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9 職場の異動

 最近のシャーロットには納得いかないことがあった。

 男性に次々に絡まれる。ある時は騎士。ある時は厨房の料理人。またある時は厩番。


 彼らは笑顔で近寄り、最後は怒りの表情で去って行く。男たちは好意を示したつもりでも、シャーロットにとっては『笑顔で近寄って来て思い通りにならないと怒って去っていく人たち』だ。


 誰になんと言われても、シャーロットは

「私は働くのに精一杯で、今は誰ともお付き合いをするつもりはありません」

と断わっていた。

 するとどの男性も怒ったり不機嫌になったりする。シャーロットにも言いたいことはあるが、「揉め事を起こすな」と初日に言われた通り、何を言われても言い返さずにいた。


 ある日、管理職のリディは庭を歩いていた。たまたま庭掃除をしているシャーロットが若い男に言い寄られている現場に出くわし、庭木越しにそれを聞いていた。


「君はいつも僕の話を笑顔で聞いてくれたじゃないか。僕のことを好いてくれてたんじゃないのか」

「違います。それはマイロさんの誤解です」

 シャーロットの言葉を聞いて男は顔を歪めた。

「俺を馬鹿にしてたのか! 美人だからって俺をからかって笑っていたんだな!」

「どうしてそうなるんですか。違います」


 止めに入ろうとしたリディだったが、その前に男がシャーロットの腕をつかんだ。それまで目を伏せて困った雰囲気だったシャーロットが、素早く腕を振り払って男と距離を取った。


「私に触らないで。いい加減にしてください」

とシャーロットは低く冷たい声で男に言い渡した。

「なんだと! このっ!」

 男が手を伸ばしてシャーロットに掴みかかろうとした。シャーロットは素早く退きながら持っていたほうきの柄で男の腕をバシッと叩いた。男がますます激昂したところでやっとリディは声を張った。

「やめなさいっ!」


 庭木の陰から突然現れた管理職の姿に、興奮していた男もさすがに冷静になった。

「リディさん、これは、その」

「マイロ、聞きたいのだけど、一度でもシャーロットの方からあなたに声をかけたことがあった?」

「それは……」

「私から話しかけたことはありません。仕事中に何度も話しかけられて、私は困っていました」

「わかったわ。マイロ、あなたは仕事に戻りなさい。今後シャーロットに近寄らないで」

「はあ。そうですか」


 納得いかない様子のマイロが立ち去り、シャーロットとリディが残った。

 シャーロットはリディを見て何か言いたそうだったが何も言わなかった。それまで厳しい表情だったリディが苦笑した。


「わかってる。あなたは悪くない。でも、そろそろ配置換えが必要だわね」

「えっ」

「下働きはどうしても男性の目に触れるから。あなたはそのつもりがなくても相手が勘違いすることもあるのよ。その顔で微笑まれたら『自分は好意を持たれてる』と思う若者はこれからも出てくるわ。そうね、職場の異動はしてもらうことになる。どこにするかはあとで連絡するわ」

「はい」


 ぺこりと頭を下げてシャーロットは掃除道具を持って立ち去った。


「さて、どこがいいかしらねえ」

 男だらけの厨房には最初から近づかせなかったが、今以上に男たちの目から逃れられる職場というと女だらけの職場になる。それはそれで別の苦労が待ち構えているだろう。


 シャーロットには気の毒だが(あの顔を持って生まれてきた者の定めと思って乗り越えてもらうしかないわね)と思う。

 リディはシャーロットを気に入っていたが、管理職としては私情を挟むつもりがなかった。


 庭の落ち葉を掃き集めながらシャーロットはモヤモヤしていた。

『自分に話しかけてきた相手の眉間か鼻筋を見て話を聞くこと』

『唇の両端を少し上げ、目尻を少しだけ下げて会話をすること』

『なるべく相手の話題に興味があるように振る舞うこと』


 母のマーサは繰り返しそう教えてくれた。だから忠実にそれを実行してきたのだが、どうもそれは誤解を生むようだ、と途中から気づいた。

 ザッザッと箒を使いながらため息をついた。


(お母さん、あのマナーはどこで使うべきものだったの? お城じゃ、あれは使わないほうがいいみたいよ)

 大好きな母を少しだけ恨めしく思う。

 庭木の落ち葉を掃き集め、ちりとりに入れて木箱に入れ、箒とちりとりと木箱の三つを持って場所を移動しながら箒で掃き続けた。


 シャーロットはこういう時に使うべき罵りの言葉をほとんど知らない。汚い言葉は絶対に使わないようにと厳しく躾けられていたし、汚い言葉を両親の口から聞いたこともなかった。だけど、何か言わずにはいられない気分だった。


「私はあなたのこと、好きでも嫌いでもなかった」

「誰のこと?」

「わっ」


 慌てて飛び退(すさ)って相手を見ると、プラチナブロンドを刈り上げた体格の良い男がそこにいた。男は真っ白な制服を着ていた。


「何かご用でしょうか」

「通りすがりに独り言を聞いてしまったものだから」

「申し訳ございません、騎士様には関係のないことでございますので」

「それはそうだね。君、この前素振りをしてた人だよね」


 また絡まれるのかと用心したシャーロットは返事をしなかった。相手の男は優しげできれいな顔だったが、今はいろいろと用心したい。また職場の異動なんてごめんだ、と思う。


「君、騎士の家の出なの?」

「いいえ」

「じゃあどうして素振りを?」

「申し訳ございません、仕事中ですので失礼いたします」

 

 初めて感じの悪い態度を取った。それはそれで後味が悪い。

 シャーロットは道具を全部持って足早に立ち去った。残されたシモンは小さく「え?」という形に口を開けたままシャーロットを見送った。


「え? 俺、嫌われてる?」

 彼女の目には拒絶の色があった。


 ボリボリと頭を掻いてシモンはその場を離れた。

 そこからだいぶ離れた場所で、シャーロットが絡まれているところから一部始終を見ていた白鷹隊の若者三人が驚いていた。彼らは若い男を止めようとして近寄っている途中でリディが登場し、そのタイミングを失っていたのだ。


「見たか?」

「見た。信じられない」

「あのシモン様をもバッサリと」

「あのは男嫌いとか?」

「恋人がいるとか?」

「いいねえ! 身持ちの固い美人」

「顔は関係ないのか。俺にも希望はあるな!」

「俺も!」


 こうしてシャーロットは『あのシモンさえも振った侍女』という二つ名を授けられたが、当人はそんなことは知らないままだ。


 その夜、リディの部屋に呼び出されたシャーロットは配置換えを言い渡された。

「シャーロット、あなたには衣装係の雑用をやってもらいます」

「はい」

「衣装係は本来、雑用係といえども知識がある人だけが行く場所なの。でも雑用係が二人同時に結婚して辞めちゃったのよ。だからあなたは当分の間、二人分の雑用をこなしてもらうことになります」

「はい」

「明日からは衣装係のルーシーがあなたの上司になります」

「はい」

「明日朝八時にルーシーのところに挨拶に行きなさい。東塔の三階に名札が掛けられた部屋があるわ」

「はい」

 話が終わったようなのでシャーロットは頭を下げてリディの部屋を出た。


(モヤモヤする。でも衣装係として真面目に働くしかない)

 心の中のモヤモヤを追い出したい。思い切り剣の素振りをしたい。迷惑をかけられたのは自分なのに、相手ではなく自分が配置換えになってしまった。雑用係の仕事を気に入っていたし、コツを掴んで短時間できっちり仕事する楽しみを見出していたところだったから残念だった。


「はぁぁ」


 ピチットに会いたい。両親に会いたい。

 そこまで考えて、少し冷静になった。

 自分はもう十七歳だ。普通なら親離れする年だ。もし両親が行方不明にならなければ、こんなに両親に執着していなかっただろう。おそらく自分はもう両親のことを忘れるべきなのだ。

(だけど心はそんなに思い通りにはならないな)


「ああもう、やめやめ!」


 誰もいないと思って声を出したが、一番近いドアが開いて驚いた顔がシャーロットを見た。シャーロットは顔を伏せてそそくさと管理職の使う区域から立ち去った。




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コミック『シャーロット』
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