第58話 オープン前夜だよ!
あくる日、セーレを伴ってアイネちゃんの家に訪問した。
メイザーズの一等地。さすが勇者の家だ。これを売るだけでも、それなりの金額になりそうである。
「あ、おはよう~。遅かったわね、もっと早く来てくれてよかったのに。精神年齢40歳だと、朝に強くなっちゃってね、日が昇ると同時に目が覚めちゃって――」
ちょっと自虐風味に年齢を弄りながら、アイネちゃんの視線は、私の横に立つセーレへと引き付けられていた。
「ちょ、ちょちょちょちょちょ、ちょいちょい、マホちゃん。こっち来!」
グイグイと腕を引っ張られて、家の奥のほうへ引き入れられる。
「なななな、なによ、あの超イケメンは!! 聞いてないんですけど!」
「あ、アイネちゃんにはちゃんとイケメンに見えてるんだ」
「イケメンの見本みたいなスーパー整いイケメンですやろがい!」
もはや口調すら怪しくなっているアイネちゃん。
彼女は転生者だから、他の現地人同様にセーレのことは黒い魔力のヤベェやつに見えてそうなもんだが、そうじゃないのだろうか。見た目で判断するタイプなのかな。
「それで、彼は誰⁉ フィオナさんのお兄さんとか? お嫁さんに立候補していい?」
「あんな兄は嫌ですよ……。おっかない」
私の横にくっついてきていたフィオナが言う。
苦手を通りこして、おっかないのか。
いや、ジガ君たちもセーレにはめちゃくちゃビビってるもんな。すげえや魔神。
「彼はセーレ。私が魔法陣から呼び出したの。あれでも神様らしいよ」
「セーレ様……。素敵なお名前……。神……。まさにゴッド……」
しかし、アイネちゃんは完全に目がハートだ。マジもんのメンクイである。
ま、セーレと普通に話せる人いなかったし、ちょうどいいかもしれないな。私はセーレとの仲だって応援しちゃうよ。
「うお! な、なななななんだこいつは⁉」
「魔物⁉ アイネ様!」
「逃げたほうがいいんじゃないか……?」
彼氏たちが奥の部屋から出てきて、セーレを見てビビり散らかしている。
通りすがりとかなら「ヤバそうな奴いる」でスルーできても、さすがに玄関口に立ってるのは看過できなかったらしい。
ごめんなさいね、それ、うちの連れなんですよ。
「結局、彼らはどうするか決めたの?」
「あーなんかまだ迷ってるみたい。いやね、優柔不断な男って」
「そうなんだ。どうするの?」
「うふ~。私はもはやセーレ様がいればいいかなぁ~。あ、彼フリー?」
「まあ、フリーだよ。私とは業務上の契約だからね」
「やったぜ!」
彼氏たち、ご愁傷様です。
神NTRだよ。
アイネちゃんは昨日のうちに支度を終わらせてあり、そのまま私たちと一緒に移動することになった。
いきなりセーレの腕にグイグイとひっつき、すごい積極アピールだが、セーレは涼しい顔だ。
というか、フリップで『なんですかこれは』とか言ってくる始末。
なので、命令で好きにさせるように言っておいた。
私は神使いの荒い女……。これも業務の範疇だよ……。
「アイネ様が変な男に寝取られた!」
「あんな魔物紛いの男のなにがいいんだ! アイネ様は目が腐ってる!」
「それこっちにもダメージが来るからやめろ!」
すっかり元カレになり下がってしまったアイネボーイズたちだったが、アイネちゃんが悪い男にひっかかったのは看過できないとかで、結局いっしょに来ることになった。
なんだか知らないが、パッションで生きてるなこの人たち。
「ところでメルクォディアってどこにあるんだっけ?」
「南にずっと行ったとこだけど、移動は一瞬だから、そこは安心して」
「一瞬って? テレポーテーションってこと? そんな魔法あったっけ?」
「あるんだな、これが。じゃ、セーレお願いね」
そのままメルクォディア大迷宮の第1層へとひとっ飛び。
アイネちゃんのパーティーメンバーは腰を抜かしていたが、アイネちゃんは余計にセーレラブを強めていた。
さて、彼らが住む場所なんかも用意しなきゃだし、まだまだやることは一杯だ。
残り1週間くらいしかないし、ラストスパートしていきましょう!
◇◆◆◆◇
それから今日まで、まさに目が回るような忙しさだった。
私だけでなくフィオナまでエナジードリンクのお世話になるほどだった。昼は昼にしかできないことがあるからそっちを優先し、夕方から深夜過ぎまでは迷宮改装。
魔物であるドッピーとセーレは24時間稼働が可能なので、まさに馬車馬のごとく働いてもらったが、さすがに奴らは人間じゃない――実際魔物なのだが――完徹しようと全くパフォーマンスが落ちなくて、とても頼りになった。
特に「私」として動ける上に寝なくていいドッピーは、本当に頼りになる。
アイネちゃんのパーティーの電撃移籍は、けっこうメイザーズ界隈を騒がせたらしい。
同様にジガ君のパーティー雷鳴の牙の移籍も、メリージェン界隈を騒がせた。
どちらもトップ探索者パーティーなのだから、当然。
私はこれを宣伝として使わせてもらった。といっても、口コミがメインだ。迷宮管理局は協力してくれないだろうし。
トップチームの移籍がどの程度の効果を生むかはよくわからない。
アイネちゃんは「私はぶっちゃけ適正よりずっと下の階層で活動してたから、あんまり影響ないかもよ。尊敬とかされてなかったし」とか言っていたし、ジガ君は「俺たちは獣人のパーティーです。人間の探索者には影響を与えられないでしょう」などと耳を伏せていたので、案外限定的な効果しかないかもだが、それでもいい。
10人でも20人でもこっちに来てくれれば初動としては十分だ。
とはいえ、エヴァンスさんによると領地への転入者が増えているのは確かだとか。
関所みたいな概念あるんだ……とも思ったが(セーレ使ってるから関所パスしちゃってたね)、そりゃあるわな。領地という概念があるんだから、人は資産のうち。そこまで自由にあっちこっちに移動できるってわけでもないのだ。
「ついにここまで来たって感じ。私、まさか本当にここまで変わるなんて思ってなかったんだ。」
「ていうか、まだガワを最低限整えただけだよ? 変わっていくのはこれからだって!」
「でもさ、近くの村からみんな手伝いに来てくれて、いっしょに作業して……だんだん建物もきれいになっていってさ。なんだか、この場所が生き返ったみたいで。お父様も見られれば良かったんだけど」
「ちょちょちょ、その言い方じゃまるでパパさん死んだみたいじゃない?」
パパさんったら、本当に銀山だか金山だか探しに行っちゃって帰ってこないからね。
しかも、次期領主の兄と一緒になって……。
まあ、私みたいなポッと出の小娘が「なんとかします」なんて言ったのを真に受けるようじゃ、それはそれでどうだという話ではある。
ただ、ちょっと私を取り巻く状況……特にホームセンターがチートだったというだけで。
フィオナと迷宮の入口周辺を確認して回る。
「本当、すごく綺麗になったね。こないだまで廃屋って感じだったのに」
「子どもたちが塗ってくれたからね。もっと塗らせろってうるさいから、あの子たちはそのまま塗装工として育てていこう」
「あの子たち、探索者になるとか言ってなかった?」
地元の子どもたちは、大工さんとか地元の職人さんとかにくっついてやってきて暇そうにしていたので、ペンキ塗りをやらせてみた。
今は少しでも人手が欲しいところだったので、小学校高学年くらいの子どもなら十分仕事になる。私もそれくらいの時には、父親にいろいろやらされていたからね。
高いところは塗れないので、手に届く範囲だけだが、それだけでも十分助かった。さらに子どもがそれをやっているのを見て、暇な大人なんかも集まってきて、作業を手伝ってくれた。
子どもたちにも報酬を渡したことで、お母さん方まで集まってきて、近隣の人たち全員集まってるのでは? というくらい、人が集まってきてしまった。
まあまあ収拾がつかない状態だが、草むしりとかでもなんでもやってくれればありがたいし、ここが新しく生まれ変わると口コミで広がっていく切っ掛けにもなるはずだ。
「でも本当にきれいになったよね。これならメイザーズとかメリージェンにも負けてないよ」
「職人さんたちの腕も良かったけど、なんといっても資材の力だよ、これは」
補修はホームセンターの本領発揮分野。資材を無限に提供したことで、地元の大工さんもめちゃくちゃ喜んで仕事をしてくれた。報酬は現物支給……なのだが、地味に酒の力が強い。
この街の人というか、この世界の人というか、酒を飲むために仕事してる人が多いのよ。
ま、「貨幣」ってのは結局は必要なものと交換するチケットでしかないわけだから、私がその「必要なもの」を持っている以上、お金を使う必要全然なかったんだな。
「最初は、現物支給ってどうかなって思ってたけど、私の思い過ごしっていうか、なんでもお金でやり取りするのって、現代日本人の感覚だったんだなぁ」
「当たり前じゃん。街に暮らしている人とか、探索者とかはお金でやりとりするけど、村では物々交換のほうが一般的なんじゃない?」
「村人同士で食べ物をやりくりするなら、そうなるよねぇ」
問題はないとはいえ、なんでも好きなだけ渡すのもまた経済を狂わせるので、目録を作って、一日ごとに一定量だけを渡すことにした。
小麦粉、米、じゃがいも、酒、塩、タバコ、お菓子、油、包丁、食器、カトラリー、おもちゃ、などなど。
若い職人さんなんかは酒、奥さん方は小麦粉や油や米。子どもはたいていお菓子やおもちゃを欲しがった。
100人以上集まっているから、転売とかする人も出てくるのだろうけど、それも望むところだ。いちおう、宝箱から出す予定のものと、報酬として出すものは区別してはいるが、まあ最終的にはこのダンジョンとダンジョン周辺は特異点的な場所になっていくだろう。
どうしたってホームセンターの資材は使うことになるし、必要以上に自重する意味がないからだ。
「もっと時間があればなぁ」
「マホが自分で期日を決めたんじゃない」
「まあ、そうなんだけどさ。まあ、これは『一日が48時間だったらいいな』みたいな話なので」
時間が足りなくてできないこともあった。
基本的に既存の建物を修繕して使っているのがだが、店舗の数はまったく足りない。
宿屋が3軒、道具屋が1軒、酒場が2軒。
いきなりでもこの倍は欲しかったのだが、実店舗が存在しないのだからどうにもならない。
そりゃ数週間しかないのに、新しく上物を建てるのは無理でした。いや、やってはいるんだけどね。まだ建設中。
「そういえばアイネさんはどうしてたの? 昨日まで見なかったけど」
「ホームセンターで堕落の限りを尽くしていたよ……」
アイネちゃんは、メイザーズの自分の家とか、ギルドでのアレコレなんかを彼氏たちにやらせて、自分はホームセンターでだらだら過ごしていた。
ふかふかのベッドで寝たいだけ寝て、甘いものを食べたいだけ食べて、音楽を聴き、映画を鑑賞し、お風呂に入り、化粧水やら乳液を全身に塗りたくり、ウォシュレットに感動したりしていた。
ダンジョンは入口を大岩で閉ざしているから、最下層の転送碑をアクティベートしてあってもセーレがいない限り外に出られないのだが、彼女的には全然問題にならないようで、今日までの丸1週間くらいアイネちゃんは引きこもっていたのだ。
ジガ君によると、最下層はかなり魔力が濃くて息苦しい階層ということだが、私同様に元地球人であることの恩恵なのか、彼女もまた最下層での活動には特に支障がないらしい。
「とにかく、こっから先は出たとこ勝負ってね」
宿屋で働いてくれる人も雇ったし、道具屋は行商人を紹介してもらった、酒場もメリージェンの猫ちゃん酒場から人が来てくれることになった。
「おーい! マホちゃん! アレ、お披露目するんでしょ!」
アイネちゃんに呼ばれる。
彼女は昨日までは引きこもりだったが、今日は表に出したのだ(追い出したともいう)。
一週間ぶりにお日様の下に出た彼女は、なんか肌ツヤが良くなっていて笑った。
私とフィオナはダンジョン前の広場まで戻って、指示を出す。
広場には関係者が集まっている。噂を聞きつけて来た探索者もいる。騎士さんたちに、子どもたちに、野次馬にと、私の指示を待っている。
ポチ、タマ、カイザーも迷宮の外に出して、地元の人たちにお披露目した。
まあ、最初はビビられてたけど、子ども達が積極的に絡みに行ったことで、安全な生き物だとすぐに認知してもらえた。やっぱり、意思疎通ができるというのも大きかったのだと思う。
まあ、実際かわいいしね。
いよいよ明日から、新たなるメルクォディア大迷宮が再稼働するのだ。
つまり準備期間最終日。みんなで打ち上げをしているのだ。
ホームセンターの食料を大盤振る舞いして、どんちゃん騒ぎで楽しんでもらっている。
「さあさ、みなさん! 宴もたけなわですが、こちらをご覧下さーい!」
ホームセンターの倉庫で眠っていた古のカラオケ機をマイク代わりに使い、注目してもらう。この世界は魔導具があるから、こういうのを使ってもわりとスルーしてもらえるのだ。
「いよいよ明日よりお待ちかねのメルクォディア大迷宮の再オープンとなりますが、再オープンに際しまして、迷宮の呼称を変更いたします! ジガ君、よろしく!」
合図を送るとジガ君が看板を隠すための白いシーツを取り去った。
――そう。
メルクォディア大迷宮は、失敗したダンジョン。
悪いイメージが先行しているし、名前自体も長くて覚えにくい。
だから、これからは――
「ダーマ。大迷宮ダーマと名付けます!」
ここがスタート地点。
さあ、経営編も頑張っていきましょう!




