第十五話 指パッチン転換
スコーン!
何かが飛んできた──矢だ!
「「え!?」」
俺と衛府さんが悲鳴を上げた。
弓矢の、矢だ。
それがダン子の左こめかみ辺りに、スコーンとぶっ刺さったのだ。
血がだらだらと流れる。きれいな姫カットの黒髪ロングが赤く染まりゆく。
「いきゃあーーーーーーーー!?」
と、ホラーゲームさながら衛府さんが叫んだ。無理もない。
いきなり目の前の人間に矢が刺さったんだ。俺も叫びそうになった。むしろその惨憺たる光景が怖すぎて声も出なかったんだけど。
「なんなんですかなんなんですか!? えええ!? い、いきなり弓矢が、窓から……」
驚きつつ、しかし衛府さんは正確な実況をする。
ダン子は脳味噌までやられたらしく、立ったまま(俺と衛府さんに十手を構えたまま)動かない。
へんじがない。ただのしかばねのようだ。……
「ハッ。お兄!」
「「うわ!」」
ダン子が蘇生した。俺と衛府さんがまたもや驚愕の声をあげる。
「お、お兄! どこなの? どこにいるの?」
と、悲劇ヒロインみたいな声でうろつくダン子。
つーか死んでなかったのか!
で、でも頭から血ィだらだら流れてるしな。……
マジでどうなってんだ!?
俺はそのダン子(仮名)に狼狽しつつ訊く。
「ちょ、ダン子(仮)さん! どうなってんすかその頭! 頭やばいことになってますよ!」
「は!? いま頭がおかしいって言いました? ふざけないでください、こちとら○○塾の全国統一模試例年一位ですよ!」
「うわあ結構びっくりな情報いま出さんといてくださいよ! じゃなくて、その頭の傷どうなってんすか!? めっちゃ血ぃ出てるじゃないっすか!?」
「いやまあこんなのかすり傷よ。よいしょ、ズボッ」
「「取った!?」」
ダン子はその脳天にぶっ刺さった弓矢を手でグリグリ引っこ抜いた。
血がピューピュー噴出する。
やべえ。血管の位置なんて医学生じゃないから全然わからんけど、動脈ぐらいイってんじゃないか?
「なになに? 『イフミツケタリ。』……伊巫見つけたり!?」
と、ダン子は矢に巻かれていた(文矢だったのか!?)小さな紙切れを解くと、その場で読み上げた。
そしてにわかに顔を上げ、緊縛されている衛府さんのほうへ向く。
「え、じゃああなた伊巫じゃないの!?」
「だから何度もそう言ったじゃないですか〜〜!」
半泣きの衛府さん(被害者)が身じろぐ。それでも完璧にキマった拘束からは逃れられない。
「えーと、どういう状況何ですかね? 僕途中から入ってきたんであんまよくわからんのですけど」
俺は尋ねる。
真の自立した人間ってのは、自分ですべてを解決するのではなく、必要なときは人にSOSを求められる人のことだ!(キリッ)
「はあ!? あなたは無関係者でございましょう!?」
キレられた。少女(ロリっ娘)に。
こわいおぅ……
「ていうか、よくわかんないんですけど、あたし無実が証明されたんでしょ! 帰してください、家に。そして誠心誠意謝罪して私のこの五時間を強奪した罪を清算してください!」
「え! 衛府さん、あなた五時間も縛られてたんですか!?」
「うわーん、お家に帰りたいよー!」
まあ、計算してみるとそんくらいになるな。
ちなみに言ってなかったが、今日は半ドンで授業は午前中までだった。で、現在夜七時半過ぎである。
「……本当に伊巫じゃないんですか」
「衛府です!」
ダン子は顔を訝しげにして、衛府さんに問う。
対する哀れな緊縛女子生徒は鋭い眼差しでその少女を睨んだ。
「…………」
ダン子が俺のほうを振り向く。
ファイナルアンサー? みたいな感じだ。
俺はウンウンと頷く。
「…………そう、でしたか……」
ダン子は十手を下げた。だらんと力の入っていない腕。
その頭からは、依然血が流れ続けている。
「そうなんですよ。だから早くお家に帰してよ……」
衛府さんはいよいよ保釈される罪人みたいな顔になる。
いや、だからなんの罪も犯していないんだけど。
可愛そうなほどめっちゃ被害者なんだけど。
「あの……?」
俺が長い沈黙を割くように問いかける。
と、突然少女は右手を掲げた。宙に片手のバンザイが浮かぶ。
「はあ……やり直しですね。ああ、もったいない」
「「へ?」」
パチンッ。
■
「……………………?」
ダン子が指パッチンした。
何も起こらない。普通の指パッチンだ。
「──あれ!? 衛府さんは!?」
と思ったら、さっきまでここにいた緊縛衛府さんが一瞬にして消えていた!
まじっく!?
「え? なんであんたもついて来たの?」
と、落ち込んだ表情で少女が俺を見る。
ついて来た? 何の話……
「うお!?」
俺は驚愕した。窓が明るい──昼間だ!
「え、あれ、なんで? ……ハッ」
バッと振り向く。部室の壁の時計を見た。
さっきまで七時半過ぎを指していたその時計は、不思議なことに、現在二時十分を指している。
「……はあ。お兄に怒られちゃうな。……どうしよっかな……」
満面血まみれ少女は呟く。
「いやいやあなたそれどころじゃなかでしょう!? さっさと保健室行ってくださいよ。いや違う、救急車か? 117番?
てゆーか、今いつ!? 一日経っちゃったの? 衛府さんが消えた!」
「ちょっとあなたうるさいです……ん」
「え?」
と、ダン子はその文矢の手紙を差し出してきた。
……え? 何?
「私いま結構落ちこんで字が読めないのであなた代わりに読んでください」
「え!?」
「だまって早くやって」
十手を俺の喉笛に引っ掛ける。
何なんだこの子……
「えーーと。……人。青。月。黄。水。赤。金。白……ナニコレ暗号?」
「はあ!? あなた忍者文字も読めないんですか? 無能じゃないですか。もういいです、ちょっと返してください!」
バッと俺の手の紙をひったくる。
え? 忍者文字? なにそれなにそれー。
「ふむふむ。体育館か……あれ?」
バターン!
ダン子が倒れた!
「ぴいい」
変な声上がっちゃった。ええどうしよう。
この子いきなりぶっ倒れちゃったよ。
つかなんなのこの子? 忍者文字? 十手?
ダン子は完全に気を失ったらしい。試しに足でつんつくしたが起きない。
全く何が起こったのかわからん。
「はあ……どうしよっかな……」
衛府さんがいなくなった。夜が一瞬にして昼に変わった。
たぶん、この子の仕業なんだろう。
あの指パッチンで転換したしな。
「体育館って言ってたな、今」
と、俺は思い当たる。
とりあえずそこに行ってみよう。オードソックスに手がかりがそこにあるかもしれないパターンだ。
他に宛もないしな。
「……と」
部室を出る時点で気がつく。
振り返る。頭から血を流した少女。
そんで気絶した少女。
「はあ、しゃーないな……よっこいしょういちっと」
ダン子を背負った。一応そばに落ちてた十手も拾っとく。
俺はそのまま部室を出た。




