第〇百十話 王都ニルヴァナへ
「グライン王国から救援要請?」
「はい。い、いえ。正確には、王都ニルヴァナにある冒険者ギルドからです」
「まあ、敵対してるわけだし、国からではないか。それで?」
「はい。王都ニルヴァナのグライン城から大量のモンスターがあふれ出て、町中をモンスターが歩いているらしいです」
「それじゃあ、王都の人々に、かなりの被害が出たんじゃないのか?」
「いえ、王都に現れたモンスターは人を襲わず、王都の外へ向かって歩いていくだけらしいです。でもその光景を見て、住人の一部が王都から逃げ出してるようです」
ヴァンパイアロードはグライン城でモンスターを召喚し、その戦力が城内に収まらなくなったので、町の外へモンスターを移動させていた。
「なるほど。でもまだ残っている住人もかなりいるんだな」
「はい。あと、冒険者ギルドの職員がグライン城に入ろうとしたんですが、モンスターだらけで城には入れなかったようです。それでギルドは長距離通信の魔道具で、うちとラヴァ帝国と聖王国の冒険者ギルドに救援要請を送ったとのことです」
「ふむ……ではレイラは、この事を王都ガントレットへ連絡して、どう動けばいいか問い合わせしてくれ」
「は、はい」
ベール騎士団の女騎士レイラが、急いで詰所内に走っていく。
「ベール騎士団は、いつでも出陣できるように準備だ」
「はっ」
リーナの周辺にいた騎士たちも慌てた様子で動き出す。
「おそらくヴァンパイアロードのしわざだろう。原初神カオスの力を使ってまたモンスター軍団を作ろうとしてるんだ。前の戦いでは二万くらいのモンスター軍団だったが、今回はそれ以上になるかもしれん」
前回、メイル国の辺境の町ベールに来たグライン王国軍一万とモンスター軍団二万は、一般の住人がいない西グライン砦から来ていたので、大した騒ぎにはなってなかったが、今回はグライン王国の王都ニルヴァナにモンスターの大軍が現れたので、これだけの騒ぎになっていた。
「リーナさん。グライン王国に行くのなら俺達も行きます」
冬雅がリーナにそう話す。
「それは助かるがいいのか?」
「はい。ニルヴァナには友人がいるので助けに行かないと」
「そうか。ではお前たちも、いつでも出陣できるように準備してくれ。出陣が決まったら連絡する」
「はい」
冬雅はリーナと別れて、少し離れた場所にいるサキと凛子とコロポックルと合流して騎士団の訓練場を出て、食料などの買い物のため大通りを歩いていく。その途中、凛子が不安そうな様子で話す。
「グライン王国にいるみんな。大丈夫かな」
「王都ニルヴァナには、勇者の浅井達がいるから、みんなを守ってくれるんじゃないか」
「そうね。それに現れたモンスターは、人を襲ってないって言ってたから少し安心でしょ」
「それならいいんだけど」
「でも今後はどうなのかはわからない。俺達も行って皆を助けよう」
「うん。賛成! みんなを助けよう!」
「わしも手伝うぞい」
「おじいちゃん。ありがと」
冬雅達がそんな話をしながら大通りを歩いていくと、サキは正面から見覚えのある四人組が歩いてくるのに気づき、望遠眼のスキルで確認する。
「あれは……シャルロッテさん達!」
冬雅達の前から歩いてきたのは、メイル国のSランク冒険者パーティ、覇竜の牙の英雄シャルロッテ、聖騎士ランスロット、大魔導士エミリ、召喚士カイトだった。
「トウガ君!」
美しい白い鎧に身を包んだ女性の英雄シャルロッテが、冬雅達がいることに気づき、走って近づいてくる。
「久しぶり!」
「帰ってきてたんですか?」
「今日、ラヴァ帝国から帰ってきたのよ。それでこれからベール騎士団の詰所に行こうとしてたところ」
「それでラヴァ帝国の大迷宮はクリアしたんですか?」
「それがねー。地下三十五階までは行けたんだけどね。転移の石碑で地上に戻ってきた時に、メイル国とグライン王国が戦ったって聞いてね。急いで戻ってきたの」
「三十五階でも新記録だからな。まあ、迷宮制覇は次の機会に取っておこう」
冬雅とシャルロッテが話していると、ランスロット、エミリ、カイトも近づいてきて会話に加わる。ラヴァ帝国にある迷宮都市の大迷宮は、まだ誰もクリアしたことのない攻略難易度の高いダンジョンだった。
「どうせあなた達の活躍でグライン王国軍を倒したんでしょ」
大魔導士の女性エミリが、一週間前のここでの戦いの様子を予想する。
「まあねー。こっちにはおじいちゃんがいるし」
「ああ、確かにあの黄金の龍の光るブレスなら、モンスターの大軍が来ても怖くないですね」
召喚士の少年のカイトは、西グライン砦での黄龍の戦いを思い出す。
「でも倒したのはモンスターだけで、軍の兵士達は逃げちゃったけど」
「それでメイル国とグライン王国はこれからどうなるの?」
「ああ、それは……」
冬雅はシャルロッテ達に、ヴァンパイアロードとの戦いのことと、グライン王国の冒険者ギルドから救援要請が来たことを伝える。
「なるほど。それじゃあ、メイル国軍はグライン王国に行くことになるでしょうね。王都に現れたモンスター軍団を放置しておいたらどんどん増えて、また攻めてくるだろうし」
「だろうな。なるべく早く、ラヴァ帝国と聖王国の軍と共に、モンスター軍団とヴァンパイアロードを倒そうと考えるだろう」
シャルロッテとその兄である聖騎士ランスロットは、メイル国の国王の考えをそう予想する。
「はぁ、また大きな戦いになりそう。私達にも出陣要請が来るでしょうね」
「ああ、シャルロッテさん。俺がヴリトラの報酬を預かってるんですが」
「そうだったわね。じゃあ、どこかのお店に入って食事しながら、いろいろ話しましょう」
冬雅達とシャルロッテ達は、大通りにある大きな飲食店に入り、その個室で食事しながら、ヴリトラの報酬の引き渡しや、これからの色々な話をして時を過ごした。
それから三日後、メイル国軍は騎兵四千で、辺境の町ベールからグライン王国の王都ニルヴァナへ向けて出陣した。普通なら他国へ兵を出陣する時は、周辺の拠点や町から兵力を集める時間が必要なのだが、十日前のグライン王国との戦いの後、このベールを守るために集まっていた兵力は解散せず、このベールにとどまっていた。それはグライン王国の無傷の人間の部隊一万がまた攻めてきた場合を考えてのことだった。
「リーナさん。今回の戦い、ラヴァ帝国と聖王国も来るんですよね」
メイル国軍と一緒に、風月再起に乗って行軍している冬雅がリーナにそう聞く。
「ああ、長距離通信の魔道具で話し合って、三国で攻めることになった。王都ニルヴァナでは、毎日のようにモンスターが増えてるらしい。これを放っておいたら周辺国はそのモンスター軍団と戦うことになる。そうなる前に、そのモンスター軍団と元凶のヴァンパイアロードを倒すのが今回の目的だ」
シャルロッテ達の予想どうりの結果になり、その話を聞いて、リーナのそばにいて愛馬ティシュトリヤに乗ったシャルロッテが質問する。
「リーナさん。メイル国はここに戦力を集めていたから早く出陣できましたが、ラヴァ帝国と聖王国は、こんなに早くは出陣できないんじゃないですか?」
「いや、ほかの国も、うちとグライン王国との戦いを知って国境の警備を強化していたはずだから、その戦力で出陣してくるだろう」
「なるほど。それなら何とかなりそうですね。私達だけ戦うのは心細いですし」
「まあ、ラヴァ帝国の竜騎士団が一番乗りするだろうから、私達だけということはないだろう」
次回 太陽神アマテラス に続く