第二十三話 三点リーダは優秀な字数稼ぎと雄弁な心象風景描写となるか?
放課後。背中に伊巫さんを乗っける俺。
結局、あの後六時限目も伊巫さん専属教室移動用タクシーとしての役割を全うした俺は、現在再び彼女を背負いつつ部室へと赴いているのだった。
俺って結構お人好し?
まあまあ律儀でいい奴じゃね?
「プシュー、到着。先輩着きましたよ部室」
「うむ。くるしゅうない」
「はあ」
なんだか何事も無かったかのようだ。が、依然として俺の頬にはもみじの跡が残っているハズである。
あの理科室ビンタはなんだったんだろう。先輩方(二年生の人たち)も怖気づいてたけど。
というか、伊巫先輩って何キャラなんだろうな。なんか色んな噂(孤高の美少女?)とか流れてるけど。真相は定かではない。
……あとで吉井に『学校ガイドブック(裏)』を貸してもらおう。
「今度はちゃんと座ってくださいよ……よいしょ、はいもう大丈夫です。えらいねーよしよし」
「むっ」
……なんか怒ってらっしゃる?
ああ、こういう言い方が駄目なのか。そういえばさっきもそんな感じでぶたれたんだっけな。
反省反省。俺も成長してるってことよ。
これからは伊巫さんを子供扱いしない。よし、インプット。
「ところで伊巫先輩。怪我の具合は大丈夫なんですか? なんか言われてここ来ちゃったけど、やっぱり早くお家にバイバイしちゃった方がいいんじゃないでちゅか?」
「むっ」
ああっ、またやっちまった。懲りないね俺も。ほら俺ってすぐ忘れるからてへぺろ☆
伊巫さんはパイプ椅子に腰掛けて俺を睨んでいる。部室。何気に来てしまった、いつものように。まあ彼女の方も当然の如く俺に、
「ん(両手を差し出す・おんぶの合図)」
と促したのだから、本人も了承してるっちゃしてるんだろうけど。
それにしても無理しちゃ駄目だろ。傷の経過も気になるところだが、まだあれから二日だ。結構膝とか、ガツンッといったから、かなりの怪我だと思うけど。
見たところ、骨はいってないらしい(奇跡だ)。が、絶対に痕が残ると思う。
孔の痕。十七歳の女の子の脚に付いた、二度と消えない。──
「(包帯が痛々しいなあ……)えっと、どうしましょうか。なんか部室って久しぶりですよね。まあさっきお昼でも来たんですけど、それ除いたら、いつ以来でしたっけ? えーと、たしか……」
「……」
「あ、そうだ。俺が女の子から男に戻してもらった時以来だ。まああの後も伊巫さん探しに一週間くらい通い詰めたけど、伊巫さんと一緒に入ったのはそれが最後でしたね。俺単体で来てたから」
「……」
「都合、十日振りって感じですね。うわあ、結構なもんだ。ねえ伊巫さん? 結構経ってますよね」
「……」
「いやあ、時の流れって早いもんだなぁハッハッハ。……ああそういえば、伊巫さん結局何処行ってたんですか? 一週間学校休んだでしょ。何やってたんです? 俺まあまあ探しちゃいましたよ」
「……」
「まあおかげで○田○太郎シリーズめっちゃ読破できたんですけどね。部室の前で座ってさ。ああ今思えば部室入っちゃえばよかったんですね。あ、でも違うな、あの時は段ボールで一杯だったから……」
「……」
「……伊巫さん?」
なんかさっきからずっと黙りこくっている。これじゃあ俺が独り言言ってる変態みたいじゃないか。
えーどうしたんだろう。やっぱ体調悪いのかな?
俺、部室連れてこないほうが良かったかな。
「先輩どうしたんです? なんか喋ってくださいよ。それとも傷が痛みますか? 古の傷が疼いちゃう系ですか?」
「……」
「……せんぱ、」
ドン。
押された。伊巫さんに。
俺が、パイプ椅子に座った彼女へと近づいた瞬間に、である。
「……?」
しかし俺は無傷だ。伊巫さんの目を見る。
……なんですか? え、どうかしたんですか?
と、再び伊巫さんが押す。手のひらで、俺の腹辺りをグッグッと。が、弱い。俺の身体は微動だにしない。
別に俺は筋肉がそれほど沢山付いてる方じゃないし、まあ至って平均的な中肉中背ボディだと思うけど、それにしても伊巫さんの腕力は弱かった。踏ん張らずとも、ちょっとした腹筋だけで難なく上体を固定できる。
「な、なん、」
ゲシゲシ。
ついに伊巫さんは足を使い始めた。が、これまた弱すぎてビックリするほかない。伊巫さんの猛攻は続く。
パンチ。キック。押さば押せ。グイグイゲシゲシ。
仕舞いにはパイプ椅子を後手で掴み上体を支えつつカンガルーのような両足揃えての蹴り。繰り出される攻撃力0の打撃スパイラル。
まるで吉井の家で昔よくやった格闘ゲームのキャラクターの動きのそれだ。
まさにコンボ、椅子上の超必殺コマンド。
「えっと伊巫さん、」
ドカドカバンバンガツガツゴンゴン。しかし、俺には何のダメージも入らない。HP減量無し。なんなんだ。
デジャブ──体育館、マキビシダイブの前にもこんなことがあった気がする。あのときは顔面だったっけ。まあここまでガンガンやられてないけど。
ああ、俺が土下座したときだ。あー思い出しちゃったな。……
ヒュパァアアアアンンンンンンンン!!!
「ぎゃーーーーーッ」
突然鞭で打ってきた。例の乗馬鞭だ。
もんどり打つ。床に虫みたいに転がった。痛い痛い痛い。
と、伊巫さんが見下ろす。立った、椅子から。ガタッと起立して俺の上に仁王立ちする。すると彼女の『漆黒の天使』がローアングルより俺の視界に映った。
おお、黒だ。
「って何するか伊巫さん!?」
口調が変になってしまった。だが本当に痛いのである。乗馬鞭だよ? おかしくない? 人間に使用していい仕様じゃないだろ(ダジャレ)。
「……」
ふらりと、伊巫さんは倒れた。突然の出来事。
「──あっぶねッ」
すかさずキャッチ。起き上がる勢いで、倒れかけた彼女の肩の下から、腕を回して受け止めた。俺は中腰気味になる感じだ。
全体内の反射神経が総動員した。鞭の痛みなど一瞬で吹っ飛んだ。
ゾッとする。──何考えてんだ。
「ちょっと伊巫さんしっかりしてくださいよ!? 今ホントに危なかったじゃないっすか。体調悪いなら強制的にでも帰しますよ。街中で人熱れで公衆の面前でおんぶしちゃいますよ!」
「……」
伊巫さんは一言も発さない。だらんと脱力したように俺に全身を凭れ掛かる。が、なにやら爪先で俺の方へと微かに前進しているようである。
……俺を倒れさせようとしてる?
「何なんですか、あなたさっきから。もう帰しますからね。なんなら親御さんでも呼びますか? 迎えに来てもらいます? 無理そうだったらタクシーでもいいんすけど」
伊巫さんの自宅の場所は知らんが、さすがに家までおんぶは彼女もキツイだろ。まあさっきの往来おんぶは軽く冗談で提案してみただけだ。
それにしても……やっぱり、なんか俺を倒そうとしてるみたいだった。倒すといっても敵を倒すとかいったさっきの格闘技よろしくの方じゃなくて、普通に床に。そんな動きだった。
だとしたら、めちゃくちゃ手際悪すぎだろ。何度も何度も何度でも蘇るさ! の伊巫さん攻撃に、しかし全然俺揺るがない。貧弱貧弱ゥ!
「……おっおっお?」
と、しかし前進を継続する彼女の手(足?)によって、俺は壁際まで押し寄せられる。
そして、壁ドン。
ドン。
「きゃー」
「……」
俯く伊巫さんとはずっと目が合ってない。お腹をグイグイされたときに一瞬見えたが、すぐに逸らされて、それからずっとだ。体調が悪いから俯いているんだろうと思ったけど、意図的に視線を合わせないらしい。
だから俺がそんな冗談の悲鳴を上げたときも、全く顔を上げようとしなかった。
「……」
そして。
彼女は目を、瞑った。
「……」
バッと咄嗟に手を繰り出す。
俺は伊巫さんの顔を止めた。その頬と口に被せ、マスクでもさせるかのように。
覆われる伊巫さんの顔下半分。俺の右手の平にすっぽりと収まっている。その甲は今、俺の唇に押し付けられている。
その手で、すぐにグイッと奥へ押し退ける。離れる伊巫さんの顔──それを覆う手、と、俺の口。顔。
俺はギョッとする。
「……」
顔と顔。
目、瞳、視線。赤く光る──女の瞳孔。
その拡大、〇・一ミリ。虚空。冷淡。
と、瞼が再び閉じられる。ゆっくりと。長い睫毛。伊巫さん。
息を、吸う音。微かに吐く、また吸う。深い。
湿る俺の手。指の隙間、付け根が妙に生温い。眼球の奥に電流が奔る。背中が、首筋が固まって動かない。肉体が塑像みたいになって立っている。
は、と吐息音。はっと気がつく。目を細くし伏せた、彼女の顎が、美しい形が、微妙に動かされる。
──と、水音。
「……」
俺の指の隙間を、伊巫さんの舌が這った。
彼女に両手で掴まれる俺の右手──その手の平ごと、静かに舐められていた。
……




