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短編

悪役令嬢、頑張る

作者: 猫宮蒼



 とある乙女ゲームの世界に転生した。


 悪役令嬢として。



 そう気づいた瞬間、カタリナはぐっと拳を握り締め密かなガッツポーズを決めたのである。


 つまり、つまりこれって……


 私が、ヒロインちゃんの恋のキューピッドになれちゃうって……事!?


 前世のカタリナはこの乙女ゲームを馬鹿みたいにプレイしていた。

 そもそもゲームが出る、という情報を知った瞬間ネット予約したし、発売日当日どころか数日前からコンディションを崩さないようご飯をしっかりと食べて睡眠もたっぷりとっていた。


 そして発売当日、配達員さんが届けてくれたゲームをいそいそと開封し、一気にクリアしたかったけれど徹夜などもってのほか、とばかりに惜しむ気持ちを堪えつつご飯とお風呂と睡眠を疎かにせず、仕事にもきちんと行って日常の暮らしを駄目にしたりはしなかった。


 続きが気になって気になって仕方がなくても、でも家に帰ればその続きがプレイできる~! とモチベーションも高く、また幸せ成分でも出てたのか周囲から何かいい事あったの? と聞かれる程だ。


 別に乙女ゲームというジャンル全般を好んでいたわけではなかったのだが、この乙女ゲームに関しては事前情報を見る限りほぼ全部がドストライクだったのである。


 まずイラストは元々推してた神絵師さんだったし、そうなるとどのキャラも推し効果で全部素敵に思えてくる。まだプレイもしていない、どんなキャラかも判明していないうちから。

 けれどもそこに更にキャラに命を吹き込むと言っても過言ではない声優さんたちの名を見れば。


 男性キャラは勿論だが、女性キャラまでもが絶対に一度はどこかで聞いた事のある声の人ばかり。

 パッと名前を見て誰? と思っても他にこの人はこういう役を演じましたよ、という部分を見れば「あぁ、あの」と納得するのだ。


 豪華すぎる……! と発売前から思っていたが、いざ実際にプレイしてもやっぱり色んな意味でゴージャスが過ぎる……! となったのである。


 一度目はまず一通り全部のキャラを攻略するべくプレイして、一通りのエンディングを見たら次は埋めそこなったスチルの回収。

 ついでにもう一度お気に入りのエンディングを見るために、とニューゲームで改めてプレイ。

 セーブデータを分けてはいるが、そうではない。

 あえて最初から新鮮な気分は薄れていても、それでももう一度心機一転最初からのプレイに興じるのであった。勿論見たいイベントがいつでも見られるようにセーブデータは大量に分けてあるのだけれども。



 そのゲームの世界では、王族や貴族に多く魔法が使える者がいる状態で、ある程度成長してから魔法のコントロール方法を学ぶべく学園に通うようになる。

 幼いうちはあまり魔力が発達せず、そこそこ成長してから魔力もぐんと伸びるのだ。

 中には特殊な例で幼いうちに魔力が、という事もあるけれど、その場合は特例で学園に通うのである。


 そしてヒロインは。


 生まれも育ちも平民なのだけれど、恐らくは先祖に貴族の血を持つ誰かがいたのか、ある日突然魔力が開花してしまったのだ。

 故に特例として学園に通う事となった。


 魔法の使い方をきちんとわかっていないと、独学でやったとしてある日うっかり暴発しました、なんて事になれば大事故まっしぐら。やらかした本人だけが怪我をするだけで済めばいいが、周囲に被害が出た場合、それも死者がでたなんて事になればわざとじゃなくたって極刑は免れない。


 そうならないために、力の使い方を学ぶためヒロインは貴族たちの中にまじって学ぶことになったのだ。



 ……と、まぁ、ストーリーとしてはどっちかっていうとネットで一時期流行った悪役令嬢もの、と呼ばれる作品に近しいのだけれど。

 それでも、前世のカタリナはそれはもうこのゲームにお世話になった。主にときめき的な意味で。


 誰が好き? と聞かれれば攻略対象の男性は皆好きと答えるし、一番は誰? と聞かれればそれは勿論。


 ヒロインちゃん!


 なのである。


 悪役令嬢のカタリナの事も嫌いではないのだが、そんな事よりもヒロインちゃんが可愛くて可愛くてもうこんな可愛い子をお前、ホント幸せにしてやれよ!? と攻略対象に思わず絡むような事をプレイしながら言うくらいにはヒロインちゃんが大好きだった。


 なおヒロインちゃんの名前はデフォルトが決まっておらず、故にプレイヤーが好きな名前を入力しないといけない状態である。

 最初、あまりにも適当につけた結果、ヒロインちゃんにこんな適当な名前つけちゃって申し訳ねぇ……! となったのは言うまでもない。


 だからこそ、分けに分けたセーブデータは二周目からのものだ。

 最初からプレイしなおして、ヒロインちゃんの名前を考えに考え抜いて決めて、これだ! と思った名前で色んなイベントのデータを分けたのである。


 最早自分の分身というよりは、娘通り越して孫みたいな可愛がり方である。

 それどころか、最早そこも通り過ぎて近所の見合い斡旋するやり手ババアと言っても過言ではない。


 今度のプレイではヒロインちゃんは誰を幸せにして、誰に幸せにしてもらうんだろう、的な。


 正直誰と一緒になってもヒロインちゃんは幸せになれる。

 何故って、そうなるための努力をしていたから。


 貴族ばかりの中、慣れない事ばかりだけれど、大変だからと弱音を吐くでもなく、一生懸命に学んで魔法の使い方を覚えて、それから貴族との関わり方も学んで気付けばお友達もたくさんできた。

 辛い時こそ笑顔を忘れるな、を信条にしているからか、辛くても苦しくてもヒロインちゃんは笑って、その困難を乗り越えていくのである。


 断言しよう。


 自分の娘がこんなだったら間違いなく溺愛一直線だ。

 うちの子がこんなにも可愛い、と親ばかになるし、もう何しても褒めまくると思う。

 駄目なことは勿論叱るとは思うけれど、それ以上に甘やかしてしまいそうなのが恐ろしいところだ。


 まぁ、今のカタリナはこれから学園に通う事になるので、ヒロインちゃんとは同年齢。

 母親になろうなど土台無理な話である。


 いっそ養子縁組……とか考え始めたが、突然高位貴族のご令嬢から養子にならない? と言われてもヒロインちゃんだって困るだろう。何より本当の両親がいるのにそこすっ飛ばして、というのも困惑の原因でしかない。



 ヒロインちゃんが果たしてこの世界では一体誰と幸せになるのか。

 カタリナは悪役令嬢としてヒロインちゃんの恋のエッセンスとして誠心誠意頑張る所存であったのだ。


 自分が悪役を演じる事で! ヒロインちゃんの幸せに貢献できる!!




 ――と、まぁ、そんな感じでやる気に満ちていたのだけれど。


 ヒロインちゃんのこの世界での名前はパフィと言った。前世自分がプレイしていたデータの名前ではない事にちょっとガッカリしたけれど、それでもヒロインちゃんがヒロインである事に変わりはない。


 周囲は貴族ばかりといった状況で、そしてまだ入学して間もない状況だったので。

 ヒロインちゃんは周囲から当然のごとく浮いていた。


 まぁ周囲も今年は特例で平民が……と知っているのだけれど。

 周囲もパフィに対してどういう対応をすればいいのか手探り状態らしく、お互いがお互いに距離をはかりかねていたのである。


 カタリナとパフィは同じクラスではない。

 まぁシナリオ上、そのうち敵対関係になる女と同じクラスとか気の休まる時がないだろうし、下手をすれば悪役令嬢が身分や権力を用いてヒロインちゃんをクラス内で虐げる事が容易になってしまうし、その時々でのヒーローがヒロインちゃんを助ける事が難しくなってしまうので、そういう意味ではクラスが別であるのは仕方がないと思われる。


 ただ、それはあくまでもシナリオ上、という意味であって。



 こうしてこの世界に転生したカタリナは納得がいかなかった。


 いやああああ! 授業中のヒロインちゃん観察とかできないじゃないよおおおおおお!!


 と内心で叫んでイメージ映像では血の涙すら流していた。実際に流していたら大惨事なのでそこは平静を保っているが。だがしかしそれくらいカタリナにとっては残念な出来事なのだ。

 ゲームでは、授業中の光景はイベントがある時くらいしかわからない。ちょっとしたミニイベントで授業中にヒロインちゃんの様子を見る事ができるけれど、毎回ではない。


 何というか大きなイベントが起きる前、例えば学園の行事だとかが近づいてきたらヒロインちゃんが、

(そろそろ〇〇の準備が始まるって先生が言ってたけれど……それって何をどうすればいいのかな?)

 とかちょっと授業中に思案にふけったりするのである。


 そしてそのちょっと集中を欠いていると思われた事で直後に先生に、

「それじゃヒロイン、この問題の答えを言ってみろ」

 と突然指名されて、焦るヒロインちゃんを見る事ができる。

 ちなみにパラメーターによって結果が分かれる。学力が高ければ急にあてられてちょっと慌てながらも正解を答えるし、学力が低い場合は間違える。


 どちらにしてもヒロインちゃんの日常を垣間見れる貴重なシーンだ。


 だがしかし、カタリナはクラスが違うのでその貴重なシーンを直接見る事ができない。ゲームをプレイしていた時は見れたけど、あれはあくまでもヒロインちゃん視点だ。

 そうではない。

 あくまでも第三者視点でヒロインちゃんを見ていたいのである。


 今から、学園長に賄賂とか渡したら私とパフィ同じクラスになれないかしら……と割と本気で考えた。

 まぁそんな事をしたら恐らく後で色んな人からこっ酷く叱られそうなのでギリギリで自重したけれど。


 別のクラスである事はとても残念だけれど、だがしかし冷静に考えたら同じ学園に通う同級生。知りあおうと思えば方法は他にもあるはずだ。

 あれこれ色んな方法を考えるカタリナであるが、この時点で彼女は忘れている。


 原作通りに知り合うのであればどう足掻いても悪役令嬢としてであって、それ以外の方法で知り合うとなれば原作崩壊の可能性がとても高まるという事を。


 悪役する前に知り合った場合、その後パフィが誰のルートに入るかにもよるが、手のひらを返したように悪役をしないといけなくなる事も有り得てしまう。

 お友達だと思っていた相手とこれはもうだめだ、という程に亀裂が生じる関係とかそれはそれでヒロインちゃんにとっては人生を彩るイベントになるかもしれないが、まぁゲームの中ならともかく現実でそれは大分心にくる。


 どうでもいい相手と没交渉になっても本気でどうでもいいけれど、仲の良いお友達と絶交だからね! なんて事になれば思う部分がないわけがない。


 けれどもカタリナは。

 もうこの時点で自分がヒロインちゃんを幸せにしてみせるのだ……! という使命と決意にみなぎっていたので。

 そんな事は些細なものだったのだ。言っちゃなんだが本末転倒である。



 そしてカタリナは自らの欲望を抑えきれず、早々にパフィに絡みにいった。

 特例で入学した平民が気になって、というその他大勢に紛れてパフィの事を遠目で確認し、放課後になってからそっと声をかけたのである。


「えっ、カ、なん……!?」


 目を白黒させてパフィは言いかけた言葉をのみ込んだ。慌てて口を手で押さえるその様子はどう見ても明らかに何かを誤魔化そうとしているものだ。


 カタリナは悟った。


 あっ、彼女も転生者だわ。


 大方今の言葉は「えっ、カタリナ!? なんでここに!?」といったところだろう。

 ヒロインが悪役令嬢と出会うのはまだ先の話なので。

 本来ならばこんな所で出会うイベントはないのだ。


「なるほどね、貴方も転生者、でしたか」

「って事は……貴方も……?」


 あっさりと自ら転生者であることを明かすように言えば、パフィは否定するどころかカタリナもそうなのかと念を押すように聞いてきた。

 この時点でカタリナの脳内は凄まじい速度で考えが巡っているのだが、パフィがそれに気づくことは勿論ない。何せ彼女も自分以外に転生者がいて、しかもそれが悪役令嬢だという事実に驚いてそれどころではなかったので。


 パフィは前世で遊んでいたことのある乙女ゲームとそっくりそのままな世界に転生したと気づいた時、攻略対象者と結ばれて幸せになる! とか思うより先に、えっ、学園で虐められる事になるの……? ととても絶望した気持ちになった。


 当然だ。

 大体、虐めなんて他人事であっても聞いてるだけで「うわぁ……」と思うものが多いのに、よりにもよってその餌食に自分がなるのだ。普通に考えたら始まる前から逃げ出したい。


 先んじて相手を潰すにも、まだ相手は何もしていない状態だし、そもそもここは前世と違って身分というものがある。区別どころか差別も当たり前のように存在するのだ。

 そんなところで、自分より身分が上の相手ばかりで自分がそこでは最下層と言っても過言じゃない状況下。

 将来的に虐められると思うので彼女らを潰します、なんて言い分が認められる事はまずないし、そもそもそんな事やらかそうものなら自分の命が危ない。

 自分だけで済めばいいが最悪生まれ変わった時にできた新しい両親や、その周辺の人たちも危険な目に遭うかもしれないのだ。


 何かヘマをして自分だけが痛い目を見るのなら、まぁ仕方ないか、で諦めもつくけれど。

 自分の失敗が原因で家族や友人、近所の皆さんが最悪殺されるような事になりました、なんて事になったなら。


 真っ当な精神してたらまず耐えられない。

 自分のせいで大勢死んだとか、そんなんで平然とできる程の神経は持ち合わせていなかった。


 これが、死ぬ相手が自分にとって嫌いだとか、いっそ死ねばいいのにと思うような相手だったなら、やったぁざまみろー! とか思えるのかもしれないが、そうではないのだ。

 少なくともパフィにとってこの世界の家族や友人、ご近所さんたちは皆いい人たちなので、自分のせいで死ぬとか考えただけでも胃がキリキリしてくる。


 だがしかし、いくら虐められるのがわかっているからといって学園に行きたくない、と駄々をこねるわけにもいかなかった。

 魔法の力が現れなければ行く必要はないのだけれど、悲しい事に魔法の力が発現してしまったので、万が一魔力暴走だとかをさせて周囲の人たちを大怪我させたり殺したりするような事を避けるためにも、力の使い方を学ばなければならないのである。


 自分のせいで家族が死ぬかもしれない可能性は低いが、自分が魔法の使い方を誤って死なせる可能性は学園に行かないとなればとんでもなく跳ね上がってしまう。


 それなら、まぁ、平民風情がと蔑まれようともどうにか頑張って魔法の使い方を覚えていくしか……なに、虐められるっていってもちょっと足引っ掛けられるとか教科書水浸しにされるとか、ギリギリ聞こえるところでの悪口とか、されたら惨めに思えて嫌な気持ちになるけれど、でも殺されるような酷い内容ではない。少しの我慢だ……


 それに、攻略対象者と下手に仲良くしなかったら、悪役令嬢が出張って来ることはないんじゃあないか?


 と、パフィは思う事にして灰色の学園生活を乗り切るつもりであった。


 悪役令嬢カタリナの婚約者である王子も攻略対象の一人で、なんだったらメインヒーローと言ってもいい。


 では、他の攻略対象をヒロインが狙っている時にカタリナは何もしないのかと言えば。

 バンバン妨害してくる。

 それというのも、他の攻略対象者たちにも婚約者がいる。そちらの婚約者がパフィに対して何らかの手段に打って出るのかと思いきや、彼女らはカタリナにとって友人であった。


 大事な大事なお友達の婚約者に言い寄ってあの身の程知らずの女……! とカタリナはヒロインに対して憎しみを募らせるのである。


 なお作中、そんなお友達が悪役令嬢が断罪されそうになった時どうしているかというと。

 庇いにくる。

 本当だったら自分がやらなきゃいけない事だったのかもしれないけれど、でもなかなか踏ん切りがつかなくて迷っているうちに婚約者はどんどんヒロインと仲良くなっていって、どうしようもなくなっていたら、カタリナ様が自分の代わりに手を下してくれたのです、彼女が悪いというのなら、その罰はどうか自分に。元はと言えば自分が何もできなかったから……!

 という感じで庇いにくる。


 そもそもカタリナの身分であれば、邪魔なヒロインとか嫌がらせしないで相手の家族ごとどうにかできるだけの力がある。

 けれどもそうしなかったのは、そういった脅しをすることでヒロインの精神が不安定になって途端魔法が暴走する可能性を考えての事だ。

 だからこそちまちまとみみっちい嫌がらせをするのだ。

 遠回しの警告でもあった。


 何せヒロインの魔力は、いざ計測してみたらその力は単なる平民とは思えないくらいにあったので。


 そんなのが暴走・暴発するような事になれば、被害は果たしてどれほどのものか。


 そうでなくとも悪役令嬢カタリナが何かする以前から、ヒロインは特例で入ったとはいえ平民である事で一部の生徒から蔑まれている。

 そこにさらに、貴族としての力を使って家の人たちやお友達の身の安全だとかを口にしてみろ。


 平民であるならば、想像するのはまず殺される……! という事だ。


 そうなれば死にたくない、殺されたくないとなって、一瞬で精神が不安定になり揺らぎ、引きずられるように発動した魔法が暴走しないとも限らないのだ。


 そういう意味で悪役令嬢の虐めは、本当に貴方高位貴族のご令嬢なの? と聞きたくなるくらいにしょぼいものであったのだけれど。

 色んな意味で周囲に配慮した形だったのである。


 まぁそんななので、悪役令嬢を断罪するといってもその罰は精々ちょっと修道院行って反省しなさいね、とかそれくらいだ。ギロチンで首を落とせとかまではいかない。


 それに最後、ヒロインが自分にされていた嫌がらせはそういう意味で配慮されていたのだと知って。

 結果的に悪役令嬢とはふわっと程度であるものの和解はするのだ。


 乙女ゲームという視点で見れば、誰も死なないし最終的に皆和解するしヒロインはきちんと幸せになるしで、そういう意味ではハッピーエンドだ。

 ご都合主義と言われても、乙女ゲームはそもそも恋愛を楽しんでときめきを得るものなので、悪役がいかに苦しむかに重きを置かれても困ってしまう。乙女ゲームというジャンルでなければ、ざまぁだの断罪だのがメインになっていても特に何も思わないかもしれないが、少なくともカタリナやパフィにとってはそこは望んじゃいなかった。



 ともあれ、下手に攻略対象に近づかなければカタリナが何かをしてくる事もない、と思い戦々恐々としていたパフィであったが、まさかのカタリナ襲来。

 原作にこんな展開なかったー! と恐れるのも言うまでもないが、しかし相手は自分と同じ転生者。


 そこで、かすかな光明が見えたのである。



 貴方が特例で入ったと言われている平民の方ね、ちょっとお話ししてみたいと思っていたのよ、なんていう建前と共にカタリナの家の馬車に揺られ、案内されたのは街の中のオシャレなカフェであった。

 あるのは知っていたけれど、パフィからするととてもじゃないが足を踏み入れるなど夢のまた夢、といった場所で。



「わたくしの奢りよ、好きな物を頼んでちょうだい」


 と言われて申し訳なさはあったけれど、自腹で注文しようとすると今のパフィの懐はそう潤っているわけでもないため、遠慮なく注文する事に決めた。


 前世ぶりのケーキだわっしょーい! という気持ちもあった。甘いものが食べたいなと思っても、今世のパフィの家は生活していくだけならそこまで困らないけれど、贅沢ができる程ではなかったので。


「それで、貴方のお目当てはどなた?」


 開口一番にカタリナがぶっこんできたせいで、危うく口の中に入れたケーキを吹き出すところであった。

 それどころか勢い余ってフォークを喉の奥に突き刺しかねなかった。

 一瞬悪役令嬢としての策かと思ったくらいだ。もしそうならなんて恐ろしいのだろう。


「お、お目当て、というと」

「誰と結ばれるつもりなの? わたくしの婚約者でもあるメインヒーローの王子? それとも」

「めめめ滅相もない……!」


 折角口の中に入れたケーキを味わう間もなくのみ込んでパフィは両手を顔の前でぶんぶんと振った。


 そう、確かに最初、ヒロインとして転生している、と気づいた時に。


 そういった運命的な出会いをして結ばれる相手がいる、というのを知っているのなら、彼らのうちの誰かと結ばれた方が幸せになれるかもしれない、と考えてはいた。

 けれども、誰と結ばれようか、なんて考える間もなく自分の身に降りかかる虐めについてを思えば、彼らには近づかない方が身のためだなと思ってしまったのだ。


 確かに、どのキャラも魅力的で、誰とくっついてもヒロインなら幸せになれると思えるようなイベントとエンディングだった。

 それなら、自分が一番好きな相手を選ぶのがいいのかもしれない、とか思ったりもした。


 だがしかし。



「わたしが、ヒロインとか烏滸がましいんじゃないかって思うんです」


 そう。

 そうなのだ。


 確かにヒロインが彼らと幸せになれる未来はある。


 けれども、そこに至る道筋を果たしてヒロインに転生したからといって本当に自分がそうなれるのか、と考えた時に。


「わたしには、無理です。

 だってわたし、ゲームのヒロインみたいに明るくないし、前向きでもないし」

 そう振舞う事はできるけれど、それをずっと続けるのは案外しんどい。


 転生する前のパフィは、どこにでもいるような人間だった。

 明るいと言われるような事はなかったけれど、根暗と言われる程でもない。

 どちらかと言えばおとなしいとか地味と言われる事が多かった。


 明るくて天真爛漫なヒロインとはこの時点で違う。


 パフィは失敗したらしばらくそれに落ち込んだりするけれど、本来のヒロインは落ち込んでも次に活かそうと前向きに立ち直る。


 努力をするのはパフィにもできるけれど、でも、それでもゲームのヒロインと比べると自分の努力は本当に努力していると言えるのだろうか……? と思ってしまう。


 持ち前の明るさで周囲と仲良くなって、友達もたくさん作って、勉強だって頑張るし魔法が使えるようになるのなら、将来はそれを活かした仕事がしたいわ、なんて早々に将来を見据えているし。

 困っている人を助けるのも躊躇わず、手を差し伸べていく。


 このゲームのヒロインは、そういった誰からも好かれる素敵な女の子だ。


 だからこそ前世のパフィもゲームを遊んでいた時に、ヒロインが可愛すぎてメロメロだったし、そんな彼女が幸せになるのは当然だよねと思って誰と結ばれても微笑ましく見守る気持ちだった。


 パフィにとってもヒロインは自分を投影するものではなく、一人の素敵なお友達が幸せになるまでの物語、といった風に楽しんでいたのだ。


 だがしかし、自分がそんな存在に転生したとなった時。


 学園にいる間、ゲームのヒロインの行動をなぞっていく程度になら頑張れない事もないけれど。


 でも、その先はどうだろうか? と考えたなら。



「とてもじゃないけど、無理だと思うんですぅ……」


 王子とか確かに素敵だけど。

 でも、王子と結ばれるとなれば、つまり自分は将来的にお妃様。

 学校のクラスの委員長ですら無理だと思っているのに、国を統括する立場とか考えただけで胃がキリキリしてくる。


 というか、王子じゃなくても他の攻略対象も貴族という時点で。


 平民が選ばれるとかそれなんてシンデレラストーリー? とは思うものの。


 やはり自分がその立場に、と考えると。


「ちょっと、身の程を弁えられていないっていうか」


 裕福な生活が約束されても、精神的に厳しい。とてもとても厳しい。

 想像するだけで胃がキリキリしてくる。というか既にしている。

 あっ、もしかしてこのままいったら穴とか開くんじゃ……? とパフィはどうにか胃がこれ以上キリキリしない方向性になんとかならないかと考えるけれど、考えたら考えただけ胃がしくしくしてきた。


 目の前にとても美味しいまだ一口しか食べていないケーキがあるのに、果たして二口目からは味を感じられるかどうかも微妙になりつつある。



 そんなパフィを見てカタリナは、なんだかとても申し訳ない気持ちになっていた。


 まぁそうだ。

 だってゲームのヒロインちゃんは確かに可愛かった。完全無欠の可愛さだった。

 欠点もそりゃあったけれど、その欠点が欠点と思えないくらいいい部分があったし、むしろそんな欠点も可愛いよヒロインちゃんと思う程だったのだ。


 そんな可愛い可愛いヒロインちゃんに出会う事を楽しみにしていたから、そのヒロインちゃんが自分と同じ転生者だという部分に少なからずガッカリしたことも、否定はできない。


 けれども同時に。


 もし自分がヒロインとして転生していたらどうだろうかと考えて。


 いや無理だわ。


 その結論に至った。



 高位貴族の令嬢として生まれて前世の記憶を思い出す前からそうやって生きてきたから、記憶を思い出した今でも一応高位貴族のご令嬢として振舞う事は可能だ。幼い頃から家庭教師に色々な事を教わってきたので、令嬢としてなら問題なく振舞える。そして、その流れで悪役令嬢もこなせるだろうなとは思っている。


 けれども。


 もし自分がヒロインとして転生したとして。


 自分があの完全無欠でプリティでキュートでいつもは天使みたいなのに、時にちょっぴりセクシーで小悪魔になったりもするパーフェクトなヒロインちゃんになれるか? と聞かれたならば。


 無理だと即答できる。


 えっ、あれ、今更だけどあのヒロインちゃん、時代と舞台が違ったら花魁の頂点に君臨してたりしない……? と思えるほどに多才なのだ。

 勿論学業とか魔法については習い始めたばかりだから、ゲーム内ではまだまだだったけど、けれども精神的な部分を思い返すと。


 人生何周目? というくらいに人間ができすぎている。

 人生一周目であんな色んな人間トリコにしてるとか、現代日本ならキャバ嬢のトップで一か月の売り上げ億単位余裕とかやってそう。

 そう言われても全然不思議じゃないのだ。


 実はヒロインちゃんの中身は人間じゃなくて神様がお忍びで、とかいう設定だったとしても何もおかしくなくなってきた。むしろそっちの方が納得できそうな勢い。


 そりゃあパフィが両手で顔を覆って自分には無理ですとか言うのも仕方のない話である。

 だってカタリナだってじゃあ代わりにやってみせてよ、と言われたって多分無理だ。


 勿論外側をそれっぽくするくらいなら、一時的な誤魔化しならどうにかできるかもしれない。

 けれども自分がヒロインちゃんになったとして、ヒロインちゃん率は多分三割いけばマシな方だ。半分も真似るとか無理。ましてや完璧にとなればちょっとあと人生何十周とかしないともっと無理。



 カタリナとしてはヒロインが幸せになるために、誰が目当てなのかを確認した上で、その仲をいっそ後押しするつもりだった。

 勿論その相手の婚約者に関しては、自分がどうにかしようとも思っていた。

 一番いいのは自分の婚約者でもある王子を狙ってくれる事だ。

 そうすれば、後始末としてはとても楽だったので。


 他の相手がいい、となれば、婚約者でカタリナの友人でもあるご令嬢に別の素敵な相手を見繕うつもりでいた。けれども、その誰もが自分には過ぎた相手ですとパフィが言うので。

 そしてまたその言い分にも納得できてしまったので。



「それではえぇと……他に、そう、王子以外の攻略対象者とかは」

「婚約者いる相手を奪うとかそんな非常識な事できませんよぉ!」

 小声ではあるがひきつった悲鳴みたいな声で言われ、それはそう、と思わずカタリナも納得した。


 これがギリギリ婚約者ではなく、お互い告白もしていない恋人同士ですらないちょっと仲のいい友人、くらいの間柄であったならくっついたとしても略奪とは言えない範囲だ。まぁ心情的に略奪だろうと思う人もいるだろうけれど。


 だがしかし、二人の関係があくまでも友人であるのなら、その友人が恋人を作ったところで何の問題もないわけで。


 文句を言いたいのであるのなら、それこそ自分がその恋人の立場になっておけばよかっただけの話だ。

 恋人であったなら、略奪しようとしてきた相手として文句を言う事だって何も問題はないのだから。


 そして、王子以外の攻略対象者にも婚約者がいる。

 つまりは、そんな相手に言い寄れば婚約者であるご令嬢が堂々と文句を言える状態になるわけで。


「そうでなくたってわたっ、わたし、普通の平民ですよここでは。

 それなのに貴族の不興を買うとか、気軽に自殺するような真似するわけないじゃないですか」


 それは確かにそう。

 思わず涙目になってるパフィを見て、カタリナもそうね、と頷くしかなかった。


 学ぶ事に関しては、身分はあまりとやかく言われたりしない。

 そもそも王子がいるのだ。生徒に。

 教師は王子より身分が下だ。だというのにここでやれ身分がどうだとか言えば、教師は何もできなくなってしまう。王室で雇われた家庭教師だってそもそも身分的に貴族であっても、王族ではないのだから、学ぶことに関して身分を重要視してしまえば、そのうち何も教えられなくなってしまう。


 仮に生徒に王家の者がいなかったとしてもだ。

 教師が生徒を身分で判断するような事はあってはならない。


 だがしかし、学ぶ以外となれば話は別だ。

 授業以外での立ち居振る舞い、それらで誰かの不興を買えば、近いか遠いかはさておき未来に陰りが出るのは当然の話で。


 ただの平民が婚約者を奪おう、なんてしているとなれば、そりゃあ相手のご令嬢からすればあの平民目障りですわね……となって、邪魔な連中は一掃してしまえ、となっても何もおかしくはないのだ。本来であれば。

 ゲームではそうならなかったけれど、ここは現実。そういう展開がない、とはとてもじゃないが言えなかった。



 ゲームで見てきた完全無欠なヒロインちゃんではなかったけれど。

 それでも、パフィの見た目は紛れもなくヒロインちゃんだ。


 ついでに既にこの世界で平民として過ごしているのもあって、この世界の常識もわかっている。


 元気いっぱいなヒロインちゃんとは異なる、気弱な感じがする様子もまたかわよ……とカタリナは内心で思いつつも、では、と言葉を続けた。


「攻略対象者以外なら、誰かいないのですか」

「え? えぇ、っと……幼馴染の」

「まぁ」

「えっ?」

「続けてちょうだい」


 幼馴染と聞いてそれもまた王道、と思ったからこそあがった声であって、他意はない。


「幼馴染の、カトルと、ここを卒業した後で、結婚しようかって話が出てて……」

「そうなのね」

「カトルの家は食堂をやってて、えっと……」


 どこまで何をしゃべって大丈夫なんだろう、とばかりに視線が彷徨って、ついでに祈るように組まれていた指がちょっとだけ行き場を失ったようにもじもじとしているが、カタリナは根気強くパフィの言葉を待った。


 食堂を経営している相手の家だが、しかしそろそろ建物が老朽化してきたので一度店を閉めて、建物を新しくしようかという話が出ているらしい。

 そうなるとパフィが卒業した後すぐに結婚して食堂を、となるのは難しいので、数年お互い別のところで働いて、どうにかやりくりしていこうかという風になったらしい。

 その間に自分が覚えた魔法を活かせるような仕事があったら……なんて。

 カトルはその間、他の店で修行する事になるのだとか。


「なるほど。わかりました。どの店で修行するとかは?」

「それはまだ……ただ、カトルのご両親の伝手を頼る事になるとは思うのですが……」

「うちの系列に来なさいな」

「えっ!?」


 突然の提案にパフィはぎょっと肩を跳ねさせた。

 だがしかし、そんなところで止まるカタリナではない。


 全力でプレゼンした。

 カタリナの家、というか親戚がやってる商会繋がりで、飲食店を経営しているところがないわけではない。

 そこは貴族向けの高級店から平民に向けたものなど多岐に渡る。

 この際、そのカトルとやらには平民向けの店だけで修行させるのではなく、様々な経験を積ませる方が良いだろう。それに前世持ちのパフィならきっと、高級店で出されてる料理をどうにか庶民向けに改良する案とか浮かぶかもしれない。自分が案を出しても良いのだが、あまり口を出し過ぎるのもどうかしら……とそこはあえて自重する。


 それに、その間パフィの魔法を活かせるような仕事をうちから斡旋すれば、ヒロインちゃんとその幼馴染のあれこれを見る機会がカタリナに増えるのである。


 一見すると同じ転生者というよしみを装っているが、完全なる己の欲望たっぷりな提案だった。

 唸れ貴族社会で身につけたアルカイックスマイル!

 腹に何も隠し持っていませんよとばかりに、善意100%なのだと微笑むのだ!!


 という、内心を隠し通して。


 カタリナは、パフィを囲い込みに入ったのである。



 あまりにも旨い話だ、とパフィは思ったのだけれど。


 同じ前世を持つ同士。それに、幼馴染のご両親の伝手でカトルはともかく自分はとなれば、その間仕事が決まるかどうかはわからないし、決まったとしても休日がカトルと合うかもわからない。どれくらいの期間になるかはわからないが、その間中々会えない、というのもつらいものがある。


 無いとはわかっているけれど、お互いあまりにも会う機会がなさすぎたら、なんていうかふとした瞬間既に向こうにはいい相手が現れたりしてはいないだろうか……なんて不安に駆られるかもしれない。そうでなくとも今、パフィは特例としてこうして学園に通う事となっている。良かったのは、この学園がパフィの実家からそこまで遠くなかった事だ。

 だから毎日家から通えるけれど、もしそうじゃなかったら。

 そうでなくとも、今までの生活リズムと異なる学校での授業というものが入った事で、今までのような生活も難しくなってきた。

 休みの日にわからない部分の復習をしたり、休日であっても開放している図書館に足を運んだり。

 いつまでも学園に通えるわけではないので、通える期間内になんとかして魔法の使い方をマスターしなければならない。そうじゃなかったら。

 使いこなせない危険な力を持っている、とされて平民なんて一体どんな目に遭う事か……


 休みの日くらいのんびり休めば……という気持ちもないわけじゃなかったけれど。

 それでも、そうやってこれくらいは大丈夫だろうと油断した結果、後々に響いて残念な結果が待っていた、なんて可能性もあるのだ。


 ゲームでは落第とかそういうのなかったけれど、だがここは現実で。

 パフィは確かに見た目こそヒロインだけれど、中身はゲームのヒロインちゃんとは違うのだ。

 その油断が命取り、という事にならないとは断言できるはずもない。


 そのせいで、今はカトルと会う回数も減ってしまった。

 向こうもこっちが忙しいのはわかってくれているけれど。


 でもそういうのに胡坐をかいていたら、もし他にカトルを好きだという人がいたとして。

 幼馴染の横やりが入らない今がチャンスとばかりに狙われているかもしれないのだ。


 悪い方に考えるとどこまでも色んな可能性が出てしまう。


 学校を卒業した後これでようやく一緒にいられる、と思ってもまたしばらく会えない、となったなら。


 そんな不安がぐるぐると内心で渦巻いてしまって、だがしかしそこでカタリナが提案してくれた言葉は。


 まさに救いのようだった。


「あの、願ってもない事なんですけれど……それでも、カトルにも確認していいですか?」


 いい話ではある。

 あるけれど、だからといって本人の了承もなしに勝手にこっちで全部決めるわけにもいかない。


「えぇ、構わないわ。じっくり話し合って決めてちょうだい」


 それに対してカタリナはパフィを安心させるような、穏やかな笑みを浮かべた。


 ともあれ、家に帰ってからカトルのところに行って、話をしよう。

 そう決めて、その後も世間話程度の事をちょっとだけ話してから二人は別れた。



 ――パフィが持ってきた話は、カトルにとっては予想外もいいところだった。

 けれども、料理人として修業するのであれば願ってもいない店がいくつかある。

 親の伝手だと正直な話親から教わるのとそこまで変わらないのだ。

 けれども。

 様々な店で修行させてくれるというのなら。


 パフィとはしばらく会う機会がなくなるだろうな、と思っていたけれどそこら辺多少どうにかしてくれそう、と言うので、カトルもまた安堵の息を吐いた。

 だって幼馴染はとても可愛い。少しばかり心配性な面があるけれど、それだって根拠もなく不安になっているわけじゃない。色んな事を考えた結果の心配は、カトルが思いつかないような部分もあるくらいだ。


 そんな可愛い可愛い幼馴染とは彼女が学園を卒業できたら結婚しようと約束しているけれど、けれどもこんな可愛い幼馴染だ。

 学園で、金に物言わせた貴族が妻に、とかするんじゃないか……という不安がカトルにはあった。


 カトルは平民なので、いくら手に職を持っていたとしても貴族が強引に掻っ攫おうとすれば勝ち目がない。駆け落ちするにしたって、貴族がそれで諦めてくれればいいけれどこれ幸いと追手に邪魔な男の方だけ処分させて……なんて事だって無いとも言えない。


 もしそんな事になったなら、と最近では夜寝る前に無駄に不安に陥ることも増えつつあった。


 離れている間にカトルが自分以外の女の人に目を向けたりしたらどうしよう、とパフィが心配しているとは夢にも思っていない。お互い様である。


 けれども、その話を持ってきた貴族様は女性だというし、カトルを狙って、などあり得ないだろう。カトルはしがないただの平民である。見た目は平凡。キラキラした世界で生きてるお貴族様と比べたら宝石と泥団子。

 では、きっとパフィの何かが気に入られてついでなのだな、と思えばまぁ安心できた。

 流石にパフィも前世を持つ者同士のよしみで……とは言えなかったので、そこら辺の説明はふんわりとしていた。


 ともあれ、なんだかいい方向に話が進んでいる事だけは、カトルにも理解ができたのだった。




 ――カタリナが持ち掛けた話をパフィが受けた事で。


 帰宅し自室に戻ったカタリナはぐっと拳を握り締め、それを頭上に掲げた。


 やった! やりましたわ!


 学園の攻略対象者とヒロインちゃんの恋愛をそっと見守る事はできないけれど、でも幼馴染との今後のあれこれをそっと見守る算段は立ちましたわ!!


 王子と結婚したら忙しくなるけれど、自由時間なんぞは自分の努力次第でいくらでも捻出可能である。

 外交で他国へ、みたいな事にならなきゃいつでもヒロインちゃんと幼馴染の両片思いのあれこれを見守る事ができるかもしれない、と思うだけでもう既にご飯が美味しい! いやまだ食べてすらいないけど。


 なんだったら結婚式とかそっと参加できないかしら。

 大っぴらに祝福しちゃうと色々と恐縮されちゃうかもしれないけど、変装してパフィの友人その3くらいの平民装えばいけるんじゃない?

 ご祝儀とかどれくらい包めばいいかしら。相場で大丈夫よね?


 ※ この相場は貴族社会の相場であって平民の相場とは異なっている事実をカタリナは気付いていません


 貴族の基準でお祝いを渡せば間違いなくパフィもカトルもびっくりして腰を抜かすかもしれないが、カタリナはそんな未来の可能性を思いつきもせず、あれこれと思いを巡らせている。とても気が早い。



 本来ならば。

 ゲームのような展開が進んでいたのであれば、カタリナはヒロインの恋のキューピッドとして悪役を演じ切り、そうして最後は追い出される事になるわけで。

 学園での恋愛模様を知る事はできたかもしれないが、その後の人生は一切ノータッチである。

 何せ追放されるから。


 だがしかし。


 同じ転生者という部分をごり押して友人の立場を半ば強引に手に入れて、完全な支援をしちゃうと逆に遠慮されるだろうからとふわっと程度に手を差し伸べる形で伝手を紹介した結果。

 学園内でのヒロインと攻略対象の誰かとの恋愛を見る事はできないが、しかし王道の幼馴染との恋愛模様を垣間見れるチャンスを得たのである。

 しかもくっついた後の二人を見守る事も可能。


 ゲームのヒロインちゃんほどパフィはハイスペックではないけれど、それでも現実を見て地に足をつけて努力をしていく様はちゃんとヒロインだと思える。ちょっとイケメンがいたからってホイホイそっちに色目使ったりもせず、幼馴染を一途に想っているというのもとてもヒロイン。


 そんなヒロインを今後も見守る権利を得ることができた、となれば。


 それはもう内心がとってもフィーバーなのである。

 思わず身体も踊りだす。

 うっかりメイドに見られたらお嬢様がご乱心!! と叫ばれたかもしれないが、見られてないのでセーフセーフ。


「俄然やる気が出てきましたわー! これから毎日が確定で楽しくなりそうね!!」


 すっかり浮かれている。

 お前そこまでの熱量婚約者にも向けてないだろう、と突っ込まれそうな程に盛り上がっている。


 まぁでも。


 婚約者を奪われる可哀そうな令嬢はいないし、平民だからと差別されて嫌がらせを受けるかもしれなかったパフィもカタリナが友人面して身近にいる事で嫌がらせを受ける事もなかったし。



 なんだかんだ丸く収まった事だけは、事実である。

 次回短編予告

 君を愛することはない、からの寄りを戻そうとしてももう遅い、成分が含まれた話。

 誰も多分幸せになれないし文字数もそこそこ。少なくとも朝っぱらから読むようなもんじゃない。

 ※いつも通り朝の6時に投稿されます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カタリナ様の熱すぎる想いと行動力に思わずふふっと微笑ましくなりました。 思わず踊り出すシーン目に浮かぶようで大好きです。 良いところに収まってみんなヨシ!な流れも大好きです。
[一言] こう言う感じのヒロインと悪役令嬢が仲良しなお話めっちゃ好き! ヒロインが転生者じゃない場合の展開も読んで見たいですねw どんだけ暴走するのか気になりますw
[一言] 王妃になった後で何人もそう言う人のパトロンが趣味になりそうだな、カタリナさんw
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