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7 年頃乙女



「ねえ、志穂。」

「なぁに?エリ…やっぱりそっちのポテト美味しそう。一本貰って良い?」

「あ、うん…どぞ…」

昼時の混雑したファストフード店。年頃の女子達がいたところで何ら不思議は無く周りには私たちくらいの大学生や高校生達でほとんど満席状態だ。

「私ね、世界で最初にポテトとハンバーガーの組み合わせを考えた人って何かしらの賞を貰っても良いと思うの。」

「そう…だね。確かに合う組み合わせなんだけどさ…」

「あ、もしかしてポテトにはナゲット派だった?やっぱりそっちも捨てがたいよね。」

「いやえっと…そうじゃなくて…」

「でも朝限定のハッシュドポテトも私大好きでさ。朝の収録前だとギリギリ食べられる時間だからちょっとラッキーって思ったりするんだよね。」

「志穂っ!!!」

思わず大きな声を出してしまい、周りに一瞬注意を向けられて顔に熱が集まっていくのを感じた。

「どうしたの?ポテトしなしなだった?」

「…一回ポテトから離れよう?」

「…分かってるよ。今日一分たりとも練習してないって言いたいんでしょ?」

話す間も志穂はその手から一切食べ物を手放そうとしない。どんだけ食い意地張ってるの…

「エリ、私たちあの台本貰った日から毎日一緒にいるよね。それこそお互いの呼び方も変わって、エリが私の前でキャラ作らなくなるくらいには。」

「…そうだね。志穂が仕事で一日いないとき以外は基本的に一日一回は会ってる。」

「エリは私と会ってる日はもちろん必ず練習してる。それにどうせ会ってない日も練習してる。」

「だって私は…!」

「自分の事過小評価するなとは言わないけどさ、エリ、明らかなオーバーワークだよ。夏休みに入ってからオフ作ってないでしょ?」

「…っ!」

水アニの夏休みは大体一ヶ月。今日はその折り返しに近い日にちで、ドラマCDの撮影まで残り三日となっていた。

「…もう収録まで時間が無い。少しでも志穂との練習や安﨑さんのワークショップで技術を吸収しないと。」

香盤表に書かれていた名前で経歴が無いのは私だけ。つまり三日後の現場では私が一番新人と言うことだ。

「その心意気は大事だよ。でもどんなに努力家な人だって普通は今のエリみたいに休まず走ることは出来ないんだよ。」

ポテトを口に運んでは飲み込み、また口に運ぶを繰り返す彼女。

「…全部を教えて何て傲慢なことは言わない。それでも少しくらい、私になら教えてくれても良いんじゃない?エリがそこまでして頑張らなきゃいけない理由。ほら、私たち同じ女子高生AB仲間じゃん。」

そこは普通クラスメイトとかそっちの方を強調するでしょ…何なの、女子高生AB仲間って。

「…話したってきっと理解して貰えない。」

「うん、理解は出来ないかもね。でも聞いてあげて、一緒に考え、悩むことは出来る。私の持ってるものを、エリのために使うことが出来る。」

「だからだよ…」

志穂だから、現場に出ている声優だから話せない。安﨑さんにだって、アカネさんが状況を説明するのに困ってたから仕方なく話しただけなのに。

「…これだけ言っても話せないって事は、本当によっぽどの理由なんだろうね…分かった、もうこれ以上詮索はしない。」

「ごめん…ありがとう。」

「でもだからってオーバーワークして良い理由にはならないよ。確かに声優はアスリートだよ。自分の声帯が、気管支が、体そのものが商品としての価値だ。でもどんなスポーツ選手だって必ず休息を入れる。声優だって例外じゃないし、例外があっちゃいけない。」

店内の喧騒で志穂の言葉はきっと私にしか聞こえていない。それでもいつもの彼女の口調より幾分か強い口調だった。

「エリが今無理しても平気なのは年齢と元々の丈夫さもあるのかも知れないけど、体って言うのは負荷に対して適切な休息を与えないと傷が蓄積していくの。そしてそのキャパが目に見えた物になった状況がスポーツ選手で言う故障。故障は根本を治すことは出来ても、回復以前と同じ体の使い方が出来ることは極めて稀。多くの場合パフォーマンスは墜ちて、その人の技術が下がる。」

「…私はまだ、下がる技術も無いから。」

「エリがそう思うんならそうで構わない。でも下がる技術が無かったら、代わりに下がるのはエリ自身の評価だよ。新人声優は体を壊したところで心配なんてされない『自己管理も出来ない役立たず』のレッテルを貼られて業界から干されるだけだ。」

「…」

芸能界でのレッテルは、ほぼ入れ墨だ。

何か問題を起こしたり炎上すれば、数年経っても数十年経っても何かの拍子に掘り起こされる。

人の記憶に残りやすいのは、善より悪だ。

「…て言っても、練習することは私は否定しないけどね。」

「…いきなり自分の言葉矛盾させないでよ。」

「だってこの業界、昼寝しないウサギばっかりなんだもん。一瞬の油断で後輩に追い越されるなんて日常茶飯事だし、大御所の先輩達はそんなこと絶対にやらせてたまるかって走ることを止めない。」

「なら尚のこと私は…」

練習しなきゃ。そう言いかけた口にテリヤキバーガーがねじ込まれる。

ソースと肉と野菜が私の口を満たす。

「だからさ、オフを停止って考えないようにしよ?」

「ふぉーいふほほ?」

「人間観察や考察だって立派な役者の練習だよ。たとえば…」

彼女はスマホを触りながら、反対側の手で胸の前で小さく自分の左側を指さした。

その先には女子高生が二人で新作のカフェラテを飲みながら談笑している。内容を聞く限り、片方が彼氏が欲しいあまり少し愚痴が強火になっているようだ。

「………『それで、アンタはどうしたいの?』」

「…?志穂?」

急に何の脈絡も無い言葉を呟いた志穂。するとその数秒後に愚痴を聞いていた女子高生から、先ほど志穂の口から出てきた言葉と同じ内容が飛び出してきた。

「『だれかに告るわけでも無いんでしょ?友達で遊ぶのは嫌なの?』」

「…あの人たちの知り合いなの?」

「全然。今日初めて見たし、話したことも無い子達だよ…『今年もどうせ彼氏なんて出来ないんだからさぁ』」

彼女の言葉に輪唱するように女子高生の言葉が重なる。てにをはは多少違えども、その言葉の意味はぴったりと彼女が先に呟く物と同じだった。

「私はエリには吸収と学習そして努力の才能があると思ってる…『それより来週のインパの予定詰めよ』」

彼女の言葉…女子高生の台詞はどんどんとその精度を増している。

「それは誰も持っていない、エリだけの魅力。業界を生きるためのエリの武器…『メインは地蔵で行きたいんだけどさ』」

いつしか志穂の台詞と女子高生の言葉の間はどんどんと離れていき、ついには完全に志穂のしゃべり終わった後に女子高生の声が聞こえてくるようになっていて。

「でも私だって子供の時から声優やってて、武器を持ってないわけが無いよね…『地蔵かぁ、絶対クソ暑いよね』『当たり前じゃん、飲み物大量にいる』」

やがて彼女の台詞が一人二役…『二人分の会話を完全に一人で再現』していた。

「『はーいつか彼氏とインパとかしてみてぇ』『そういうこと言ってる間は多分出来ねえっしょ』『辛すぎ無理』『とりまこの後どうする?』『んー駅ビルでも行く?』『あそれなら先コンビニ行って良い?お金下ろしたい』『りょーかい。』………」

声音や細かな感情の起伏は志穂だが、おおまかな感情の流れや言葉の意味は全く二人のそれと変わらなかった。

その一人二役芝居は彼女たちが店を出て行き、会話が聞こえなくなるまで続いた。

「………これが私の武器。」

「すごい…再現力…」

「そ。『再現と予想』その人が会話で喋った感情を『再現』したり、喋りそうな言葉を『予想』したり。自分じゃ無い赤の他人のことを考えてると、自分の考え方じゃたどり着かなかった感情の動きを知ることだって出来る。」

彼女はジュースを飲みきると「めっちゃ集中するから会話聞いてる間は食べ物の事くらいしか考えられなくなるんだけどね」と大きく深呼吸した。

「…私のこの武器はさ、元々ものまねから来てるんだよ。」

「ものまね?」

「お父さんとお母さんにクラスの人や先生のものまねをみせるのが大好きだった。そのうちそれがお芝居にも流用できるようになってきて、より確実な物にするために感情の再現も出来るように練習した。」

「感情の再現…」

役者とは感情を表現する職業。板と呼ばれるステージ上で相手の言葉を受けて台本のキャラの感情を表に出して再現する。

だから自分の知らない感情は想像で補うか別の物に変換するしか無い。しかしそうすると途端に役としてのリアリティが損なわれる。

「…このハンバーガー屋さんは三つの高校の丁度中間に建ってる。だから夏休みのお昼時は部活終わりや部活前の高校生が無限に入店してくるんだよ。」

彼女の言うとおり、先ほどからこの店に入店してくるのは学生ばかりだった。

「高校生の役を演じるのに、高校生の引き出しを増やすのに、高校生を観察するのは一番の練習だと思うよ?」

「…志穂がそう言うなら、分かった。今日は人間観察に費やす。」

「ふふっ。そういうことなら、腹ごしらえしないとね?」

「お待たせいたしましたー。」

現れた店員が両手のお盆に抱えていたのは、様々な種類、溢れんばかりのハンバーガーだった。

「な、なにこれ…!?」

「張り込みにはパンって相場じゃん?」

「それあんパンね!?フィクションでも見たこと無いよ、バーガー食べながら張り込みしてる人!!!」

モバイルオーダー…さっきからちまちまとスマホ触ってたのはこれか…

とりあえず大量の中から一つ包装を開けて食べながら、背後の高校生カップルの会話を聞いてみることにした。

…聞いた感じ付き合いたてのカップル、二人で過ごす初めての夏休みでその最後の思い出に夏祭りに行く計画を立てているようだ…私の周りには異性交遊にとんと縁の無い人たちばかりだったから、聞いてみると結構新鮮だ。なるほど、これは確かに引き出しを増やすには最適かも知れない。最適かも知れないが…

「…私たち二人じゃ消費しきれる量じゃ無いと思うんだけど…」

「大丈夫!考えたら頭使うでしょ?そしたらお腹もすいてくる!」

「志穂みたいな大食いと一緒にしないでよ…」

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