第二十七話 新たなステージ(?)
「せ、先輩……何してはるんですか?」
部室。ドアの前。俺は突っ立っている。
ちょっと目を疑うような光景が広がっていた。
伊巫さんが、その手に乗馬鞭を持っている。それで、野球バットよろしく水平にスイングしていたのである。
それはもう、華麗な振りで。
ヒュン、と空を切る音が、たった今部室に入室した、まだドアノブに手を掛けている俺の目の前で通り抜ける。
「素振りよ」
「乗馬鞭で!?」
「球技大会があるのよ」
「へーそうなんだ……って、いきなりですか!?」
「来週の土曜よ」
なんだか展開に追いついていけない。
少し落ち着こう。素数は数えなくていい。俺は冷静に、一昨日までのことを思い出す。
一昨日。ゴールデンウィーク明け。
伊巫さんにおんぶを申し出て、お姫様抱っこした。でも、朝学活の前だったから(あちゃー忘れてた!)、拒否られた。
で、結局その日から『おんぶ(or抱っこ)はもうしなくていい』ということになったのだ。
曰く──「もう自分で歩ける。ていうか、歩きたい」。
つまり、俺はお払い箱。伊巫さんのタクシー終了。
昨日一日も心配で授業前とかに覗いてみたが、何とか自力で教室移動も頑張ってるらしかった。
で、今日。そういえば自分(藤見幾太くん)が部活生(今はまだ同好会生)だという設定も、ちゃっかり忘れていたりする筆者。
めんごめんご。そーいや部員勧誘するみたいな目標設定もあったな。どうやって消化しよう。
ほらーこうやって無責任に見切り発車なんてするからだよ。今だって展開に煮詰まり過ぎてこんな駄文綴ってる。全然追いついてない。
「で、一週間振りに部室へと足を運んだ幾太くん(主人公、俺)。
え、伊巫先輩なにやってんすか? つか、足の調子大丈夫なんですか?」
「うんまあ多分大丈夫。そういう設定にしてる」
「設定ってなんすか!?」
「つまりこういう運命」
何故かカッコいい言い方(意味不明)をした伊巫さんは、ふわりとそのスタイルの良い身体を宙に浮かせる。
懐かしの伊巫さん浮遊形態だ。三週間と二日振りである。話数でいうと二十六話振りくらいである。
「うわあ浮いてる! すごおい!」
「そう。魔法使いだからね。この設定も、もちろん忘れていたわけじゃないわ」
「えっと……つまり宙に浮かべるから、もう俺の助力おんぶは要らないと」
「醤油こと。まあ、これ結構コントロール必要だから、長時間は出来ないんだけどね……ふう」
と、またフワリと降りる伊巫さん。スカートを手で押さえつつ。
着地。いつの間にか手から乗馬鞭が消えている、イリュージョン。
「(チッ。手で押さえやがったか)えーでも、学校でそんな空中散歩みたいなのして良いんですか? めっちゃ目立ちますよそれ」
「当たり前じゃない。あんたそんなこともわかんないの? 下見ろ馬鹿」
「なんでそんな言い方キツイんですか? ん? 下……?(さては『天使』覗いて欲しいのか? さ〜て、今日のエンジェルちゃんは何色ちゃんかな〜?)」
ヒュパァアアアアンンンンンンンン!!!
「ぎゃあああああああああああ!!」
鞭で打たれた、こっちは二日振り。
先ほどのスイングが活かされた感じである。少しゴルフ打ちっぽかったが。
「痛えですよ伊巫さんコピペ乙!」
「違うわ。足」
「舐める?」
「見ろ」
「……」
すげえ気迫。見る。伊巫さんの足は、当たり前だが靴を履いていた。学校指定の革靴。黒光りする青春のえろいやつだ。
と、その靴がなんと宙に浮いている!
ほんの僅か、地面から三ミリほど!
びっくり!
「びっくり! ドラ○もんの裏設定みたいっすね!」
「そう。これもかなり集中力いるんだけど。まあでも、魔力出量調節の基礎練習にもなるから、一石二鳥ね。ぶいぶい」
ぶいぶいと指でダブルピースを作る伊巫さん。……あなたそういうキャラでしたっけ?
そういや、まだ吉井に『学校ガイドブック(裏)』を貸してもらってないな。伊巫さんの学校でのキャラ設定が書かれているという、あの例の雑誌。
うーん、今日はもう放課後だから、明日にでも借りるか。ああでもそれだと休日の前になっちゃうな。
まあ、また来週にするか(そして忘れる)。
「で、球技大会の件なんだけど」
「あーそこに戻るんですね? って、球技大会? そんな行事ありましたっけ」
「ありましたのよ。次の次の土曜日、つまり九日後よ」
「へえー。そういや、うちのクラスでも種目割り振りやってましたね、今日のホームルームで。俺はなんか適当なの適当に選ばされましたけど……あれ? 『球技大会』? 『体育祭』じゃありませんでしたっけ」
「ありますかも、ありませんかもしれないわ。違いがよくわからないのよ。筆者が」
「まーたソレですか。どんだけまともに高校行ってないんですか筆者。そこら辺はあやふやにするつもりですか? つか、どんな種目があるんです?」
ホームルーム──帰りの会は、完全に寝ていた俺である。クラスの学級委員が、やる気なさげに、黒板に種目の文字を書き並べていたところまでは憶えている。
気がついたら会は終わっていた。皆下校していたのだ。
黒板には種目名の字。その下に、出席番号順で生徒の名前が宛てがわれていた。
つまり、プログラム種目順=出席番号順。そう割り振られたわけである。
うわあ、わかりやすい!
……いや、適当すぎん? こんなもんなの?
「へえ。藤見くんは何の種目だったの?」
「そう、だからそれが忘れちゃったんですよ。まあ出席番号順だから、本番になってからでもわかるんでしょうけどね。つか、マジでどんな種目があるか知らんですしおすし」
「まあ、まだプロットがさだま○しってことね。ちなみに種目は色々あるみたいよ。徒競走、リレー、玉入れ、走り幅跳び、20mシャトルラン、長座体前屈、反復横跳び、腹筋、ゲートボール、ボッチャ、フラダンス、ヨガ、太極拳、ホビーホース、カバディ、キンボール、ネットボール、スカッシュ、ソサイチ、ペタンク、オーストラリアンフットボール」
「なんか体力測定とかフィットネスみたいなのも混じってません? あと終盤の方マニアック過ぎてもはや呪文です。つか、腹筋とかどうやって皆盛り上がるんですか?」
「ほら、ウチの高校って、ここいらでも屈指の部活奨励校だからね伏線回収。色々あるのよ。まあ、当日になってからのお楽しみってことね」
「はあ。楽しそうな体育祭っすね。俺にはほぼほぼ関係ないけど」
「あら若いわね。いつだって自分が部外者だと思ったら、大間違いよ。あんたも出るの」
「え!? 俺も出るの?」
「そ」
「なんで!?」
今回もまた、全く脈絡がなかった。もう本当に、この人はこういう人だよアハハハハ。
……というか純粋に疑問だった。なんで?
なぜ俺が種目に出る必要がある? そしてそれは、何の種目だ?
「私が出る種目全部」
「ぜぇえええええええええ!? 『全部』!? なな、何の? 何の種目に出るんですか先輩。『全部』!?」
「うっさ。あたし声でかい人嫌いなのよね」
「す、すみません(ひどいよぉ……)」
「私が出る競技。100m走、綱引き、大縄跳び、二人三脚、借り物競争、仮装競走、パン食い競走、その他展開上必要とあれば随時追加」
「めっちゃある&めっちゃある!」
ええ……そんなにあんの? おかしくない?
それと、さっき質問と答える順番が逆になってしまった。会話文で。ごめんね。
というか、伊巫さんなんでそんなに色々、運命の十字架を背負ってるんだろう。ナチュラルに怖い。
クラスの人に頼まれたの? そこまで?
伊巫さん、怪我人なのに? ……
──と、ここで気がつく。俺は伊巫さんの脚を見た。
足ではない、脚だ。ふくらはぎ、脛、膝、太腿。
そこはもう──生脚ではなかった。
今までの伊巫さんでは、なかった。
「あ、伊巫さんニーハイ履いてるんですね。なんか黒くてカッコいいですよ」
「ニーハイじゃなくて、正確にはサイハイよ。もっと長いやつ。ほら、このスカートならほぼ隠れる」
「はあ。よくわかりません」
……しかし、パワーアップした感はある。ほほう、これがかの有名な、絶対領域というやつですな?
その『スカート』と説明した時の、チラリと指で捲った動作も、またなんとも言えない素晴らしさがあった。
感慨深い。感無量。Excellent!
「まあ、なんとなく残っちゃったからね。一応、ね……」
「……あ」
伊巫さんは目を伏せた。ふい、と空中を移動して漂う、その滑らかな視線。綺麗なまつ毛だ。
そう。痕──傷痕。
マキビシダイブ。その残り香。
伊巫さんは魔法使い。でも、やっぱり治せない傷はあるのか。
そして伊巫さんは、女の子でも、ある。
脚。消えない傷。
その心中や如何に。きっと、俺なんかじゃ推し量れないほどの感情が、渦巻いているハズだ。……
「伊巫さん」
──だから、俺は言う。
意味が無いかもしれない。伝わらないかもしれない。
けど、それで彼女の心を、少しでも和らげられるなら。
少しでも、俺の思いやりが、言葉が、彼女に届くのなら。──
「カッコいいですよ。そのニーハイ」
「だからサイハイね」




