第七十二話 魔族国軍襲来
メイル国騎士団は、馬に乗りながら元城塞都市である西グライン砦内の道路を進んでいく。その西グライン砦内には荒れている建物や更地がたくさんあり、進んでいる道路付近には、住人の姿はもちろんグライン王国の兵士の姿もなかった。
「あれです。リーナ騎士団長は、あの屋敷を使ってください」
グライン鉄騎兵団の副団長モアレが、道路の先にある大きな屋敷を指さしてそう話す。そしてメイル国騎士団は、その屋敷の前まで来て行軍を停止する。
「ほう。なかなかいい屋敷だな」
「元は大きな商家が使っていた屋敷です。手入れもしてあるので、すぐに使えます。それとこの近くにうちの軍で使ってた兵舎がいくつかあります。一般の兵士はそちらを使ってください」
「了解した」
「ああ、東地区の空き家や更地は、自由に使ってもらってかまいません。歩兵部隊が到着したら兵舎だけでは対応できないと思うので、そちらも有効に活用してください。ではこれが砦内の地図です。東地区の範囲と兵舎の場所が書いてあります」
そう言ってモアレ副団長がリーナに地図を渡す。
「何から何まですまんな」
「いえ、これから共に戦うのでこれくらいは当然です。それと今日の午後二時から中央役所で作戦会議が開かれます。メイル国からも何人か出席していただきたいんですが」
「わかった。私と何人かで参加しよう」
「では自分が中央役所まで案内しますので、午後一時くらいにまたここに戻って来ます」
「了解した」
「では自分達は失礼します」
モアレ副団長と数人のグライン王国の騎士が、馬に乗ってこの場を去っていく。
「リチャード!」
「はっ」
「この地図を持って騎士達を兵舎まで連れて行って休ませてやれ」
「了解しました」
リーナは騎士団員のリチャードに地図を渡し、騎士達はこの場から移動していく。
「トウガ達とシャルロッテ達はこの屋敷に一緒に滞在しよう。部屋はいっぱいあるようだし、ひとり一部屋、使えるだろう」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、屋敷に入るか」
冬雅達とシャルロッテ達とリーナは屋敷の中に入り、自分の泊る部屋を決め、長距離移動の疲れを癒すため休憩した後、全員で一階の食堂で昼食を食べている。
「トウガ、シャルロッテ。二人は二時からの会議についてきてくれ」
「えっ? 俺ですか?」
「私はかまいませんが」
「万が一のことが起こった時、お前達がいれば安心だからな」
「万が一って?」
「グライン王国軍が、私達を罠にはめようとした場合だ」
「えっ? 今から一緒に魔族国軍と戦うのにですか?」
「確率は低いと思うが、グライン王国は信用できないからな」
「そうなんですか?」
「ああ。今は魔族国という共通の敵がいるから同盟を結んでいるが、魔族国が現れる前は国同士で戦ってたんだよ」
「そうです。グライン王国は自国の領土を広げるため、周辺の国に戦争をしかけてたんですよ。魔族国のことがなかったら、絶対に一緒に戦ったりしません」
シャルロッテもグライン王国を信用してないようだ。
「まあ、万が一の場合だ。魔族国が健在の今は、馬鹿なことはしないと思うがな」
「わかりました。では俺も一緒に行きます。ああ、騎士団の鎧を貸してもらっていいですか? あの兜を被って顔を隠したいので」
メイル国騎士団に支給されている兜は、口元だけが開いていて、目や鼻は隠れるタイプだった。
「わかった。用意させよう」
その後、午後一時になり、モアレ副団長と数人の騎士達が馬に乗ってこの屋敷にやってきて、リーナ、シャルロッテ、そして騎士団員に変装した冬雅の三人が、その案内で中央役所まで行き、さらに中に入って会議室までやってきた。
その会議室には四角形のように机と椅子が配置されており、すでに黒色の全身鎧の戦士風の男達が数人座っていた。
「ではこちらに座ってお待ちください」
トウガ達は東側の椅子に座る。その後、この会議室にグライン王国側の人間が数人入ってきた。そのひとりは黄金の鎧を身に着けたゼル将軍だった。
「リーナ騎士団長か。久しぶりだな」
「ええ、ゼル将軍も元気そうで」
ゼル将軍はリーナとそんな話をしながら北側の椅子に座る。さらにゼル将軍と一緒に会議室に入ってきた武装した四人も彼のとなりに座る。
(あっ、浅井! それとほかのみんなも!)
その四人は冬雅のクラスメイトの浅井、黒田、立花、前田だった。
(やばい! 正体がバレないようにしないと)
冬雅はメイル国騎士団の全身鎧を身に着けていて良かったと改めて思う。ちなみに彼は万が一の時のため、状態異常を無効化する精霊王の指輪を装備している。
「メイル国は今回の会議が初めてだから自己紹介しよう。俺はゼル。グライン王国の将軍で、グライン鉄騎兵団の団長でもある。それで今回の魔族国軍との戦いの全権をまかされている」
ゼル将軍はこの場に座っている者達を見渡しながらそう話す。
「自己紹介の流れか。俺はラッパー。ラヴァ帝国竜騎士団の団長だ」
冬雅達の反対側の席に座っている黒色の全身鎧の男がそう話す。彼は兜を被っていて顔は見えないが、声は三十歳くらいのように聞こえた。
(竜騎士団! 竜に乗った騎士団か。すげー。何人くらいいるんだろう。待てよ。竜なら空を飛べるのか。なら連絡を受けてすぐにここに来たのかもしれない)
冬雅がそんなことを考えていると、リーナが口を開く。
「私はリーナ。メイル国騎士団の団長だ」
「となりにいるのは、もしかして光の英雄か?」
ラッパー団長がシャルロッテの顔を見ながらリーナにそう聞く。
「ほう。シャルロッテのことを知ってるのか」
「当然だろう。覇竜の牙がSランクの海竜リヴァイアサンを討伐したことは、ラヴァ帝国まで知れ渡っているかなら」
「それは光栄です」
シャルロッテは恥ずかしそうな表情でそう答える。
(こっちの女が光の英雄なのは予想通りだが、もう一人はメイル国騎士団の副団長あたりか。何人か優秀な騎士がいたはずだが)
ゼル将軍は顔を隠した冬雅の方を見ながらそう考える。その視線に気づいたリーナが、ゼル将軍に話しかける。
「それで聖王国のテンプルナイト(騎馬隊)は、まだ到着してないのか?」
「ああ、テンプルナイトは、明日にはここに到着できると昨日泊った拠点から連絡があった」
「では明日には四か国の精鋭部隊がそろうわけか」
「うむ。ああ、ほかにも報告がある。我がグライン王国に勇者が誕生した」
「なっ! 勇者だと!?」
「ついに勇者が……」
リーナとシャルロッテが、ゼル将軍の言葉に驚く。
「紹介しよう。こっちがその勇者アサイだ。それと剣聖マエダ、聖女タチバナ、賢者クロダだ」
「なんと!」
紹介された浅井達は、慣れない場で注目されて緊張し、口を開かずにうなずくだけだった。
「勇者がいるなら、今回は念願の魔王討伐がかなうかもれしんな」
(グライン王国の戦力が強化されたか。メイル国には悪い知らせだ)
リーナは勇者の出現に期待してるように話すが、心の中では勇者達を警戒している。
「ああ、もうひとつ報告があった。明日には魔族国軍の先鋒の部隊がここに来る」
「なっ、明日!」
「その先鋒というのは?」
「バイコーンに乗ったワーウルフ千体程度がここに向かって来ていると、うちの偵察部隊から連絡があった」
バイコーンというのは、頭に二本の角を持つ黒い馬のCランクモンスターで、ワーウルフというのは、頭が狼で体が人間のCランクモンスターだった。
「千体……ワーウルフとバイコーンが分かれて戦っても二千体か。魔族国も騎馬隊が先に動いたわけだ。だが、それくらいなら脅威ではないな」
「ああ、うちの軍(グライン王国軍)だけでも一万五千いるしな。だが魔族国内には三万から四万のモンスターの部隊がいて、こちらに移動しているのも確認している。そちらはAランクからEランクまでの混成部隊だから動きが遅く、ここに来るのは二、三週間くらいかかるだろう」
「それなら、うち(ラヴァ帝国軍)の歩兵部隊は間に合うと思う」
「聖王国の歩兵部隊も間に合うはずだ」
「うちの歩兵部隊(メイル国軍)は、間に合うかどうか微妙だな」
地理的にメイル国は西グライン砦から一番遠いので、歩兵部隊が到着するまでかなりの時間が必要だった。それを理解しているゼル将軍が口を開く。
「ああ、そうだ。一番遠いはずのメイル国が、聖王国より早く到着したのには驚いたぞ」
「騎士団の精鋭を連れてきたからな。そんな話より、まずは明日の戦いだ。作戦は?」
「グライン王国の兵は西側の城壁を守る。ラヴァ帝国の兵は南の城壁、メイル国の兵は東の城壁の守りを担当してもらいたい。聖王国が到着すれば、彼等には北の城壁を担当してもらう予定だ」
「わかった」
「いいだろう」
「この城壁防衛戦の戦い方は、各国の責任者にまかせる。城壁を突破されないように戦ってくれ。まあ、二千の兵力ではこの砦を取り囲むことはしないだろうから、魔族国軍がそのまま進んでくれば、明日は西を守る我等グライン王国軍が主に戦うことになるだろう」
「では勇者達の力を見せてもらうことにしよう」
「ああ、期待してくれ」
そして次の日になり、午前中に聖王国の白い鎧を装備したテンプルナイト二千五百が到着して北側の城壁の防衛を担当し、メイル国騎士団三千は、東側の城壁の上と、東の城門の内側に待機している。そして午後になり魔族国軍の二千のモンスターが、西の街道を行軍している姿が見える位置まで接近してきた。
次回 魔族国軍 VS グライン王国軍 に続く
聖王国
テンプルナイト
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魔族国軍→ グライン| 西グライン砦 |メイル国
二千 → 王国軍 | |騎士団
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ラヴァ帝国
竜騎士団
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