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蓋世の神子  作者: そるの
2/5

二話「守人」

執筆 そるの

挿絵 ナルミチさん



【ルーリア視点】



「………………」



長い、長い夢を見ていた気がする


でも、それは一瞬のようにも感じた


とても不思議な気分


夢の中では暗闇しか見えなくて、そこにいると時折胸がとても苦しくなるのを感じる


その痛みは、年々酷くなっている気がする


でも今回のは特に、胸の奥がズキズキと痛

んで止まない



"…痛い……痛いです…"



そう何度心の中で唱えても、痛みは収まる気配すらない


胸の痛みは、自分の鼓動と連動しているかのように痛む



「───────」



しかしその時、その闇の中に一筋の光が差し込んできて、その闇を全て消し去っていった


同時に、胸の痛みもすっかり消えており、私はただ唖然としていた


あの光は一体…?


あの光が差し込んだ瞬間、何か声が聞こえた気がした


知っている声……


でも思い出せない……



「……………!」



すると唐突に地面が崩れ落ち、私は奈落の底へと堕ちていった


堕ち行く漆黒の世界


そこで、意識はプツンと途絶えた











【セルア視点】



─────新暦1290年、1月13日




「…………………」



セルフォリア国、リーヌ


ザーヴェス宅


静寂の空間に、焚き火がチリチリと鳴る


窓の外を眺めると、枯葉が一枚、また一枚と地面に向かって舞ってゆく


まるで人間の命のようだと思った


人生の中で様々な壮大な物語を作っていくが、死ぬ時にはこうも儚いものだと


所詮、植物も人間も同じ生き物なのだ



「………はぁ」



自らの吐息で、手のひらを温める


夜は明け、太陽はもう山から姿を見せていたが、何せまだ十二月だ


暖炉があっても、暖まることの出来る範囲には限界がある


ふと、窓から外を見る


黎明(れいめい)の空は、辺りを橙色に染め上げていた



「………ん…」



すると、ルーリアが身動(みしろ)ぎする音が聞こえた


視線をルーリアの方にやると、ルーリアはもう体勢を起こしていた



「起きたか」


「………ん、ここは…?」



眠い目を擦りながら、問いかけてくる



「ここはリーヌで、この家はザーヴェスの家だ」



暖炉の焚き火を、鉄の棒で突きながら口を開く



「ザーヴェス?」


「あぁ、話してなかったか。ザーヴェスは、俺の父親みたいな存在の人だ。もっとも血は繋がってないけどな」



ザーヴェスが亡くなってから、ここの家に来るのも久しぶりだ



「…そう、でしたか……」



するとルーリアは深刻そうな顔を地面に向けていて、とても "心ここに在らず" という感じだった



「どうした?」


「いえ…さっきまでずっと、長い "夢" を見ていた気がするんです…」


「 "夢" ?」


「はい… …夢自体は小さな頃からよく見るんです…でも、今回は特に怖くて……痛くて…」


「 "痛い" …?」



その言葉に違和感を覚えた


昨日、セガーシアからリーヌまでの国境門で、政府軍に検問されていたときのことを思い出す


あの時、ルーリアは寝ていて…寝言で "痛い" と、繰り返し呟いていた


……………。



「……その夢は小さな頃から見ると言ったが、いつくらいからだ」


「そう…ですね。あっ…それこそ不思議な力が私の中に宿った頃から…です」


「……………」



……関係がないと考える方が不自然だな



「……ルーリア、お前の今の歳は分かるか?」


「歳……ですか?」


「あぁ。神子には十五年の寿命があるんだろ?」



神子には十五年という極めて短い寿命があり、生まれてから十五年経つと唐突に身体の自由が効かなくなり、やがて心臓が停止するのだという



「…………………」



いきなり子供が動かなくなって死ぬだなんて、想像すらしたくもない


"神子の寿命(のろい)" なんて呼ばれているのも納得だ



「……正確な年は分かりませんが、十歳以上なのは確かです。ゼーグさんが話していたのを偶然聞いたもので……」



だとすると、あと五年ほどか……


まぁ、正確な年齢が分からない以上は幾ら計算しても仕方ない


多く見積っても五年……ってとこか



「……………」



神子が何故、十五年で死に至るのかは未だに分かっていない


ただ、そんな人間に扱える器を飛び出した摩訶不思議な力を、その小さなか弱い身体が負担に耐えられるとは考えにくい



「お前のその "夢" も、神子の寿命に関係しているのかもしれない。年々、その夢が酷くなっているとかの自覚はあるか?」


「そう、ですね……最近は痛みも増えましたし、"夢" も長く続いている気がします…」


「そうか…」



やはり、ルーリアが見ている "夢" とやらが神子の寿命に関係しているとみて間違いはないだろう



「……………」



ん。



「そうだ、こうしよう」


「……?」



ルーリアはキョトンとした顔をこちらに向ける



「今日が、俺とお前の "誕生日" にしよう」


「 "誕生日" …?」



俺が唐突に放った言葉に、戸惑いが隠せない様子だ



「あぁ。俺が育った国では、この地に生を受けた日を "誕生日" として、毎年その日を祝うんだ」


「祝うって何を…?そもそも意味はあるんでしょうか…」


「意味なんてねぇよ。ただ自分という存在がここに居るということを証明して、生きていることをただ喜んでいるだけなんだ」


「生きていることを喜ぶ…」


「あぁ。俺もお前も "今まで生きていてよかった" って思えるように毎日死に物狂いで生きるんだよ」



その場から立ち、ルーリアの前へ出向き、片膝をつく



「ルーリア、お前は "今日まで生きていて良かった" って思ってるか」


「…………」



ルーリアは顔を俯いたまま、何も喋らない



「ルーリア……?」


「生きてて良かったに…決まってるじゃないですか…っ」



顔を上げたルーリアの顔はくしゃくしゃになっていた


ルーリアの蒼色の瞳から、大粒の涙が地面にこぼれ落ちる


目の前でゼーグが死んだ時も、何も言わずにただ見ていたルーリア


初めて会った時、ただ死んでいく人間を無言で見ていたこの子には、"何か" が欠損しているのかと思った


しかし、それは杞憂(きゆう)だった


泣きじゃくっていたルーリアはまるで、母親に甘える子供のような顔だった



「……………」



そうか……こいつもまだ子供だったな


そんなルーリアが初めて流した涙は、俺も感化されるくらい綺麗だと感じた


俺は静かにルーリアをこちら側に寄せ、そのまま優しく抱きしめた



「……………………」



今日、12月22日はルーリアの十歳の "誕生日" となった











暫くして、俺たちは朝飯を食べた


生憎食料がなく、セガーシアから持ってきた非常用の乾パンを二人で食べた


だが、それだけでもルーリアはとても喜んでくれた


ルーリアの目元はまだ赤く、先程まで泣きじゃくっていたことを証明する



「食ったら外に行くぞ」


「は、はいっ」



黒のバッグから、幾つかのバラバラの部品を持ち出し、それを繋ぎ合わせていく



「なにを…してるんですか?」


「ライフルを組み立てているんだ。今から "狩り" だからな」


「ひ、人を殺すんですか…?」


「いや、今回は "人" じゃない」



そう言って出向いたのは、家のすぐ後ろにある森林


家を出てから、少々歩いただろうか


入口から既に緑は濃く、土と獣の匂いが充満していた


奥には目視では確認できないが、水音が微かに聞こえる


近くで川が流れているのだろう



「本当は犬なんかを連れてきた方がいいんだろうな」


「犬?」


「知らないか?四足歩行の動物だ。嗅覚に優れていて狩りにもってこいなんだ」



すると、前方から微かに枯葉の音がした



「屈め」


「はい」



俺たち二人はその場でうつ伏せ、ライフルを取り出す


絶え間なく振り下りる雪の合間に、四足歩行のシルエットが浮かび上がる



「……キタリーヌジカだ」



この付近に生息する、比較的軽量の鹿


荷物を含んだバッグを前方に置き、ライフルの先端を固定する



「いいか、ルーリア。狙うは頭か首、または前足の付け根にある心臓だ。内蔵は腐るから出来る限り避けろ。よく覚えておけ」


「は、はい…!」



サイトを通して、キタリーヌジカの頭部に意識が集中していく


息を吸い、そして長く吐く



─────今だ



徐々に力を入れ、ゆっくりと引いたトリガーはアソビの空間を抜け、限界点に達した時、それは大きな音と共に、空間へ波動が伝わる




─────バンッ!




確実に頭部を撃ったが、キタリーヌジカはその場で暴れ回り、奥の森林へ逃げ込んでしまった



「今すぐ追うぞ!そう遠くは逃げられないはずだっ」


「は、はい…!」



安全装置に手を掛け、肩に銃を背負う


鹿は急所を撃たれても即死することはなく、こうして暴れ回ることが多い


そうして獲物を逃すことも多々ある


あまり遠くには行けないはず…だが…



「セルア…っ!」



俺の名前を呼ぶ声に反応して、思考を中断する



「あれっ!」



ルーリアが指差した方向を目視で確認すると、そこにはキタリーヌジカが崖の下で動かなくなっていた



「崖から転落して止まった……のか」



何にせよ、急いで確認しないと


崖が緩やかになっていた部分を、中腰で降りていく


首の辺りが赤く染まっているキタリーヌジカが、動かずに倒れていた



「死んじゃったんですか…?」



ルーリアが不安げに問う



「いや、心臓はまだ動いている。仮死状態だ」



キタリーヌジカは心臓を撃ち抜いても100mほど暴れ回ることが出来るのだと言う



「急いで血抜きをする。肉が臭くなるからな」



見渡すと、近くに浅い川が流れていた


キタリーヌジカの両足にロープを固定し、地面と引きずる形で引っ張っていく



「………っ」



キタリーヌジカは鹿の中では小柄な種類だが、見た目以上に重い



「………ふぅ」



暫く歩き、川の前に到着した


頭の下、首の頸動脈を確認してその場所にナイフを差し込む


動脈が切れた感触を右手で感じながら、ナイフを引く


心臓はまだ動いている


その心臓がポンプ代わりになって、血液を効率良く外に出してくれる


首から流れ出た血が、川の水を赤く染めていく



「よし、血は粗方抜けたはずだ」



このまま、ここで皮まで剥いで肉も切っておくか


流石に、このクソ重てぇ野郎を家まで運ぶ気力はない


腰からコンバットナイフを取り出し、逆手に持つ



「冬の鹿は脂が無いから、皮が簡単に剥ける。ほら、少しナイフを入れるだけで後は手でも簡単に剥がれるぞ」



そう言いながら、実際にやってみせる


切れ目から、思い切り皮を引っ張るとベリベリと剥がれていき、暗赤色の肉が(あら)わになる



「ほ、ほんとだ」


「関節ごとに前足、後ろ足を取り外して腱を切断し、肉は筋膜に覆われたブロックごとに分けるようにする」



ルーリアは、俺が肉を(さば)いている様子をただじっと見つめていた



「あの鹿さん一匹で、こんなにお肉が取れるんですね」


「あぁ。食べるのが大変なくらいにな」



このまま運ぶのも面倒だな



「……………………」



辺りを見渡す



「……ん」



近くにハランが生えていた


何枚か素手で(むし)り取る


更に、ハランを大きく適当に切り分けた肉に巻く



「何してるんですか?」


防腐(ぼうふ)だ。ハランには抗菌作用があるから、肉を安全に保つことが出来るんだ」



ルーリアは、感心しているように頷いている



「物知りなんですね、セルア」


「………いや、ただの真似事だ。こういう知識は全部あいつから盗んだものだ」


「あいつって、ザーヴェスさん……のことですか?」


「……あぁ。あいつは何でも知ってて、分からないことなんて無いんじゃないかってくらい物知りだったんだ」



昔の記憶を遡る


そうだ。あいつはなんでも知ってたし、何でも出来た


あいつだけにはずっと追いつけなかった


"一番近くて、一番遠い存在"


その言い回しが、最もピンと来た


いつも一緒に居たのに、ずっと追いつけなかった背中


………そして、やっと手が届くと思った途端に、消えたその背中


………………………。



「…………行くぞ。そろそろ日が暮れる」











「鹿肉は他の肉と比べて脂が無いから、ただ焼くだけではボロ雑巾よりも不味い」


「ぼ、ボロ雑巾って……」


「だが、脂が無いということは油との相性が抜群ということだ。こうしてこうすると……」



家にあった食用油をフライパンに目一杯に敷き、その中に適当に切った肉をぶち込む


肉を焼くバチバチとした音と共に、芳醇な香りが部屋中に漂う


玉ねぎなども同時に入れ、フライパンに蓋をし、全体に火が通るようにする



「……………」



暫くすると



「完成だ」


「お、美味しそう…」


「だろ?沢山あるからゆっくり食べろ」



ルーリアは喉を詰まらせる勢いで、鹿肉を頬張っている


"ゆっくり食べろ" と言ったのに……ったくこいつは……



「……美味しいっ!」


「…………」



まぁでも、こいつが嬉しいなら……いいか


ただ俺は少し、味が薄いように感じるな


胡椒(こしょう)でもかけるか…



「ルーリア、それ取ってくれ」



胡椒を人差し指で示す



「ん、どれですか?」


「右の "胡椒" って書いてるやつだよ」



人差し指で頑張って伝えようとする



「あ、えっと…」



が、ルーリアは申し訳なさそうに下を向いた



「あ、あぁ。もしかして文字が読めなかったか」


「はい……読み書きが出来なくて…」


「そうか。それもそうだよな」


「そういうセルアは、何で文字が読めるのですか?」


「ザーヴェスに教わったんだよ」


「………そう、なんですね」



ルーリアは何やらモゾモゾとし、何か言いたげな顔をしていた



「………?教えて欲しいなら、教えてやろうか?」


「えっ、い、いいんですかっ!?」


「あぁ。読めた方が便利だしな」


「ぁ……ありがとうございますっ!」



窓から入ってきた夕日の光に照らされたルーリアの笑顔は、より一層輝いているように見えた

















────── 一年後



新暦1291年、1月12日





「…………………………」



あの日と同じように凍える季節


二人の白息(しらいき)は、冷えきった空に一定時間留まり、やがて消える



「………すぅ…」


「そうだ、息をゆっくり吸うんだ。そして吐く時に、自然に引き金を引くことを意識しろ」


「………はぁ…」



ルーリアは目を研ぎ澄ませ、一点に集中する




─────バンッ!!




前方のキタリーヌジカがその場で倒れ、足をばたつかせている



「仕留めに行くぞ」


「は、はい!」



ルーリアと出会ってから、丁度一年が経過した


一年前の今日、俺とルーリアは地下室で出会ったのだ


ルーリアは、俺が勝手に決めた十一歳の "誕生日" を迎え、狩りもすっかりお手の物になっていた


それに、文字もかなり読めるようになっていた


都合がいいことに、この世界の言語は単純だ


数十年前に公用語を統一する動きがあり、今では古い民族などを除き、一つの言語をみな使用している


読み書きが出来れば、どの国でもある程度は困ることはないだろう



「………………」



そんなことを考えながらキタリーヌジカの元へと走っていると、すぐそこに動かなくなったキタリーヌジカが地面に伏せていた



「心臓を貫いている。内蔵が腐る前に急いで血抜きを行うぞ。やれるか?」



コンバットナイフの持ち手側をルーリアに向け、差し出す



「はい」



もう慣れたもんだな


首にナイフを差し込み、そこから血抜きを行う


血抜きが完了すれば、腸だけはその場で抜いてあとは肉も切っておく


肉をハランに包んで、さっさと家に持って帰ってしまおう



「今日もたくさん取れましたね。今日は一段と冷えますし、ジビエのシチューですかね?」


「シチューはいいが、前向いてないと危ないぞルーリア」


「大丈夫ですよっ」



ルーリアは嬉しそうに、ぴょんぴょんと跳ねながら山道を下っている


………ったく




────途端、ルーリアの右足が下に崩れ落ちた




「ルーリアッッ!!」


「……え?」



先程までルーリアが立っていた地面は大きな音と共に崩落し、ルーリアの体が傾く



「……ッ!!」



瞬時に手を伸ばす




────が、届かずルーリアは山道の下へと落ちていってしまった




「ルーリアッ!!」



高さはそこまでなかったが、角度が急だった


急いで、中腰で坂を下る



「ルーリアッ!大丈夫かっ!?」


「あ、はい……」


「足から血が出てるじゃないかっ」



足を見ると地面で擦りむいたのか、擦り傷から血が出るほどの怪我をしていた



「こ、このくらい大丈夫ですよ」



ルーリアは怪我を誤魔化すように傷を隠し、笑った



「大丈夫なもんか、急いで家に帰るぞ」



擦り傷……擦り傷に効く薬草は……



「……………」



この辺では見つからないな……


家にも恐らくその類は……



「………?」



いや、待て


確か………



"リーヌにマトランという薬剤師がいる。そこで見てもらうといい"




「………マトラン、と言ったか…」


「え?」


「いや一年前に、門にいた政府軍の男が言っていたのを思い出してな」



あの薬剤師なら、何かいい薬を持っているかもしれない



「ほら」



ルーリアの頭に、深くフードを被せる



「フードは絶対に被っておけよ」


「は、はい」












「……………………」



ルーリアをおんぶで抱えたまま、雪の道を歩く


北の方角へ暫く歩くと、木造の家が建っていた



「 "サリエス薬剤店" ……」



その木造の家の正面には、"サリエス薬剤店" と書かれた大きな看板が備え付けられていた


ここ…か…?


ルーリアをおんぶしたまま、店のドアを開く



「……………」



だが、店の中には誰もいなかった



「すまないっ、マトランという薬剤師はここにいるかっ」



誰かがいることを信じ、声を張る


すると、店の奥からスーツを身に(まと)った男が現れる



「マトランは私ですが…どうなさいましたか」



店の奥からは、スーツを身に(まと)い、細い鎖が付いた片眼鏡(モノクル)をかけた若い男が出てきた


見た目は二十代前半といったところだろうか


言動も容姿も落ち着きがあり、自分が想像する "大人の男" のイメージにすっぽりとハマるような印象だった



「実は妹が怪我をしてしまって、いい薬はあるか?」


「擦り傷…ですか?」


「あぁ。山道で足を踏み外してしまって」


「それはそれは……」



マトランがルーリアに近付く


ルーリアはフードを深く被ったまま、俯いている



「これくらいなら直ぐに治りますよ。塗り薬を持ってきます」



そう言って、マトランは再び店の奥へと消えていった



「…………………」



ふぅ……


マトランが、ルーリアに近付いた時は少し焦ったが、なんとかバレずに済んだようだ



「……………………」



俺は、店頭に並んでいる薬を吟味した



「安眠薬……花粉症薬……色んなのがあるんだな。なぁ、ルーリ……」



ルーリアにも話題を振ろうと、振り向いた



「…………っ」



途端、ルーリアはハッとした顔をしながら、唐突に顔を上げた



「どうした、ルーリア」


「…………っ!」



突如、ルーリアが店の奥に向かって走り出した



「お、おい…ルーリアッ!」



何が起こったのか理解(わか)らなかったが、直観的にルーリアの背中を追いかけるように、俺も走り出した


角を曲がると、奥には長い廊下が続いており、ルーリアはその一室の扉の前にポツンと立ち尽くしていた



「…………はぁ…」



短い距離だったが、全速力で追いかけたせいか、多少息切れを起こす



「……おい、急にどうしたんだ……」



横から顔を除くと、ルーリアは不安げな顔を俺に向けてきた



「ここに……誰かいるのか……?」



ルーリアは、何も言わずただ頷いた



「…………………」



固唾を飲む



「…………………」



俺は、ゆっくりと扉を開けた



………ギギギギギ



開けると同時に、扉の軋む音が鳴る


中には……



「…………子供?」




─────いや……ただの子供じゃない




蒼い瞳と純白の髪



「…………………」



そこには、三人の神子がいた


詳細には男児が一人、女児が二人


三人の子供は、部屋の中で座っていたり、立っていたり、まばらだった



「…………………」



その子達を見ていると、一年前のルーリアと初めて会った時の光景がフラッシュバックする



「何でここに神子が……」




「───────────」




「──────ッ!?」



突如、横から "何か" が現れ、俺は咄嗟に後方に避ける




────────ザッッッ




前方に風切り音を鳴らしながら、"誰か" が地面に舞い降りた



「────勝手に店の奥に入ってもらったら困りますね」



「…………っ!?」



………ついさっき聞いた声


声の主はこの店の主人、マトランだった



挿絵(By みてみん)



異様な形をしたナイフを二本持ち、余裕のある笑みを浮かべていた


そのナイフは、部屋に入ってきた光を、刃の表面で綺麗に反射させている



「(……ルーリアは今すぐここから出るんだ)」



マトランには聞こえない程の声量で、ルーリアに伝える



「(で、でも……)」


「(早くしろっ!)」


「(………っ!)」



ルーリアは、来た道を一心不乱を走り始めた



「…………………」



マトランは、一連の流れをただ黙って見ていただけだった



「………それより、初動の攻撃に反応できるとは。一般人ではないようですが、何者ですか」


「そっちこそ……最近の薬剤師は "ククリ" なんか持ってるのか?」


「お、これを知っているとは。もしかしてご職業は武器商人さんだったりします?」



マトランは、"ククリ" を持った右手を胸の前まで掲げ、俺に見せつけてくる



"ククリ"



確か、数百年前まで南方の民族が使っていた武器だったはず……


何故、そんな骨董品を持っているかも気になるが……それより………



「………ちげぇよ。それよりお前、これは一体どういう事だ」



俺は三人の神子を一瞥(いちべつ)しながら言うと、マトランは冷徹な目で俺を見た




「………いくら客人と言えど、その子達に危害を加えるようでしたら、容赦なく首を()ねますよ」



マトランは瞬時に前傾姿勢になり、間合いを即座に詰められる



「………ッ!?」



俺は、即座に腰からコンバットナイフを取り出そうとする


だが、マトランは予想以上に早かった


まずい、防ぎきれねぇ……ッ!!



─────だが、時が止まったようにマトランの動きがその場で静止した



「…………………」



なんだ……?


マトランは有り得ない物を見るような目をし、攻撃態勢のまま止まっていた



「そのナイフ……どこで……」


「……?これか……?」



ナイフを持って右手を胸の位置まで掲げる



「……………………」



マトランは何かを熟考しているかのように



「………失礼ですが、名前を伺っても…?」


「………セルア・アルベートだが」


「…………………」


「……?」



名乗った瞬間に、マトランの動きが止まった


何が起こって……?



「……おい、どうした」


「…………いえ、なんでもありません」


「………?」


「先程は話も聞かず、襲いかかってしまい申し訳ございませんでした」


「…………は?」



急になんだ……??



「申し遅れました。(わたくし)、真の名をルーク、姓をブロードと申します。私は、"ある人" の(めい)により、この神子達を守護している者です」



そして、マトランは正面に向き直り、口を開いた



「────そして、その人物こそが "ザーヴェス・アルベート" 貴方の義父にあたる男です」



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