第〇〇九話 王都東の森へ
「こっちの部屋は狭いねー」
「一人部屋だからね」
凛子が冬雅の部屋をキョロキョロと見回している。サキと凛子は二人部屋なので、この部屋より少し広かった。
「もう読んでるの?」
「うん。そんなに厚い本じゃないから、すぐに読み終わると思う」
冬雅はテーブルに本を置き椅子に座って「冒険者の心得」を読んでいる。この部屋は六畳くらいの広さで、一人用のテーブルと椅子とベッドがあった。
「じゃあ、私も読ませてもらうね」
サキはベッドに座って「王都ニルヴァナ観光名所」を読み始める。
「私は買い物でも行ってこようかな」
「それは駄目。ここは日本じゃないんだから、一人で出歩くのは危険よ」
「昼間に大通りなら大丈夫じゃない?」
「いや、レベルを上げて自衛手段を持つまで、外に出るときは三人一緒のほうがいい」
「はぁ。二人がそう言うなら、おとなしくしてますか」
そう言って凛子はサキのとなりに座ってスマホを取り出してスリープを解除する。
「やっぱ圏外か。そりゃそうよね」
「そのスマホ、バッテリーがなくなったら充電できないからね」
「そうだった。電源を切っとこう」
凛子はバッテリーの節約のため、スマホの電源を切る。
「私もスリープのままだった」
「俺もだ。スリープでもそんなに変わらないかもしれないけど、念のために」
冬雅とサキもスマホを取り出し電源を切る。
「それでスマホを充電する方法ってないの?」
「ACアダプターもコンセントもないからね。ソーラーバッテリーがあれば充電できるけど、誰も学校に持ってこないでしょ」
「はー、オフラインでも漫画なら読めたのになー」
そう言って凛子はスマホをポケットにしまう。彼らは制服のポケットに入っていた物は、こちらの世界に持って来れていた。
「買い物も駄目でスマホも駄目……じゃあ後は昼寝しかない」
凛子はベッドに寝て目を閉じる。
「ちょっと凛子! スカートがめくれそうよ!」
そう言いながらサキはベッドに寝た凛子のスカートを直す。
(俺は彼女達には手を出さない。俺は彼女達には手を出さない)
冬雅は心の中でそう念じながら『冒険者の心得』をガン見している。
「しょうがないわね。情報収集は私達でしましょう」
「わ、わかった」
その後、冬雅とサキはそれぞれの本を読み進める。サキの読んでいる「王都ニルヴァナ観光名所」も厚い本じゃないので、読み終えるまでそれほど時間はかからなかった。
「ふー、いろいろなことがわかった」
「こっちもよ。とりあえず今わかったことを共有しておきましょう。凛子、起きて!」
「ふあーっ、……何?」
サキに体を揺すられ凛子が起きる。
「本からわかったことを話すから凛子も聞いてて」
「へーい」
凛子はベッドから起きて、テーブルにあった冬雅のリンゴジュースを一口飲む。それではっきりと目が覚めた。
「あっ、それ、俺の飲みかけ……」
「いいじゃん。一口くらい」
「いや、佐々木さんがいいならいいんだけど」
冬雅は凛子と間接キスになったことにドキドキしている。
「はいはい。そういう青春ストーリーは置いといて、上泉君。その本からわかったことを凛子にもわかるように簡単に説明して」
「わ、わかったよ。まず、レベルが10くらいで一人前の冒険者として扱われるらしい」
「じゃあレベルが10になったら冒険者ギルドに行っても大丈夫かな」
「うん。それとアイテムボックスのスキルは、冒険者の二割くらいが持ってるらしい。だから隠すような貴重なスキルじゃないみたい」
「なら人前でも使っても大丈夫そうね」
「ああ、でもアイテムボックス持ちだと知られると、ほかの冒険者パーティーに勧誘されるらしいから面倒なことになるかもしれない。それと魔法のかばんもあって、二十キロ入るのが3000ゴールド、金貨三十枚くらいだそうだ」
「なるほど。やっばり高いからスキルのアイテムボックスが重宝されるんでしょうね」
「ほかにも細かいことがいろいろわかったけど、今はこれくらいかな」
「じゃあ、次は私ね。この観光案内に王都の地図があって、魔道具屋と大衆浴場があるみたい」
「大衆浴場って、銭湯のこと?!」
大衆浴場という言葉を聞いて凛子が初めて興味を示す。この宿屋には風呂がなく、凛子は不満だった。
「そう、お金を払ってお風呂に入れる場所よ」
「や、やったーーーー! いやー、外に出て汗かいたのに、お風呂がないなんてありえないでしょ!」
「まあね。この国にお風呂の文化があって良かったわ」
「じゃあ、今から行く?」
「そうだな。夜に出歩くのは危険だから、夕方になる前に行ったほうがいいな」
「じゃあ、大衆浴場に行く前に着替えを買いに行きましょう。せっかくお風呂に入ったのに、また同じ服を着るのは嫌だし」
「いいね! 午前中に行った服屋でいいよ! あそこに下着も売ってたし」
「そうだ。外に出るときは武器は持って行ったほうがいい。それだけでも防犯の効果があると思う」
「わかった」
冬雅、サキ、凛子の三人は武器とかばんを持って宿屋を出て、大通りの
服屋で着替えやタオルなどを買い、大通りから歩いて五分くらいの所にある洋風の大衆浴場に到着して中に入る。
「よかった。ちゃんと男湯と女湯に分かれてる」
「じゃあ、上泉はここでお別れね。また後で」
「お風呂から出たら、この入口付近で合流しましょう」
「わかった」
サキと凛子は料金を払って、女湯の脱衣所へ向かう。
「さて、ここから一人か。まあ大衆浴場くらいなら大丈夫だろ」
冬雅も料金を払い、男湯の脱衣所へ向かう。
「はー、生き返るーー!」
「いいお湯ね」
サキと凛子は体を洗った後、湯舟に浸かってリラックスしている。
「ご飯もまあまあ食べられるし、お風呂もあるし、意外と異世界でやっていけるかも」
「これも上泉君のおかげね。彼は慎重な性格みたいだから、彼の言うことを聞いてれば、なんとかなると思う」
「サキも異世界ものの話に詳しかったよね」
「上泉君ほどじゃないよ。だって私が好きなのは悪役令嬢ものだし」
「ああ、悪役令嬢って貴族の話だから、冒険者ものとは違うのか」
異世界ものの話をよく知らない凛子でも、サキから話を聞いていたので、そのくらいの情報は知っていた。
「まあ、冒険者ものの話も少しは知ってるけどね。さて、そろそろあがりましょう。上泉君が待ってるかもしれないし」
その後、大衆浴場の入口付近で三人は合流し、宿屋へ帰っていく。そして三人がまた本を読んだり夕飯を食べたりしていると夜になり、その日が終わった。
そして次の日の朝。
「おはよー」
「上泉君、よく眠れた?」
「うん。疲れたからか、ぐっすり眠れたよ」
「私もー」
冬雅が宿屋の一階の食事ができるフロアで、注文した朝ごはんをテーブルに座って待っていると、サキと凛子がやってきて一緒のテーブルに座る。
「で、今日はどうする?」
「まずは雑貨屋に行って生活必需品を買って、それからまた草原でレベル上げかな」
「草原に行く前に食料品も買っておいたほうがいいんじゃない? すぐに食べなくても上泉君のアイテムボックスに入れておけばいいんだし」
「確かに、じゃあ、食料品も買っていこう」
朝ご飯を食べ終えた三人は、買い物をしてから王都ニルヴァナ出て昨日と同じように草原のモンスターを狩っていく。そして王都ニルヴァナに戻ってきた時には彼らはレベルが7になり、新たなスキルを習得していた。
冬雅
錬気斬
剣に魔力をまとわせて
攻撃力の二倍のダメージを与える剣技
消費MP 20
気配察知
周囲二十メートル内の生物の存在を知ることができる
気配遮断系のスキルや魔法を使用してる者は察知できない
オンオフ設定可能 消費MPなし
サキ
シールドバッシュ
盾を敵にぶつけて攻撃する技
ダメージは攻撃力ではなく防御力で計算する
消費MP 16
凛子
魔法障壁
魔法を防ぐバリアを作り出すスキル
強度と範囲は使用者の魔力によって変化
消費MP 範囲と時間により変化
その後、三人は、食事、大衆浴場、買い物、服の洗濯、本からの情報収集、昼寝などをして二日目が終わった。
そして次の日の午前中、彼らは王都ニルヴァナを出て草原の道を歩き、王都東の森の入口まで来ていた。三人はここに来るまで、なるべく戦闘を避けて消耗せず到着していた。
「いよいよ森の攻略ね」
「レベルも上がったし新なスキルも覚えたし、今ならいけるはず」
「よーし! 私の魔法が火を吹くぜー」
「森で火の魔法は禁止だからね」
「そういう意味の火じゃないから!」
次回 王都東の森の戦い に続く