第七十六話 死霊の魔王
場面は西グライン砦の西側の城壁の上に変わる。ここではグライン王国軍と浅井達が、ドラゴニュートやワイバーンなどの魔族国軍の空戦部隊と激しい戦いを繰り広げていた。
「ブラックドラゴン二体と竜騎士団が戦ってるな」
城壁の上のゼル将軍とモアレ副団長が、戦場の状況を見ている。
「はい。優勢に戦っているようです」
「うむ。簡単には倒せないだろうが、時間をかければ彼等なら倒せるだろう」
南のラッパー団長率いる竜騎士団と、北のマイク副団長率いる竜騎士団が、三体いるブラックドラゴンのうち二体と戦っていた。そして残り一体が、魔族国軍の空戦部隊の一番後方から西側の城壁へ向かってきている。
「よし、残り一体は俺達が相手をしよう。アサイ!」
「は、はい!」
ゼル将軍から少し離れた場所で戦っていた浅井が、ゼル将軍のそばに走ってくる。
「俺達がブラックドラゴンの相手をする。お前は止めを刺して経験値を手に入れろ」
「わかりました」
浅井は楽して経験値を手に入れることに以前から罪悪感を持っていたが、自分が強くなり魔王を倒すことがこの国のためになると自分に言い聞かせて、素直にゼル将軍の指示に従っていた。
「鉄騎兵団! ブラックドラゴンが接近してきたら一斉攻撃だ!」
「はっ!」
グライン王国鉄騎兵団は、全員が立派な鎧を身に着けているグライン王国軍の精鋭部隊である。今は城壁の上なので馬には乗っていないが、彼等の乗る馬も鉄の鎧を装備しており、草原などの地形では大陸最強といわれている部隊だった。
「ん? これは……」
ブラックドラゴンを待ち構える浅井が、何かを感じ取る。
「どうした?」
「強い魔力……あのブラックドラゴンから強い魔力を感じます」
「そりゃあ、Aランクでもレッドドラゴンと共に最上位に位置する奴だからな。奴の魔力が高いのは当たり前だ」
「な、なるほど……でも、この魔力は……」
浅井はブラックドラゴンの方を見ながら、どんどん顔が青ざめていく。
「アサイ。お前はこれまで通り、止めを刺すだけでいい。ブラックドラゴンは確かに強敵だが、我等、鉄騎兵団なら確実に倒せる」
「……」
ゼル将軍の言葉を聞いても浅井の表情は変わらず、青ざめたままだった。
(まあ今日が初めての実戦で、ブラックドラゴンを目の前にしたら恐怖するのもしかたないか)
「ゼル将軍! 来ます!」
「よし、攻撃開始!」
一番後方にいたブラックドラゴンが、グライン王国鉄騎兵団の射程範囲に入り、彼等は弓や魔法などで攻撃を開始する。
「な、何だ?」
「バリアだ!」
「ブラックドラゴンに攻撃が届いてない!」
飛行中のブラックドラゴンの体の前にバリアのようなものが出現し、グライン王国鉄騎兵団の攻撃が弾かれていた。
「ブラックドラゴンが、弓も魔法も防ぐバリアを使えるなんて聞いたことない!」
「むっ! 背中に誰かいる!」
ゼル将軍はブラックドラゴンの背中に、まがまがしいオーラをまとい黒いローブを身に着けた何者かがいることに気づく。
「魔族か。奴がバリアを展開したのか」
「ブフアアアアアアア!」
接近してきたブラックドラゴンは、そのバリアが消えた瞬間、口を大きく開けて暗黒のブレスを城壁の上にいる兵士達を狙って吐き出す。
「うわわわわわわ!」
「魔法障壁を展開しろ!」
「うおおおおお!」
グライン王国の魔法使い部隊が、広範囲に吐き出された暗黒のブレスを防ぐため魔法障壁を展開する。さらに聖女である立花も、魔法障壁を広範囲に展開し、兵士達を守っている。
「グルルルルル」
暗黒のブレスを防がれたブラックドラゴンは頭を下げて、今度は背中に乗っている黒いローブの人物が、持っていた豪華な杖をかざして魔法を発動する。
「カオスフレア!」
黒いローブの人物が、紫に似た色の深淵の闇の波動を広範囲に放つ。それは兵士達を狙ったものではなく、彼等の足元の城壁を狙って放たれていた。
「うああああああああ!」
「崩れる!」
「ああああああ!」
放たれた闇の波動が城壁に到達すると、その部分がまるでくりぬかれたように消滅し、さらに残った城壁の上部分が崩れて、その上に乗っていた兵士達が落下してしまう。
「なっ、城壁が破壊された!」
「これでは地上のモンスターに入られてしまう!」
「いや、地上にはモンスターは残ってない。城壁が破壊されても、たいした影響は……」
「はあああああああ!」
ブラックドラゴンの背中の黒いローブの人物が、全身からまがまがしい魔力を放出する。その魔力は周囲の大気が震えるほど強大だった。
「このとてつもない魔力は!」
「違う! 奴はただの魔族じゃない!」
「ヨ・ミ・ガ・エ・レ!」
ブラックドラゴンの背中にいる黒いローブの人物がそう発声すると、倒したはずのワーウルフ、バイコーン、ドラゴニュート、ワイバーン、サンドワームが、まるでゾンビになったように立ち上がる。
「うわああああああ!」
「こいつら、まだ生きてるぞ!」
「いや、生きているじゃない。ゾンビ化したんだ」
「あ、あいつは……死霊の魔王グレーターリッチか!」
ゼル将軍は黒いローブの人物の正体を見抜く。死霊の魔王グレーターリッチは、Sランクのアンデッドモンスター、リッチの変異種で、身長が二メートル以上ある骸骨の体に、まがまがしい黒いローブを身に着けている。
リッチは見た目は人の骸骨の姿でスケルトンに似ているが、その魔力と強さは桁違いで、モンスターの死骸からアンデッド族を作り出し、さらにそれらを支配する能力を持っていた。
「あ、あいつです! さっきから感じていた恐ろしい魔力はあいつから感じてたんです!」
浅井はグレーターリッチが持つ恐ろしい魔力を感知していたようだ。
「そうか。勇者だから、離れていても魔王の存在に気づけたのか」
(勇者は魔王を倒す存在といっても、今のこいつらのレベルでは魔王は倒せない。ならば……)
「全軍! 後退だ! 城壁を放棄して砦内で態勢を立て直す!」
「後退だ!」
「後退しろ!」
ゼル将軍の指示で、モアレ副団長達が兵士達にその指示を伝え、グライン王国軍は城壁の上から砦内に後退していく。彼は西側の城壁が破壊されたことと、魔族国軍の主力が空戦部隊なことを考え、城壁で戦うことにこだわる必要はないと考えた。
「伝令兵!」
「はっ」
「メイル国の奴等に、魔王が出現したことと、その魔王を討伐するため、城壁の守備を放棄して西側へ来るように伝えろ」
「はっ」
伝令兵が、メイル国騎士団がいる東の城壁へ急いで向かう。
「グレーターリッチは闇属性モンスター。ならばメイル国の光の英雄の力を利用するしかない。アサイ、城壁を降りて光の英雄と合流しろ」
「わ、わかりました。みんな、行こう」
浅井、前田、立花、黒田が、城壁の上からジャンプして砦内に着地し、ほかの兵士達と共に西側の城壁から離れていく。
「ゼル将軍! ブラックドラゴンがこっちに!」
「ちっ」
兵士達が城壁の上から移動していくなか、ブラックドラゴンとグレーターリッチが、ゼル将軍達の近くに飛んでくる。それを彼等は剣を構えて待ち構える。するとグレーターリッチがブラックドラゴンの背中からジャンプして、城壁の上のゼル将軍の目の前に着地した。
「お前が人間の強者か。何だ? 逃げるのか?」
「このせまい場所では戦いづらいからな。風烈剣!」
会話の途中、いきなりゼル将軍は魔力をまとわせた剣を振るい、グレーターリッチを狙って風の斬撃を放った。
次回 魔族国軍 VS 聖王国テンプルナイト に続く