冷凍庫の情
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
むう、冷蔵庫の冷えが弱まっている気がする……。
夏も近いとはいえ、そこまで参るほどの暑さでもないと思うんだけどねえ。冷蔵庫もそろそろ寿命なのかな。
家電製品というと、いまや僕たちの生活で欠かすことのできない道具だろう。
消耗品でありながら、定期的な交換が求められるもの。利益をあげるには、うってつけの品のひとつだと僕は思っている。
生き物が自分の寿命を察するように、彼らもまた自分の寿命を察することがあるんだろうか。
「機械にそんな心があるか!」と、断じてしまうのはあまりに簡単。でも、ひょっとしたら、意思がある行動をしているんじゃないかな……と思う瞬間もあるかもしれない。
友達から聞いた話なんだけどね、耳に入れてみないか?
僕たちは今さっき、冷蔵庫の冷えが弱まっているのを感じたけれど、友達の場合は妙に冷え切っていたらしい。
それなら、別におかしいことじゃないだろ、と思うかもしれないけれど、それが限られたタイミングだったんだよね。
最初に友達が気づいたのが、お風呂上がりのジュースを飲もうとしたとき。
友達が好きなのは、缶ジュースの冷凍庫冷やし。この手の凍らせは破裂のおそれがあって、ヤバいと注意はされるもの。
けれども、破裂しない限りは極上のクール体験。お風呂に入る前に冷凍庫に入れ、出た直後に出して飲む。
冷凍庫を擁する冷蔵庫の冷たさ、お風呂に入っている時間。
それらを絶妙に調整したときの冷え具合たるや、一度味わうと病みつきになってしまうようで。
友達はその日も、絶好のタイミングでお風呂をあがる。後に続く家族へ声をかけるや、冷凍庫の戸へ手をかけたんだ。
中の棚の真ん中へ、寝かせた500ミリ缶。今日、母親がたっぷり冷凍食品を買って、ぎゅうぎゅう詰め込んでいたもののすき間に、うまいこと滑り込ませたものだ。
ウキウキしながら手を伸ばしたその先は、冷たかった。
もちろん、本来の冷えならここまで反応しない。
まるで沸騰したヤカンから手を離してしまうかのような、反射だ。「こいつに触れていたら、ただでは済まない」と、遅れて頭がビンビンに命令してくる。
指を見た。
缶に触れた親指から中指にかけての三本は、お風呂あがりの火照った皮膚の上からでもなお目立つ、赤みを帯びていた。そして、じんじんと痛んでいた。
驚き、戸をいったん閉めて、水道で手を冷やす友達。感じる痛みは、やけどのそれとほぼ同じ。つい、指を冷やしてしまったんだ。
――凍らせ過ぎたのか? いや、冷凍庫の温度には気をつかっている。今日に限って、壊れた?
あり得ない話じゃない。話じゃないけど、そんなことある?
少し間をおいて、おそるおそる戸を開けてみた。
やはり、中には変化がない。念のため友達は、引き出しからトングを出して、それ越しに缶をつかんで引き出す。
もう一度触っても、あの冷たさは感じない。外に出した、ほんのわずかな間で急激にぬるくなってしまったのだろうか?
いや、それほど強力だったなら、それこそ缶が温度変化に耐えきれずに、裂けてしまってもおかしくないはず……。
じかに指で触っても、もはや先ほどのような冷たさはなく、キンキンに冷えた飲み物を飲みつつも、友達はどこか腑に落ちずにいたんだ。
ここのところ、自分以外で冷凍庫を利用する人は少ない。
あまりに開けなかったがために、冷気が強まることとかあるのだろうか?
友達はそのときから、より気をつけて冷凍庫へ目を向けるようになったらしい。
いざというときの冷凍食品に、大半を占領された冷凍庫内は、冷蔵庫全体でみればさほど広いわけじゃない。
友達が、例のジュース缶を仕込んで、楽しむ時よりほかは、戸を開く機会も最近では多くなかった。
友達はふとした拍子に戸を開けてみて、様子を探ってみたらしい。
ほとんどの場合は、いつもと同じ温度の冷凍庫内……それがまた、思い出したようなタイミングで急激に冷えてしまうようだったとか。
戸を開けて、せいぜい数秒間。それ以降は、たちまち通常くらいの温度に戻ってしまうらしかった。
そのとりつくろいかたは、いたずらを見つけられた子供のようにも思えた。
相手の目にはすでに収まっているのに、あたかも何もなかったかのように振舞いたい、あからさまな態度……。
一度、中に入っているものたちを取り出し、冷凍庫の中をあらためたこともあった。
パズルの工芸品のごとく積まれた冷凍食品の山をどけて、もう一度再現するのはかなりの手間で、それを経たにも関わらず庫内に目立った故障個所は見られず。
気のせい、としか思い難い状況証拠……と、このときの友達は思ったらしい。
けれども後日、自分の調査不足の結果を突き付けられることになる。
くだんの、缶ジュース凍らせは続けていた。
冷凍庫調査をかねてはいたが、やはり個人の楽しみは捨てがたいもので。
あの冷えが来ることに気を付けつつ、その日のお風呂上りもトングを片手に冷凍庫の戸を開けたところ。
転がり落ちてきたのは、冷凍チャーハンの一袋。友達が入れ直したとき、最前列へ置いたもののひとつだ。
そいつが庫外へ漏れ落ちるや、包装紙が中央からおのずと破れたらしい。
真っ二つに裂かれた袋からまろび出て、冷蔵庫隣の流しへ転がっていったその物体を、友達は最初、特大の雪の結晶と思ったとか。
けれども、その中心に見えるのはウニやクリを思わせる、イガだらけの何か。
身にまとう結晶型の氷が、どんどんと蒸気になって溶け行く中、動くことを止めないそれは流し口へはまり込むや、そのまま下へ流れていき、見えなくなってしまったらしい。
いつからかは分からないけれど、あの冷凍チャーハンはウニともクリともつかない、何かのゆりかごになっていたのだろう。
そしていつか外界へ出ていける、あの凍り付く状態になるため、冷凍庫も手を貸してあげていたのではないかな。