番外 乙女の夢とは
◇
お兄様の腕の中で私はとても困っていた。
──ドキドキが止められない。
気がつけば、距離が近くて、気がつけば当たり前のように抱きしめられていたりする。
上質な布の感触、あたたかいしいい匂いがするし。さらさらの水色の長い髪が動きに合わせて流れる様も綺麗で。見惚れてしまう。
この鼓動の速さ、きっと触れた先からばれているだろうと思う。恥ずかしくて赤面してしまうのが止められない。
──全然慣れないなぁ……
ちらりとお兄様の顔を盗み見ると、お兄様と目があって、顔を綻ばせている様を見ることになって、より赤面してしまう。
──この顔面も凶器だ。
間近に真正面からこの麗しい顔が私を見つめて婉然と微笑む様なんて、見ている先に私がいていいのですか? 見つめる先は私で? ごめんなさいごめんなさいと謝りたくなるのよね。
薄紫の瞳が細められ、深まる色合い。それは美しい宝玉のように煌めいて、煌めきながら私を映している。ただひたむきに私だけを見つめていて、いつまでも私だけを──
乙女の夢ですよね。多分きっと。
これもある種の乙女の夢ですよね? 脇目もふらずに自分だけを愛し見つめてくれる男性。無論両思いで。
今着ているドレスはお兄様の薄紫色。瞳の色合いのドレス、がんがん贈られて部屋に積まれていく。
勿論趣味もよくて、この姿によく似合うけれどね。全力で自分の瞳の色に染めに入ってきてます。水色もあるけどね。そちらは髪の色だし。
装飾品も薄紫か水色の石がついたものばかり。指輪も繊細な銀の意匠のほどこされた薄紫の宝玉の嵌め込まれたものをいただいた。
そっと手をとられて、私の指にはめて絶対に外さないようにと言っていたけど、そもそも外れません。
傷めたら嫌だし、壊れはしないとは思うけどなおしておこうかなと思ってひきぬこうとしたけれどびくともしませんでした。
外さないようにじゃないです。外れないからねの間違いじゃないですか? お兄様。
魔法? 魔法なのかな? なくさないで済むかなとは思うけれど。
いや、まぁ何故か邪魔にもならないし壊れなさげだし、指輪とかしなれてないけどと思っていた割には平気だったし。
でもこれ外れないだけのただの指輪じゃないですよねな感はするけれど。こわいから聞かないでおいている。
そしてドレス同様他の装飾品も積まれている。見るからにお高いのだろうなと思う。綺麗だけどね。
薄紫も水色もお兄様の色で好きだしね。
そんなにたくさんいりませんと言っても贈ってくれるのよね。
この屋敷から出る訳でもないし。基本部屋の中だけだし。たまにお兄様と屋敷の庭園には出してもらえるけれど。それくらいだしな。
そうそう、首飾りとかずっしり重いのかなと思っていたら、思うよりも重くなくて。そういえばドレスも思うより軽くなっていて。
そういえばお兄様にこの世界、服とか装飾品とか重いですねとか愚痴を言ったっけなと思った。
よくわからないけれど、軽減される魔法とかかけてくれているのだろうか? 軽いのは嬉しいけれど。
そしてお兄様は青銀の色と水色のものを身につけるようになって……
乙女の夢か──監禁しちゃっているのは違うかな? 監禁は乙女の夢じゃないよね? 世の中のたくさんいるだろう乙女の中に、監禁されたい願望だってあるのかもしれないかな? 乙女の夢の中の一種の可能性なくもないのかな。
とは言っても好きな相手限定だろうけど。嫌いな人は論外だろうし、なんとも思ってない人もないだろう。
好意好感なしにはないだろう。持っていてもだめな場合もあるだろうけど。
ま、監禁にも色々あるだろうし。うちは軟禁くらいかな? 独占欲が暴走しているみたいだけれど。
私だから、フラグなんて無意識に蹴散らしてしまうだろうって思っていた。する気がなくても、蹴散らしているみたいだったから。
でも、蹴散らそうが何しようが、お兄様は私がどう道を逸れそうになっても、手をひいてこちらにおいでって言って誘導してしまう。うまく歩けなければ、抱き上げてでも連れていってくれる。
ゲームでも、どう選択してもお兄様監禁ルートだったものね。
やっぱりお兄様はお兄様なのね。
まぁラーリア、ヒロインだしもちろん可愛いし綺麗だと思うけれどね。美少女だと思う。
それ以上に人間離れしている美貌の主がそこにいるのよ。乙女の夢恐ろしい。
夢にも色々あるだろうけど。
──この気持ちが恋とか愛とかなのかな。
よくわからない。もちろんお兄様のこと好きなのは好きなのだけれどね。たとえ夢だとしても、帰りたくないくらいに。夢か何か最早わからないけれど、ただお兄様と離れ離れになるのは、とても嫌で……。
「ラーリア」
お兄様の呼ぶ声が好ましくて、そばにいて欲しくて。でもやっぱりてれくさい。まっすぐ見つめてくる視線に顔があからむのを感じた。