第二十八話 情報交換
「あの武器屋って、朝から開いてたっけ?」
「ああ、そういえば、九時からだった」
今は朝の八時過ぎなので、武器屋が開店するまで、まだ時間があった。
「じゃあ、どっかで時間をつぶす?」
「そうね」
「……」
冬雅は何か考え込んでいる。
「どうしたの?」
「時間があるならちょうどいい。二人に話があるんだ」
「話?」
「何?」
「うーん。ここでは無理だから、これを食べ終わってから噴水広場に行こう。そこで話すよ」
「あっ! へー、そういうことね。なるほど、雰囲気って大切だもんね」
「えっ?」
凛子が何を言おうとしてるのか察したサキの顔が赤くなる。
「でも二人同時っていうのはなー」
「ん? 何のこと?」
「私達に話って、告白でしょ」
「えっ?」
「えっ?」
「違うの?」
「違うよ」
「何だ……びっくりして損した。じゃあ、何の話?」
「メイル国に行く道中の話なんだけど」
「ならここで話してもいいじゃない」
「いや、食事中は止めといたほうがいい話なんだ」
「ということは下ネタ?」
「いや、そうじゃなくて……とにかく、これを食べ終わってから、あっちで話すよ」
「そんなにもったいつけられたら気になるじゃん」
「まあ、いいわ。早く食べちゃいましょ」
冬雅達はテーブルの上の朝ご飯を食べた後、宿屋を出て、噴水広場のベンチに座る。
「さあ、話してもらうよ」
「うん。メイル国への道中、盗賊が襲ってきた場合のことなんだけど」
「盗賊?」
「そう。その盗賊をどうするかって話」
「乗合馬車隊が盗賊に襲われても、護衛の冒険者達が倒してくれるんじゃないの?」
「それならいいんだけど、万が一の場合、俺達も戦う必要があるかもしれないから、その時の話だよ」
「そんなの、私の魔法でバーンと……」
「佐々木さんが本気で魔法を使ったら、盗賊は死んじゃうと思う」
「あっ」
「そういう話か」
「そう。この国では盗賊はモンスターと同じ扱いだから、死んじゃっても罪には問われないんだけど、俺達にその覚悟があるかってこと」
「そんなの、嫌に決まってるじゃん」
「私も嫌」
「でも命を奪おうと襲ってきた盗賊を殺さないっていうのも違う気がするんだよ。たとえば撃退するだけで逃がしたとしたら、盗賊達はまたほかの人を襲うだろ」
「つまり見逃すという選択はないのね」
「そう。まあ、わざと見逃して盗賊のアジトを見つけるという作戦はあるだろうけど、今回はそんな暇はないと思う」
「じゃあ、私のマジックバインドで捕まえるってのは?」
凛子はレベルアップで、敵を魔力の輪で拘束する魔法を習得していた。
「捕まえた盗賊と何日も一緒に行動して衛兵に突き出すってのは難しいと思う。盗賊分の水や食料もないだろうし。まあ、大きな町の近くで捕まえたなら別だけど、盗賊は人気のない場所で出てくると思うし」
「うーん。じゃあ、どうしようか」
三人は真面目な表情で考え込む。少し考えた後、冬雅が最初に口を開く。
「盗賊と戦うことになった時は、二人は自分の身を守ることを優先すればいい。盗賊との戦闘は俺が担当する」
「上泉君、それでいいの?」
「よくはないけど仕方ないよ。ああ、これは万が一の話だから、本当に盗賊が出たら護衛の冒険者達にまかせるよ」
「はー、何の話だろうと思ったら、かなり重い話だった」
「でもこの世界で生きていくには、避けて通れない話よね。じゃあ、私も覚悟を決めるよ」
「えっ、マジで?」
「だって盗賊が凛子に襲い掛かってきたら、私は迷わずに攻撃するよ。それに上泉君にだけ責任を押し付けられないし」
「うーん。サキにそこまで言われたら、私もやるしかないか」
サキと凛子も覚悟を決めたようだ。
「でも万が一の話だからね。自分から盗賊に襲い掛かるとかはしないから」
「私も」
「わかった。じゃあ、この話はこれで終わりにしよう」
冬雅は噴水広場の時計を見る。
「まだ九時まで少し時間があるから、買い物でも……あっ、鍋島達だ」
冬雅は、鍋島、本多、ほか二名のクラスメイトが、冒険者ギルドに向かって歩いているのを見つける。
「鍋島!」
「おっ、上泉達か」
噴水広場で冬雅達と鍋島達が合流する。
「魔族警報は聞いたか?」
「聞いた。だから俺達は、となりのメイル国に避難することにしたよ」
「ああ、お前達もか。国外に避難する冒険者が多いってギルドの職員が言ってたぞ」
「鍋島達は避難しないのか?」
「俺達はここに残る。ギルドの職員に俺達が別の世界から来たことを知ってる人がいてな。もし俺達が大怪我しても、城にいる立花さんに連絡して治してもらえることになった」
立花というのは聖女になったクラスメイトで、彼女は完全回復魔法のスキルブックを国からもらって使えるようになっていた。
「俺達が期待の新人ということで、宰相が目をかけてくれるらしい」
「なるほど。それなら安心だな」
「それで上泉達は魔族国のことは聞いたか?」
「いや、詳しくは聞いてない」
「じゃあ、俺達が聞いた情報を教えておく。魔族国の魔族は、町や村に住んでるわけじゃくて、ダンジョンにいるらしい。そしてその魔族がいる大規模なダンジョンが四つあって、それぞれに魔王と呼ばれるダンジョンの主がいるんだってよ」
「ということは、魔王が四人いるのか」
「そう。まあ、魔王とは浅井達が戦うことになるんだろう」
「魔王か。浅井達も大変だな」
「まあ、浅井は勇者だからな」
ここまでの話を聞いていたサキが、冬雅達の会話に加わる。
「上泉君。鍋島君達から色々教えてもらったし、私達も知ってることを教えてもいいよね。私の女神の加護のこととか」
「女神の加護?」
サキのその言葉を聞いて鍋島達が驚く。
「そうだな。じゃあ、情報交換といこう。昨日、俺達は教会の掃除の依頼を受けたんだけど……」
冬雅が、サキが女神アルテミスの加護を入手した経緯を鍋島達に話す。
「教会の女神像を綺麗にすると女神の加護がもらえるのか」
「そう。全能力値10%アップと、即死と呪いを無効化するんだって」
「マジか。それは凄い!」
「でも宮本さんが女神の加護をもらえたのは、掃除スキルのおかげだと思うから、誰でももらえるわけじゃないと思う」
「ああ、その可能性はあるな。でも今の情報で大事なのは、戦闘系の依頼じゃなくても、強くなる方法があるってことが、わかったことだよ」
「なるほど。じゃあ、俺からもひとつ。クリーンのスキルを知ってるか?」
「おお、異世界ものの定番スキルだな。もしかしてこの世界にもあるのか」
「ある。魔道具屋にスキルブックが売ってた。ていうか、俺が買って習得した」
「マジか」
「うん。それでクリーンを使えば、もう歯を磨かなくていいんだ」
「なんだって!」
「それはうらやましい!」
「よし、俺達も買いに行こう!」
「いや、俺が買ったのが最後の一冊だった。でも売ってたってことは、また入荷するかもしれない。欲しいのなら、こまめに魔道具屋をチェックしたほうがいい」
「わかった。そうか。クリーンがあれば、もう風呂も入らなくてもいいんだな」
「何言ってるの? クリーンとお風呂は別ものでしょ」
今度は凛子が皆の会話に加わる。
「そうそう。お風呂は一日一回は入らないとね。髪も洗いたいし」
「それに、お風呂に入らないと、疲れも取れないよ」
「い、言われてみればそうだな。風呂は大事だ」
「でしょ」
サキと凛子の圧を感じ、鍋島が折れる。
(上泉は、宮本さんと佐々木さんと一緒でうらやましいと思ってたが、実際は色々気を使って大変なんだろうな)
鍋島がそう考えているのと同時に、冬雅も考える。
(俺もクリーンがあれば、毎日、風呂に入らなくてもいいと思ってた。言わなくて良かった)
次回 ブラックメタル に続く