五話「家族」
「─────貴方、何で神子なのに呪いが効いてないの?」
………………は?
「…………今お前、俺が神子だって言ったのか?」
「ん?自覚してなかったの?」
「……………………」
「……セルアが、神子………?」
俺もルーリアも、言葉を失った
……どういうことだ
こいつは今、確かに俺のことを "神子" だと言った
「………おい。どういうことだ」
「………。……場所を変えるの。ついてきて」
「……………………」
俺は、今ある疑問を全て心に閉ざし、静かに魔女についていった
❀
「………………………………」
魔女は両目を瞑りながら、スタスタと歩いている
「…………なぁ、お前。目が見えないのか?」
「うん」
「神子の能力の影響なのか?」
「ううん、生まれつきなの」
「全く見えないのか?」
「うん」
「……そうか。全く見えない割には、躊躇無く歩いてるよな。怖くないのか?」
「怖くはないの」
「 "慣れ" か?」
「慣れもあるけど、私にとってこの子達が傍にいることが一番安心できるの。道標ってこと」
目を閉じたまま、顔だけを横にいるカルマ……だったか。その少年に向け、微笑んだ
「それに、私は心理的な意味で安心できるって言ったんだけど、物理的にもこの子達が支えになってるの」
「……物理的?どういうことだ?」
「貴方も知ってるけど、私は神子を見つける能力を持ってるの。……でも逆に言うと、神子しか、見えないの」
「……神子しか、見えない…?」
「うん。私は物や動植物、普通の人でさえも完全に認識することは無理なの。私が見ているのは、いつも真っ白な殺風景」
「……………………」
「でも、神子だけは輪郭も色もハッキリと "視える" の。真っ白な世界に、ポツンとね。それこそ本当に、"道標" のように」
そう言うと魔女は、何の躊躇いもなく、カルマの頭を撫でた
「……バカっ!やめろっ!」
少年は、魔女の手を振りほどこうとバタついているが、魔女は笑みを浮かべているだけで、手を離そうとしない
「……………………………」
魔女……いや、彼女は体の全てを預けられるほど、カルマという少年を信頼しているのだろう
何と言うか、少し羨ましいと感じた
勿論、同様に俺もルーリアを信頼しているが
「着いたの」
魔女の声で、思考を中断する
目の前には、もう使われていないような廃屋
建物の至る所に、蔓が巻き付いていた
「こっちなの」
「………………」
俺は何も言わず、魔女の後をついて行った
「…………………………」
建物内は広く、所々黴臭い匂いが鼻を刺激する
「……………………」
中にはたくさんの神子がいた
ざっと数えて十数人、といったところか
年齢層は、5歳くらいの小さな子からルーリアや魔女といった12、13歳くらいの年長組もいて、マチマチだった
「どうぞ」
魔女は古びた椅子を手の平で指し、俺らはそのまま着席した
続いて、魔女も向かいに座る
「ここは、何処なんだ」
「私達、神子の隠れ家。みたいなもの」
「隠れ家……」
「ここは誰も踏み込まない山奥で、神子以外この場所を知っている人は居ない。安心していいの」
そう言うと、魔女は魔女帽子を脱ぎ、頭を左右に振った
その反動で、小さなツインテールがふわふわと空間を舞った
「……何でお前はそんな格好をしてるんだ?」
「これのこと?」
魔女は、魔女帽子を頭の位置まで掲げると、首を傾げた
「そう、それだ。そんなの付けてるだけ目立つだけだろ」
魔女は、一呼吸おいてから話し始めた
「…………この魔女帽子は、お母様の大事な遺品なの」
「……………………」
遺品。
病気なのか、はたまた誰かに殺されたのかは分からないが、とりあえずこの魔女の母親はもう居ないってことだ
「………………お母様は私と同じ、神子だったの」
「…………神子……?」
「うん」
「おい待ってくれ、神子は十五年で死ぬんだろ?それまでにお前を産んだってことか?」
「ううん、私はお母様が23歳の時の子供だったから違う」
神子が23歳まで生きた……ってことか……?
「…………それは、俺が神子であるという話に関係があるのか?」
「うん、その通りなの」
魔女は一つ呼吸を挟み、再び話し始めた
「お母様と貴方は、神子の中でも例外と呼ばれる存在なの」
「例外?」
「うん。貴方とお母様は、力によって神子の寿命を無視する存在。貴方の能力は分からないけど、お母様は寿命の進行を遅らせる能力を持っていたの」
「俺にも、似たような能力があるってことか?」
「多分」
「…………………………」
突拍子もない話だった
俺は、ルーリアと同じ神子だった
そして、俺は寿命を無視する例外
能力は分からないが、寿命の進行を遅らせることに近い能力を持っているらしい
一度に情報が多く入りすぎて、頭がパンクしそうだ……
「………………………………」
情報を整理しようと腕を組もうとしたら、魔女が口を開いた
「そして私は一年前、ある夢を見たの」
「ある夢?」
「私の能力は、神子のみを視認出来る能力。それ以外に、私は夢で神子のことを唐突に見ることがあるの。そして、私は貴方を見つけた」
「………………」
「貴方は神子でありながら、お母様と同じように、寿命を無視した例外」
「…………………」
「でも、私が気になるのはもう一つの点。貴方の、その髪と瞳の色。貴方は神子である特徴が何一つないのにも関わらず、何故か私には視認できていますの」
「……お前の母親は、髪と瞳の色はお前と同じだったのか?」
「うん。私達と同じ白い髪に青い瞳。でも貴方は、黒い髪に赤い瞳。例外中の例外なの」
「何で俺だけが……?」
「……それが分からないから、貴方に話を聞きたかったのに……。まさか、自分自身が神子であると自覚していなかったなんて……誤算だったの……」
「今日初めて、自分自身が神子だって知ったんだ。仕方ないだろ」
「……………………………………」
「……?どうした」
「………………私は…………」
「…………?」
「…………私は、後悔してるの……」
「……え?」
「私とお母様が神子として生まれなければ、こんなに悲しい想いをしなくても良かったのかなって……」
魔女は魔女帽子を外すと、掴んでいた両手を更に強く握った
「私とお母様が神子じゃなければ…………お母様とお父様が死ぬこともなかった……っ……私もあと三年で死ぬことも無い……っ…………当たり前の幸せがそこにあったはずなのに……っ」
魔女は悔しそうに魔女帽子を握り返している
その魔女帽子には、一つ、また一つと大きな涙の粒が落ちていた
魔女は、お父様……とも言った
母親が亡くなっていることは先程聞いていたが、父親も亡くなっていたとは……
それもどうやら、魔女と魔女の母親が神子であったことに関係しているらしい
「…………っ……」
魔女は、ひっくひっくと嗚咽しながら泣いていた
「………それは違うと思うぞ」
「………………え?」
「お前が神子じゃなかったら、この子達とも出会えてないはすだ。お前言っただろ? "この子達が私の道標だ" って」
「それは……」
「俺は、お前らの関係を見て "羨ましいな" って思ったんだ。互いに信頼し合ってて、まるで、家族のように見えたんだ」
「……………………」
「家族…………」
「ああ。お前にはまだ守るべき家族が居るだろ?それとも、この子達を見捨てるつもりか?」
廃屋に集まっている十数人の神子
彼彼女らを一瞥しながら、魔女に問いかける
「それは…………」
「だからそんなこと言わないでくれ。……悪いのはこの世界だ。お前らやお前の家族じゃない」
「…………っ……ありがとう……。そんなこと言われたの、初めてなの……」
「実は、俺も孤児なんだ。でも、小さい頃に拾ってくれた人がいて、そのお陰で俺は今も生きてる。その人はもう死んじまったけど、俺が今も元気で生きてるってことは、きっと天の上で俺の事を守ってくれてるんだと思う」
「……………………」
「きっとお前の両親も、天の上でお前のことをずっと守ってくれてるよ」
「………………はい……っ」
魔女は泣いていた
だが、笑ってもいた
この笑顔を守る為にザーヴェスは頑張っていたのだと思うと、感極まってしまう
❀
暫く時が流れた
魔女の目はまだ赤く、先程まで泣いていたことを静かに証明する
「落ち着いたか?」
「…………うん、見苦しいとこを見せたの……」
「見苦しいわけないだろ。でもな、魔女。お前はもっと笑うべきだ。ほら、笑顔だ」
「………に、にっ」
魔女は、泣き止んだ直後の顔のまま、精一杯笑った
多少不自然だったが、そのくらいが丁度いい
もっともっと心から笑える日が、きっと来る
この子達といれば、きっと
「ぁ、あの……」
「ん?どうした」
「その……魔女って呼ぶのやめて欲しいの……その……私にはお母様とお父様に付けてもらった "ララティエ" って素敵な名前があるから……」
「……………………」
ララティエ……
とても綺麗な響きに聞こえた
まるで、賛美歌を聴いているような感覚になった
「あぁ、悪い悪い。名前を知らなかったんだ」
「それは知ってるけど……」
「…………じ、じゃあ、ララティエ……」
「……………………」
「……な、何でなんも言わないんだよ」
「長いの」
「お前の名前だろっ!」
「ララ、って呼ぶの。お母様もお父様もそう呼んでた」
「そ、そうか?……じゃあ、ララ」
「うん。貴方は……」
「セルアだ」
「………………………………」
「な、なんでまた何も言わないんだよ……」
「長いの」
「これ以上どう短縮しろって言うんだよっ!」
「冗談なの。セルア」
「……お、おう」
そう俺を軽く揶揄うと、ララはルーリアに顔を向けた
「貴方は……」
「る、ルーリア……です……」
そう緊張気味に話す
どうやら、ルーリアは少し人見知りをしているようだ
「ルーリアさん…………そう……蓋世の女神の名前から取ってるのね。いい名前なの。」
「知ってるのか?」
「うん。北大陸の神話、"蓋世の神子" よね。私も小さい頃、よくお母様に読んでもらってた」
「小さい頃に、あの小難しい神話を読み聞かされてたのか?」
「うん。神話、と言っても私が読み聞かされていたのは幼児向けに改変された絵本だけどね。私も、お母様も、その女神様に憧れてた」
「…………戦争で傷付いた兵士を癒す神子……か」
「お母様にはいつも、そんな優しい神子を目指すように言われてたの。そうすれば、みんなが神子に対する目も変わるはずだから。って」
「……なるほどな」
「…………私も、私もそんな神子になりたい……」
ルーリアが立ち上がり、そう言った
「なれるの。きっと、貴方なら」
「……はいっ」
ルーリアがそう返事をすると、ララはルーリアの頭を優しく撫でた
ルーリアとララの歳はそこまで変わらないように見えたが、言動や落ち着きからララの方がお姉さんのように見えたのは、俺の心の中だけに閉ざしておこう
口に出すと、ルーリアが "そんなに子供じゃないです!" と拗ねるかもしれないからな
「あら、もうこんな時間なの。ご飯はシロ達が用意してるはずだから、そろそろ行くの」
俺とルーリアはララについて行き、十数人ほどの神子達と共に食事をし、床に就いた
❀
「………………………………」
俺はなかなか寝付けなくて、外に出ていた
それに、単純に風に当たりたい気分でもあった為、ちょうど良かったというのもある
「……………………」
俺は近くのベンチに腰を下ろした
ふと、空を見上げる
空には、無数の星屑がこの地球を覆っていた
ここは星が綺麗だ
この地は都心部から離れていて、空気が澄んでいる
セガーシアもこんなに綺麗なら、毎日でも見たいんだがな
「…………ん?」
後ろから微かに足音が聞こえた
ルーリアだろうか
「ん?セルア?」
声の主はルーリアではなく、ララティエだった
「ん?ララティ……あーいや、ララ。どうしたんだ、寝付けないのか?」
「ううん、外の風に当たりに来たの」
「そっか、じゃあ俺と同じだな」
「隣、いい?」
「ああ」
ララが隣に腰を下ろした
「…………………………」
「…………………………」
そのまま俺達は、暫く星を見ていた
すると、ララが口を開いた
「…………少し、昔話をしてもいい?」
昔話。
ララの両親の話……だろうか
俺は静かに頷いた
「私は、神子のお母様と普通のお父様の間に一人っ子として生まれたの。所謂、ハーフ?ってやつなのかな」
ララはクスッと笑った
「そういえば、聞くのを忘れていたんだが、神子ってのは遺伝するもんなのか?」
「私もずっと考えてきたことだけど、答えは分からないの。第一、普通の神子は15歳で寿命が尽きるし、その間に子を宿して、出産までするなんて無茶があるの」
「……それもそうだな」
「お母様と同じように、例外なら可能だろうけど、ただでさえ数が少ないの。分かりっこない」
「ララの母親と、その…俺もだっけか。この二人以外で例外ってのはいるのか?」
「ううん、私は……」
「そうか」
「…………お母様は、神子でありながらも普通の恋をして、子供を産んで、幸せの家庭を築き上げたの」
「……………………」
「………………でも、幸せというものは長くは続かない…………五年前に母は殺されたの」
「…………誰に?」
「………………サルベス教徒なの」
❀
【回想・ララティエ視点】
─────五年前。
ララ含むサイマス一家は、アルタジアの辺境で静かに暮らしていた
サルベス教徒が多くいるこの国で過ごすにはリスクが多すぎるという話はあったそうだが、父しか働きに出れない一家は大変貧しく、引っ越す余裕も国を跨ぐ余裕もなかった
それに、不便なことは多かったが、それを悪く感じないほど家族は幸せだった
だから、このままでいい。この生活がずっと続けばいい。誰もがそう思っていた
─────だが、現実はそうは甘くなかった
ある日、家に訪問者が訪れた
父は警戒した
こんな森の奥深い辺境の地に、来訪者なんて来ないからだ
「誰だ」
「………………」
父はそう聞くが、相手は何も答えなかった
父は、警戒しながら静かに扉を開けた
刹那。目の前に鮮血が飛び散った
父はその場で、大きな音を立てて倒れた
何が起きたのか、分からなかった
母はそれを見て、私を裏口から逃がした
"何があっても振り返ってはダメ。全力で前に向かって走り続けなさい。分かったら行きなさい!"
あの温厚な母とは思えないような、とても、とても強い口調だった
そして、母のその目の中に、焦りと覚悟を感じた
母の言う通りにするしかない。そう思った
私は直感で動いていた
考えることを、後回しにした
……いや、何も考えれなかった
走った
走った。
ただ、走った。
途中、涙が頬を伝って空間に飛び散るのを感じた
「……………っ……?」
私、泣いてる?
そんな疑問が頭を過ぎった
なんで?
私は、なんで走ってるの?
何で泣きながら走ってるの?
…………そうだ……。
「………………お母様……お父様……っ!!」
気付いたら、私は踵を返して家に向かっていた
全力で走った
お母様と、お父様と、まだ一緒に居たい……!
また「ただいま」って言ったら「おかえり」って言って欲しい!
また、会いたい……っ!!
「……………………ッ!!」
…………でも、家にいたのはお母様とお父様じゃなかった
「お父……様……?お母………様…………?」
❀
【セルア視点】
「そこには、変わり果てたお父様とお母様の姿があったの。お父様は体を切りつけられ、お母様に至っては…………。……言いたくない…………」
「………………………………」
俺は言葉を失った
そんな小さな子が、見ていい光景ではない
ましては、自分の両親の亡骸を……この目で…………
「…………………………」
「私は今でも許せないの……お母様を、返して欲しいの。本音を言うと、報復したい……主から制裁を受けて欲しいの……」
「………………だったら…」
「でも、それは違うと思うの。何も変わらないし、何も生まない。生むのは更なる憎悪だけ。私が報復に成功したところで、歴史は繰り返されるだけで何の解決にもならないの」
「…………………」
「…………私達が求めているのは、最低限の自由。対立でも、戦争でもないの」
こいつら神子達は、今の虐げられている状況から最低限の自由を求めて精一杯、今を生きているだけなのだ
サルベス教徒だけでなく、他の人類との対立すらも望んじゃいない
高望みもしない
ただ、同じように暮らしいたいだけなのだ
それなのに人々は神子を虐げ、あわよくば戦場に駆り出し、殺そうともする
あまりに、一方的過ぎる
「…………そうか」
………………。
聞くに絶えない話だった
俺が想像していたより、数十倍残酷な世界
そんな世界を必死に、神子だけで生きようとしているのだ、この子達は……
「…………どうして、そこまでするんだ」
自分でも、何を聞いているのか呆れてしまった
正直、失望されるか呆れられるのかと思った
しかし、ララは真面目に返してくれた
「家族は守れなかった。でも、貴方の言う通り、私にとっての今の家族は、あの子達なの。あの子達を守らないと、いけないの」
…………………………。
その瞳の奥には、決意と覚悟を感じた
「…………そう、だよな。変な事聞いて悪かった」
「いえ……話を聞いてくれて、私も少し楽になったの。気にしないで」
「………そっか。ならよかった」
「…………あのっ!」
「……貴方も、私達の家族にならない?」
「……………え?」
「…………えっと、私達は神子の権利の為に動いてて、貴方達を含む全ての神子の為に戦っているの。だから……」
「…………何言ってんだ?」
「…………えと……ごめんなさい……私、変なこと言って……」
「あーいや、そういう事じゃなくてだな」
「………?」
「俺はもう、お前らのこと、家族だと思っていたもんだからさ、なんつーか、びっくりしちゃって。決してお前らが嫌だからとかではなくてだな」
「…………いいんですか……?」
「ああ。なぁ、ルーリア」
「……え!?ルーリアさん!?」
建物の後ろから、先程からずっと隠れていたルーリアがぴょこっと体を出した
「…………うん。というか、セルア気づいてたんだ」
「まぁな。というかララ。お前も鋭いって思ってたけど、案外抜けてんだな。ちょっと安心した」
「…………揶揄ってるの?」
「わりぃわりぃ。でも、そういうことだからさ、俺達はもう家族なんだから、俺と同じように、ルーリアも呼び捨てしてくれ」
「………………ありがとうなの……。セルア、ルーリア……」
「どういたしまして」
俺達はその日、家族の一員に加わった