第十四話 縄縛尋問
「ままかふしつにかえれてもも?」
俺は幼女の謎メールを覗き込む。
なんだ? 何かの暗号か?
『ままかうしつに』……まま?
『かえれても』、も?
『まま』と文頭に書いてあるのはなんとなくわかった。
が、『かふしつ』ってなんだ?
「あれか、てふてふで蝶々みたいな、古文的な……?」
だとすると、かうしつ?
こうしつ……皇室?
かえれてもってなんだろう。
そもそも、ママがどうしたのだろうか。
と、俺の脳裏に先ほどの女性が思い出される。
あの幼女のお母さんだろう。
その人──ママ、が?
「あっ」
と、俺は気がつく。
「濁点が一切無い……」
幼女の持っていた携帯がどの機種かは見えなかったが、きっとキーボードの形式がフリック入力なのだろう。
それで打ち込むときに、ひらがなでそのままでしか打てなかったんだ。
「まあ、幼女だからな……曲がりなりにも」
頭の中で映像が流れる。
あの幼女が文章の打ち込みに苦戦している様子だ。
なんだか幼い感じがして、一生懸命でカワイイ。
あ、そういえばあの子の名前、確かモモちゃんだったな。……
「だとすると」
ままか──ママが。
もも──モモ。
ふしつにかえれて?
「『帰れって』?」
と、俺は推測した。
『に』は助詞だろう。なら。
『ママが、ふしつ、に、帰れって、(by)モモ』。
「ふしつ。ふしつ……部室!?」
──ママが部室に帰れって、モモ。
■
そうして俺は学校へ戻った。
辺りは完全に真っ暗、夜である。
そう、あの後チャリで頑張ってここへ来たのだ。
「疲れた……」
再び、自転車で一時間半弱。
距離にしてみたら、だいたい十五キロくらいだろうか?
往復だから×2。都合三十キロ。
そこそこの運動量である。
まあ俺の街、明らかに海は生活圏じゃないもんな。
自転車を学校附属の駐輪場に停める。
今度は何時間停めてもお金は掛からない。
「今度斎藤のやつに感謝言っとかないとな……」
ちなみに、もちろん校舎の門は閉まっていた。
もう下校時刻も過ぎていたからね。
だが俺は裏門からの抜け道を知っていた。
斎藤(友人♂)に教えてもらったのである。
ありがとな、斎藤。
俺は夜空に燦然と輝く星々に敬礼した。
まあ、死んでないけど、斎藤。
「ママが部室に帰れって……」
と、独りごちる。部室。離校舎だ。
窓を見ると、電気が消えている。当たり前だ。
暗中にも積み上がった段ボールの群れが仰々しく浮かび上がるのが見えた。
どことなく寂れている感じ。
さて、どうやって校舎に入ろう?
おそらく正面玄関も閉まっているだろうし。……
「……うん?」
開いていた。
離校舎の玄関のスライド扉は若干開いていて、近くに寄るだけで解錠していることがわかった。
誰かが入ったような形跡がある。
「不用心だな……」
独り言が多い俺は進み入る。
まあ、毒を喰らわば皿までってやつだ。
少なくとも、四歳児の女の子と連絡先を交換するよりは後ろめたさがない。
イージークエストだ。
夜の校舎は不気味なまでに静まり返っていた。
まあ、そんなもんだろうな。
ここで顔のでかい全身真っ青の男なんて出てきたら発狂ものだけど、そんなこたあなく、順調に廊下へ歩を進める。
と、部室の階──二階に来た。
「え」
なんと、廊下の向こうの、部室の電気がついていた。
なんで!?
さっき外から見えたときには、真っ暗だったのに!?
怖い!
俺は全身に悪寒が奔る。
それに、段ボールだけで人もいなかった気がする。
無人の部屋。ついてる灯り。
たどり着くと、数分前とは違う風景。
安いホラゲーでありそうなシチュだ。
とか、そんな悠長なことを思っている場合か?
逃げたい。が、俺の足は一歩進んでいた。
「しらばっくれないでください!」
「ゥビクウ!?(小声)(俺)」
と、突然つんざくような女の子の声が響いた。──部室からだ。
やはりあの部屋には人がいる!
驚いた俺は抜き足差し足忍び足で廊下を歩く。
部室の前までたどり着く。
ドアが若干開いている。しめた。
いや、『閉めた』ではなく、『しめしめ……』のほうね。
隙間から覗く。
──そこには、二人の女の子がいた。
「いやだから違います! 人違いです!」
「だから、しらばっくれるなって言ってますでしょう!? あなたが魔女だってことは、とっくに証拠が挙がってるんですよ!」
「証拠ってったって、そのヘッタクソな似顔絵でしょ!? 全っ然私と似てないじゃないですか!」
「な!? 今お兄の絵を下手くそって言いましたね? 確かにお兄の絵画が少し個性派ですが、あなたの芸術センスが足りないんでしょう。眼球洗って出直してください!」
「わかりました、出直します! だからこの縄ほどいて、私を解放して!」
「解くわけないじゃないですか! お兄に頼まれたんですよ、イフを連れてこいって!」
「それが違う! 私はイフじゃなくて、エフ! 衛府です!」
「つくならもっとマシな嘘ついてくださいよ! なんなんですかエフって、この目にも余る忌まわしきデカチチのことですか!?」
「うわーん! 私は無罪なのにー!」
尋問をしている。
一方の縄に縛られ(菱縄縛り?)ているのは衛府さんで、もう一方は……
(段ボールの女の子!?)
だった。
全く信じられない光景である。
段ボール少女(以下、ダン子)は衛府さんの、縄にたわわに縛られ、絞られた、溢れんばかりのFカップ巨乳を捕物帖みたいに十手でつんつく突っ付きながら尋問している。
それに、ついさっきまであんだけ沢山あった段ボールが何故か一つも無くなっていた。
あの大量の質量、どこに消えたっていうんだ?
が、ちょっと見えづらいな、ここからだと。
もう少しドアの隙間を拡げてみよう。
……ちょっとだけよん?
「聞きしに勝る巨乳っぷりですね。嫌味ですか? 生きてるだけで存在そのものが嫌味なんですね?」
「ヒドイ! 言い掛かりも言い掛かり、勘違いも甚だしいを通り越してていうかもはやこれ犯罪行為ですよこれ!」
「黙ってください。さあ、大人しく身柄を拘束されてください」
「もうされてます!」
「ああ、お兄なんて褒めてくれるかなあ……うっとり」
「ちょっと!? 勝手に一人で悦浸らんでくださいよ! もうこんな時間です、早く帰らせてください! お父さんに晩ご飯作らなきゃなんです!」
「おや、お父さん想いなんですか。いい心がけですね。これからも精進するがいいです。……ところで」
と、ダン子が俺の方をギラリ、と向いた。
「あなた何なんですかさっきから」
「ば、バレた!?」
俺は狼狽する。普通にドアに隠れていただけなのに、しかもちゃんと静かにしていたのに。
……なぜバレた?
「いや、バレたもなにも……さっきからモロ見えでしたよ」
「はわわ~!?」
いつの間にか俺はドアを全開に開き、その板の影から部室をガン見していたらしい。
「って、藤見くん!?」
と、俺の存在に気づいた(さっきモロ見えな部分から気づいてたんだと思うが、今気付いたフリをしてくれた)衛府さんは叫ぶ。
と、ハッとして身体を隠す。
が、縄で拘束されて、腕も脚も動かない。
「み、見ないで……」
「ハイ! 見たません!」
俺は敬礼する。もちろん、相手の目を真摯に見つめながら。
と、ダン子が俺を睨んで立ち上がる。
完全に敵視の目だ。
なんだなんだ?
なにをそんなに怒っているの?
ペリー来航? いちごの季節?
ダン子の唇が開かれる。
「──あなたお兄の友達ですね。何故ここにいるのかはわかりませんが。……いいですよ、二人まとめてかかってきてください!」




