第九十一話 戦後会議
凛子がマジックテントの入口を開くと、中はテントの五倍以上の広さで、天井も三倍くらい高くなっていた。
「その入口は、異空間への入口になってます。だから中に何を入れてもテントの重さは変わらないんですよ」
「ということは、この中にベッドみたいな家具も置けるの?」
「はい。テーブルも椅子も置けますよ」
「やった! じゃあベッドは決定として、あとはドレッサーも必要だし……」
凛子はテントの中に何を置くか色々と妄想している。
「さすがにお風呂は無理ですよね」
サキもテントの中を覗きながらシャルロッテにそう聞く。
「お湯はクリエイトウォーターと加熱のスキルで何とかなっても、排水ができないんですよ。私もお風呂は欲しかったんですが」
「ああ、排水ですか……それは残念」
「あっ、上泉はどうする? このテント、一緒に使う?」
「えっ? い、いや、さすがに二人と一緒というわけには……」
冬雅は心の中で泣きながら遠慮する。
「ああ、ではトウガ君には、ほかに何か上げたほうがいいですね。何か欲しいものはありますか?」
「ええと……」
冬雅は少し考えてからシャルロッテに答える。
「余ってる籠手ってありますか?」
「籠手ですか。それなら兄さんのがあったような」
「おお! 俺が使ってない籠手でいいならやろう。シャルロッテ。預けてるやつで性能がいいのを出してくれ」
「わかった」
シャルロッテは彼女のアイテムボックスから黒い竜のうろこで作られている籠手を取り出す。
「これは黒竜の籠手です。どうぞ」
「ありがとうございます」
冬雅はシャルロッテから黒竜の籠手を受け取り装備してみる。
黒竜の籠手 防+25 闇無効
「おお! これは強い!」
(それに、もしかしたら達人の籠手と合成できるかもしれない)
冬雅は達人の籠手と黒竜の籠手を合成したら、どのくらい強くなるだろうかとわくわくしている。
それから約一時間が過ぎると、西グライン砦の外の魔族国軍のモンスターを倒しに行った各国の軍が砦内に戻ってきた。リーナとメイル国騎士団も破壊された西門から砦内に戻ってくる。
「リーナさん!」
「終わったぞ! 魔族国軍は壊滅した! 私達の勝利だ!」
これで西グライン砦に攻めてきた死霊の魔王グレーターリッチ、魔竜王ヴリトラ、悪魔王アモン、そして四万を超える魔族国軍は壊滅し、人間達が勝利した。
「リーナ師匠。これからどうするんですか?」
「祝勝パーティとかするの?」
冬雅と凛子がリーナにそう聞く。
「いやいや。今日はもう何もしない。みんな疲れてるからな。早く宿舎に帰って休むことにする。明日、四か国の代表が集まって、これからのことを話し合う会議をすることになっている」
その後、冬雅達はそれぞれの馬を召喚して東側の兵舎に帰り、戦いの疲れを癒すため、ゆっくりと休んでその日は終わった。そして次の日、リーナとランスロット、それと騎士の姿に変装した冬雅が、西グライン砦の中央役所の会議室に来ていた。冬雅達は念のため、状態異常を無効化する装飾品を装備している。
「おや? 今回の功労者であるシャルロッテ殿はどうしたんだ?」
前回の会議に来ていたシャルロッテのかわりに今回はランスロットが来ているので、会議室に最後に入ってきたゼル将軍がそう聞く。会議室にはすでにほかの三か国の代表がそろっていた。そして今回は浅井達の姿はなかった。
「妹は魔王との連戦で無茶したので、休養させてます」
「さすがの光の英雄でも、魔王との戦いは厳しかったか」
ランスロットの言葉を聞いて、今度はラヴァ帝国竜騎士団のラッパー団長がそう話す。
(ゼル将軍やほかの国の奴らに、シャルも人の子だと思わせたほうがいいからな。あまり俺達を警戒されても困る)
ランスロットはそう考えて、今回シャルロッテの代わりにこの場に来ていた。
「それにしてもヴリトラのほかにアモンまで来ていたとは。いやそれだけでなく、そのアモンまで倒してしまったのも驚いた」
今度は聖王国のブレット神官長がそう話し、次にラッパー団長が話す。
「それより黄金の龍だろ! メイル国、いや覇竜の牙が召喚したんだろ」
「えっ、ええと……」
いきなり黄龍のことを聞かれたので、ランスロットはどう答えていいか戸惑う。その様子を見てリーナが代わりに話す。
「ランスロット。あの龍のことはあまり話さないほうがいいぞ。召喚条件を知られたら、弱点も知られてしまうということだからな」
「そ、そうですね」
「そうか。人にスキルのことを聞くのはマナー違反だったな。今の質問は忘れてくれ」
(あれだけ強力な召喚なのだから、それ相応の対価が必要なのだろう。例えば……レッドドラゴン級の魔石を触媒として使うとかか)
ラッパー団長達のやり取りを聞いていたゼル将軍は、頭の中で色々考えをめぐらす。まさか黄龍の出現条件がコロポックルのMPだけだとは誰も考えられなかった。
「では話を変えて、メイル国に聞きたいことがある。天使様が現れたという噂は本当なのか?」
ブレット神官長のその質問にランスロットが答える。
(天使のことも詳しくは話さないほうがいいな)
「本当ですよ。アモンを倒せたのはあの女性の天使のおかげです。ヴリトラとの戦闘で消耗していた我々は、あまり役に立てませんでした」
ランスロットがアモンとの戦闘の様子をそう説明する。それをブレット神官長は興奮しながら聞いている。
「おお! それでその天使様は名乗っておられたか?」
「ええと、確かアールマティとか言ってたような……」
「おおおおお!」
「聖書に名のある献身の天使の名だ! そうか! アールマティ様が、我々の危機に駆けつけてくれたのだ!」
「素晴らしい!」
ブレット神官長や付き添いのテンプルナイト達は、アールマティの名を聞いてさらに興奮している。その様子をゼル将軍は冷めた目で見ている。
「あー、また話を変えようか」
ゼル将軍のその言葉で、騒いでいたブレット神官長達は静かになる。
「今回の戦いで、四体の魔王のうち三体を倒せた。それに魔族国軍のモンスターも壊滅できたし、しばらくは奴らは動けないはず」
「それで最後の魔王はどんな奴何だ? まったく情報がないんだが」
「詳しくは我々もわからない。奴は滅多にダンジョンから出てこない。だから引きこもりの魔王と呼ばれている」
「なら存在してるかどうか、わからないんじゃないのか?」
「いや、存在は確認されている。昔のサイム国(魔族国に滅ぼされた国)から逃げてきた者達がその存在を確認してるからな」
「なるほど。それで今後はどうするんだ?」
ラッパー団長がゼル将軍にそう聞く。
「魔族国はしばらく動けないだろうから、いったん同盟軍を解散しようと思う」
「わかった。この会議が終わった帰国するとしよう。と、その前に聞きたいことがある。魔王やドラゴン種などの貴重なモンスターの死骸は、倒した者の物になるというのは決まっていたが、そのほかのたくさんのモンスターの死骸はどうするんだ? 売れば結構な金になるだろ」
「それについては提案がある。モンスターの死骸はうちの国で回収して解体する。同盟各国にはそれに見合った報奨金を後日グライン王国から支払おう」
各国の代表はゼル将軍のその言葉を聞いて、少し考えてから答える。
「うちはそれで問題ない。あれだけ大量の死骸を各国で分けて持って帰るのも大変だ」
「我々もかまわん。サンドワームゾンビの死骸とか運搬したくないしな」
「メイル国もそれで同意しよう」
「うむ。ではそう手配しておく。ほかに何もなければ、今回の会議はこれで終了する」
次回 帰国 に続く




