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落ちた先

「川村……がんばれよ。あと……ちょっとだ、ほら」

「……それ、もう、何回も聞いたっての……今永こそ、足へばってるぞ」


 今永と川村、そう呼び合う中年男性がひいひい息を切らしながら山の斜面を登っていく。二人はシルエットこそ丸っこくないものの運動不足が祟っているのか、登山開始10分でこの有り様となっていた。


「二人とも早く早く!ほら足動かして!」


 そんな二人を差し置いて体型が遥かに丸い俺こと石塚岩人(いしづかいわと)は、その先で有り余る元気を声量に変えながら呼ぶ。

 しかし、会社の同僚二人は疲労困憊の表情で俺を見上げるばかりでペースは全く上がっていかない。


「おおい、石塚……おま、もうそんなとこに」

「なんで俺らよりデブのお前が、俺らより、早えんだよ」

「ふん、そんな決まってる。動けるデブだからだ!俺の体はカロリーで出来ている!」


 この石塚岩人をただのデブと思うなかれ。この鎧は力を溜め込んだ無限の貯蔵庫なのさっ!燃やす時に燃やす!それが真のデ……オタクだ!


「いや、意味わからんし」

「タバコ吸ってるか吸ってないかの違いだろ」


 喫煙者二人が俺を(ひが)むように言う。しかし、非喫煙者の俺の目は既に【聖地】へ釘付けになっていた。


「ほらここっ!ここ見て!“のんのび”の第一話の名シーン!!ぁぁ、このアングルっ!正にっ!やばいわ、もう俺の目に見えちゃってるわ、コノちゃんとカナちゃんがいる!うっわもう最っ高!」

「ずりぃよ、俺だって、……ぁあ坂キツい……」

「お〜ぃ今永、俺を置いていくな」


 一人興奮する俺を見て、羨ましいのか悔しいのか、二人はようやく足に力を入れてペースを上げてきた。

 だか、もう遅い。

 俺はそれどころではなかった。

“月刊きらびやか”に連載中にして、現在アニメ放映中今期人気ナンバーワン作品『のんびりのびやか』の超絶エモエモな聖地が今目の前にあるのだ!おっさんたちの汚い喘ぎ声など聞いていられるはずもない!


「ここっ!この石の形!原作とまんま!さらに今日の景色なんて、アニメとおんなじ!!ひゃあーー!」


 俺はスマホと一眼レフを何度も持ち替えながらバシャシャシャシャシャシャッとシャッターを切っていった。終いにはキャラクターのアクリルスタンドを鞄から引っ張り出して、さらに写真を撮り重ねていく。

 そんな俺に負けじと今永と川村もカメラを構えて撮り始めていった。


「だーーぁ、やばい、めっちゃ撮った。んん〜〜最高。もう超最高」

「撮れ高ぱねぇ〜〜」

「石塚〜、アクスタもっかい貸してもらっていい?反射しちゃってたから撮り直したいんよ」


 俺が撮った写真を川村と確認していると今永が頼んできた。俺はすぐに了承し、それを手渡す。


「あ、そしたら、せっかくだし俺たちも写真撮ろうぜ。興奮しすぎて人間一人も撮ってなかったわ。最初は一人ずついくか。石塚、先に撮ってやるよ。スマホか一眼、どっちかプリーズ」

「おお、かたじけない!俺も忘れてたわ。ん、一眼でよろ。巡礼記念ちゃんと撮らなきゃな」


 今永に一眼レフを渡すと俺は、“のんのび”のコノちゃんとカナちゃんが座って山間の景色を見ていた平たい岩の上へと上がっていった。縁の方へ足を放り出し、キャラクターが見ていた景色を改めて見下ろす。山の急斜面から見下ろす山間の景色というのは都会っ子の俺にはとても眺めの良いものに見えた。


「こんな風に二人は見てたなんて、ああ、最高すぎるだろ。泣くわ。“のんのび”思い出して泣くわ」

「おい、泣くな。おっさんの泣き顔を撮る趣味は俺にはないぞ。あと落ちんなよ」

「んな落ちるわけないって。子供じゃあるまいし」

「うわ、死亡フラグだわ」


 キャラクターと同じ場所から眺めを見て感動する俺に今永と川村が交互に揶揄うように言ってきた。そんなお約束見たいなセリフに俺たち三人は笑い声を上げていった。

 その時。


「ん……?」


 ずるっ、と。

 岩が下へ沈んだような気がした。


「じゃあ、撮るぞ。適当にポーズ取ってな」


 今永がそう言ってカメラを構えると、俺も身じろぎしてカメラの方へと振り返るととりあえずVサインを指で作った。


「うし、いくぞ〜。3、2……い、ちょ、お前」

「え?……うぉっ、おおう!?」


 今永がシャッターを切ろうとカウントを取る中、先ほど感じた沈みが今度ははっきりと感じられ、俺の見ていた景色が一段下へと下がった。


「おおお!!早くこっちに」

「おい、石塚っ!」


 二人が見たこともない形相で俺を呼び、手を伸ばそうとしてきた。しかし、それよりも早く俺は岩と共に堕ちて言った。



 山間望む山の急斜面。

 2日前に降った雨の影響か、土の状態が緩かったようだった。

 俺の座っていた岩を起点にして山間の麓まで土砂崩れが発生した。

 死者は俺一人。

 今永と川村は土砂に巻き込まれることもなく無傷で山を降りれたらしい。




 まあ、俺はそんなニュースは一切知らんのだが。


(ふむ……。さてさて、これはいったいどうしたことか)


 絶叫マシンほど絶叫する余裕のないスリル最悪な土砂崩れに巻き込まれた俺は、目を覚まして飛び込んできた光景に戸惑いを隠せないでいた。


(でかい。人ってこんなにデカかったか?アングルの問題か?それとも俺が日本人だから?)


 俺の顔を覗き込む二人の男女に考えを巡らせるが答えにいきつかない。

 目鼻立ちの整った輪郭は外国人そのものだ。日本人ではないってだけの意味だけど。


(んー、こわいな。ふつーに、こわい。でも、聞かなきゃ始まらんよな)


 そうして俺は声を出して二人の人物に何者かを尋ねることにした。


「あううう」


(え?)


 赤子のような声が俺から出るのだった。

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