第二十六話 作戦会議
「魔族国軍って、あの魔族みたいな強いのが、いっぱいいるの?」
凛子は疑問に思ったことを冬雅に聞く。
「魔族はいるだろうけど、魔族じゃないモンスターのほうが多いと思う。あんな強いのが一兵卒なら、とっくに人間の国は滅んでるよ」
冬雅の言う通り、魔族国軍は獣型や昆虫型などのモンスターが主力で、それを率いる部隊長クラスが、デーモンナイトなどの魔族という構成だった。
「でも魔族が何人もいるのは間違いないんでしょ。私、あんな強いのとは戦いたくないんだけど」
「うん。魔族国軍と本格的に戦うのは、もっとレベルが高くなってからじゃないと危ないと思う」
「じゃあ、どうするの?」
「うーん、俺達も隣の国に避難して、そこの冒険者ギルドを拠点にしてダンジョン攻略とレベル上げかな。この王都周辺で活動したら、また魔族と遭遇してしまうかもしれない」
「ほかの国に行けば、私達の強さがばれても問題ないよね」
「そう。それもグライン王国から離れたい理由のひとつだよ。さすがに転職のことは内緒だけど」
「でもそれだとクラスのみんなと離れることになっちゃうよ」
「だから避難するのは隣の国にしておけばいい。何かあっても何日かで戻って来れるし」
「うーん。そうか。ならそれでいいかな」
「その隣の国って具体的には?」
「魔族国がグライン王国の西にあるから、東側がいいと思う。さっきの冒険者達が言ってたメイル国だよ」
そう言って冬雅はアイテムボックスから「冒険者の心得」を取り出して開き、この大陸の大まかな地図が載っているページを開いて、サキと凛子に見せる。
「ここがグライン王国で、となりの小さいのがメイル国」
「ん? この地図に魔族国がないんだけど」
「この地図は古いから載ってないんだよ。グライン王国の西は元は人間の国だったんだけど、滅びて魔族国になったんだって。それとグライン王国も魔族国に領土を取られてるから、今はもっと領土が狭くなってるらしい」
冬雅は「グライン王国の歴史」の本の情報を二人に伝える。
「なるほどね。私はメイル国行きに賛成かな」
「サキがそう言うなら私もいいよ」
「じゃあ、東のメイル国へ馬車が出てるって言ってたから、俺達も馬車乗り場に行ってみよう」
冬雅達は王都ニルヴァナの東門へ行き、そこにある馬車乗り場にやってきた。ここにはすでに数人の王都の人々が集まっていた。
「メイル国まで七日の乗合馬車隊は、三日後、出発します! 冒険者パーティの護衛付きで、一人1000ゴールド(金貨十枚)、定員四十人で、残り三十一人です! 乗りたい方はこの馬車券を買ってください!」
乗合馬車を運営しているひげを生やした中年の男が、集まっている人々に三日後の日付が書かれた馬車券を見せながら大声でそう話している。
「三日後からだって」
「七日かー」
「ひとり1000ゴールド……けっこう高いな」
「冒険者の護衛がついてて安全だからでしょうね」
「じゃあ、俺達はどうする? お金払って馬車に乗ってメイル国に行くか、俺達だけで歩いてメイル国に行くか」
「ああ、私達だけで歩きなら、お金はかからないのか」
「でも私達だけだと危険もあるだろうし、道もわかならいよ」
冬雅達はどうするか少し考える。
「俺はお金がかかっても乗合馬車で移動したほうがいいと思う。俺達の強さなら、お金はメイル国でも稼げるだろうし」
「私も賛成! 七日も歩くのはさすがに疲れるよ。体育会系のサキは大丈夫だろうけど」
「いやいや、馬車で七日ってことは、歩きだともっとでしょ。私だって隣の国まで歩きたくないよ。じゃあ、乗合馬車でメイル国に行くってことでいいよね」
「うん」
「そうしよ」
冬雅、サキ、凛子はそう決めて、乗合馬車を運営している中年の男から馬車券を三人分買う。
「では三日後の朝九時にここに集合です。メイル国まで、村や町を経由して七日かかります。食料や野営のテントなどは自分達で用意してください」
馬車券を買った冬雅達は、噴水広場の方へ向かって大通りを歩いていく。
「俺達がメイル国行きの護衛依頼を冒険者ギルドで受けれれば、ただでいけたんだけどね」
「えっ? そうなの? ならそれでいいじゃん」
「護衛依頼はCランク以上じゃないと受けれないんだよ」
「あー、それは残念ね」
「じゃあ、しょうがないか」
「だから少しでもお金を稼ぐために、明日はギルドの掲示板の依頼を受けるというのはどう? この王都内でできるやつ」
「いいんじゃない。というか、私達まだ一度も掲示板の依頼は受けてなかったわね」
「あれは期限があったり、失敗すると違約金とかかかるのもあるから、どれを選ぶかよく考えないといけないんだよ。いい条件の依頼は、ほかの冒険者と取り合いになるし」
「なるほどね。じゃあ、どんなのがあるか、明日の朝、見てみましょ」
「じゃあ、今日はもう宿屋に帰ろう」
「はー、早くお風呂に入りたい!」
冬雅達は宿屋に帰り、その後、大衆浴場に行ったり、夕食を食べたりしてその日が終わる。
そして次の日の朝、三人は冒険者ギルドに入り、一階フロアの巨大掲示板の方を見る。するとたくさんの冒険者が巨大掲示板の前に集まっているのが見えた。
「鍋島君達が言ってたように、朝は混んでるわね」
「からんでくる奴がいるかもよ」
「今の俺達なら、もしからまれても対応できるよ。相手がAランクとかなら無理だけど」
「その時はギルドマスターの部屋に逃げ込めばいいんじゃない。確かに二階にあったよね」
「それはいい考えだ。そうしよう」
そんな話をしてから冬雅達はDランクとEランクの依頼が貼ってある掲示板の前へ移動し、ほかの冒険者達と一緒に依頼書を見ていく。
「王都内でできるのは、教会の掃除、水路の掃除、荷物の運搬、ペットの捜索くらいかな」
「私、掃除のスキル持ってるから、掃除の依頼がいいかな」
「じゃあ、私はその手伝いをするか。私の香水作成は何の役にも立ちそうにないし」
サキは転職する前の職業が家政婦で、掃除と料理のスキルを最初から持っていて、凛子はウエイトレスで香水作成のスキルを持っていた。
「俺はアイテムボックスがあるから運搬ができそうだけど、気配察知でペット探しもできるかもしれない」
「いやいや、上泉はクリーンのスキル持ってるでしょ」
「ああ、そうか。掃除ならクリーンを使えばいいのか」
「じゃあ、私の掃除スキルの意味は?」
「……」
サキはクリーンが掃除スキルの上位互換だと思っているようだ。
「いや、クリーンは俺の触れている物を綺麗にできるけど、宿屋の部屋の壁をさわって使った時、その壁一面しか綺麗にならなったから、範囲は広くないよ」
「それでも一瞬で壁が綺麗になるんだから、凄いスキルだよ」
「掃除のスキルにも、何か凄い効果があるかもしれない。掃除はスキルがなくてもできるんだし、きっと何かあると思う」
「それならいいんだけどね」
「なら、サキと上泉が組めば掃除なんて楽勝ね。それで教会と水路があるけど、どっちにする?」
サキは二つの依頼書を見比べる。
「教会は報酬が安いわね。水路のほうが報酬がいいけど、ずぶ濡れになりそう」
「王都内の水路は長いだろうから、一日じゃ終わらないかもしれない」
「私、重労働はちょっと……」
「なら、教会の掃除の依頼にしましょうか」
「うん。そうしよう」
「じゃあ教会で、サキの掃除スキルと、上泉のクリーン、どっちが凄いか勝負ね!」
「凛子はどうするの?」
「私? 私は……審査員するよ」
「あのねー、審査なんてする必要ないでしょ。凛子も掃除を手伝うのよ」
「あっ、やっぱり?」
冬雅は二人の漫才を聞きながら、巨大掲示板の教会の掃除の依頼書をはがす。そして三人は受付カウンターへ向かった。
次回 教会の掃除依頼 に続く