、点数換算されません。完全任意制です。
目立ちたい馬鹿だけ皆様是非ふるってご参加くださりませ』
ナレーションが流れる。ああ、俺の出番だ。
いや、走るわけではない。用具係。その、係員である俺の仕事時間なのだ。
俺は観客席を立ち上がる。ちなみに、観客席とは、競技会場(主にグラウンドのコーナー内)以外なら、学校のどこでもだ。
どこで観戦してもいいらしい。自宅等、学校区域外を除く。
ついでに保護者観戦は〇だ。それが来ていないのか、規定無いのか(だじゃれ)はわからない。そもそも学校イベントとしてはそんなに重要じゃないのかもしれない、この体育祭。
で、要は生徒は、学校に来てさえいりゃあ、それでいいわけだな。斎藤なんか、一応保健係だけど、さっきから全く仕事がない。吉井は、あいつさっきからどこ行ったのかさっぱりだが、係すらない。ヒラ生徒だ。
学級委員・山田率いる俺のクラスは皆、自らに割り当てられた競技を基本的に一個やるだけ(出席番号十番くらいまでの生徒は可哀想なことに、重複して割り当てられた競技がある。種目がケツになっても余り、一周して戻ったのだ)で、後は本当にフリータイムだ。
たぶん競技を終えて、教室で本読んでるやつもいるだろう。
話は逸れたが、俺の出番。俺は係の任務を遂行する。映えある用具係だッ。
体育倉庫へ赴く。ちなみに、これは地下アリーナの方じゃなくて、校庭の方の体育倉庫だ。だから、移動とか楽っちゃ楽なんだが。
その中から、リレーのバトンを拝借する。そうそう、この青い筒の中に、五、六本挿入&封入してあるのだ。
それを取った俺。すたこらさっさと倉庫を後にし、グラウンドへ。
競技参加者へとバトンを手渡す。なにげに十人くらいいた。
というか、十人でリレー対抗なんてできるのかよ。めっちゃ短くなっちゃわねえか?
と思ったら、それは杞憂だった。
『ルール説明をします。参加者兼馬鹿十二名、まあまあ少人数となったので、二人ずつでこちら側でランダムに強制的に組ませていただきます。
組み終わった方からどうぞご自由にお走りください。一人最低でも五キロは走れ。最後終わったらてめえらで諸々片付けといてください。ちゃんとケツの穴拭けよな。
続きましてプログラム第二百三十七番、クッキング部の発表です。
『僕たち&私たちの☆青春マカロニグラタン〜最終楽章〜』のレシピを、後ほどクラスに配布します。
続きましてプログラム第二百三十八番……』
懸命に走る、クラスのひょうきん者たち。誰も観ていない。
俺だけが、用具係としてレーンの傍に突っ立って、競技が終わるのを待機している。競技が終わった人から、そのバトンを回収するために。
ついでに倉庫から、タイマーも持ってきた。あいつら可哀想だから、タイムくらい計ってやる。懸命に駆ける若人たち。青春の汗が光る。
と、何故か走っている一人が、その手に十手を持っていた。レインちゃんが持っていたみたいな十手だ。(第十五話参照)
まあ、偶然だろう。なんの伏線でもない。たまたま、バトン入れの青い筒の中に入っていただけだ。
レインちゃんのにそっくりだけど、実物ではないのだろう。うん、ただの偶然だ。そこに他意は無い。
と、哀れな青春野郎たちが無意義な汗をベロベロとかきつつ、俺の方へとやってくる。バトンを渡す。文字通り、バトンタッチだ。
俺はそれらカラフル金属製バトンたちを、青いプラスチックの筒の中へボンボンと入れていく。
十手も同じくそん中に入れた。バトンと同等の扱いだ。特に誰も気にしないらしい。俺も気にしない。
そして俺は倉庫へと戻り、適当に片付けて、また適当に戻ってきた。観客席へと。
これで俺の本日の仕事は、全て終了した。さっき競技種目もなにげに出た。
出席番号順に割り当てられた競技。プログラム第八十五番、玉入れだ。
うん、めっちゃ楽。当たり引いたね。
やった! 山田ありがとう!
なんとも可哀想なことに、衛府さんはなんと遠距離競走だったらしい。プログラム第二十一番、フルマラソン。
今もなお、彼女及び他数名の哀れすぎる競技参加者らは、学校区域外で、その町内をぐるぐると周回しているらしい。
だから、彼女はこの『ドッキドキ♡体育祭編』に、もう出ない。
全く、イカれた体育祭だ。アハハハハ!
『皆様大変長らくお待たせ致しました。昼食休憩の時間です。『体育祭・球技大会・運動会・スポーツフェスティバル・イベント』午前の部、お疲れ様でした。
生徒の皆さん、なんかテンションが変になっていますね。ここで休憩挟まないと……ガフッ。げ、ゲフッゴフッ……コポォ゙』
謎の血瘤を吐出しつつ、放送委員女子は午前の部・閉幕の挨拶を締めた。その彼女は、深い永久の絶望から解放されたような面持ちだった。
しかし、彼女にはまだ使命があった。午後の部、同じくアナウンサーとしての使命を。……
つーか、誰か代わってやれよ。
あの子が一番悲惨なことになっている。
「あれ? そういえば、伊巫さんは……?」
そして結局伊巫さんは、午前の部が閉会しても、一切登場してこなかった。
現在、プログラム第三百九十四番、昼食タイム。
彼女が離脱したの、プログラム第三番、仮装競走。……




