第62話 ザ○リクは必須だよ!
そんな風に考えていた時期が私にもありました。
「おーい、こっちに来てくれ! またケガ人だ! けっこう深いぞ!」
「僧侶! 僧侶はいないか!」
「ちくしょう! 痛ぇ! 痛えよ!」
そう。あれだけ万全を期して迷宮運営をスタートさせても、怪我人は出るのである。
わかっていたことだ。そういうリスクがあるのが探索者なのだから。
安全第一で運営していようがなんだろうが、ゼロにはできない。できなかった。
『怪我人ゼロ』なんてのは、あくまで希望的観測、夢見がちな経営者のファンタジーだってことくらいは、いちおうは理解できていたはず。
でも、けっこうショックだ。
「怪我人はこっちへ! アンナは水を用意して! マーサはガーゼと包帯! ゾラはアイネさんを呼んできて!」
村の奥さん方によって結成された救護班が、大わらわで怪我人に応急処置を施す。
応急処置に関しての知識は、私が一通り教えはしたけれど、できることには当然限りがある。
ただし、ここは異世界。魔法がある世界だ。
魔法がある世界では延命さえできれば、けっこうなんとかなるのだ。街の寺院まで行けば回復魔法を使ってもらえるから。
寺院の治療はもちろん有料だが、傷の治療に関してはまだ現実的な金額だったりする。
毒や麻痺の治療はまあまあ取るというから、魔法体系的に回復魔法は比較的低レベルなものということなのだろう。
ちなみに、うちではアイネちゃんを買収して、救護班に置いている。知り合いで回復魔法を使えるのってアイネちゃんだけだからね。
私も実習の成果を見るべく、救護班の手際を見守る。
外傷に対する応急処置は、とにかく流水による洗浄だ。
水タンクはあっちこっちに置いてあるが、水道は残念ながらない。井戸が一つあるから新鮮な水は手に入るが、井戸水は検査もしていないし少し怖い感じがある。
というわけで、ポリタンクに入れた水道水を使う。
傷口にばちゃばちゃと惜しみなく水をぶっ掛けて、血と共に汚れやバイキンを洗い流すのだ。
ダンジョン内は案外不潔な環境ではないけれど、人間はまあまあ不潔だ。お風呂が贅沢というのもあるけれど、衛生観念がそもそもないに等しいのである。
なので、傷を負えば、汚れた手で傷口を触ったりするし、きれいなガーゼなんかの準備だってない。
「うんうん。言われた通りにやれているね」
てきぱきと処置を施していく救護班のみなさん。
最初はみんな、傷口にガンガンに水をぶっ掛けることに腰が引けていたが、何度もデモンストレーションしてみせたうえに(実際の怪我人は用意できなかったから、あくまでフリだが)、救護テントに大量に水を用意したのが良かったのかもしれない。
ちなみにポリタンクは再利用するという名目で回収している。この世界にはまだ早すぎるアイテムだからね……。
傷口を水で洗った後は、清潔なガーゼを当て、圧迫止血する。
そのまま、担架でもって、街の寺院まで救急搬送するわけだが、今日はアイネちゃんがいるので回復は任せる。
というか、私としても回復魔法を使える人を専門に置きたかったのだが、マジで僧侶少ないのよ。
「こちらです! アイネさん、お願いします!」
「また、ゴブなんかを相手にこんなダメージを負ったわけ⁉ 私、僧侶専門じゃないから、回復魔法とかホントにかじった程度しかできないのよ?」
「けっこう深い傷ですので!」
ぶつくさ言いながらも、魔法で傷の回復をしてくれるアイネちゃん。
彼女はレベル20の勇者であり、回復魔法は専門じゃないと言いつつ、いちおう「ミスミランダの治療魔法」は半分以上は使えるとのことだった。
ただし、魔法……つまり、神の権能とはある種の「奇跡」であり、一日で使える回数が決まっている。擦り傷程度なら6回。深い傷となると2回程度しか回復できないらしい。
ルクヌヴィス寺院では、人数を揃えることでその問題を解決してるのだそうだ。
「まーしかし、アイネちゃんを回復要員として起用するのは、マジで緊急的な対策でしかないというか…………無理ありすぎっぽいね」
「ミスミランダ様の権能じゃ、蘇生はできないしね」
「そうなの?」
「位階の高い僧侶なら可能だけど…………。すぐ失敗するよ? だからみんな大金払ってでも寺院で頼むんだし」
「失敗って、灰になるやつか……。それは厳しすぎるね」
死んだ探索者が蘇生に失敗して灰になっちゃったら、私は絶対責任を感じてしまう。
精神衛生的にもそれはNGだ。元日本人のアイネちゃんだって、自分の蘇生魔法で死体が灰になっちゃったらショックを受けるだろう。
なにせ、怖くてまだ死んだことないって言ってたくらいだし。
「これ、今はまだ探索者少ないからいいけど、アイネちゃんだけじゃすぐに限界来るよね」
「そもそも、傷の回復なんて自分持ちなのが普通なんだけどね。怪我のケアまでギルドが受け持つなんて前代未聞だし」
「そりゃわかってるけどさ。私ももっと僧侶がいるなら放っておいてもいいと思ってたんだよ。まさか、ここまで僧侶が来ないとは……」
「僧侶はどこでも引っ張りだこだからね」
寺院を呼び込めない以上、魔法的な回復手段は必須だ。
死は回避できたとしても、怪我だって十分に怖い。後遺症が残ることだってあるし、感染症だってある。なにより、怪我をしたことで身体が不自由になれば探索者だって続けられないし、その先の人生だって不自由なものになる。
ちなみに、街の寺院の僧侶にも打診してみたが、ケンモホロロに断られてしまった。ルクヌヴィス寺院の僧侶、めっちゃ気位が高いから怖いぞ。
「安全第一でやる……なんて言ったところで、これじゃあ口だけなんだよなぁ」
正直に言えば、なんとかなると思ってたんだ。
ゴブリンだって、フレイムバットだって、私でも余裕で倒せるような魔物だったから。
男の子なら当然簡単に倒せるし、女の子だってそこまで苦労することなんてないと思っていた。武器も持っていないような初心者さんには、ギルドで武器だって支給しているし、応急処置セットも渡してある。第2層だって、ゴブリンは動きを抑制できているし、多くてもせいぜい5体程度のゴブリンと戦えばいいし、無理なら戻ることもできる。
パーティーを組んでない子には、こちらで紹介していい感じに組んでもらったし、そうそう怪我をするような事態には陥らない。そのはずだったのだ。
でも、甘かった。
初日で8人。今日もすでに4人。
死ぬような怪我ではないが、探索続行は厳しいくらいの傷。
回復魔法があればすぐどうにかなる程度の傷だが、僧侶がいなければ死へつながりかねないような傷。
ジガ君によれば、必ずしも迷宮探索に僧侶は必須ではないとのことだが(曰く、本当に必須なのは斥候で、斥候の腕が良ければ基本的に僧侶は必要ない……とのこと。実際、経験豊富な斥候であるジャッカルさんがいるパーティーは一切怪我することなく初日の探索を終えている上に、かなり大量の魔石を持ってきたし、宝箱まで見つけている)、それでも僧侶がいれば、安定するのは間違いない。
なにより、ダンジョンの外に「安心」がないのはキツイ。
アイネちゃんがいることで、今のところは最悪の事態には至っていないけれど、この状況だと時間の問題かもしれない。
なにせ、予定通りに人が増えれば、それだけ新人の割合も増えるのだから。
「寺院の招致か……」
「寺院は無理でしょ。お金がなんとかなったとしても、寺院ができるまでにどれくらい時間がかかるんだかわかんないしさ」
フィオナが言うように、寺院はお金だけでなく寺院建設にかかる時間もネックになる。
まさに「今」欲しいのだ、高僧が。
交渉でなんとかなるならいいけど、吹っ掛けられる未来しか見えないんだよな。駆け出しのダーマ大迷宮では、ちょいと無理っぽいね。
「回復魔法を使う条件ってなんだっけ?」
「ルクヌヴィス様か、治療神ミスミランダとの契約。特にルクヌヴィス様と契約できる人って少ないし、契約できても寺院に取られちゃうから」
「取られちゃう?」
「洗礼の時に真っ先に調べられて、契約できた子はそのまま僧籍に入らされるの。だから、野良の契約者って本当に少なくて」
「きたないな……さすが寺院きたない」
完全蘇生魔法を扱えるのはルクヌヴィスの使徒だけとのこと。
そして、完全蘇生魔法が使えなければ、それは安心とはならない。
なるほど、詰んでいる。
「どのみちこのままじゃ不味いね。究極、あの手を使うしかないか」
「あの手?」
「奥の手があるでしょ、私たちには……。いずれにせよ一度会議しよう」




