第〇〇六話 グライン草原へ
「何かお探しですか?」
「え、ええと……」
いきなり武器屋の女性店員に声をかけられ、冬雅は何と答えるべきか考える。するとサキが代わりに答える。
「初心者用の装備が欲しいんですが」
「初心者用ですか? 職業は?」
「私は騎士です」
「俺は侍です」
「さむらい? さむらいというのは?」
「ええと、剣で戦う職業です」
(侍って、こっちの世界の職業にはないのかな)
「剣で戦うなら戦士系ですか。なら初心者用なら鉄の剣、皮の鎧、皮の盾が定番ですね。失礼ですが予算は決まってますか?」
店員にそう聞かれ、冬雅とサキは顔を見合わせる。
「どうしようか」
「金貨二十枚くらいまでなら使ってもいいかな」
「金貨二十枚ですか! なら初心者用よりワンランク上の装備品が買えますよ!」
そう言って女性の店員が鉄製の装備品が展示されている場所に二人を誘導する。
「この辺りの鉄製の物がお勧めです」
二人は女性店員に言われた展示されている鉄製の剣や鎧を見る。
「あの……鉄製って重くないですか? こんなの身に着けたら、まともに動けない気が……」
「ああ、それならこちらの軽鉄製の鎧がお勧めです。鉄製のものより少し防御力は落ちますが、女性でも装備できますよ」
「軽鉄ですか」
女性店員がお勧めした軽鉄の鎧は、頭から足の先まで全身を覆うタイプではなく、体の重要な部位だけに身に着けるタイプの鎧だった。
「なるほど。この鎧、カッコイイですね」
「はい! うちのは防御力だけでなく、デザインにも力を入れてますので!」
女性店員は防具のデザインを褒められ喜んでいる。
「では私はこの軽鉄の剣と軽鉄の鎧と軽鉄の盾にします」
「ありがとうございます!」
サキは軽鉄製の装備を買うことに決める。
「じゃあ、俺はこの鋼鉄の剣と鉄の胸当てにします」
冬雅は鉄製の剣より攻撃力の高い鋼鉄の剣と、胸部分だけを守る鉄の胸当てを選んだ。
「はい! お買い上げありがとうございます!」
「ああ、仲間があと一人いるんですけど、ちょっと! 凛子!」
サキは離れた場所にいる凛子を呼び、彼女がこちらへ来る。すると凛子は杖とマントを手にしていた。
「二人は買うもの決めたの? 私はこれに決めた」
凛子が選んだのは、杖の先に赤い宝玉がついている魔導士の杖と、黒色の魔導士のマントだった。
「こっちも、もう選び終わったよ」
「じゃあ、会計を……あっ、その前に少し聞きたいんですけど」
冬雅は女性店員に質問する。
「何でしょう?」
「これらの装備で、どこまで行けますか?」
「ああ、王都周辺の草原と森のモンスターなら楽勝ですよ。そのあたりは初心者装備でも行けますからね。あと、ほかの初心者向けのダンジョンも行けると思いますが、ダンジョンのことは冒険者ギルドで聞いた方が確実ですよ」
「なるほど」
(やはり街の外には弱いモンスターもいるのか。もしかしたらモンスターは、魔族国から侵略のために来た強いモンスターだけかもしれないと思っていたけど、心配しすぎだった)
「ええと……」
冬雅がそんな考え事をしていると、女性店員は何か話しづらそうな表情でもじもじしている。
「あっ」
冬雅は慌ててポケットから銀貨を二枚取り出して渡す。どうやら彼女はチップが欲しかったようだ。
「ありがとうございます! では会計……あっ、その前に、うちには二階に装飾品もあるんですが、どうしますか?」
「装飾品というのは?」
「装備すると能力値が上がったり、属性耐性や状態異常耐性が上がる指輪とか首飾りとかのことですよ」
(ああ、ゲームにもよくあるやつだな)
「装飾品って高いんですか?」
「まあ、優秀な物はそれなりにしますね」
「じゃあ、予算のこともあるし、装飾品は後にしたほうがいいかな」
「そうね。お金を稼げるようになってからにしよ」
「私はちょっと気になるけど、まあ、後でいいか」
「わかりました。ではカウンターへどうぞ!」
三人と女性店員は中年の男性が立っている店のカウンターへ行き、選んだ装備品の代金を支払って、武器と防具を手に入れた。冬雅とサキは、二人の店員に防具の装備の仕方を教わって早速装備する。
「へー、サキの鎧、カッコイイじゃん!」
「私のは身に着けるのが大変だけどね。でも見た目よりは軽いけど、自由に動けるまで少し慣れが必要かな」
軽いといっても、サキは全身に鎧など身に着けたことはないので、少し動きづらそうにしている。
「サキは運動神経いいんだから、すぐに慣れるでしょ」
「そうだといいんだけどね。さて、武器もそろったし、次は冒険者ギルドで登録よね」
「いよいよか。じゃあ、さっそく行きましょう」
三人は武器屋を出て、噴水広場にある冒険者ギルドに向かい歩いていく。その時、
「二人とも、ちょっと待って!」
冬雅はそう言ってサキと凛子を引き留める。
「何?」
「武器屋に忘れもの?」
「いや、そうじゃなくて、冒険者ギルドに今は行かないほうがいい」
「えっ? どういうこと?」
「二人みたいな美人を連れて入ったら、荒くれ冒険者に絶対からまれる。その時、レベル1の俺では二人を助けられない」
その冬雅の言葉を聞いてサキと凛子は目を合わせる。
「へー。上泉から見て、私達って美人なんだ」
「えっ?」
「美人と言われたら悪い気はしないわね」
「ええと……」
凛子とサキにそう言われ、冬雅は顔が赤くなる。
「ふふふ、このくらいで勘弁してあげましょうか。確かにレベル1の私達じゃ、からまれたらどうにもできないわね」
「というか、冒険者ギルドってからまれるの?」
「まあ、可能性はあるかもね」
「俺の知る限り、八割はからまれてる」
冬雅が知っている異世界ものは、主人公が冒険者ギルドで荒くれ者達にからまれる話が多かったので、その心配をしていた。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「レベル上げかな。俺達が強くなれば、からまれても対処できる」
「確かにそれしかなさそうね」
「じゃあ、これから街の外に出てモンスターと戦ってレベルを上げるってことでいい?」
「私はOKよ」
「よし、やっと私の魔法が火を噴く時がきた!」
冬雅の提案に二人は賛成する。
「といっても初日だし、王都の外での活動は、二時間くらいにしたほうがいいと思う」
「じゃあ食料はいらないね。飲み物くらいは露店で買っとく?」
「うん。それと万が一の時のためにポーションを少し買ったほうがいいと思う。さっき雑貨屋の店先で見かけたのよね」
サキは冬雅に最初に話しかける前に、雑貨屋でポーションの存在を確認していた。
「ポーションってゲームでよくある回復するやつか」
「そうそう。モンスターとの戦いで怪我した時のために必要でしょ」
最近はゲームをしない凛子でも、減ったHPを回復するポーションのことは知っていた。
「じゃあ、飲み物とポーションを買ってから外に出よう」
冬雅達は雑貨屋で小さな瓶に入った緑色の下級ポーション、露店で瓶に入ったジュースを買い、噴水広場から見える王都の南門へ行き、通行税10ゴールドを払って外に出た。
「広いな。思ってたより広い草原だ」
「見晴らしがいいわね」
「天気もいいし、これがピクニックなら最高なのにねー」
グライン王国の王都の外はグライン草原が広がっていた。さらに他の街に繋がってる大きな街道があり、そこを人々が往来している。そして王都の少し離れた東側には、王都東の森と呼ばれる森があった。
「あの店員は草原と森なら楽勝って言ってたから、まずあの森を目指してみようか」
「うん。その途中でモンスターに会うかもしれないわね」
「よーし! やってやるぞー!」
凛子は魔導士の杖を掲げてやる気になっている。その後、冬雅達は街道を離れて森へ向かって続いている細い道を進んでいく。そして三人でしばらく歩いていくと冬雅の足が止まる。
「そうだ。周りに人もいないし、お金の確認をしてみよう」
次回 アイテムボックス に続く